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世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL199  江田島孔明

今回は、私が最近購入したプラモデル「伊-400潜」の紹介と妄想を披露したい。
(三輪:私は昨日の昼に、潜水艦関係の技術者とお話してましたw)

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 いうまでも無いが、「伊-400潜」は、第二次大戦において、帝国海軍がアメリカ海軍の大動脈である「パナマ運河」攻撃のために開発した当時最大の潜水空母だ。
 潜水空母「伊400」は、搭載した水上爆撃機による奇襲攻撃を行うというユニークな発想によって作られた大型潜水艦です。当時の他国に於ける代表的潜水艦であるUボートに比べ、全長で約2倍、排水量で4.5倍、水上爆撃機「晴嵐」を有する事による有効攻撃射程距離は数十倍という、並外れたスペックの秘密兵器だった。

 終戦間際にウルシー泊地攻撃の命を受けて行動中に終戦となり、遂に当初の威力を発揮するに至らなかったが、開発途上ではなく将に実戦行動に参加したという完成度の高さ故に、今でも「もしも....」の思いに駆られる人は少なくない。
 しかも「思い付きの珍兵器」ではない着想の確かさは、その後この艦と同じ発想が原子力戦略ミサイル潜水艦として開花した事でも裏付けられている。戦後、潜水艦については、
  伊13型    伊14号
  伊201型   伊201号
  伊201型   伊203号
  伊400型   伊400号
  伊400型   伊401号

全艦、アメリカが接収した。

これは、アメリカは、潜水艦こそ次世代の有力兵器であると、すでに察知していた証左であろう。先見の明のあるアメリカは、評判の高かった日本軍の潜水艦を、独占的に研究したかった、いづれ敵となるであろうソビエト等には渡したくなかった、ヒントを与えたくなかったのであろう。

 <諸元>水上排水量:5,223トン 水中水量:6,560トン
       全長:122.0メートル 安全潜航深度:100メートル
       水上速力:18.7ノット 水中速力:6.5ノット
       水雷兵装:53.3サンチ魚雷発射管8門
       火器:14サンチ単装砲1基、25ミリ3連装機銃3基、同単装1基
       搭載機:水上爆撃機「晴嵐」3機

 思うに、米海軍が真に脅威を感じたのは、大和や赤城に代表される連合艦隊ではなく、この伊号潜水艦や回天による通商破壊の可能性だろう。
 潜水艦の大量保有から、Uボートを駆使してドイツが行ったような兵糧攻めを日本海軍が実施していたら、また、戦局は違ったかもしれない。

 艦隊決戦思想から抜けだせず、潜水艦の有効活用に失敗した帝国海軍だが、虎は死して皮を残すように、アメリカ海軍にその思想が引き継がれ、後に戦略原潜やSLBMといった戦略兵器を生んだ。

