独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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表題の様な疑問を抱いた人は多くないだろうか?

で、それを「連中は単に偽善者で、日本人に対して悪意を抱いている」とか思った人も多く無いだろうか?
私も若い頃はそうだった。でも、私が以前から左翼の人達に結構好意的なのを見て知っている人も多いだろう。

あれは彼等、彼女等は全くの本気な訳でね。
まあ、それが結果的に中国人や韓国人に利用されているのは間違いないけど、だからと言って、彼等が完全に騙されているのかどうか。
福島みずほみたいな人、あれもちょっといかれ過ぎてて、スパイ臭強すぎる曲者だけどね。

では後半に。(前にブログを中断した際に言ってた、共産主義に関する話題とは少しずれるけど、それはおいおいで。)
共産主義の故郷は何処か?当然ロシアですよね。
ロシアで共産主義革命が起きたのは第一次世界大戦中の事。
当時、ロシアは精強無比と誰もが認める、帝政ドイツと戦っていました。
その前にあの日露戦争があって、ロシアは辺境の野蛮人と思われていた日本人に苦杯を舐めさせられています。
主力がものの見事に吹き飛ばされてしまった海軍だけではなく、誇りとする陸軍も結局は日本に勝てなかった。
そう思われていました。(後一年あのまま戦ってたら、アメリカの仲介が無かったら。日本はどうなっていたでしょうか?)

そんな記憶も生々しいままに、今度は悪夢の様に手強いドイツとの戦いです。
フリードリヒ大王の時代に、日本人以上に凄まじい綱渡りをしていたドイツ人。今やプロイセンだけではなく、フランス国境まで統一された恐るべき国家になってしまっていた当時のドイツ。それと真正面からロシアは戦っていました。
しかも、ドイツの防御戦術の思う壷に嵌りながら。
待っていたのはタンネンバウムの湿地帯と、ロシアその他の連合軍となんとか対抗できる数の軍勢、数々の過誤を踏みつぶしてでも勝利する気力と戦術能力に溢れた優秀なプロイセンの軍人たち。
ロシア軍の大損害は、友邦であるイギリスからも心配された程の損害でした。

それに対してロシアの司令官は「友軍の為に義務を果たせて光栄です」と言う様な見事な態度で臨みました。
でも、徴兵されていた兵士達、そして疲弊した兵士の故郷の人達の心の中には、そんな熱く勇敢な気持ちは無かったのです。
当時のロシアであろうと、何処の国であろうと、大規模な反乱の火の手は都市部では挙がらないものです。情報から隔絶された辺縁から、不満を持ち、疲弊した人達の多く住まう大都市から少し離れた場所で挙げるものです。
実際、当時のロシア人の心境とはどんなものだったのでしょう?
日本みたいな新興国にも勝てなかった。ドイツ人にはメタメタに軍団単位で叩きつぶされた。(とロシア人は思っていたでしょう。実際は、ドイツ人もロシア軍が敗走した際に、追撃の為に送った騎兵隊が軒並みボコボコになぎ倒れてしまい、玉砕してしまって誰も帰還しない部隊もあったみたいなのです。そんな訳でドイツ軍の司令部が葬式みたいな雰囲気になってたりしたそうです。騎兵隊って当時の最精鋭部隊だった訳ですし、良家の師弟が多く配属されていたステータスの高い部隊だったりしますし。)

その敗残兵達の不平不満と、ロシアの属国による侮りがロシアの内部と周辺で高まっていきます。(フィンランドにおける冬戦争の立役者、マンネンハイムは日露戦争の際に日本軍の捕虜となった経歴の持ち主です。彼は日本人を見て、日本人に世話をされて何を考えたのでしょうか?)
20世紀に入って第一次世界大戦に至るまでで、ロシア人の人的被害は600万人を超えるとの事です。(カーデシア人のドミニオン戦争における死者の数と奇妙に一致していますね・・・。)
それに加えて、戦争の最中に物資の輸送が兵站中心に偏り過ぎて、都市部での食料供給が滞り、遂に革命の火の手があがる。ソビエトの胎動が始まったのです。この時点ではまだ産まれていない。
人々が求めたものは、土地(自分達の経済基盤)と食料と平和。土地は皆の知るとおり、ソビエトでは持つ事が許されなかったものです。平和についてはどうでしょうか。

ロシア人が平和を本気で求めていた事は間違いありません。
彼等はドイツとの戦争を遮二無二に終わらせようとしました。「平和に関する布告」と言う有名な妄言がそこで公にされます。
賠償金無しの即時交戦停止、その後に平和条約と言うつもりだったみたいです。ドイツが困っているのは周知の事実。けれど、そんなに当時の国々は甘くありません。
ロシア人は多額の賠償金に加えて、領土の割譲まで求められます。ウクライナ等の穀倉地帯、バルト海方面の戦略上の要地。それに対してレーニンは受諾やむなしと言う姿勢すら採ります。ある意味信じられない程の譲歩です。
当時のロシアにはまともに稼動する軍隊など無かった事がその屈服の大きな原因です。

日本が敗戦後に、帝国陸海軍の将兵及び兵士が沢山いるにも関わらず、軍隊としての自衛隊を持たなかった事と酷似しています。
その後にドイツとの単独講和に先立って、ロシア人はようやく軍隊の必要性を認め、赤軍の編成を開始します。
しかし、それを周辺の国々は待ってくれませんでした。干渉戦争
が始まったのです。

干渉戦争、それ自体は失敗しました。けれど、その負の遺産が後々の冷戦に繋がっている事は間違いありません。
国が軍事力を放棄しては何も守れない。理想主義では戦争を誘発するだけ。それが干渉戦争の示す歴史的教訓でした。

干渉戦争のある種の頂点はポーランドによる侵略でした。
ポーランド・ソビエト戦争
ポーランドは、第二次世界大戦当初ですらも、長槍と小銃で武装した19世紀型の軍隊しか持たなかった国です。
そんな国すら、隙有りと見ればロシア人から領土を奪い取ろうとした訳です。身の程知らずと言うよりも、当時はポーランドにも勝目はあった訳です。
ポーランド以外の国が戦争で疲れ果てて、ロシアに構っていられなくなる事を見透かす眼力に欠けていたのはあれですが、気持ちとしては理解できます。

多分、その後に起きたこの事件はこの干渉戦争の負の遺産と思われます。
カティンの森事件
この事件に深く関わっていたスターリンは、後に銃殺されてしまうロシアの名将トハチェフスキーと共にポーランド軍と戦っています。そして敗北しています。
その敗北の責任は、決してスターリンには無かったのですが、トハチェフスキーは敗北の不名誉を味わい、スターリンに恨みを抱き、その後にスターリンに返り討ちにあっています。

(もう少し続きますが、今日はこれまで。)
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2012/04/23(月) 03:23:36 | 東京のばかやろーブログ
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2012/11/05(月) 06:52:17 | まっとめBLOG速報
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