独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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最近、日本の政治家達の無法ぶりを非難して来た。
しかし、最も非難されるべきはもっと他に居る。

他の民族に居る。
その事も含めて、本日の〆に法について語ろう。

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生まれ変わる日本? | 復活!三輪のレッドアラート!

真に日本国民が求める法律 | 復活!三輪のレッドアラート!

何故こんな出鱈目が罷り通るのか?皆は不思議に思った事は無いだろうか?
答えは一つである。日本の政治家は日本国民の事を見ていない。
彼等はスポンサーの事しか見ていない。

日本人は売り飛ばされつつあるのだ。
良いかな?新自由主義の恐ろしさは何か?新自由主義とは一体何なのか?
個人主義 | 復活!三輪のレッドアラート!
愚物ども、賢者の言葉を聴け! | 復活!三輪のレッドアラート!

新自由主義とは無思想の思想であり、他者が一生掛かって作り上げた営々たる努力の成果を奪い取る事を正当化する為の詭弁である。
それが証拠に、新自由主義者が熱中するゲームを見てみれば良い。

株式取引で会社を買いあさり、その内部留保を掠め取り、その後に捨てる。
その連鎖だっただろう?
そればかりを狙って日本政府に圧力を掛け続け、走狗である小泉純一郎やマスコミに対して指令を投げつけ、福田元総理に至っては、「国民全員がマネーゲームにもっとお金を注ぎ込めば裕福になれます!」とまで言わされていた訳だ。

もう、日本の首相なんてそんな存在なんだよとしか思えなくなった。
単なるマルチ商法のセールスマンだよね。(苦笑)
ある意味福田の発言でわだかまりが取れた様な思いすらしたもんだ。
「こいつらの正体を暴き出して、白日の下に晒しあげ、国民の皆でギタギタに糾弾してやれたら」
そんな事を思ったものだ。政治を取り戻す。その本当の意味ってそう言う事なんじゃないか?

だから我々は知らないといけない。無知なままでは連中の思う壺だ。

そして、私は自分の知る事、考えた事、感じた事を告げよう。

今、この国はどうにもならない危機に陥り掛けている。
為政者、昔の統治者達は完全に邪教にはまり込んでしまっている。
スペアも居ない。無い手札を悔やんでああだこうだ言う事も無益だ。
今の我々は今の我々の手札で戦うしかない。

さて、本論に戻ろう。
今の政治家達の多くは日本をどう見ているか?
先ほどの説明で理解できる人はできているだろう?売り物としてみている。
新自由主義が会社、誰かが創り、それを皆の努力で育てた人の労働と苦心と人生を掛けた献身の結果を単なる売り物としてしか見ていないのと同じだ。

会社が物を作り、それで儲けて配当を行うべきなのに、新自由主義の世界では会社の持っている金そのものを売り物として売り買いする。
それが彼等のルールだ。彼等は人の努力を認めない、人に対して敬意を払わない。
人がガッツを燃やし、人生の戦いに挑む姿に感動する余裕すら持っていない。
善と美に感動できない存在、それが無思想の思想、新自由主義者なのだ。


煎じ詰めれば、そう言う連中は人間ではありえない。
人は美に感動する様にできている。神様がそう創ったのだ。

敵の正体を知らなければならない。そして、その敵に負けてはならない事も。

そして、その敵は日本国内にも居る。多くは「日本が罰を受けるべきだ」と考えている勢力だ。
ナチ犯罪処罰の論理構造

これを読めば良い。
この中で、西尾幹二氏がナチスドイツに対するドイツ人達の贖罪について論難している。

この人の言葉は真に東洋的である。実際、この人の論難について何かを連想する人は居ないか?