 まさに、伊-400こそは、戦後のミサイル原潜の始祖なのだ。
 そして、その血脈は米海軍と海上自衛隊に息づいている。

<参考>
出展WIKIPEDIA
[編集] 概要
潜水空母(せんすいくうぼ)とも俗称される。艦内に攻撃機を搭載、さらに(理論上ではあるが)地球を一周半可能という長大な航続距離を誇る。パナマ運河を搭載機で攻撃するという作戦が考案されたが、本艦が完成したころには、日本海軍は制海権、制空権とも失い壊滅的な状態になっており、すでに時期を逸していた。
第二次世界大戦中に就航した潜水艦の中で最大の大きさであり、全長は米軍のガトー級を37メートル上回る。独創的な構造と3機の特殊攻撃機『晴嵐』を搭載していたことで知られる。その知名度は極めて高く、子供向けの船舶図鑑にも紹介されている。伊号潜水艦。
[編集] 開発の経緯
日本海軍の漸減作戦として「潜水艦による敵艦隊攻撃」というのがあり、その一つに、アメリカ西海岸まで進行してアメリカ艦隊を攻撃可能な航続距離の長い艦(巡用潜水艦伊一型潜水艦など)が構想された。その後、1942年に建造が検討されることになる本艦に「アメリカの要所であるパナマ運河を攻撃するために、攻撃機を搭載可能な艦」というのが盛り込まれることになるが、それが誰によって、いつ発案されたかは不明である(有力な説は山本五十六によるというもの。彼はこれでアメリカ東海岸を攻撃できないかと考えていたとも言われる)。
海軍は、本艦以前にも航空機を搭載可能な潜水艦を建造していたが(伊号第五潜水艦、伊号第一二潜水艦)、これらに搭載する機体は、「零式小型水上偵察機」という、攻撃機として使うことが不可能な機体のため、新たに水上攻撃機晴嵐が開発された。伊四〇〇型はセイル部と一体化した格納塔内に3機搭載した。
昭和17年の改マル5計画で18隻の建造が計画(設計番号S50)されたが、戦局の移行と共に計画は5隻に縮小され、最終的に3隻が完成した。建造計画の縮小を補う為、1隻当たりの搭載機数が3機に増加され、また、建造途中の甲型潜水艦を晴嵐2機搭載可能な潜水空母に改造した(伊一三型潜水艦:伊一三、伊一四)。
[編集] 戦歴
当初パナマ運河の、次に西海岸部の攻撃を検討したが、最終的にウルシー泊地の在泊艦船への攻撃が決定された。作戦参加艦は伊四〇〇・伊四〇一と、潜水空母に改造された伊号第一三潜水艦・伊号第一四潜水艦の計4隻(伊一三・伊一四は、先行偵察用の艦上偵察機彩雲を輸送する任務)。攻撃予定日は8月 17日だったというが、直前に電信で作戦中止・停戦命令を受け、内地へ帰投する途中で米軍に発見され、降伏。このとき米軍が撮影した乗組員のカラー映像が残っており、後年日本の報道番組内で公開された。
[編集] 潜水空母の実用性
潜水空母は航空戦艦と並んで架空戦記では定番の秘密兵器であり、軍艦好きにとってはロマンを感じさせるコンセプトの軍艦であるが、その実用性は殆ど無いと言っても過言ではない。
潜水艦の一番の武器は隠密性である。水中に潜って存在が分からない事に最大の意義がある。第二次世界大戦中この特性を生かしたゲリラ戦的な通商破壊こそが、潜水艦の最も活躍した戦術であった事はドイツのUボートの例をみれば明らかである。この為には発見されにくく小回りが利き、量産に適した中型潜水艦を多く揃える事が一番であるが、伊四〇〇型は艦載機を運用する為に大型で構造の複雑な艦であり、発見されやすく量産に不向きなばかりか、艦載機発艦の為には最大の武器である隠密性を放棄して浮上しなければならない。しかも艦載機回収の為に周辺海域に留まり続けなければならない。レーダーの性能が向上した大戦後半の時期に、このような戦術をとれば、たちまち敵に発見されて撃沈されてしまったであろう。

もっとも、パナマやウルシーへの攻撃計画では特攻が前提とされており(晴嵐に大型爆弾を搭載する場合はフロートは装着できず、仮に帰投しても不時着水して乗員のみを回収するしかない)、これならば発進のみで収容の必要は無いが、通常の戦術の常識から大きく逸脱している事は明白である。

日本海軍は潜水艦を艦隊決戦に用いるために多くの航空機搭載潜水艦を整備したが、殆ど有効活用されておらず、そのカタログスペックの割には貧弱な戦果しか挙げられなかった。列強諸国も一度は潜水艦に水上機を搭載しようと試みた事はあるが、大戦に入ると艦載水上機は殆ど使われず、多くの艦艇は航空艤装を撤去して対空砲を強化した。
日本海軍は水上機を高度に発展させて艦隊決戦時の数的劣勢を少しでも補おうとしたため水上機搭載潜水艦に固執したが、これは潜水艦の用法を誤らせてしまったと言える。
艦隊決戦という一戦場での戦術的な勝利で戦争に勝てるとの、近代戦に対する誤った認識から抜け出せなかった首脳部の責任が大きいが、潜水空母も膨大な手間と資材を使用したにも拘らず戦果を挙げることが出来なかったのは当然と言わざるを得ない。

