独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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最近のエントリーでこう言う文を書いた。


無実で落ち度の無い国民が、邪悪な犯罪者の手にかかって無残な死を遂げても、それでも国が犯罪者の命だけを保証すると言うのならば、それは刑法の否定でもある。
刑法とは、詰まる所は罪科があった事が審理で明らかになった場合、その基本的人権を制限剥奪し、拘束及び生命財産名誉の剥奪を行う法律である。
三権分立の一つであり、憲法の中核部分を護る為の法律が、人権団体の恣意的な屁理屈で歪曲されてしまう事こそ、本来的に日本国の憲法による国民の権利保護を攻撃する行いなのである。

その事を護憲派も良く理解した方が良い。
何?私は憲法9条以外は守る必要を認めない? ああ、そう言う向きは生きている資格が最初からない人ですね。
御自分の手で、自分自身を手早く始末して下さい。貴方は他人の迷惑になるだけの人生しか送れないでしょう?
死になさい。今すぐ。死刑囚とか、貴方みたいな人達には、私としては何の情けもかける必要を認めません。
死になさい。ゴミはゴミ箱に、生きている資格のない人はあの世に。世界をもっと美しくするために死になさい。

ところで、試みに聞くが、この文章は過激か?
私としては、被害者家族の気持ちをほんの少し代弁しただけであり、被害者の傷心は本当に深い。

何故ならば、死刑囚のほとんどは「大量殺人者」(ほぼ間違いなく、加害者と何の関わりも無い者達)や「殺人で懲役出所後の殺人再犯者」である。
とりわけ、最近死刑を執行された死刑囚は、殺人で服役した後に仮釈放の最中に殺人を犯した者が多い。

被害者の家族にしてみれば「何故こんな奴を釈放したのだ?」と言う気持ちは非常に強く大きいだろう。
普通の人間なら、殺人を犯すのは故意ではなく弾みで犯してしまうのだが、死刑相当と審理で判断された者は、根本的に凶器を周到に準備して、しかも衝動的かつ利己的な動機で他者を死に至らせた者ばかりなのである。

つまり、「他人の基本的人権に何の配慮も払わないだろうと判定された殺人加害者」なのである。
日本国憲法は、基本的人権が103条の内30条を占めている程に人権の尊重遵守を謳った憲法である。
他人の基本的人権を屁とも思わない輩達を何故擁護するのか?その行為それ自体が憲法に背く行為ではないか?

憲法第9条は所詮は一条のみ書かれた記載であり、それを後生大事な世界の宝とほざきながら、その裏では基本的人権などどうでも良い。
大事なのは殺人者の人権であり、殺人者が再度殺人を行っても、まだ更正が可能だと思い込む事で自分の擬似的良心を満足させる。
それは自分が被害者にならないと言う前提での偽善であり、他者の基本的人権をチップにして遊ぶ賭博である。

死をもってしか償えない罪もある。その事を理解できないのならば、それは世界観が緩く甘いだけだ。

懲役受刑者の処罰の後ろには被害者が必ず存在し、死刑囚の処罰の後ろには必ず複数の命を奪われた被害者達と、無念を死ぬまで抱き続ける被害者達の遺族が居る。

被害者達の奪われて取り戻せない幸福になる可能性と、被害者達の遺族の無念したたる血の涙を無視して、加害者だけの人権を主張する等エコヒイキを超えて、それ自体が犯罪行為の共犯行為とさえ言える蛮行であろう。
国家は死刑囚を殺害したくて殺害するのではない。社会正義を執行する為に死刑を代行しているだけだ。

明治時代に敵討ちが禁止され、国家が法に則って死刑を執行する時代になったが、もしも死刑制度を廃止するならば、敵討ちや決闘の制度も復活させるべきであろう。
何故に被害者が一方的に泣き寝入りをしなければならないのか?

