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先日、ネットゲリラ氏のサイトを見ていた。
ネットゲリラ: 鎌倉幕府が元寇に負けてたら


この元寇に関する記述は、日本の教科書でも特に奇妙奇天烈な部分である。
何故なら、鎌倉幕府が元の侵攻軍に苦戦していたと言うのがそもそも嘘だからだ。

続きは後半で。

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752 :羽根ペン(愛知県):2009/12/24(木) 05:02:32.39 ID:a+hs74BR

>>746
てつはうは後退する時や防御の時の兵器。あれで大被害がでたとは寡聞にして聞かん。
てつはう使用の文献やついに橋頭堡を築くことができなかった事を考えると普通に鎌倉武士が実力で撃退したことがうかがえる。
土嚢じゃなくて石垣の防塁な。
高さ幅2メートルくらいとあるから普通に有益と思われ。



ネットゲリラ氏のサイトのコメントにも書かれてたんですが、私はこれを随分以前から不思議に思ってました。
てつはう、鉄の砲丸みたいなものに、導火線と火薬が入れてあるものですね。
当時の火薬は未熟で、粗挽きで、燃焼速度が遅い火薬でした。破壊力も劣っている。
似ている兵器として、子供の頃の私は地雷火(知ってる人。のらくろに出て来るあれですよ・・・)を思い浮かべたんです。
で、図書館で調べてみました。やはりと言うか何と言うか、てつはうは重い武器で前方に投げて使う武器じゃなかったと言う事でした。(18~19世紀の欧州の手榴弾も同じく重い武器だったと言いますが、これは陣地破壊兵器です。)

では、あの蒙古襲来の絵巻物の場面は何だったんだ?鎌倉武士が苦戦してたんじゃないか?
http://image.blog.livedoor.jp/tujitya/imgs/4/1/4151d6ce.jpg
全体図を見てみましょう。

戸板の様な大きな盾を背負って、本陣に退却する色鮮やかな兵士、その盾を矢が貫通して、兵士は串刺しになっています。
背中に刺さる矢、槍や弓を持った者が数名立ち向かっていますが、これは海外からの遠征軍が敗走している姿なのです。

後に読んだ、佐藤大輔氏の「主砲発射準備よし!」の中のコラム「不征ノ国」では、モンゴル軍と日本軍の初期配置が詳しく書かれており、それらの兵力が激突した場合の結果予想も書かれていた。
そのコラムでは、モンゴルの各部隊は、日本軍との激突でかなり消耗し、再装備再編成の為、日本人の大好きな抜け駆けによる夜襲朝討ちで夜も眠れない日々を過ごしていました。

歴史教科書と違い、本当の元の侵略軍は大変だったみたいですね。


http://yamasita.on.arena.ne.jp/konohana/frame/zuikanroku/syouka/genkou/genkou.html


実際の話、日本の自衛隊は元寇について、それほどの危機だったとは認識していないようです。
それは彼らの発行する防衛白書を読めばわかります。
むしろ、一番自衛隊が厄介だと思っているのは「応仁の乱」であると思えます。

鎌倉幕府が何故滅んだのか?
その事をちょっと考えて見て下さい。棄捐令・徳政令

これらは鎌倉幕府後期の窮状故に成立した法律だと思われています。
祖国防衛戦争で疲弊した御家人達が求めたインフレ法だと思われています。
私は、それは違うと思うのです。

鎌倉幕府の法律に関する態度は非常に出鱈目なところがありました。
何が出鱈目と言って、自分達の出した法律を自分達で記録していなかったと言うところです。
御家人達は、調停や不服申し立ての際に、鎌倉幕府が出した以前の法律を証明する必要があったりとか。
マジで土地や金を巡って法律バトルする時に、調停者の幕府が「俺、自分が前に出した法律忘れてるんだ。お前等教えてよ」って言ってたら、損した方は幕府を恨むでしょうね。

貨幣 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

それと貨幣の流布ですね、当時は世界各国、”文明化”されてない場所では物々交換がまだ盛んでした。
日本もその例に漏れてません。平安時代以前に、中国は巨大な商圏を作って、ローマ帝国とも交易して絹の独占でブイブイ言わせてたりしました。
それを当時の日本人は良く知っていたようです。今も昔も、日本と言うのは巨大な商圏である中国に魅力を感じてしまうものみたいです。貨幣はもちろんローマや中国などの先進的な商圏では当たり前の代物でした。
それらは日本では発明されてはいましたが、一般的で信用のおける代物では無かったと言えます。