潜水空母にしても航空戦艦にしても、あるいは潜水艦に大口径砲を搭載したスルクフのような艦にしても、話としては面白く想像力をかき立てるものではある。
しかし異なる兵器を繋ぎ合せたかの様なこれらの兵器は、結局のところ実用性や信頼性に欠けるアイデア倒れの兵器であると言える。
本型も、隠密行動と遠距離攻撃手段の複合という構想こそ現在の戦略原潜に通じるものであるが、当時の日本の工業力から考えれば戦力化は夢物語でしかなかった。
また、当初計画では18隻という建造数が3隻と減らされたことも、本艦の評価に疑問符をつけられる原因と思われる。

搭載機が3機という少数では決定的に打撃力不足であり、また現代の戦略原潜に見られるように(ただし核を搭載し一隻でもそれ自体が決定的打撃力として存在する原潜といささか事情は変わるが)、この手の兵器は数を投入して初めて効果を発揮するからである。
なお、パナマ運河などに対する攻撃が実施されたら、という想定で書かれたフィクションはいくつかある。檜山良昭/著「パナマ運河を破壊せよ~海底空母・伊四〇〇~」は比較的よくできた作品だが、それでもかなり日本側に甘い設定となっている(往路で敵に発見された伊四〇〇が無事に逃走できた、晴嵐が故障せずに完全作動している、など)。ただし、帰投途中に4隻の潜水艦は全て撃沈されている。


[編集] 同型艦
• 伊号第四〇〇潜水艦(第5231号艦)
1944年(昭和19年)12月30日呉海軍工廠で竣工。連合艦隊第6艦隊第1潜水隊に所属。ウルシー南方で待機中敗戦を迎える。帰投命令を受領し搭載機、魚雷を投棄。8月29日アメリカ駆逐艦ブルーに接収され、8月30日横須賀港に帰港。9月15日除籍。その後、アメリカ本土に回航され技術調査され、ハワイ近海で実艦標的として撃沈処分。艦長は日下敏夫中佐。
• 伊号第四〇一潜水艦(第5232号艦)
1945年(昭和20年)1月8日佐世保海軍工廠で竣工。連合艦隊第6艦隊第1潜水隊に所属。カロリン諸島ポナペ島沖で伊四〇〇と合流できず、そのままウルシー攻撃に向かうが終戦により日本へ帰投。8月29日ヒラム・カスディ中佐の率いるアメリカ軍部隊が接収。31日早朝、座乗して指揮を執っていた第1潜水戦隊司令有泉龍之介少将は艦内で自決した。8月31日横須賀港に帰港、9月15日除籍。アメリカ本土に回航され技術調査され、ハワイ近海で実艦標的として撃沈処分。艦長は南部伸清少佐。2005年3月20日にハワイ大学の研究チームにより海底で発見された。
• 伊号第四〇二潜水艦(第5233号艦)
1945年(昭和20年)7月24日佐世保海軍工廠で竣工。連合艦隊第6艦隊第1潜水隊に所属。8月11日に呉で爆撃をうけ損傷[1]。呉で整備中に敗戦を迎える。11月30日除籍。1946年(昭和21年)4月1日長崎県五島列島北方の東シナ海でアメリカ軍の実艦標的として撃沈処分。艦長は中村乙二(海軍兵学校62期)中佐。
• 伊号第四〇三潜水艦(第5234号艦)
呉海軍工廠で起工直後に空襲により損傷、以後工事中止。戦後解体。
• 伊号第四〇四潜水艦(第5235号艦)
1943年(昭和18年)11月18日呉海軍工廠で起工、翌年7月7日に進水。1945年(昭和20年)8月末竣工予定も95%で工事中止し島影に疎開。7月28日呉軍港空襲により大破、後に自沈処分。1951年12月浮揚、翌年解体。
• 伊号第四〇五潜水艦(第5236号艦)
1943年(昭和18年)9月27日川崎重工業泉州で起工したが直後に建造中止、解体。
• 伊406(第5237号艦)から伊417(第5248号艦)
戦局の悪化から1943年7月に8隻計画中止、残りも10月に計画中止。
[編集] 参考文献
• 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0462-8
• 「近代世界艦船事典」



以上
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コメント
この記事へのコメント
>今回は、私が最近購入したプラモデル「伊-400潜」の紹介と妄想を披露したい。

