独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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今日の私は酔っています。かなり酔ってます。(接待で酒飲みまくりですよ。)
だから、このエントリーは酔っ払いの繰言として読んで下さい。

昔語りですがね。
私には中学校の時に、とても出来のよい友人が居ました。
本当に良い奴でね。頭も良いし、結構ハンサムで、何より面倒見が良い奴でした。
そして彼は本当に正義感が強かったんです。

見ていてほほえましくなる位に、彼は弱いものの面倒を見ていました。
時には喧嘩を買ってでも、弱者を庇っていました。
立派な男だったと思います。
ただ、その事に気が付いている人がどれ程居たのかはわかりませんが、彼には影がありました。
とっても寂しそうに笑うんですね。あるいは本当に明るい笑い方を知らないと言うか。

私も面倒見の良い方でしたので、彼とは話が合いました。
私は乱暴者でしたが、彼は大人しい優しい男で・・・。
正直に言いますが、それでも私は彼に引っ掛かる所を随分感じていたのです。
本当の友人になれない奴なのでは・・・そんな感じがしました。

その理由を私は随分後で知りました。彼は家族に恵まれていなかったのです。
彼の母親は彼のやる事なす事に反対する人だった様です。
理由はわかりませんでしたが、彼は「母や父が俺のやる事なす事に逆らうんだ」そうこぼしていました。
その一端を私は一度目にしました。凄惨な事件のその場所に私は居合わせたのです。

とある彼が間違いなく正しい、彼が被害者の事件がありました。(詳しい事は言えませんが、本当に酷い事件でした。)
その際に、彼の両親は普段から彼に行っているだろう事をやらかしたのです。
加害者の同学年の生徒が正しいと叫びあげ、彼を面罵して怒鳴りあげました。彼は手酷い恥辱の中で世も身もなく泣いていました。
この人達は自分の血を分けた子供に何と言う事をするのだろうと・・・。
「中学生の癖に友達を落としいれようとするとはお前は何と言う酷い奴なんだ!私は子供の育て方を間違った!」
「友達と仲良くできない奴など人間の屑だ!お前は間違っている。他人と喧嘩する事それ自体がお前が悪い子供だという証拠だ!」
「お前なんか家から出て行け!」

私は呆然とその場面を見ていました。正しい事が無意味に力づくで曲げられる場面を私は見つめているしかなかったのです。
私も彼の何百分の一かだけ傷ついたのです。今に至っても残る心の傷がその時に付きました。

そして、何年かして、私は彼が自殺したと言う事を耳にしました。

そう、こんな事を繰り返されて、彼は心から先に死んでしまったのです。
彼の葬式の時に、私は彼の母親と目が合いました。
太ったお母さんは、呆然としたような顔で、何かを訴えかけるような、怒ったような目で私を見返しました。

自慢の一人息子で、一人っ子で、小学校の頃は大事に育てていた事を私は知っていました。
「何故なんです?お母さん?」私は今に至っても、彼のお母さんのその時の心中について、想像すらする事ができません。

鬱憤を晴らす為?何かの不満をぶつける為?思う様な子供に育たなかった為?
でも、死ぬまで追い詰める事はなかったじゃないか。
そう思うんです。あの年から私は倍の年月の時間を過ごしました。
けれど時々痛みを感じます。
あの彼の姿、お母さんの葬式での顔、忘れられはしません。

結局、人が生きると言う事は誰かが去って行く事を見る事でもあります。
でも、誰かに手を振る時には、酷い別れ方だけはしたくない、そう思います。

私は友好の為に全てを犠牲にすべし、そう言う風に言う人達を見ていると、彼の母親のあの顔をどうしても思い出してしまうのです。
とても辛い思い出と共に。
どんなに辛い事を経験して、痛みに慣れてしまっても・・・決して平気になる事はないんです。

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コメント
この記事へのコメント
三輪様。こんばんは。

重いので一言だけ。

三輪様と同じ生き方をしているわけではありませんし、現場にいたわけでもないのですが‥‥

判ります。

“私は友好の為に全てを犠牲にすべし、そう言う風に言う人達を見ていると、彼の母親のあの顔をどうしても思い出してしまうのです。 ”