この人の論難の方法は、実は「中国や韓国の日本人全てへの非難と全く同一の論旨」なのである。

集団の罪をそのものズバリで贖おうとすれば、西尾氏の言う「ドイツ民族の絶滅」を本気で想定しなければならないであろう。
だが、行政官全体を何らかの程度で処罰するというのですら実に現実的でないのに、「ドイツ民族の絶滅」を云々するのはとても正気の沙汰とは思えない。

西尾氏はいったいどうしようと言うのか。氏の議論をつぶさに追っていくと、例えば、戦後ドイツでは「第二の道は選ばれず、蜥蜴の頭と足を切って、官僚機構は温存された」(14)とか、「敗戦国の司法や行政の機構にまで手を入れる第二の選択」(15)とかの文章にうかがわれるように、氏の言う第二の道とは、ドイツ国家機構の(人的処分も含めた)再編、改革といったことを指しているようにも見える。
そして、そのようなドイツ国家機構の改革という点に関する限り、官僚、司法、医学分野などでの非ナチ化の不徹底は、西尾氏の論難を待つまでもなく、これまでもしばしば指摘されている。
そして、西尾氏の言っている「集団の罪」の贖いがこういうことであるなら、ヤスパースもヴァイツゼッカーもその重要性について殊更に反論しないのではあるまいか。

ただ彼らは、それを「罪」の問題ではなく「責任」の問題として問うているだけだ。
その「責任」の取り方が手ぬるいと西尾氏が言うのなら、それは聞くべき主張であると思う。

しかし、繰り返すが、それは個人に対する刑事処罰を伴うような意味での「罪」の問題ではない。
集団としての罪を否定することと政治的責任を自覚することとは論理的に別次元であり、両者は矛盾しない。


この文を読んで私が思った事は、保守と言っても、所詮は対抗する相手に飲み込まれてしまうと言う事だ。

日本人はずっと贖罪について考えて来た。かく言う私もだ。
高校生になった頃から、日本人の辿った戦跡についての研究を図書館に篭って調べ、様々な記録を読み漁った。
今の時代の新しい本では無い。戦前戦中戦後の識者が書いた本であった。
日本人の過去の立場を知る者の発言であった。そこには日本人なりの言い分が沢山書いてあった。

私はその様な本に出合えて幸いだったと思う。

集団的罪が認められないのは、現在のドイツではほぼ衆目の一致する見解のようだ。
その最も有名な例は、一九八五年五月八日、ドイツ敗戦記念四○周年に際して当時のドイツ大統領リヒャルト・ヴァイツゼッカーが行った演説である。
この演説は、ナチの過去を真摯に心に刻もうとする戦後ドイツの精神態度を内外に印象づけ、その文体の格調高さと相まって、国際的に高い評価を得たものであり、日本でも大変に評価された。
そのヴァイツゼッカー演説に、「罪といい、無実といい、集団的ではなく個人的なものであります」という一文がある。「今日の人口の大部分はあの当時まだ子供だったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません」とも(5)。ヴァイツゼッカーの後任大統領となったローマン・ヘアツォークも一九九六年一月のアウシュヴィッツ強制収容所解放記念日に演説し、「罪とは優れて個人的なものであり、赦しもまたそうであります。罪が相続されることはありません」と断っている(6) 。


これが法律の先進国たるドイツ人の考え方である。
言わせていただくが、西尾幹二氏は文学者としては大した方であるかもしれないが、法に付いての感覚はそこらのヒステリックな市民団体の有象無象と何の変わりもない人物に思える。

ユダヤ人の虐殺についても、そんな事はヨーロッパでは当たり前の事だった。
ヒトラーは聖書の予言やタルムードの言葉に過剰反応してユダヤ人を虐殺したと言われている。
しかし、歴史を知る者ならボグロムについてもキチンと知っている筈だ。

あれは一般的な欧州の娯楽だと・・・・。
そして、ユダヤ人については冤罪であっても、ドイツ人は確かに虐殺、民族浄化をたくらんだ相手が居る。
ドイツ人は連合国に対しては捕虜の死亡率1.2%であったが、ロシア人に対しては70%以上の死者が捕虜から出ている。
だからと言って何かの無茶苦茶を無罪として相殺する事もできないがな。

だが、罪って何なんだ?償えないものなのか?
昔話の中で蒸し返して、永遠に反省する事が罪なのか?
ナチスドイツも日本帝国も既に無い。
それなのに罪だけは産まれても居なかった者、新しい国に相続されるのか?
無かった罪まで着せられて、永遠に許されずに生きるのが正しいのか?