多分、鎌倉幕府は貨幣の流通政策と流通手段に決定的な問題点を抱えていたのでしょう。

その後、鎌倉幕府は壊れて(倒れてじゃない)しまいますが、その後の室町幕府は出だしから悲惨でした。
まず、錦の御旗とした皇家が南北朝に分裂、権威の所在がわからなくなり、のっけから大混乱になってしまいます。
ようやく安定したと思ったら、地頭だ、国主だが強勢になり、幕府自体の権威は全く感じて貰えない有様。

何故こうなったのか?と言うと、幕府と言う代物の存在価値を足利幕府自体がまともに認識してなかった節があります。
鎌倉幕府の主な役目は、法を発布し、その遵守を求める調停機関としての役目でした。
どうも足利家はその点に対する認識が甘かったと思えます。
建武式目を発布し、新たな法秩序をもたらす。
と宣言したのは良いのですが、それを南朝に守らせる事はできませんでしたし、南北朝時代が終わった頃には、各地の割拠勢力が安泰の有様になっていました。
室町幕府の功績の大きなものは、貨幣経済の確立に向けた諸政策のみであり、幕府主体の法秩序の維持は結局適わなかったのです。

これらの推移を見るにつけ、室町幕府が目指していたのは、日本国内の貨幣経済体制の確立が主であり、建武式目は単に鎌倉幕府の御成敗式目の焼き直しであり、それ以上の意味を認めていなかったと思われます。
新たな領地が増えなくても、御家人達はそれまでの領土は安堵されていたのですから、一度の棄捐令あるいは徳政令で問題は解決していた筈です。
むしろ問題は、通貨の量が足りず、見事なデフレが起きていたのではないかと言う事です。

江戸時代にデフレが大規模に起こっていた事、20世紀以前の欧州で度々デフレが起きていた事を考えあわせても、鎌倉時代から室町時代にも大規模なデフレが起きており、それによって政権の転覆が行われる契機となった事はありえると思われます。
通貨の供給量が少なかった時代、供給が増えるばかりだった時代には、デフレは一般的な現象ではなかったのかと思われます。

今回の記事は非常に推測が多い記事ですが、当時の貨幣についての実情が全く私には見えません。
豪族が大量の私鋳銭を作っていた事、海外から貨幣を輸入していた事は、日本のデフレを裏付ける傍証にはなるかも知れないですが、それ以上の何かを証明できるとは思えません。

しかし、日本の中世で最も有力かつ、結束力ある集団であり、武家の合議政権が法秩序を守りうると証明した鎌倉幕府が、
・鎌倉幕府は、インフレ政策(棄捐令・徳政令)で滅んだ
・鎌倉幕府は、外国からの侵略を防衛した後に疲弊して潰れた

と言う嘘は何とかして払拭したいと思っています。

これらの嘘は、インフレの恐ろしさと言う伝説、外国の侵略軍は防衛できたとしてもその後に自国が経済難で滅ぶと言う伝説については、明らかな反日宣伝であると思うからです。

前者はデフレを当然と考える、間違った政策のベースとなっている悲しい勘違いに繋がっていますし、後者は侵略に対抗して防げたとしても国は疲弊するから同じ事だと言う虚無的な結論付けに繋がります。
子供の頃に、こんな間違った知識を与えられていてはどうにもなりません。
しかし、ネットにはこれらの誤謬について詳しく語っているサイトは存在しないみたいです。

非常に恐ろしい事ですが、私の様な運の良い、図書館に適当な本が存在していて、それに偶然めぐり合った者以外は、この様な根本的な誤謬について、何の深い考えも無く、歴史の教訓も学ばずに生涯勘違いを抱えたまま暮らす事になるのやも知れません。

なにはともあれ、我々は幼い頃から決定的と言える嘘を教えられているのです。
この点は、確信犯で嘘を教える隣国の教科書を笑えない所でもあります。

元の侵攻軍は強く、武士はそれに全く対抗できず、神風が吹いてわが国は救われた。偶然に救われた。
それは物語としてはスリリングかも知れません。しかし、歴史と全然違います。
歴史は物語として語られるべきですが、物語を歴史として語るのは間違っています。
真実の歴史以外は、どこかに民族を陥れる罠を含んでいる、そう私は思っています。

武家が個人戦の名手で、名乗りを挙げてから戦ったと言うのも嘘ですね。
なにしろ、蒙古襲来絵巻の中でも、武士は密集隊形を組んで馬にまたがっています。
資料の多い応仁の乱以降の戦国時代における戦闘でも、完全に集団戦であり、莫大な数の軍兵が群がる恐るべき機能性を発揮しています。
鉄砲、弓、槍の順番で並ぶ戦国時代の兵隊の配置は、西洋では長く忘れられていた古代の戦術配置であるオーダーミックスに類似しています。
こんなものが一朝でできた訳が無く、日本人は古代から行われて来た儀礼的な戦いの部分をクローズアップし過ぎていると思われます。
日本人の知る歴史や一般的な知識には、凄まじい誤解があると思われます。
何しろ、合理性の無い記述が一杯含まれているのです。
大人になって知識が増え、合理性と教えられた知識とのギャップで困惑する事が本当に多い。
これは問題だと思います。一貫した知識や一貫した物語が歴史を語る者にはできていないのです。