【本当に守らなければいけないものは何?】

この問いかけが通じる国で無ければいけません。

私も知人に関して同じような事を知っているので、何か三輪様のブログ見て、初めて‥‥重いです。

酔いが醒められたら、一発、豪快なの読みたいです。
2007/02/01(木) 00:23 | URL | aeug #ApulswO2[ 編集]
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2007/02/01(木) 03:43 | | #[ 編集]
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2007/02/01(木) 03:48 | | #[ 編集]
私の父も同じ様なものでした。息子の私お、憎み、虐め、地獄、でした。父が死ぬまで大変でした。私わ、今、ようやく安らかになれました。54歳の今、まだ独身です。父は、息子お、結婚させないために怒鳴りまくり怒りまくっていました。そんな人間がいるのです。
2007/02/01(木) 04:32 | URL | 英雄 #emXmKJzE[ 編集]
大変でしたね…元気だしてください。結婚のお相手がはやく見つかるといいですね。
2007/02/01(木) 08:37 | URL | AY #-[ 編集]
親と言うのは時に、分からない、理不尽な事をするのかもしれません。私にもそこまで酷くはないけれど、嫌な思い出があります。でもこの世の中が、公正で思いやりに満ちたものであるならば、心の優しいだけの人間に育てても良いのでしょうけれど、どんな悪辣な人とかかわらねばならない事態が来るかもしれません。そんな時に親でさえあんなに誤解したり、理不尽な事をしたりする事もあるのだからと、許せる度量をつけるために、親は本能的に、(知らない間に)、理不尽とも見えることをやっているのかもしれません。
親は子供が思っている以上に、全身全霊で、子供を愛していると思います。
そしてそう信じて生きる時、親のやった理不尽も生きてくるのではないでしょうか?
そんな時にも自分から死んでしまっては、それまでの努力が台無しになってしまいます。親は将来に備えてそんな事をしていたのに、其れで死なれてしまって、どんなにショックだった事でしょう。(或る意味、親の心配は当たっていたとも言えるかと思います。)
 人は何かをやってみたくて(検証してみたくて)この世に生まれて来たという部分があると思うのですが?その時に備えて、心を強くしておいてやりたい・・・そういう親の愛を無駄にしないために、絶対に自殺はしてはいけなかった。
という見方も出来るかと思います。
2007/02/01(木) 10:37 | URL | わこ #-[ 編集]
血は水より濃いとは、何と残酷な。

もし来世があったとしても、人間には生まれ変わりたくない。

他人の言葉ですが。
2007/02/01(木) 15:44 | URL | 神戸っ子 #cBdBtnqo[ 編集]
>aeug様
そのとおりですね。何が大事と言う事を皆が問うべきなのです。
それを往々にして間違えてしまうからこそ、あちこちで悲劇が起きるのですがね。
価値観とは何を大事に思うのか、そう言う事ですから。
しっかりした価値観が必要なんです。

>隠しコメントのお方
貴方のお気持ちお察しいたします。

>英雄様
人間生きている限りチャンスがある。
それだけはお互いに肝に銘じて置きたい所ですね。
今後の人生を精一杯大事に生きましょう。

本当に・・・彼も生きてチャンスを待ってくれていれば、いつか安らかになれただろうにと思います。

>AY様
私もあなた同様、英雄様の今後の幸福を祈っております。

>わこ様
大人が子供を叱る時に大事な事は「子供が悪い事をした時」に限らないと大変な事になるようです。

パブロフの犬と言う有名な実験ですが、あれは実は条件反射の実験がメインではないのです。
「円の図形を見せればご飯」「×の記号を見せれば電気ショック」と言う風に条件付けをして、「楕円を見せたら電気ショック」とか言う引っ掛け問題とか、円の図形を見せても電気ショック、そう言う事で追加の実験をしています。

パブロフの犬と言うのは「正しい事をして報われない場合に生き物はどんな反応を示すか」と言う実験なのです。
結果は「褒美を与えるべき時に罰した場合、多くの犬は混乱し、時に発狂にさえ追い込まれる」「罰を受けるべき時に褒美を得ても悪影響はすくない」と言う事でした。

教育目的でしか賞罰を行うのは間違っており、気まぐれな賞罰は必ず相手を混乱させると言う事です。
気まぐれで暴力的な反応に全ての知能を持った生き物は等しく悪影響を受けるのです。

私が見る所では、彼の両親は「邪悪な神」として振舞っていた様に思えます。
彼に屈服を求め、彼から大事な何かを奪っていたのだろうと。
彼はそれでも小学校時代の優しかった両親を忘れられなかったのでしょうね。
それ故に混乱から立ち直れなかったのだと思います。

私が思いますに、彼と彼の家族の間には実は信頼が存在しなかったのだろうと思います。

親は彼に対して酷い行動を繰り返して信頼されなくなっており、信頼されないからこそ親は彼の間違いを捏造しようとしたのだろうと。
「お前はこんなに間違っている。だから私達は正しい」と言う形での屈服を迫ったのだろうとね。

最悪の循環だと思います。
人と人は信頼で繋がっています。それは親子教師の関係でも同じです。
信頼の無い所には何の力を及ぼしあう事もできません。少なくとも善い力は届きあわないのです。

届きあうのは暴力だけ、そう言う事に往々にしてなり果てます。
信頼の無い人、信頼の無くなった人とは距離を置かないと双方の為になりません。
どんなに過去に信頼や友情が存在していたのだとしても、現在に信頼がなければ、その人との間には何の善い力の交換もできませんから。

かなり厭世的な言葉に聞こえるかも知れませんが、私はそう思うことが多いです。
信賞必罰、冷淡で封建的に聞こえる言葉ですが、とても大事な事なのです。
すみません、まとまらない事を言ってしまいましたね・・・。
今度そう言う関係のコラム書きましょうかね・・。

>神戸っ子様
まあ、そこまで悲観したものでもないでしょうが。
ともかく、生きてさえ居ればチャンスは必ずあると私は思えます。
2007/02/01(木) 18:34 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
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2007/02/02(金) 06:16 | | #[ 編集]
四季桜です。

追伸です。私が生きてこられた理由の一つに、海外生活経験があります。親の存在を感じない事が、どれほど快適であるかを実感した事です。

そして、何よりも精神の重要性、精神は物質より重要であると認識できた事だと信じます。

2007/02/02(金) 06:19 | URL | nanasiさん #-[ 編集]
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