これは完成後の写真等は
ULして頂けるのだろうか(笑

私の場合はエアブラシ等を使って
まともに模型を組んだ事は無いが
エアブラシ等使わず共
筆むら防止の為にリターダーを混ぜた
つや消しのアクリル絵の具を筆で塗った上に
アクリル絵の具を溶かさない
通常の水彩絵の具やパステル・水彩色鉛筆・顔料(ピグメント)で
ウェザリングをして
(これは水でぼかし・拭き取りも可能だろうし
 何度もやり直せる訳だろうが)
上からアクリルのフラットのスプレー等で
コートするだけでも
可也の物が出来ると言う事かも知れぬが


まあ一方的に他者の作品を論評する訳にも行かぬし
http://photozou.jp/photo/top/163488
私の描いた絵のギャラリーも一応公開するが
ろくにデッサンも出来ぬ様なレベルであるし
今はデッサン練習を兼ねて
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/mokei/1198509462/
上等で色々資料を集め乍ら
デザインの幅を増やしていると言う様な
状況だが
(私の場合は漫然とデッサンを練習する様な
 時間も根気も無いと言う事だが)



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A1%E8%88%AA%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB%E6%BD%9C%E6%B0%B4%E8%89%A6
現在でも潜水艦からUAVを発進させると言う事は
研究されている様だが
回収迄は考慮しているのかだが
(大型でもVTOLやSTOVL機なら
 回収は無理なのかどうかだが)


DD(X)の様にレールガンで水上を攻撃する様な
潜水艦と言うのは
未だ構想も無いのか
どうかだが


何れはスーパーキャビテーション利用で高速推進が可能な
潜水空母の様な物も
作られるのかどうかだが


http://www.yamato-toys.com/items/detail.php?gid=1140
http://ja.wikipedia.org/wiki/SV-51
上のマクロス0の戦闘機は
潜水艦のVLSの様な物から
垂直に発進していたかも知れぬが
此れでは打ち上げ用のロケットでも使わぬ限り
可也燃料を消費すると言う事かも知れぬし
飛行甲板装備の潜水空母と言うのも
何れ出来るのかどうかだが
(或いはSTOVLの無人機をカタパルトで無理やり
 人間の耐えられぬ様な高Gで
 VLSから上空に
 垂直に射出と言う様な
 荒業も使われるかも知れぬし
 パイロットが耐GサイボーグならG制限は
 緩和される訳だろうか)


水中発進等と言うのは
何処迄メリットが有るのかだが
大型機を水中発進させる場合は
機体を耐圧構造にする訳にも恐らく行かぬだろうし
回収可能な耐圧外殻を装備して
カタパルトやロケット等で射出されると言う事に
成る訳だろうか
(スーパーキャビテーション技術を使えば
 水中でも可也高速移動は可能な訳だろうが)
水中での戦闘機回収は流石に
可能なのかどうかだが
耐圧外殻を空中に飛ばして
此れを空中で戦闘機に連結させた後
水中に潜って回収と言う様な方向に
成るのかどうかだが

耐圧外殻も水中を長距離スクリュー等で移動して
母艦の位置を把握させぬ様にすると言う可能性も
有るかも知れぬし
水中に出る為のロケットも液体燃料にすれば
水素・酸素は海水から
潜水艦の原子炉等の電力を利用した
電気分解で手に入る訳なら
補充は容易な訳だろうが
戦闘機のエンジンも
水素利用のラムジェット+ジェットの複合エンジンに
何れ転換すると言う可能性も確か有った訳だろうから
海水からの水素も利用可能な訳だろうか
(ジェット燃料も使わず
 水素+酸素のロケットエンジンで
 マッハ3迄加速後
 ラムジェットでの推進に移行し
 低速飛行時は
 F-35Bの様にファンを
 水素等で発電した電力で回すと言う様な
 方向も有る訳だろうか)

戦闘機の搭載兵器もレーザー・レールガン等の
炸薬を使わない類の物を主体にすれば
補給は余り必要は無い訳だろうし
潜水艦の原子炉からエネルギーは
電力や水素・酸素等の形で得られる訳だろうか


