独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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宮内庁長官「苦言ではない」 発言後初の会見で否定

 宮内庁の羽毛田信吾長官は28日、定例記者会見で、皇太子さまが敬宮愛子さまを参内(=皇居・御所へ訪問)させる回数が「増えていない」とした前回の定例会見での発言について、「苦言(というの)はニュアンスが違う」と述べた。長官が、自身の“発言”について触れたのは初めて。

 発言は今月13日、皇太子さまが昨年2月の誕生日会見で、「(愛子さまが)両陛下とお会いする機会をつくっていきたい」と述べられたことについて言及したもの。

 「(皇太子)殿下ご自身が会見で発言されたことなので、大切になさっていただきたい」とも述べ、皇太子さまに事実上、“有言実行”を求めたため、大きな波紋を呼んでいた。

 羽毛田長官は28日の会見で、「殿下のご発言は大変重いので、大切になさっていただければという思いだった」と改めて述べる一方、「不満ではない」と強調し、苦言とする見方については否定した。

 また皇太子さまに進言するだけにとどめず、定例会見で述べたことに批判の声があることについては、「そういうご批判は残ると考えつつ、お話しした」として、ある程度の波紋は覚悟の上だったことを明らかにした。


この男、何を考えてるんでしょうか?<宮内庁長官
いろいろと怪しい噂のある人ですので、今後も要注意で見張らないといけないと思います。



横暴な中国報道陣…日本の潜水艦を“盗撮”

■来日中の国防相に同行

 日本を訪問中の中国の曹剛川国防相に同行している中国報道陣がルールを無視した行動や、禁じられた潜水艦などの映像を巧妙に隠し撮りするなど問題を起こし、防衛省が抗議する事態となっている。

 31日午前、海上自衛隊横須賀地方総監部を訪問した曹国防相の取材に同行した中国側報道陣のうち、香港を拠点とする「フェニックステレビ」のクルーが撮影を禁じた海自の潜水艦や米海軍のイージス艦を隠し撮りしていたことが発覚した。

 海自隊員が行事と関係のない方向を撮影する「フェニックス」のテレビカメラを発見し、厳しく注意。フェニックス側は当初「海上を航行中の船舶を撮影しただけ」と弁解していたが、海自が確認したところ背景に潜水艦とイージス艦の映像があった。映像はその場で消去されたが、防衛省は文書による正式抗議も検討している。

 30日には、防衛省での高村正彦防衛相と曹国防相との会談を取材しようと、大臣室前の廊下に並んでいた日本の報道各社の列を無視して中国・新華社のテレビクルーが最前列に割り込んだ。防衛省は中国報道陣に同行している在京中国大使館の担当者に「ルールを守って取材するように」と口頭で注意を与えた。これに対し、担当者は「公式メディアだから」と意味不明の理由で反論した。


中国人と言う人種は、どのような時でも国家への追従を忘れないと言う事です。
目の前に「中国の敵」が居れば、仕事など忘れて、そっち方向に向かうのでしょう。

続きは後半で。

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【コラム】 フランスが導入した少子化対策の秘策とは? 2008年03月01日09時00分

先進国の多くが頭を悩ませる少子化。そんななか、欧州一の合計特殊出生率を誇るのがフランスだ。06年の2.00から減ったものの、07年も1.98とトップを守った。実はフランスも、93年に1.66まで出生率が落ち込んだ歴史がある。だが、出産・育児への行政支援や、子どもの数に応じた税の優遇措置などの効果もあり、上昇に転じていった。

だが、それだけではなかった。07年にフランスで生まれた子ども81万6500人のうち、なんと50.5%が“婚外子”だったというのだ。親が結婚をしないまま生まれた子どもが初めて半数を超えたのである。この事実が低下傾向にあった出生率の下支えになったことは間違いない。フランスでは70年代から、親の婚姻関係の有無に関係なく、子どもには同じ権利が与えられている。65年の婚外子の割合は約6%だったが、30年もたたず3割を突破。今や、婚外子かどうかの法律上の区別もないという。

