独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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国民戦線遊撃隊:柳生大佐のblog
この狂人の事に付いては沢山述べた。


http://restororation.blog37.fc2.com/?share=12967&no=1505


個人主義の恐ろしさについて述べているのは

近代の特徴をなすイデオロギーとしての個人主義 - 22で


では後半に続く

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リバタリアンとは何か?
リバタリアニズム 提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

道州制の真の意味 | 復活!三輪のレッドアラート!

自然権的リバタリアンを支持する側は、人と人、または個人と政府の関係においては、全ての行動が自発的で合意に基づくものであることは道徳的に必須であるとする。(従って倫理的リバタリアンとも呼ばれる)彼らは、個人または政府が、個人または個人の財産に強制力を及ぼすとき ― 強制力とは、身体・物質的な強制、それを行うという脅迫、または詐欺的行為 ―、それが相手から初めに仕掛けられたものでないのなら、そのような強制力は自発的で合意に基づくとの理念に対する違反行為であると主張する。
この考え方は、客観主義(Objectivism)や個人的無政府主義(individualist anarchism)と通じるものがある。


このWIKIで言っている事の意味がわかるでしょうか?

話は少し飛ぶが、以前のニューオールリンズが巨大ハリケーン「カロリーナ」に直撃された時に、なぜあれほどの被害を出したのか?

以前からニューオールリンズ近辺の堤防は、老朽化していて補修あるいは補強の工事が必要と判定されていた。
しかしながら工事は行われなかった。

理由が狂ってる。ルイジアナ州が財政均衡を遵守する法律に署名しており、「堤防補強が無駄使いと考えられたから」である。
意外と知られていないが、米国の州の大多数は財政均衡を守るように州政府が連邦政府から義務付けられている。


客観主義(Objectivism)や個人的無政府主義(individualist anarchism)
これらの意味するところは?
「税金で何か、誰かを救えるとしても、それが税金(自分の財布から出る金)だから断る権利が俺にはある」と言う考え方です。

分配的公正感とは?不満なく働くために - DCC用語集


分配に就いてですが、
1.「働きに応じて」
2・「頭数で完全公正」
3・「貧しい人、困っている人から順番に」

貴方ならどうしますか?
これの答えだけで貴方がどんな人間かわかります。答えは少し下に書きます。
柳生の言いたい事は「働き(稼ぎ)に応じて」です。リバタリアンはそう必ず答えるんです。

正義 提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ジョン・ロールズ 提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『正義論』(A Theory of Justice、1971年刊)は、人間が守るべき「正義」の根拠を探り、その正当性を論じたロールズの主著の一つ。この著で彼が展開した「正義」概念は、倫理学や政治哲学といった学問領域を越えて同時代の人々にきわめて広く大きな影響を与えることになった。それまで功利主義以外に有力な理論的基盤を持ち得なかった規範倫理学の範型となる理論を提示し、この書を基点にしてその後の政治哲学の論争が展開したという点で、20世紀の倫理学、政治哲学を代表する著作の一つということができよう。

++++++++

いろいろと異論はあるでしょうけど、この正義論がベトナム戦争の最中に上梓された本である事を覚えておいて下さい。
まだアメリカでとんでもない程に格差が広がり、人々が絶望する以前の世界観がつづられています。
そして、未来に対する警鐘も・・・・・。多分、世界はロールズの最も心配する方向に転んだのだと思います。

ロールズの正義論

人間の諸目的は究極的には理性的に統一されるべきである。

人間の究極目的は人間の諸目的の究極的統一である。

ゆえに理性的な統一が人間の究極目的である。 

つまり人間が究極目的であるということになるのであるが、『判断力批判』ではさらに思弁が進んで、 

理性的な統一が人間の究極目的である。

歴史とは人間の悟性的統一である自然の理性的統一である。

ゆえに歴史の究極目的は理性的存在者としての人間である。

 
人の6割が凡俗であり、2割は柳生のような愚者である。
理性的な統一どころか・・・と思ってしまうシニカルな私が居るw

今の世界は欲望によって理性がゆがめられ、短期的な利益で簡単に他人を売り、他人を見捨てる社会になっている。

1.「働きに応じて」
これはリバタリアンの考え方であり、他者に対する配分や譲歩を許さない考え方であり、基本的に自分が社会の構成員だと考えていない人の回答である。

2・「頭数で完全公正」
この考え方をする人は、社会の成員に対して非常に強い親近感を抱いている。自分の周囲の人達に仲間意識を強く抱いている人はこの考えに賛成する。

3・「貧しい人、困っている人から順番に」
この考え方を抱く人は、周囲に貧困者が多く、それらを労わる必要性を知っている人。または観念的に非常に優しい人でありたいと思う豊かな層がこの考え方をする。

切捨て過ぎだと思いますか?
でも実際はそのとおりです。そして、1番の答えを採用した国がアメリカです。
精神病者多数。何故か?周囲の人が助けてくれると信じる事のできない孤独な社会だからです。
2は共産主義的な考え方です。あるいは、国民皆保険、皆年金を実現したかつての日本の姿。
3はいろんな国で実験を行っています。

日本は昔は良い線行ってました。国民が政府に文句を言う癖があって、そのせいで今はスポイルされつつありますがね・・・・。
なくなってみれば、その時に価値が理解できるでしょう。でも無くなったら、日本人もアメリカン同様に精神病者が沢山そこらをうろつく恐怖の社会に住む事になるでしょう。

Amazon.co.jp: 構造改革時代の手続的公正と第2次分権改革―手続的公正の心理学から (TAJIMI CITY Booklet): 鈴木 庸夫


この本は悪くない本です。読んでみてはいかがでしょうか?