日本人は本来的にそれほど非合理的な何かを追求する民族ではない。
それは、戦後の経済の発展が非常に合理的に行われた事。官僚機構の作り方が平安以来、鎌倉以来、(問題はあっても)ずっと合理的だった事からも理解できます。


http://myhome.cururu.jp/samuraidamashi/blog/article/71002909187


ちょっと本日は仕事の合間をぬってのエントリーでもあり、今少し詳しく掘り下げたところでもありますが、これで終わりたいと思います。

もしかすると、もう一つ小さめのエントリーを後刻書くかも知れません。
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コメント
この記事へのコメント
>鎌倉幕府は、外国からの侵略を防衛した後に疲弊して潰れた

どこかひっかかっていても、一応理屈は通っているように感じていましたが、よくよく考えると確かにおかしな話ですね。
水際で撃退できたのだから土地を荒らされたわけでも物資を略奪されたわけでもない(対馬は悲惨だったそうですが)。深刻な被害を受けるわけありませんね。

少し関係がある話なんですが、正月にNHK教育で日本と韓国2000年だかなんとかいう番組の再放送やってたのをふと見ていました。元寇のちょっと後の時代ですね。そこで元が撤退した後の高麗で、倭寇が済州島に残っていた勢力と結んで内陸部まで攻め込んだんだそうです。それはある将軍に撃退されたのですが、その将軍はそのことによって地位を固め、後に高麗を滅ぼした。それが朝鮮王朝の創始者李成桂だと。倭寇も李成桂も教科書では一行レベルですが、興味深い話でした。通して見てたわけではないんですがね。

外国からの侵略を防衛した後に疲弊して潰れた例としては適当なんじゃないでしょうか。
2010/01/04(月) 17:32 | URL | 鴨 #-[ 編集]
>june
コピペご苦労。
しかし、お前の大層なコピペは、衆議院のサイトからメールで送った方が効果的だろうな。
どうせ、コピペで不安煽るので限界だろうから、それ以上のことなんかなんもできないだろうがな。

中国人の威を借りて日本を押しひしごうとする輩、お前みたいにネットに転がってる賢そうな文章の威を借りようとする輩。
似たり寄ったりだ。他人のふんどしと言う事では全く同じだ。

駄目な奴だな。お前たち、日本語の不自由な輩どもってのは。
2010/01/08(金) 21:55 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
あははw三輪耀山さんへ
そう言うあなたは何をされましたか?
私は左派勢力の反中化や憂国者議員と対沖縄ビジョンをやっています。
沖縄で反中国を広げています。

まあ、あなたから見たら「ケッ!!糞が!!」でしょうけどね。

juneさん、こんな腹立てさんはほって置いて利敵行為に気をつけてジャンジャンやろう。
2010/02/21(日) 16:30 | URL | 嫌支沖縄人 #HfMzn2gY[ 編集]
Re: あははw三輪耀山さんへ
三輪です。
FLH1Acq013.kyt.mesh.ad.jp
なるほど、沖縄のIPですね!w
大爆笑させて頂きましたwwww
看板に偽りあり。お見事!

> そう言うあなたは何をされましたか?
> 私は左派勢力の反中化や憂国者議員と対沖縄ビジョンをやっています。
> 沖縄で反中国を広げています。
>
> まあ、あなたから見たら「ケッ!!糞が!!」でしょうけどね。
>
> juneさん、こんな腹立てさんはほって置いて利敵行為に気をつけてジャンジャンやろう。
2010/02/22(月) 12:32 | URL | 三輪耀山 #-[ 編集]
日本語読めない奴には返事するのが面倒なの。
私は武士が個人戦闘ばかりしていたと言う俗説に対する反論として該当箇所のURLを貼っただけなんだけどね。
悲しいね、家畜同然の日本人に生まれただけの物体ってのは。
器は人間でも、中身の魂は畜生並みなんだからね。

こう言う豚は、自分の様な愚民以下の家畜奴の充満こそが、今の日本を悪くしてる原因だと言う自覚も無いだろうな。

(追記)一人で陣形や団列を作ったり、相手の誘引をしたりする事が可能と思っている白痴以下の屑は今後全て削除で対応する。
2010/03/06(土) 09:07 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
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