だが、婚外子の広がりには、ほかにも大きな要因がある。99年に施行されたPACS(連帯市民協約)だ。これは性別に関係なく、成年に達した二人の個人の間で安定した持続的共同生活を営むために交わされる契約。PACSを結んで届け出れば、結婚とほぼ同等の法的権利を得ることができる。例えば、社会保障給付金などは、個人ではなくカップルとしての率が適用される。住宅の契約でも考慮されるし、労働法の特別休暇も適用される。結婚との違いは、合意でなくとも片方の意思だけで解消できる、つまり別れられること。PACS婚は結婚より緩やかな形で、結婚ほど縛られず、結婚の社会的なメリットを享受できるのだ。実際、すでに社会に浸透している。昨年の大統領選で敗れた社会党のロワイヤル元環境相もPACSで関係を続けていた。

日本でも、結婚という制度にこだわらずに産んでいい、という風潮が社会に広がれば、出生率はどうなるのだろう…。実は日本の婚外子の割合は2%。先進国に比べて、低い数字だったりする。
(R25編集部)


つまり、少子高齢化の原因は、結婚がウザイからと言うのが、このコラムの結論みたいですね。
私はそれならば、少子高齢化が継続した方がまだマシだと思います。

寝言は寝てから言えと・・・。


[メタミドホス]中国・湖北省で運搬トラック横転、流出 2008年03月01日02時44分

 【上海・大谷麻由美】中国湖北省の高速道路で2月24日、有機リン系殺虫剤メタミドホス約5トンを積んだトラックが横転し、半分のメタミドホスが路上に流出した。中国地方紙「武漢晩報」(電子版)が報じた。中国では今年1月、メタミドホスの生産、販売、所持を厳しく取り締まる規制強化の通達が出されている。

 河南省ナンバーのこのトラックは、瓶詰のメタミドホスの入った約300箱を運んでいた。横転事故で、消防当局が防護服を着用して処理し、高速道路は約7時間閉鎖された。メタミドホスによる人や環境への被害は今のところ出ていないという。


日本では禁止されている農薬ですし、中国でも禁止されている農薬の筈なのに、何故こんなに沢山運ばれているのでしょうか?
本当に、口から出す言葉に何の重みも無い国ですね。

最後のニュースは、とても悲しくなるインドネシアに関するニュースです。


東京の和平協議は決裂、帰国後の一斉弾圧、そして刑務所が消えた 2008年02月29日11時57分

スマトラ島で暮らす女性作家・リンダ・クリスタンティさんは小説『スルタンの杖』の歴史的根拠を語る。

【PJ 2008年02月29日】-
 2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震の被害はインド洋全域に及び、22万人の犠牲者が出た。

 そのうち16万4000人がインドネシア・スマトラ島の人たち。それも震源地に近い、スマトラ島北端のアチェ州の人々だった。

 日本はそのアチェと無縁ではない。スマトラ沖大地震の1年半前になる、03年5月に東京で、インドネシア政府と、アチェ独立をもとめる『自由アチェ運動』の代表とが和平協議をおこなったのだ。
 決裂した。その後はどうなったのか。

 日本ペンクラブ主催の世界P.E.N.フォーラム「災害と文化」の3日目、24日には、スマトラ島で暮らす女性作家・リンダ・クリスタンティさんの小説『スルタンの杖』が朗読された。
 作者の口から、この物語の歴史的根拠が語られた。

 インドネシア政府は、東京和平協議から帰国してきた、『自由アチェ運動』の活動家たちをその場で逮捕した。同時に、アチェに戒厳令を敷いたのだ。
 国軍や警察による、アチェ独立を叫ぶ活動家たちの強制連行や逮捕が相次いだ。刑務所に収監されたり、見せしめに遺体が路上に投げ出されたり。その遺体には拷問の跡があったという。
 