「それは私達の良心を満足させる為です。私達の良心の快楽の為に貴方達は犠牲になるのが正しいのです。」
死刑廃止論者は、被害者遺族会の前でそう正直に告白すべきだ。
どうしても死んで罪を償うしかない者達を擁護したいのなら、被害者達の苦しみを全て受け止めてからにすれば良い。
なぶり殺しにされるかも知れないが、それはそれで良心を貫く為には仕方あるまい。

裁判で貴方達を殺害した家族は、心無い者達から最大級の苦しみを与えられた旨を述べ立てる事だろうが、それも仕方ないだろう。
安全な所で、綺麗な理屈だけを述べ立てるのはフェアじゃない。私はそう思っている。

よってこの文章の訂正は行う理由を認めない。

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コメント
この記事へのコメント
過激ではありません。
三輪さん、こんにちは。今回のエントリーとても興味のある記事ですのでコメントさせて下さい。酒鬼薔薇事件、大阪池田小事件等何の罪も無い人々が殺傷される事件が報道される度に、もし自分が被害者の家族や恋人であったらと思うとやり切れない思いでいます。
人の生きる権利を勝手に奪って何年かしたら世間に戻ってくるということはとても許せないと思います。
こういう犯罪を犯す人がいなければ奪われるはずの無い命が沢山あったはずです。
東野圭吾の「さまよう刃」と「貫井徳朗の「殺人症候群」をお時間があったら読んでみて下さい。
私もきっと同じ行動を取ると思います。
それからこれはネットで読めますので是非ご一読を。菊池寛「ある抗議書」です。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/1341_19214.
2008/10/21(火) 13:55 | URL | 凛 #-[ 編集]
初めてのコメント失礼します。
管理人様のブログを楽しく拝見している者です。
今後のため、稚拙ですが読者の一人として意見を申し上げようと思います。あらかじめ断っておきますが、あくまでただの意見でして、決して管理人様を非難する意味合いはありません。

前回のエントリについて、
率直な感想として、少々乱暴かもしれないと感じました。
死刑存続の主張は問題ないのですが、
その後の文章がどうしても・・・。

そもそも、死刑存廃問題は突き詰めれば
死刑囚だとか被害者だとかに対して「自分はどう感じるか?」の問題になると思います。被害者の無念を晴らす為に死刑、という応報的な考えもできますし、死刑で冤罪は酷すぎる、という考えもできます。
よって、普遍的な答えはないと思います。

この議論に対して、自分の意見に反対する一部の人を、「死ね」だとか言うのはどうしても抵抗感を感じてしまいます。或る意味、日本人の多様性を損なう、強引な言動にとれます。
もちろん、政治系ブログなので皮肉だとか中傷的な言葉は必要だと思いますが。


長文失礼しました。
不快にお思いになってしまったら謝罪致します。また、このコメントは削除して頂いても構いません。
2008/10/21(火) 21:38 | URL | なすび #ZkP7pAEU[ 編集]
死刑すべき人
元首相小泉詐欺一郎は絶対死刑に処すべきだ! レイプ、首絞め射精殺人、経済破綻自殺、りそな銀行詐欺売却、後期高齢者殺人公的SMルーム資金、暴力団との癒着、犯罪もみ消し、史上最悪の獣は見せしめ晒し国民の前で死刑に処すべきだ!
2008/10/21(火) 22:46 | URL | 日本人 #-[ 編集]
<私としては、被害者家族の気持ちをほんの少し代弁しただけであり、被害者の傷心は本当に深い。>
のっけからえらく賢く正義の味方ぶってるじゃないか。どうしても自分を高みに置きたいようだな。役人臭がぷんぷん保身最優先の書きだしだ。えらく文章も都合良く縮めてるしな。
<死をもってしか償えない罪もある。その事を理解できないのならば、それは世界観が緩く甘いだけだ。>
 死刑を廃止した国の国民は皆「生死観が緩く甘い」のか?お前がどれほど生死観が厳しく辛いのか?仏門にでも入ったことあるみたいな物言いだな。
<何故に被害者が一方的に泣き寝入りをしなければならないのか?>
何が一方的だよ。ちゃんと刑罰を受けているじゃないか。社会的制裁も受けてるじゃないか。どこが一方的なんだよ。
<もしも死刑制度を廃止するならば、敵討ちや決闘の制度も復活させるべきであろう。>
そこまで言うならお前助太刀してみろ。できないだろう?腹くくって書いた文章じゃないだろう。だから役人臭ぷんぷんと言うんだよ。
 傲岸不遜な役人がゆるい文章を書いたらこうなるという典型例を示してくれてるよな。



