独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別に意図して書いた記事ではなかったのだが、幾つかの記事と見事に連携しているな。
↓この記事ですけどね。
恐るべき実験 | 復活!三輪のレッドアラート!

WIERD VISIONでもこの記事関係のエントリーを挙げています。
題材はイラクの収容所での虐待事件に関して。

人が悪魔になる時――アブグレイブ虐待とスタンフォード監獄実験(1)(WIRED VISION)

この中で興味深い事が書かれています。

Zimbardo氏の著書『The Lucifer Effect: Understanding How Good People Turn Evil』(ルシファー効果:善良な人々がどのように邪悪になるのか)では、普通の人が、条件がそろったとき恐るべき行動を取るようになる仕組みを探っている。

Zimbardo氏はWired.comとのインタビューで、アブグレイブ刑務所の事件と自らの研究から、悪についてどのようなことを学び取れるかということや、英雄が本質的に社会的異端者である理由などについて語ってくれた。


英雄ね・・・。この言葉で、私はある小説を思い出しました。
こんな明日はいかが?
この作品の主人公「長谷川由」は全くの英雄です。普通の男の子ですが、全くの英雄なのです。

Frederick軍曹らは12時間交代で働きました。週に7日、休日なしで40日間です。このようなストレス下では、意思決定能力と批判的思考と良識が減退します。しかし、それもまだ始まりに過ぎません。

記録によると、Frederick軍曹は上官に訴えています。「精神に異常をきたして(排泄物を)自分の身体に塗りたくる者がいます。結核にかかった者も、普通ではないほどの比率になっています。子供も大人もごた混ぜです」

フレデリック軍曹は職務に忠実な人だったようです。
しかし、彼はその職責と、何もできない自分の身の上、そして過酷過ぎる自分達の目下である立場に絶望し、押しつぶされ、最後はより弱い者を虐待する事でしか、自分のアイデンティティを保てなくなったのです。
人が悪魔になる時――アブグレイブ虐待とスタンフォード監獄実験(2)(WIRED VISION)

>ルワンダでも、ナチ時代のドイツでも、クメール・ルージュでも、悪の状況が実際に生じている現場では、いつもこうしたことが起こります。
>WN:それはつまり、無力感を抱いている人が、ほかの誰かを支配する力を握った、ということなのでしょうか?
>Zimbardo:そうです。苦痛を受けた者が苦痛を与える側になるわけです。ナチの強制収容所で、囚人長を務めるユダヤ人がナチ以上に残虐だったのは、自分が現在の地位に値する人間だと証明する必要があったからです。


人は弱い、本当に弱いと言う事です。
でも私は人は弱くても良いと思います。


>英雄というものは、ほかの誰かのため、あるいは何らかの原則のために行動するものですが、一方で、社会の流れから逸脱することにもなります。
>集団というものは常に、「そうしてはいけない」「勝手なことはするな」と言い続けているものだからです。
>もしあなたが[エンロン社の不正に関与した会計事務所]米 Arthur Andersen社の会計士だとしたら、不正に手を染めている連中がみな、「おい、仲間らしくしろよ」と言ってくるのです。
>いつの時代も英雄は、英雄的に振る舞うべき決定的な瞬間に、群衆から離れて異なったことをするのです。
>しかし、英雄的行為にはリスクがついてまわります。

>内部告発者は、解雇されたり、昇進をふいにしたり、つまはじきにされたりします。
>英雄は、そんなことは問題ではない、と言わなければなりません。
>英雄は孤立しているより、何人か集まったほうが効果的です。
>1人や2人だと体制から追放される恐れがあります。
>しかし3人集まると、抵抗を始めることが可能です。


人は心を強く持ちながら、その実、本質は弱く手を結ぶのを自然に思う者である事が正しいと言う事なのでしょう。
私が「こんな明日はいかが?」の主人公長谷川由を、私が全くの英雄だと思うのはそう言う所です。
彼は間違いなく、勇気を奮うべき所で勇気を奮う人であり、荒天の最中に絶対に怯まない精神の力で最高の操船を行い、最後は命さえも投げ出して仲間の為に自分が犠牲になろうとします。
その気高さこそが人の本当の力なのでしょう。世界は陰謀では変わらないと思います。
キリストが今も讃えられるのは、彼が奇跡を起こす超能力者だからではなく、他人の為に死ぬ気高さを持った人で、その気高さがたくさんの人の勇気を鼓舞するものだったからだと思います。

大事な瞬間に気高く立ち上がれる者であるかどうか。それこそが英雄の資質なのでしょう。
さて、牢獄の中で、牢獄の外で、囚人と看守の両方に英雄が現れる事に期待したいと思います。
連綿と続く歴史の中で、我々一人一人はどんな役割を与えられているのでしょう?
わかりませんが、勇気を出すべき時にボケーとしているのだけはやめたいものです。
後で、取り返しの付かなくなった後で後悔するのは嫌ですからね。

では、このエントリーはひとまずこれで終わります。
↓ ブログランキング
ブログランキングブログランキング
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
ありがとうございます。
僕が描いた英雄像を理解していただきありがとうございます。

僕自身は英雄とは遠い存在ですが、常に…少なくとも缶のチクロンBをシャワー室につながる配管に投入せよ、と命じられたら、即座に「いやだ」といって命じた上官を射殺し、自分も笑って自殺したい、と思い続けています。
2008/03/15(土) 23:05 | URL | Chic+Stone #mZtuhcS.[ 編集]
すべき時にすべきことができるかどうか、人間の価値はそれで決まる。いつその瞬間が来るのかはわからない。もしかしたら来ないかもしれない。しかし、その時に備えて、常に己を磨いておく必要がある。勝負所で逃げ出す人間にも、準備不足で敗北する人間にもなりたくない。だから常に努力するのだ。
2008/03/16(日) 12:48 | URL | nanasiさん #EBUSheBA[ 編集]
>ななしのお方
眉村卓の「ねらわれた学園」と言う小説をご存知でしょうか?
そのラストで、主人公のお父さんが同じ事を言っておられましたね。
彼は異世界からの侵略であっても、それをファッショだと捉えていました。

実際それは正しいのだと思います。
力ある者が、力故に他者に屈服を迫る事は全てファッショであると私も思います。
その力がどんなものかは問われない事でしょう。
力による支配を求める時点で既にファッショなのですから。

お互い、勇気を挫かれず、分断される事もない様にしっかりと準備していましょう。

>Chic+Stone様
彼は最善を尽くしました。立派な少年だと思います。<長谷川由
この先、どんな未来が来ようとも、ああいう少年が何時か生まれてくる、そう祈って頑張りぬきましょう。

また、貴方のおっしゃる英雄的反抗は、所詮は分断された者の末路です。
我々は分断されず、3人と言わないもっと大きなネットワークを作りましょう。
円卓とまでは行かなくとも、英雄を孤独に殺さないネットワークを作って行きましょう。
2008/03/16(日) 13:18 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
>リバティさん
ご苦労様です。
でも、そう言う事は他のサイトで書いて下さい。
私のサイトは憎悪系ではないですから。
2008/03/17(月) 07:20 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://klingon.blog87.fc2.com/tb.php/574-5801bc0e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
(クリックすると拡大します) ←「mixi」の新利用規約の18条 「mixi」の新利用規約の18条 第18条 日記等の情報の使用許諾等1 本サービスを利用してユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ...
2008/03/15(土) 14:31:20 | 雑談日記(徒然なるままに、。)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。