ドイツ人は健康な考え方をしている。彼等は法を知る民族だ。
法以外が人を裁く事を許さない。理と知、筋道があり、その上で人が人を許す。
それが法の本質であり、だからこそ人と人との摩擦を法が緩和できるのだ。
その知恵の本質をドイツ人は知っている。西尾幹二氏はその知恵の頬に触れた事がないのだろう。
本質に理解が及んでいないのだろう。
あるいは彼はその本質に触れたいと思って故意にドイツ人に論難を行ったのか?

もしそうならば、自分なりに何のコメントも発する事が無かったのは不明だな。
こんな大事な問いなのに・・・。あんたは駄目な人だよ・・・・。
自分でそう思わないかね?
ま、生きてる間に自分の問いに答えを見つけられたら良いね。
でも、今までの自分の行動や言動にヒントは無いのかな?そんな事考えた事は無かった?

あんたもこの国で最も有名な保守派の文学者の一人だろ?
そこらは自分で結論出しなさいね。大丈夫、できるに決まってるよ。

さて・・・・それはどうかとして。

オルタナティブ通信: 日本人は劣等人種であり絶滅せよ?

シナ人がたくらむ日本侵略・日本人絶滅 畠奈津子 著 『百人斬り 報道を斬る』 平成16年(2004年)9月所収 東京大学教授 酒 井 信 彦

あなたは信じない_日本人絶滅計画-動画三昧

良いかね?これが連中、我々の敵の深層だ。自分達と違うものは殺し尽くしても良いと言う思想が底流にある。
贖罪の思想だけでは勝てない、善意だけでは滅ぼされてしまう。
そんな相手の本性なんだ・・・・。

大半の外国人は悪い奴じゃない。それは知っている。
けど、一部のとんでもない連中は、本気で日本人の絶滅を考えているし、中国政府の懸案はいかにして日本民族を絶滅させるかと言う事に収束している。

清帝国を作った女真族はすでに中国共産党に滅ぼされた。
日本人が去ってからの満州はずっと報道管制が行われて来たが、今や女真族の文字を読める者は満州に10名ほどしか残っておらず、それらも政治的な要因からのお目こぼしでしかない。
中国人は世界に自分達の思想を広め始めた。


中国人の幸せ  怡友会会長 王紹英

 
 世界でもっとも多くの人口を抱えている中国とどうやって付き合うのかについて、近隣諸国はもちろんのこと欧米の国々も頭を悩んでいるはずです。中国人のプライドが高く、感情が大変もろくて付き合っていくのに細心の注意が必要ということは、多くの言葉は要らないでしょう。しかし、ほとんどの国は、中国人の幸せの観点から中国の将来像を考えて政策を立てていくようなことをしてこなかったと思われます。

 多くの台湾人と同様、私には中国人の友人もいるし、中国人の親類もいます。したがって、私は、台湾と中国とが平和共存できて、また、中国人も幸せな生活が送られるよう心から願っています。

 台湾が“平和”的に建国するためには、やはり中国の“善意”ある理解なくしてはできないことです。不幸な中国人から善意を期待するのは、酷なものですが。

 しかし、中国が国連に拒否権を持つような大国になったから中国人が幸せになったかというとそうでもないようです。中国人は今も不幸な淵に彷徨っていると私は大変同情しています。

 中国の歴史書を翻って見れば、中華帝国の民に幸せという言葉は存在しないのではないかと思うようにならざるを得ないのです。いくら周辺の国々を侵略できるような大帝国になったとはいえ、中華の民に生まれた人々は、本当に可哀想だと思います。
 魯迅がかつて中華の本質は奴隷根性であると喝破したのとおり、中華の民は五千年の長い歴史の間、一日として奴隷の状態から抜け出すことは出来なかった。したがって、中華の民になるということは、奴隷になるということであり、それは歴然とした歴史的事実です。


 しかし、なぜ多くのシナ大陸の民族が民族のアイデンティティを捨てて自ら進んで漢人になり、奴隷になるのでしょうか。“日立の世界フシギ発見”のタネになってもいいと思うが、とにかく人類の不思議です。

 ところが、長い中華の歴史のなか、中華の民が幸せに過ごした時期もあります。例えば、モンゴル人の統治時期、満族清朝の最初の三代、日本の後押しで出来た満州国、清朝末期の欧米の租界、イギリス統治時の香港、台湾土人が統治するようになった中華民国などいくつもあるのです。このいくかの例を見れば、共通点が浮かんできます。それは、中華の民は、非中華の管理下に置かれて始めて幸せになれることです。