 
 

2008/10/22(水) 01:11 | URL | kyouo #-[ 編集]
>kyouo
その前に、お前が殺人被害者の会の前で「わーたしのりょーしんのために、おまえたちはがーまんしてくださーい」とヘラヘラ笑って見せるのが先だな。

それと、助太刀云々についてだが、私は「法律が許す」なら絶対に助太刀するね。
お前は私の事をわかってないんだよ。

まあ、私を役人と呼ぶところを見れば、普段から暴力デモに参加して無意味に粋がってる屑なのだな、お前は?
お前のほざく”行動”とやらは違法な行為だろう?
無法者であり、訴えられていないだけの罪人であるお前なんかは、社会正義を訴える私の様な男は大嫌いなのだろうな?(嘲笑)

>日本人様
同感です・・・。
と言うか、少なくとも様々な国民に対する背信については裁かれないと駄目でしょうね。

>なすび様
感じ方云々ですが、ほぼ全ての殺人被害者の遺族、身内は「軽い量刑」を裁判所が出すと苦しみます。
「私の○○は殺されても、殺した者がこの程度しか服役しないのか?」
「何故殺人者の刑は社会に数年先に帰って来て、私の○○は二度と帰って来ないのか?」
「私の○○はこの程度の値打ちであり、殺人者の値打ちより圧倒的に低い、人殺しより値打ちの無い屑だと思われているのか?」
と言う生涯続く疑問を抱く事になります。

こう言う流れは、結果的に「被害者の社会正義への信頼失墜」「国家への信頼失墜」を惹起します。
とても大事な前提なのですが、懲役や死刑と言う「社会的制裁」は加害者に罪を償わせ、再教育する為の制度です。

しかし、ここで大問題があります。
基本的に詐欺や強盗等の罪を償わせたくても、金品を返却できる罪人は本当に少ない。
そして、殺人と言う行為は最初から「被害者の命を返す事は不可能」と言う究極の罪です。
その事を「殺人者の後援を行う者達」は全く無視しています。
「命は大事」と言う事はわかりますが「やってしまった事は仕方ない」と言う理屈には賛成できません。
やってしまった事は償うべきです。殺人者が生きているならば、処刑されて遺族に詫びるべきでしょう。
やれる事をしないで我が身だけ大事なんて、何様のつもりなのでしょう?

最後に死ねと言う言葉はやはり嫌であると言う事ですが・・・。

これ以上、殺人被害者の遺族を追い詰めない為にも、殺人被害者の遺族を殺人加害者に変えない為にも、ダブスタ大好きの殺人加害者を利用して自慰に耽るだけの人達には死んで頂きたいと思っています。
私はそう言う人をこの目で見ました。

いかにも自分が良心に満ちていて、さも上等な人間であるかの様に口上を述べる。
殺人を許せないのは心が狭いからだと言いたげな、言葉を左右してはぐらかす、ビー玉みたいな目をした役人みたいな輩をね。

人は許されるべきだ、それは正しい。許されるべき犯罪についてはね。
殺人は取り返しが付かない犯罪だと決して認めない固陋さ。
こいつも犯罪者と同じ鋳型の生物なのだと確信させる怪物を、私は過去に目撃してしまったんですね。

そう言う輩は「人は善導できる」と言う固定観念を捨てられないんです。
「殺人者を決して許せない人も居る」と言う多様性を最初から間違ってると断じて恥じません。
結局、切り捨てるべきは死んだ負け犬。そう思ってるんでしょう。
「死んでしまった人は可哀想だ。でも、生きている人にはまだ希望があってしかるべきだ」そう言いたいのでしょう。

まあ、煎じ詰めれば「身内が殺された位でくよくよするなよ、みっともない」と言う事です。
言葉を飾ってるだけでね。冷血・・・それ以外の表現は見つからない。
凄いもんですよ、死刑擁護と死刑反対の見えない戦いと言うのは。
恐ろしい程に価値観が違う人達同士の暗闘なんですから。