潜水艦自身も短時間なら
原子炉の電力で得られた水素・酸素を利用して
スーパーキャビテーション技術を利用した
ロケット推進で魚雷等を回避可能と言う可能性も
有るのかどうかだが
(ガンダムの水中用MSに搭載されて居る様な
 熱核水流ジェット等は
 果たして使うのかどうかだろうし
 核融合炉は兎も角
 核分裂炉の熱で水を温めても
 大した推力は出るのかどうかだが
 高速巡航時には熱核水流ジェット使用・
 ステルス移動時にはスクリューや電磁推進を使用
 高速移動時にはロケット使用と言う様な可能性も
 有るのかどうかだが)
2008/04/20(日) 12:31 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
猊下、潜水空母ならスカイダイバーの事も思い出してあげて下さい。
2008/04/21(月) 23:16 | URL | Yam #-[ 編集]
スカイダイバーと言うのは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AC%8E%E3%81%AE%E5%86%86%E7%9B%A4UFO
謎の円盤UFOに出て来る
http://www.geocities.jp/sf_submarine/skydaiva.htm
上の艦だろうが
空母と言うより戦闘機の水中航行及び
補給ユニットの様な物だろうか



未来の空母もサイボーグが乗るなら
食料も殆ど無用かも知れぬし
艦載機も
原子炉の電力で電気分解した水素と酸素だけで動けるなら
非戦闘時の補給は何処迄必要なのかだが
(乗員の家族等とのコミニュケーションも
 水上空母であれば
 脳同士を無線接続して
 帰国する必要さえ殆ど無いと言う事に
 成るかも知れぬが
 地球の裏側等に居ては通信のタイムラグがやや問題には
 成るかも知れぬし
 脳の外部からのハッキング等の恐れも有り得る訳だろうから
 単純なメール等のやり取りに留まる可能性も 
 有る訳だろうか)


艦艇への核融合炉搭載は
恐らく2050以降だろうが
戦闘機に果たして搭載可能に
2100年等には成るのかだが
熱核ジェットで巡航・熱核ロケット或いはラムジェットで高速機動と言う事に
成るのかどうかだが
熱核ロケットもラムジェットより効率は
果たして良いのかどうかだが
熱核ジェットだけで
ラムジェット推進が可能なマッハ3迄
到達出来るのかどうかだが
無理とすると熱核ロケットや液体ロケットを使用と言う事に
成るかも知れぬが


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%B3
マッハ5迄しか出ないラムジェットでは無く
スクラムジェット利用なら
マッハ15迄出ると言う
事かも知れぬが
熱核ロケットでマッハ15以上は
出るのかだろうし
マッハ15以上出したければ
液体ロケットを使用と言う事には
成らぬのかだが
2008/04/22(火) 01:10 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
http://www.soldiers-russia.com/
上のヒストリカルフィギュアの出来は
可也良いだろうが
実物を何処迄リアルに
再現しているのだろうか


http://www.soldiers-russia.com/kolobob/fighting_samurai_with_katana_sa01.htm
例えば上の様に刀を二本背負った侍等は
現実に居たのかだが
1本背負って居る者なら
幕末の絵等には描かれている様だし
本多忠勝も太刀を確か
背負っていたと言う
事だっただろうか
2008/04/27(日) 19:33 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]

世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL200

                           
江田島孔明

今回は、最近顕著になった、日本を巡る、地政学的変動について、の最近の動きを検討したい。

 私の読みは、数年前から一貫しており、アメリカ幕府衰退後、世界規模での地政学的変動が置き、それは、19世紀からの世界史をやり直すことにつながるというものだ。つまり、世界は第一次大戦により、アメリカが登場してきた時点以前に戻る。このような地政学的変動期において、過去の失敗に学ぶことは非常に重要なので、この点の歴史を見てみたい。

 
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080422AT3S2101F21042008.htm
天皇陛下に訪韓を要請・韓国大統領
 天皇、皇后両陛下は21日午後、皇居・宮殿で来日中の李明博韓国大統領夫妻と会見された。天皇陛下は李大統領から韓国訪問の招請を受け「自分の外国訪問は政府が検討し決定することになっている。招待には感謝します」と応じられた。天皇陛下の訪韓は盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領をはじめ歴代の韓国大統領が来日時に要請してきたが、実現していない。
 会見は午後2時半すぎから約20分間、宮殿「竹の間」で行われた。宮内庁の原口幸市・式部官長によると、陛下は「貴大統領の今回のご訪問によって、日韓関係がさらに増進することをうれしく思います」と発言。大統領は「福田康夫首相ともよい会談ができた」として日韓間の若者交流の強化を説明し、陛下は「それはよいことですね」と述べられたという。
 会見を前に、両陛下は玄関の「南車寄」で大統領夫妻を乗せた車を出迎え、2人が到着すると笑顔で握手を交わして宮殿へ。見送りの際も両陛下と夫妻は通訳を介して和やかに談笑し、大統領は別れ際に日本語で「ありがとうございました」と謝意を表した。(07:03)