 モンゴル人は北方の狄、満州人は東北の胡、日本人は東の夷、欧米人はもちろん未開の蛮人、台湾土人は生半可の漢化蕃人であり、中華文化から見ればこのような“人間”は禽獣に等しい野蛮人ばかしです。したがって、中華の民が禽獣に管理されることは、中華の民のプライドを大きく傷つけることになることは言うまでもないが、皮肉なことに、禽獣の統治下に置かなければ、中華の民は幸せな日々を送ることはできないのです。

 漢人が統治者になれば、自分と異なった文化の民族を浄化するのに何の躊躇もないのです。
 かつて、明朝の文学理学の大学者王陽明が苗族を殺戮浄化したとき、彼は自分の行動を“欺之、不可謂不義、殺之、不可謂不仁”の漢文化イデオロギーで正当化した。
 異民族を欺き殺しても、漢族から見れば犬畜生を屠殺することに等しいのです。今日、チベットのような異民族を虐殺するのは漢人の良心の命ずるままです。
 いくら西洋の蛮人から人権侵害と指弾されても(東洋の夷はしない)、漢族の良心と蛮夷の良心に構造的な違いがあるので、どうしようもないことなのです。


 では、同族の漢人に優しいかと言えば、そうでもなさそうです。

 古い歴史を見るまでもなく、世界最大の内戦といわれる太平天国をはじめ、中華民国初期の軍閥の殺し合い、共産党軍と国民党軍の死闘、台湾の二二八事件の屠殺とその後の清郷作戦、文化大革命の人命塗炭、天安門事件などを見れば、漢人の統治下の民に同情の念が湧かない人はいないでしょう。

 漢人が統治者になれば、たちまち恐怖の大地になります。香港が中国返還されてイギリス人の代わりに中国人が統治者になった結果、香港人が日々怯えていることはここで指摘するまでもないでしょう。まだまだ、序の口です。

 台湾歴史を持ち出して恐縮ですが、台湾は漢化蕃人の状態で日本人の統治に入りました。もちろん、情けない台湾人は日本人統治されたほうが、大陸の漢人に統治されるよりはましと実感したに違いありません。
 しかし、日本が台湾を手放したあと、台湾蕃人が自ら進んで中国人になろうとして、その苦汁を存分味わったのです。
 二二八事件の大殺戮とその後の息が詰まりそうな白色恐怖時代がまさにそれでした。
 台湾に逃れてきた中国人ももちろん台湾人と同じく辛かったでしょう。
 多くの優秀な中国人青年が躊躇なく中華民国を捨てるように台湾を離れていった。

 彼らは中国人のアイデンティティを捨てなくても、中国人に統治されたくないことを行動で証明した。
 アメリカか日本に行って、アメリカ人か日本人に統治されたほうが自分の幸せになることは誰よりも知っていったからだ。
 台湾に残った中華民国の中国人が自由民主を享受し、幸せを味わうことが出来たのは、中華民国政権が台湾土人の手に入ってからのことです。
 もし、中華民国政権が蒋経国から台湾土人に渡さず中国人にバットンタッチしたら、台湾の自由民主の平和的改革はありえないことです。
 中国人が今日のように総統府の広場で自由安全にデモをしたり、李登輝前総統と陳総統を銃殺しようと公言したりすることは、夢にも想像できないはずです。もし、中国人が中華民国の総統になっていれば、たちまち総統府広場が血の海に化して、多くの屍が淡水河に浮かぶのでしょう。
 少々中華歴史の知識を持っていれば、こんな光景はすぐ目に浮かんできます。

 香港と台湾の例でだけでも、漢人の統治者は恐怖、非漢人の統治者は漢人の幸せであることを十分立証できたと思われます。

 今日、勃興してきた中国について、政治経済軍事衛生など、全ての面にわたって、我々の関心を引かないものはないと言っても過言ではないです。
 言うまでもなく、中国はもはやかつての眠っている豚の国ではなく、今は堂々と近隣諸国に内政外交輿論など多方面を指導厳命できるような大国になっています。
 こんな近隣諸国が一々外交指導を仰ぐような偉い国の民になったから、多くの中国人が幸せになっていると思ったら大間違いです。