そう言う事も知っておいて欲しいですね。
死ねと言う言葉は私の本音なんです。どんなに不適当に思えても、それが本音なんです。

>凛様
実際問題、死刑の問題は一筋縄では行きません。
根源的な価値観を問う問題であり、社会正義のありかを問う問題でもあります。

冤罪も死刑については取り返しが付きません。
しかし、今まで何件もの冤罪が発覚した事から、チェック機能が働いている事も間違いないと思います。

人は神ではないので間違いも犯すでしょう。
死刑と言う判決も全てが妥当であるかはわかりません。
しかし、100%を求めるならば、火事が毎日起きているから火の使用を禁止するか?
交通事故が起きるから車を全て禁止するか?
包丁で刺殺事件が起きるから包丁を全て禁止するか?
と言う事と同じで、煎じ詰めれば「死刑は法秩序の維持の為の道具」と言う考え方もできます。

まあ、コンニャクゼリーを禁止して、餅や米飯を禁止しない野田聖子@マルチ献金大臣閣下様殿みたいなダブスタ政治家(思わず牝と言いかけました)も居るので、今後の死刑論議も片手落ちの恐るべき方向に向かいそうな気もしないでもありません。

何にせよ、何人殺しても加害者が処刑されないと言う、加害者優位の社会は荒廃して行くでしょうね。
殺した者の勝ちと言う社会は、住民に幻滅感を与えずに置かないでしょう。
人権問題の本質が、いかに卑しいものであるかが認知されるにつけ、憲法そのものへの信頼も消えうせて行くでしょう。

憲法は善良で落ち度の無い、真面目に暮らす人達を守らない。
そう理解されてしまうと、憲法を擁護する者それ自体が憎まれる流れになるでしょう。
巡り巡って、平和憲法への信頼毀損も起きるでしょう。

平和憲法を守ると息巻いている者達が法秩序の破壊者であると知れた時には、平和憲法の部分だけが毀損されるかも知れませんし。
まあ、そう言う流れもありえない訳ではないでしょうね。

行き過ぎた擁護は、言ってみれば何かを甘やかしているだけですから。

私に言わせれば「加害者の人権だけ擁護」なんてのは、「貧困層を量産しながらの”ボクの美しい国”強要」と同じで、取り乱しているだけの独りよがりにしか見えません。
2008/10/22(水) 04:07 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
>kyouo氏
犯罪者が“一方的”にと裁かれる極刑に異を唱えるが、社会秩序と人権を一方的に踏み躙る輩には相応の刑が有って然るべき。
冤罪を盾に論拠するのも問題のすり替えに過ぎん。
>三輪様
死刑制度を断じる者の屁理屈には、社会全般のイジメの問題でよく耳にするイジメる側の屁理屈と同じで虫酸がはしります。
記事中の物言いは被害者の代弁であり、清々しいくらいです。
2008/10/22(水) 11:07 | URL | はやぶさ #-[ 編集]
エントリー内容を支持します。
古代ローマ人が言ってたそうですが、法のために社会があるのではなく、社会のために法がある・・・だそうですので、社会的に死刑を賛同する声が多い以上、社会に法があわせるべきであると思います。
2008/10/22(水) 13:07 | URL | 時山 #mQop/nM.[ 編集]
色々と見解はあるでしょうが、日本人には『死んで責任をとれ』という思想や文化が潜在的に根深くあると、個人的には考えています。

日本から死刑制度はなくならいし、無くす必要もない。

反省も悔恨もない殺人者などは、自ら人間である事を放棄した獣以下の存在です。
自ら人間をやめたモノに人権なんぞを適用するのは、筋違いだと思います。

三輪様、個人的には気安く、死ねというのはどうかと思ってしまいます…
本音だから仕方がない、と開き直るのはちと狭量かと…

失礼しました
2008/10/22(水) 13:52 | URL | 豆 #-[ 編集]
記載された内容に、同感です。
まったくその通りだと思います。
死刑廃止論者は、自己満足の為に
いってるとしか思えません。
人の命を奪った者には
自分の命で償うのが基本だと思います。他所の国のことは関係ありません。よそはよそ、ウチはウチ、です。死生観、宗教観、道徳観、
人生観などが違うのです。
同じようにやれというのは、乱暴でしょう。
2008/10/23(木) 18:30 | URL | 翡翠(ひすい) #flPMGraQ[ 編集]
同感ですね。
まず、日本の死刑判決は結構ハードルが高いことが前提条件としてある。つまり、三輪氏が書いているように「これは死刑しかない!」という人間なのだ。

