独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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私が見た冤罪の中で、最も印象に残った例を紹介しよう。
別に刑法犯として冤罪になった人ではない。それならばまだ納得できる。

私が見た冤罪被害者の中で、最も印象に残った人は「O157事件における南野農園の経営者」であった。

南野農園 インタビュ-


この事件は、大阪府堺市で猛毒性の病原性大腸菌O157の汚染によって、子供達の命が奪われた悲劇の事件である。
当時の厚生大臣「菅直人」の無学、不勉強、世間に流される弱さが南野さんを不幸にした。

元来、O157は「汚染牛の腸内の排泄物」を経由して伝染する危険な微生物です。
その性質を知っている筈の当時の厚生大臣「菅直人」は、家畜とは全く関係のない貝割れ大根の栽培施設をスケープゴートにしようとしたのでしょうか?

答えを私は知っています。堺市では畜産関係の業界に喧嘩を売るのはご法度だからです。
そして、その代わりに生贄として捧げられたのが南野さんでした。

彼は公演の中で言っていました。「菅直人に直談判して、目の前で切腹してやりたい!」と。
罪無き者が冤罪で陥れられた時、罪無き者が落ち度無く不幸に叩き込まれた時の日本人の考える事は「潔白を証明するために死んでも良い」「正義の為に死んでも良い」と言う事なのでしょう。

濡れ衣を着せられた貝割れ大根の栽培業者でもそうなのです。
これが殺人者がノウノウと生きて、被害者が永遠に死んでしまっている場合はどうなのか?と言う事です。推して知るべしでしょうね。

自分の奪われてしまった未来、自分の努力してきた過去、自分が心底愛している家族の無念、それらを正しく知る者にとって、「加害者が我が身だけを保身している姿」「加害者をえこひいきして擁護する者の存在」「加害者がノウノウと暮らしている事実」だけでも許しがたいのですよ。

ともあれ、その後に南野農園は倒産してしまいました。
正義を叫び続け、潔白を訴え続けて、その努力も空しく、南野さんの過去の頑張った事も、南野さんの繁栄してしかるべき未来も失われてしまったのです。

ただ一人の無能な男の先走りで・・・・。菅直人、マジで許しがたい奴。
今後、この冤罪事件は民主党政権になっても日の目を見る事はないでしょう。
自民党もこの件では菅直人を攻撃しないでしょう。恐るべき利権の繋がりがばれるからです。

自由はシステムに組み込まれ、正義はバランスで計られ it'a new style war・・・・。
人の無念を知り、正義について深く考えれば、最後は暴力に走るか、やりきれなさに埋没するか。

あるいは・・・人の無念を忘れず、知りうる限りの真実を求めるか。
その真実の正反対の位置にあるのは、超人的な優しさと清らかさに装飾された虚構の楽園と言う事です。
行き過ぎた人権によって、全ての罪が消されてしまう世界。私はそんな魂の死んだ世界には住みたくない。
日本をそんな世界にしてはならない。そう思うのです。
感情が先行したわかりにくいエントリーになりましたが、私の思うところ、感じるところとはこう言う下敷きあっての事なのです。

皆様にも、少しだけ罪がどこから生まれ、どこで解決されるのかを考えて頂ければ嬉しく思えます。
本当に考えるべきなのは、世間知の一つ「罪を憎んで人を憎まず」と言う言葉が真実とは違うと言う事でしょう。

人は絶対に罪を犯した人を憎むのです。本当に罪を憎むが、人を憎んではならないのなら、刑法は何故人に罪科を問うのか、誰にも返答はできないでしょう。
もっともらしい嘘、標語になってさえいる嘘はこの世の中に溢れています。

人には人情があります。人情の内には憎しみや恨みも含まれている事からも目をそらしてはいけません。
それらのマイナス?の感情が無くなれば、その人は超人であるかも知れませんが、どう考えても人間ではないのです。
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コメント
この記事へのコメント
<皆様にも、少しだけ罪がどこから生まれ、どこで解決されるのかを考えて頂ければ嬉しく思えます>
三輪よ、お前は人に対して殺意を抱いたことはあるか?
 俺はある。そいつは徹底的に俺を嘲り利用し侮辱した奴だった。腐りきった役人だった。そいつには家族もあるのを知っている。しかし殺ろうと思っていたときはその様なことに考えは及ばない。むしろ悲しみの極限に落としてやろうとも考えた。それほど相手を憎んでいた。
 殺しの方法も考えた。「道具」も買った。計画的で明確な殺意があるものとして、殺れば極刑になるかもしれない。それでもかまわなかった。
 歯止めは俺の家族だった。それゆえに耐えた。その限界に近づいたとき奴は転勤して俺の目の前から消えた。そして殺意は薄らぎ、心は家族の元へ帰って行った。神の計らいだったと今も思っている。
 秋葉原の殺人者も家族という歯止めがあれば寸前で止めていたかもしれない。やるかやらないかは紙一重だ。
 別に死刑があってもいい。加害者に憐憫の情をくれとも言わない。ただ、人に殺意を抱いたことのない幸福な奴らが被害者の側に立って善人面するのに反吐が出そうなだけだ。
 もう書込みはしない。チャンネル桜の「東アジア共同体の悪夢」の板の時からのお前のファンだった。最近、役人擁護が鼻につきだしたので書かせてもらった。俺は役人の汚さを骨の髄まで知っているからな。
 これからも読ませてもらうよ。貴方のスタイルで続けて下さい。もう書き込まないから。感情にまかせて書き込んだこと、お詫びします。
 ハマショーを聞いていた頃の青春を思い出したんでね。多分、同年配だろうな。
 
2008/10/23(木) 19:31 | URL | kyouo #-[ 編集]
>kyouo
ああ、それが普通人の感覚だろうな。
つまり、憎しみよりも愛や、自分の可能性を考える余裕を持っていると言う感覚の事だ。

ついでに言うと、私が真剣に他の誰かに対して殺意を持った事が無いと思うのか?
お笑いだな。その上でこう言う事を語っている。
別に私は普通の人間より幸福な人生を送って来た訳ではない。

そこは勘違い、あるいは独りよがりだな。
役人については、どうもわかってないみたいだから書いておこうか。
連中は首に縄をつける事のできる犬だ。
法律でどうにでも処分できる道具だ。
それに対して権力がどうのこうのと言う政治家どもは、言ってみれば逃げているだけだと思うが?

ただし、一般人に対しての権力はあるだろうな。
そして、私が政治ブログを書いていて、一貫して訴えている事は一つだ。
軍隊、警察、官庁、立法府、法廷、これらは全て”暴力装置”だと言う事だ。

その暴力装置との付き合い方を良く考える事こそ、我々国民の義務なのだともな。
恐るべき何かとどう付き合うか。私はその事について真剣に考察して書いているつもりだ。

以前の私の言葉を繰り返しておこう。
226事件に繫がる流れとして、昭和恐慌の際に軍隊が穀潰しとして槍玉に挙げられ、海軍は呉の町ですら非番の日に制服を着て歩けなかった。

この揺り返しが日本の歴史を歪めたと言える。
暴力装置である、昭和の軍隊=官僚化した軍隊に対して、国民が憤懣のはけ口としてイジメを行った結果が軍部の台頭であり、軍部の既得権益の力づくによる保持であった。

連中は恐ろしい保身の怪物が最上層に揃っており、それらは必ず国民が敵対すれば牙を剥く。
報復の手段については幾らでもあるのだから。

その事を忘れてはいけない。
役人どもを窮鼠にしてはならないのだ。
2008/10/24(金) 09:03 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
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