1 構造改革の思想とルールのあり方(一九八九年の日米構造問題協議文書
指弾された集団主義 ほか)
2 アメリカ文化の基底にあるピューリタニズム(神を信ずる「自由」と「奴隷的」状態
ルール社会とルールなき社会 ほか)
3 法の根源にある「手続」的公正(法的正義とは何か
配分的公正(結果の公正) ほか)
4 社会のアイデンテティに関わる報復的公正の考え方(ルール違反者に対する処罰要求
なぜ我々は犯罪者に対して刑罰を要求するのか ほか)
5 分権改革の中での手続的な公正(財政危機の中での「配分的正義」と「手続的正義」
地方制度調査会の「西尾私案」 ほか)



日本がどんな風に改造される筈だったか。その青写真が書かれています。
ここにアメリカの狂気を読み解くヒントがあります。
勇気を持って読んで欲しいと思います。(難しくてもねぇ・・・・)

実際は組織や国の中で公正な手続きで扱われても、人は衣食住が満たされず、恐るべき困窮の中で暮らして、しかも社会的正義の名の下に苦境を放置されてしまえば、容易に組織や国を恨みます。

隣人も恨みます。今の日本はそんな地獄の公平さの中で、リストラで首を切られていく人を横目に、戦々恐々としながら数十年も放置されてしまっているのです。
アメリカはそれが30年を超えました。アメリカンドリームも無くなり、社会は悪い公正さで統治されています。
中国も同じです。国栄えても、GDPが倍になっても賃金は地獄の低さです。
そんな社会でどんな正義についての考えが蔓延するか?日本人は知らない方が良いと思います。

人は役割によって社会の中で生きていきます。
逃避型の狂った正義を観念する者は「看守としての生き方を選びたいと言う欲求に捕らえられます」、こんな楽な生き方を選んだ者がネット右翼と言われる怪物に変わっていきます。
恐るべき実験 | 復活!三輪のレッドアラート!

人は自由であるべきです。でも、その自由の選び方がその人の本質なのです。
人は神の心のままに自由であるべきである。これが三輪の信念です。

楕円を見せられる国 | 復活!三輪のレッドアラート!


良く考えて下さい。
自分が何かを憎んでいると感じた人は、自分が憎んでいる何かについて考えていただきたい。

和久希世さんの言葉に、私はあえて反論しましたが、本当は自分が憎んでいる何かにこそ、歪んだ意識を植え付けられる何かに対する偏向があったのではないか?
そう思う事はとても大事です。

人はそれぞれに何かを憎むように条件付けられています。
私も昔は左翼の人達を憎んでいました。それは仕事で一緒になった小学校の教員との出会いで氷解しました。
私は戦争を子供の頃から憎んでいました。その結果、自国に対して他国の侵略を許す事も絶対値として侵略と同じ事をしていると気付きました。

しかも、それは自分の隣人を危険に晒す事であり、他国の人達を侵略するよりも更に深刻な邪悪だと気付きました。
自分の正義に拘泥して、隣人の安全を留守にすべきだと叫ぶのはそれも個人主義の偽善なのです。

まあ、このエントリーも中途半端に終わりそうですね。
いや、終わります。また次の機会にエントリーを追加します。

本日はこれまでで終わります。
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コメント
この記事へのコメント
いつも拝見させて頂いています、最近はUPされる頻度が増え嬉しい限りです。

難しそうな本ですが読んでみたいと思います。
記事を読んでいつも思いますが三輪様のブログは愛が溢れていますね、そして非常にシンプルで解りやすいです。
色々と考えさせられますがこちらのブログを拝見していると大変有意義な時間を過ごせます。
これからも頑張って下さい、失礼します。
2009/11/14(土) 22:19 | URL | 経営者 #-[ 編集]
>本当は自分が憎んでいる何かにこそ、歪んだ意識を植え付けられる何かに対する偏向があったのではないか?
ここを読んで、とてもホッとしました。

偉そうなコメントを入れて済みませんでした。
実際のところ私も、貴方の言われる事も、一面の真理なのかもしれないとも思うのです。(と言うより、私には何も分ってはいないのかもしれませんし・・・・・)

ただ感じたままを無責任に主張しているだけ、
だから去年dendrodiumをやめたくなったのかも知れませんし・・・・・

それにつけても、戦争だけはもう再び、日本にさせたくないですね。
2009/11/15(日) 14:55 | URL | 和久希世 #dN1wHbUA[ 編集]
>和久希世さん
人は暴力に負けちゃ駄目なんです。
暴力を持った事でその暴力に酔って濫用してしまう事。暴力に適わず蹂躙されてしまう事。

両方同じなんです。

自分達の歩んで来た道を反省するのは良い事です。
でも、極端から極端に走ってはいけない。
武力を全否定する事も、武力を全肯定する事も両方危険です。

本当に美しい道を歩もうとする事は難しい。
けど、この世の中は結構捨てたもんじゃない。
とりわけ、日本人に生まれた私達は本当に恵まれている。
その事を感謝しましょう。そして、この平和を乱さない為に何が大事なのかを考えましょう。

私、随分以前に言ったんですけど「私は右手、あなた方は左手」だとね・・・・。
両方無いといけないものなんです。偏ってはいけない筈なんです。
信じあうこころ、少なくとも自分達を信じるこころは失ってはならないと思います。
それを失えば、人として終わりですから。

>経営者さん
ブログ拝見しました。
興味深いですね・・・。特に「寄生虫」のエントリー。
同感です。貴方は”私の仲間”みたいですね。どうやらその様です。
そう感じました。
2009/11/15(日) 15:40 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
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2009/11/22(日) 13:29:53 | 東京のばかやろーブログ
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