現状での問題は、刑罰等価を原則とした場合には全く被害者側の感情には報われない判決ばかりである。判例では一人の殺人では社会的に影響を及ぼすほどの例でない限り死刑にはならない。そして、悲劇が繰り返されることも多い。

現状でも死刑適用要件が厳しいのに死刑廃止など笑止といえるだろう。三審制、犯罪立証主義から死刑に関する冤罪は皆無だろう。(最高裁まで争っての話)

ただ、友人が殺人者になったことのある小生としては、殺人者の殺人への理由、被害者の悪事、加害者家族の苦悩、被害者家族の怒りを同時に知ってしまった。だから、個々の事例については、悲しいが事件を全て明らかにして、殺人という犯罪を咀嚼した上でないと刑罰は論じられないと思う。
その事件を通じて感じたのは、みんな不幸になるということだ。
家族は友人を待つと言った。でも、私はどんな理由でも彼を許せなかった。もしかしたら、殺人を止められたかも知れないという自責を一生背負うこととともにだ。
結構現実はシビアに心に迫ってくる。彼と友人関係を絶った自分は、酷い人間なのだろうか。寛容の心は無いのか。でも、利己的な理由で人として一線を越えた彼を私はどうしても許せなかった。ただそれだけだ。
2008/10/24(金) 17:29 | URL | ラッキーゲラン #-[ 編集]
刑罰は被害者の為でなく社会の為ではないのか
上記「なすび」さんとは別人です。
過去一度のみコメントを書き込んだことがあります。

死刑を求めるのはわかりますが代弁というのはどうかと思います。
ただし、死刑犯の被害者・関係者なのでしたら以下の文章はすべて読まなくてもかまいません。
あなたの言葉は正しい。そして多様性のためにも認められるべきです。
立場というのは各自違うのですから。
ただ、私は以前復帰を願うコメントを一度しているにもかかわらず、
最近はまったくこちらを見ておりませんでした。
RSSチェックに入れてはおりましたが。
この意味を考えてほしいと思います。


・過激だと思います。
・「9条を守れ」といってる人で「9条だけを守ればいい」と考える人はおそらく皆無です。
 よって、その架空(きわめてごく少数)の相手に対する言葉は空疎なものになります。


刑罰は私刑ではないはずです。
日本の取締りがよくもわるくも恣意的に行われている現状が
まさに社会的にどうなのかで判断されているという事だと思いますし。(権力者や警察の意向も強いですが)
>つまり、「他人の基本的人権に何の配慮も払わないだろうと判定された殺人加害者」なのである。
この判断はなされていないと思います。
>2008/10/22(水) 13:07 | URL | 時山 #mQop/nM.[ 編集]
上記コメントにもあるように社会のために法があるということは
被害者の為ではありません。もちろん近しいですが、被害者の正義と社会の正義は異なります。
被害者の思うようにというのならクレーマーもすべて正しいとなる。もちろんこれは極端ですが。
たとえば懲罰的賠償が国によって異なるように。

さて。被害者家族や関係者は
殺人者が死んだからといって本当にみんな満足します?
最高刑だから納得しようとしてるだけではないのか。
「あだ討ち、助っ人」これもやれると思います。
社会的制裁は少々名誉毀損罪に気をつける必要はありますが
可能ですし。今ならインターネットもありますので
なおさら「忘れ去れる」事に抵抗できます。
ただ、私はあまり是としません。

反死刑派な考えっぽいですが(私自身あまり死刑存続にあまり強く賛成しきれません)
なかなか死刑判決、執行されないからといって
加害者有利とも思ってません。
そしてそこから憲法の信頼が落ちるといわれても
そりゃ、ちょっと過剰というか頼りすぎ・絶対視しすぎてるんじゃないの?と思えます。
あと。憲法というと国のあり方を規定するとか(リヴァイアサンのあれ)、で
直接的に国民どうこうというのとは違うかなーとか。
まあ元々日本には言葉や概念がなかったようなのですけどね。
2008/10/29(水) 23:11 | URL | 茄子 #GCA3nAmE[ 編集]
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2008/10/21(火) 13:44:32 | 雑談日記(徒然なるままに、。)
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