 日本人の感情からすれば、東京で和平協議が決裂したからといい、「インドネシア政府はここまで弾圧をやるのか」と驚きと怒りを覚えてしまう。
 だから、アチェ独立派が自国でテロ活動をやるのだ、自業自得だ、と言いたくなる。

 国際世論は、東京和平協議の決裂後、アチェ独立運動にだんだん理解を示すようになってきた。だから、なおさらかもしれない。

 日本のメディアはインドネシア国内で爆破事件があると、テロだと言い、大々的に報道する。
 反面で、インドネシア政府によるアチェ独立運動家への過酷な弾圧は報じていない。
 爆破事件がテロ活動か、独立運動か。となると、歴史的根拠から書かれる、文学の世界も判断材料のひとつ。

 マラッカ海峡に面したアチェは、スマトラ島の一部だが、別国家だった。
 16世紀には「スルタン」(王国)として絶頂期にあった。アチェの独立心は強く、ポルトガル、イギリス、オランダなどにも屈せず、植民地にもならなかった。
 みずからの文化と独立を守ろうと、(欧州列強に)激しく抵抗し、20世紀まで独立を貫いてきた。

 しかし、第二次世界大戦後、インドネシア共和国に組み込まれてしまったのだ。
 スカルノ大統領、スハルト軍事政権、メガワティ大統領の時代、いずれもアチェ独立を叫び続けてきた。

 1971年にはアチェで天然ガスが発見されると、資源確保を狙うインドネシア政府はますますアチェ分離独立派に対して強圧的な弾圧をおこなった。
 1976年、アチェが独立宣言すると、対立はさらに激化したのだ。

 「アチェ独立宣言から、04年12月26日の大地震までの約30年間は、『政治的緊張』と、暴力的な波がアチェの各地で普通に暮らす、普通の人にも押し寄せてきました。
 小説『スルタンの杖』はそれら歴史を前提にした物語です」とリング・クリスタンティさんはつけ加えた。

 主人公は50歳で、自由奔放に生きる、簡易ホテルの女将さんである。独立運動には無関心だった。
 女将さんはいつも面白おかしく、世間話に花を咲かせる、大声で笑う。彼女にかかると、悲惨な事件も喜劇になってしまう。

 そんな彼女が、宿泊客である、武装ゲリラ闘争を進める『自由アチェ運動』幹部たちとの付き合いをはじめた。
 ごく自然に、アチェの歴史と独立運動に関心を向けてきた。

 東京和平協議が決裂した直後、女将さんは簡易ホテルにアチェ独立を主張するビラがあったことから、「テロ」を煽る証拠品だといい、逮捕された。
 10年の禁固刑を言い渡された。インド洋に面した、ロクンガ刑務所に収監された。

 女将さんが控訴すると、14年に延長された。刑務所生活に入っても、女将さんは自由奔放な性格が出てくる。刑務所内の独立活動家の精神的な支えになっていた。

 1年半後、04年12月26日に大津波で、同刑務所は跡形もなくなってしまったのだ。

 独立派の活動家は、大津波に襲われた刑務所から、一人として逃げ出せず、全員が死んだ。だから、アチェは自然災害で、独立運動の『将来を失った』のだ。


 作家のリンダ・クリスタンティさんは、現地取材などを通して、いまなお長編小説『スルタンの杖』を執筆している。未完だが、今回のフォーラムでその一部が発表されたのだ。

 彼女が東京からインドネシアに帰国した後、獄中作家にならないことを願うばかりである。



この記事は、風化させてはならないと思い、全文を保管の意味のためにも、三輪のレッドアラートに転載いたしました。

では、このエントリーはこれで終わります。
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 下記、約10分の後半要点部分を編集しました。(約5分) 去年12/20(木)、TBSラジオのニュースさかさメガネ『新型ミサイル実験成功で、日本の防衛は万全になったのか?』(約10分、mp3のポドキャスティング・インターネット放送)  要点をメモでまとめると?...
2008/03/02(日) 08:37:11 | 雑談日記(徒然なるままに、。)
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