 今も、中国国民が自由安全な生活を求めて命の危険を犯しても大挙に洪水のごとく国外へ流れています。この法を無視した人の潮に嫌悪感を覚えない国はあまりいないでしょう。
 彼らを近代のペストとか、ねずみの大群とか、エイズ以上の厄病とか、後から呪っても可哀想です。中国人が中国から逃げ出すのは、無慈悲な中華の統治者から離れてささやかな幸せを求めているだけです。
 中国国民の中国人になっているよりも華僑の中国人になっていたほうが幸せということは、すでに無数の中国人が行動で世界に示したと思われます。

 この中国人の非中華的統治者の民になりたい強い欲求を見向きもしない世界諸国は一体中国人の幸せのことを頭に入れているのかを疑わざるを得ないのです。

 中国人を非漢族の統治者の民にしてあげることは、中国人に幸せを差し上げることです。十三億の中国人の末長い幸せのため、自ずと異民族が再度統治者になってあげるしかないことの結論に辿りつくのです。




天賢一人、以誨衆人之愚。而世反逞所長、以形人之短。天富一人、以済衆人之困。而世反挾所有、以凌人之貧。真天之戮民哉。

天は大衆から一人を選んで「賢者」として愚者を導かせようとしたが、現実の世で賢者は天の意思を無視して、その智慧を振り回し、大衆の愚のみを暴いてしまった。天は大衆から一人を選んで「富者」として貧者を救済させようとしたが、現実の世で富者は天の意思を無視して、その財貨を振り回し、貧者の苦しみを侮(あなど)ってしまった。このような賢者と富者は天罰を受けるべき罪人である。つまり、偶然に賢者となり、偶然に富者となった者は、それを「使命」と理解し、活人としての自覚を以て、恵まれた才能や財産を活用して世の中に貢献すべきであるということ。言い換えれば、活人は「自分の弱点」を嘆くのではなく、「人それぞれの強み」を発見して活かし、それを資源として認識し、社会に貢献しなければならないのだ。


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天罰を受けるべき罪人=戮民

日中戦争の真実――日本は中国を救おうとした


まあ、ここまでお花畑じゃなかったでしょうけど、満州で日本はグローバリズム輸出経済の巨大製造センターを作ろうとしたのは確かです。
そして、そんなこととは別に、日本人と国民党を噛み合わせるために通州事件などが起こります。

大規模な事件以外にも、沢山の日本人が世界中で殺されていました。
見せしめと現地住民の鬱憤晴らし、そして日本に対する挑発の為に。

桑原隲蔵 支那人の文弱と保守
現在もそれは続行中であり、ベトナム戦争以後、ソ連との冷戦の終了後にその方針は決定された。

中国は国土の汚染で自滅させて潰し、周辺の勃興するであろうインド、そして懸案であった絶滅対象種である日本人、ロシアへの牽制として力を強める事に。
つまり、中国人は鉄砲玉として最適と判定されたのだ。

皮肉な事に、その性質を解き明かしたのは日本人であり、日中双方の共倒れを画策する者達は知悉している。


支那人が文弱である原因は兔に角、支那人は個人としても腕力沙汰は甚だ稀で、團體としても戰爭は好まぬ。
支那人の所謂喧嘩は喧嘩口論である。
この意味での喧嘩ならば、支那人は世界有數の喧嘩好きかも知れぬ。
支那の學堂や官衙など、人の群集する場所には、必ず禁止喧嘩と掲示してある。實際支那人は口喧しいが、決して手出しはせぬ。
吾が輩の支那留學中、殊に北支那留學中には、殆ど支那人の掴み合を見たことがない。
非常な權幕で口論する場合でも、手出しはせぬ。稀に掴み合を始めても、我々日本人から見ると、極めて悠長なもので、傍で見て居ても齒癢さに堪へぬ程である。


中国人個人はこんな民族である。口喧嘩を好み、特に日本人と反りが悪い。
そして、国家となれば更に他罰的であり、それゆえに有史以来恐ろしい数の戦争を引き起こしている。

また、殺人を起こす場合は簡単に沸点に達して相手を殺す場合も多い。日本人から見て猟奇的に見えるほどに残虐な殺しを行う。

日本人の美意識と全く合致しない行動を中国人は取るのである。
その事を日中の殺し合いを求める者達は望んでいる。

そして、中国人は日本との戦いをやむなく始める事が運命付けられている。

論証「中国は必ず暴発する」 | 復活!三輪のレッドアラート!