http://mainichi.jp/select/world/news/20080427ddm002010105000c.html

日露首脳会談:ロシア主導の経済優先 油田共同探鉱で合意--福田・プーチン首脳会談
 【モスクワ白戸圭一】26日の日露首脳会談は、7月の北海道洞爺湖サミットを前に、福田康夫首相がプーチン大統領、メドベージェフ次期大統領と信頼関係を築くのが主目的で、北方領土問題の具体的な進展はあまり期待されていなかった。プーチン大統領の「対話を続け、進展への必要条件を作る」との発言は、政権最後のリップサービスともとれる。会談後、ロシアのグロモフ大統領報道官は「領土問題で詳細な議論や新たな展開はなかった」とコメントした。
 日本を出発した25日、首相は記者団に「両国首脳が忌憚(きたん)なく意見を言える関係をつくらないといけない」と訪露の狙いを語った。領土問題はロシアの政権交代後も交渉継続を確認するのが限度で、サミットの主要議題となる地球温暖化問題、動きが見える北朝鮮問題で協力を取り付けるのを目指す会談だった。
 「日露関係を高い次元に引き上げる」具体策と位置づける東シベリアの油田共同探鉱は「ロシアの目をアジアに向かせたい日本の狙いとロシアの思惑が一致した結果」(外務省幹部)だが、裏返せば、領土問題での突っ込んだ議論を避けながら経済分野で実利的な成果を得たいロシア側の狙いに乗ったという面も否定できない。
 ロシア側は、領土問題が経済協力など全般的な関係拡大の足かせになるのを避けたがっており、「高い次元」への引き上げを、領土に限定されない関係拡大へ日本が踏み出した兆候とみなしている。「高い次元」を領土問題打開に結びつけたい日本側の狙いは、ロシアのペースに引きずられる恐れもはらむ。
毎日新聞 2008年4月27日 東京朝刊

日米中の東アジアの地政学と歴史の教訓

◆日露戦争に見る日米中三国の地政学関係◆

 カール・マルクスの言葉。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。」

 同じ間違いを繰り返さないために、歴史に学び、教訓を得ることは重要なのだ。

 日露戦争で日本は海軍国英国の支援とアメリカの講和条約仲介とユダヤ金融資本による外債調達で勝利することが出来たのだ。

アメリカにある投資商会クーン・ローブ社のヤコブ・H・シフはドイツのフランクフルト出身でユダヤ人であり、ロシアで迫害されるユダヤ人を救うため、ユダヤ人弾圧国家であった帝政ロシアと戦う日本に同調した。

更に、金融資本主導のイギリスが日英同盟締結によって、情
報の面及び、軍艦等の兵器供与で全面的に日本を支援したことはいうまでもない。

即ちシーパワー米英と国際金融資本との連合こそが日本を国際社会で発展させるための「地政学的結論」であるということなのだ。

逆に日露戦争後日本が破滅の道を歩んだのは、ハリマンとの
満州権益の日米共同開発を拒絶し、中国大陸へ深入りし、アメリカや国際金融資本と対立したことに原因がある。

日露戦争とその後の日米中関係に見る、20世紀の歴史の教訓

日露戦争はその後のアジア太平洋地域の国際関係に重大な影
響を及ぼした。

日露戦争とその後の日米中関係に学び、20世紀の歴史の教訓
から言えることは以下の事実だ。

(1)英米は極東では、直接戦闘に参加せず、「日本を代理人」としてランドパワーに対抗すること。

そのための海軍力(現代では空軍力やミサイル防衛も)の増強には協力する。余談だが、明治維新は、「日本を
極東の代理人」とするために、英国国際金融資本によっ
てなされた政権交代劇だ。