中国人たちは自分達が莫大な金を使って装備した軍隊を何の役に立てないままに朽ちさせる事はしない。できない。

それに加えて、全国民に対して行ってしまった反日教育。
国民はドイツ人の場合と逆に、日本人に対して法理を理解せぬままにひたすら逆上している。
これで会話になると思ったら大間違いであり、彼等の主張に対して正当性を与えてしまった宮沢喜一や河野洋平なんかも大変な売国以上の罪を犯していると言える。
しかし、それ以上に大きな罪を犯しているのは、中国人の理屈に賛同して日本たたきを行っている日本国民であり、それを煽るマスコミと言える。

もう止めようの無い事態に到達している。

インドとの国境紛争地帯で緊張高まる、ネット上では非難続出―中国 - livedoor ニュース


この事件、実は中国側には必死になる理由がある。
もう現時点で中国は水資源が枯渇しており、その解決のために侵略をせざるを得なくなっている。

後中国の余命は10年・・・・。私はそう見ている。

今後は国家の友好などと言う寝言は言えない季節が来る。
中国とは、無法国家であり、洗脳された被害者であり、甘やかしてくれた「良心的日本人」によって不良化した子供みたいな我侭国家であり、死を宣告された末期がん患者なのである。

しかも核兵器を持っている。その意味をもっと真剣に受け止めるべきだと言える。
もしも中国が日本を攻めないのだとすれば、矛先は別の国になる。

韓国である・・・・。その事をもっと考えるべきとも思う。
いずれにせよ、この20年でアジアの不安定化は完成したと見て良い。
我々の共倒れを望む者達はそれを嗤いながら見ている。

平和を望むだけでは駄目で、真実を告げるだけでも駄目である。
飢餓で死にそうな者達に人を殺して食料を得る事は悪い事だと言っても通じないのである。

国内の平和勢力が戦乱を引き起こす。
それはイギリスの宥和政策がナチスを制止できなかったばかりか世界大戦にまで発展させてしまった事とはっきり重なっている。

歴史は繰り返すのである。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。
今回絶滅の対象と目されているのは日本人である。
その事を良く理解しなければならない。
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コメント
この記事へのコメント
落ち着け。支離滅裂な事を書くな。
2009/11/24(火) 00:26 | URL | 北の富士 #-[ 編集]
はいはい
小沢の犬が尻尾をフリフリわんわんわん
わんわんおざわん、今日も元気にわんわん

政治に対する鬱憤を他にそらすには、外国のせいにするのが、得策だワン!
2009/11/25(水) 13:30 | URL | 偽装保守乙 #-[ 編集]
ある・あった事実を事実として受け止め備えればいいですね。
曲解する必要はないですね。
あと、中国の脅威(核兵器)があるうちは従米をおとなしく続けるしかないんでしょうか?
内側から崩壊させられようとも。
その前に世界第2位の海軍力にさせて1位の海軍と衝突させる事は出来ますか?

お言葉を頂き救われました。
30才の若造が気負いすぎていました。
自分の芯はぶれないように大事にし後の事は少し楽観視します。
2009/11/25(水) 23:02 | URL | 経営者 #-[ 編集]
支離滅裂とおっしゃる方がおられる様ですが、
どこを読むとそう感じられるのか判りません。

日中はこの2千年あまり、着かず離れずでやってきています。
日中友好とは基本的に幻想であると感じています。
(個人のレベルまでミクロ化すればまた別ですが、
マクロ的には水と油です。)

そんな状況で、反日と軍拡が続いてます。
歴史は繰り返しますね、ホントに。

日本の対応は軍拡しつつ挑発せず、でしょうか?
2009/11/26(木) 19:09 | URL | k2 #-[ 編集]
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