(2)その後の満州共同経営というハリマンの提案を日本がけったことが、後の太平洋戦争に繋がった。
日本がユーラシア大陸に単独で利権をもつことをアメリ
カは許さない。同様にランドパワー中国が単独でアジア
の支配権を確立しようとすることも許さない。従ってア
メリカを排除し、中国単独のアジア覇権を目指す『東ア
ジア共同体』をアメリカは絶対に容認しない。

(3)米中が接近すれば日本の孤立化を生み極東を不安定化す
る。さらにはアジアでの戦争を生む。

(4)中国を同盟国としたアメリカ民主党の支援は全て裏切ら
れた。

その最たる例は蒋介石政権への支援による日米戦争。その結果としての中国大陸を喪失。更には朝鮮戦争での軍事介入。クリントン時代に中国へ供与された核やミサイル技術の中東への流出。

要するに、「シーパワー日本は支持するが、ランドパワー日
本は徹底的に潰す」という事が、アメリカの一貫した方針なのだ。

逆にランドパワー中国は容認するが、海洋覇権をめざし台湾
侵攻やASEAN進出を狙うシーパワー中国をアメリカ断固と
して潰すということだ。

これは、リムランドの複数国が結びつくのを阻止するという「リムランド理論」にのっとった地政学戦略であり、ローマ帝
国以来の分割支配(Divide and Rule)に基づいているともい

える。

この地政学戦略の理論を理解しなければアメリカのアジア政
策の本質は決して読み取れない。

さらに、日本の一部には「アジア事大主義」があり、「アジア人同志で戦争してはいけない。同じアジア人同士連携して欧米にあたるべき」だという意見がある。

 これは全くの”ナンセンス”だ。

はっきりというが、国際戦略を考える場合に地政学やパ
ワーポリティクスを軽視した、こうした単なる人種や文化を基盤として論じることほど危険なことはない。

そもそも日本と華北は人種や文化も違う。アジア事大主
義者は同文異種、一衣帯水などといったりいますが全くの文明的理解が不足している。日本と文化的同質性があるのは稲作の原産地揚子江以南の華南、華中なのだが。

国家戦略は合理的な地政学を基盤に構築すべきなのだ。

そうでなければ、何故、日露戦争で白人国家の英国が日本を支援し、白人国家ロシアを敵としたか、あるいは何故、同じゲ

ルマン系の英独が二度も死闘を演じた全く説明できない。

これは、全て地政学でしか説明できない。国際関係とは人種や文化は本質的に無関係なのだ。

極東の平和と安定の為に日本アジアと友好関係を築けという論者は20世紀の歴史と地政学が根本的に理解していない。

極東の平和と安定の為に、「日米は覇権主義ランドパワーの

北京政府を軍事バランスの優勢を保つことにより封じ込めるし

かない」というのが20世紀の教訓から言える結論なのだ。

日本史を概観しても、隋の成立に対し、独立宣言した聖徳太
子。蒙古からの国書受け入れを拒否した鎌倉幕府執権北条時宗。
清の成立に対し、鎖国で応えた江戸幕府などなど....。

歴代の日本国の華北政権との接し方は、非常に賢明であり地政学を本質的に理解していたと言えよう。

これは、華北政権は「奪い殺す」ことを本質とする獰猛なラ
ンドパワーだからなのだ。チベットやモンゴルやウイグルの

現状を見れば、彼らの支配の本質が分かると言うものだろう。

世界は「自由貿易」からパワーバランスの時代に突入した◆

極東における、戦前と戦後の最も大きなパワーバランスの変
化はアメリカが同盟相手を中国から日本に変えたこと。そ
して、日本、台湾、フィリピンの防衛にアメリカがコミットす
ることで平和が維持されたのだ。

逆に言えば、米国民主党のような中国を同盟国とする戦略は

アジアの戦争リスクを高め、結果としてアメリカも中共に裏切
られるだけだということだ。

それが20世紀の歴史からいえる最も重要な結論なのだ。米
国民主党もいいかげん、歴史から学ぶべきだろう。

 今回の北京オリンピックの聖火を巡る騒動は、この点において、世界が中国をどのように見ているか、如実にあらわしている。



以上
2008/04/29(火) 01:37 | URL | 孔明 #-[ 編集]
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2008/04/25(金) 20:01:28 | 雑談日記(徒然なるままに、。)
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