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世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL188  江田島孔明


私が昨年より何度も力説してきたアメリカと北朝鮮、イランの関係改善への流れが強まってきた。

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<参考>

米国務長官、核開発問題で歩み寄り求める・イランと北朝鮮に
 【ダボス=市村孝二巳】ライス米国務長官は23日夕、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で講演し、ブッシュ政権の外交方針について「米国に永遠の敵はいない」と語り、イランや北朝鮮に核開発問題での歩み寄りを求めた。
 イランに関しては前日に国連安全保障理事会の常任理事国とドイツの6カ国がイランに対する追加制裁案で合意したことに言及。「ウラン濃縮が停止されればいつでもどこでも私の相手と会い、何でも話し合う。これ以上強く招待しようがない」と述べ、同じくダボス会議に参加するイランのモッタキ外相との会談を要請した。
 北朝鮮についても改めて寧辺の核施設の無能力化とあらゆる核計画の申告を迫った。(12:42)

思うに、昨年の今頃から、アメリカとイランとの間では戦争が起きるかのような情報操作が為されてきた。
私は、これは、当初より、情報操作であり、関係改善は必ずなる、そして、この両国の関係改善とは、つまるところ、「イスラエル切捨て」であり、結果としてアメリカが19世紀のような、FRBすなわち国際金融資本に支配される以前の状態に復する事を意味する事を主張してきた。

これは、個々の報道や発表を分析して達した結論ではない。
歴史の流れをアメリカが世界史に登場したポーツマス条約の仲裁をした頃に遡り、個々の事象ではなく歴史のフローを透徹した目で見通した結果だ。

春秋の筆法を借りるならば、 20世紀をアメリカの時代と捉えるならば「アメリカが発展した理由の中にこそ衰退の原因が潜んでいる」という事であり、それがサブプライム問題に端的に現れた国際金融資本の限界だ。

ダボス会議でイスラエル外相、「イランの孤立化を」

2008年1月24日、スイス・ダボス(Davos)で開催中の世界経済フォーラム(World Economic Forum)年次総会で演説するツィピ・リブニ(Tzipi Livni)イスラエル外相。(c)AFP/PIERRE VERDY
【1月25日 AFP】スイスのダボス(Davos)で開催中の世界経済フォーラム(World Economic Forum、ダボス会議)の年次総会に出席したイスラエルのツィピ・リブニ(Tzipi Livni)外相は24日、世界各国の政財界要人に対し、イランでの経済活動から撤退し、同国を孤立させるよう要請した。

 リブニ外相は「イランは世界的な脅威だ。イランを止められるのも、変化を起すのもあなた方だ」と強調。「富は社会生活だけでなく、政策決定にも重大な影響力をもつ」と語り、「これは個人の決断の問題でもある」と訴えた。

「ここに集まった企業や国の代表がイランからの撤退を決めればイランは阻止できる。決定権はあなた方の手中にある」

 イスラエル政府は、原発建設を隠れ蓑に核兵器開発を行っているとしてイラン政府を非難しているが、イラン側はこれを否定している。一方のイスラエルは、公式には認めていないが、中東唯一の核保有国とみられている。(c)AFP

歴史を考える上で「統治のエトス」という言葉がある。現代のアメリカはそれが「資本」なのだ。
資本は資本のインフレによって滅びる。
幕藩体制が土地問題を契機として成立し、土地問題を解決できず滅んだのと同じだ。
サブプライムに代表される資本の本源的問題とは、それがゼロサムゲームであり「ババ抜き」である事につきる。
不断のインフレと不良債権増殖は究極的には財政赤字とその解消としての定期的戦争を不可避のものとした。これが30年戦争以来の世界史の本質だ。

問題は国際金融資本のシナリオが崩れた時に、どのような反動が起きるかだ。
穿った見方をすれば、これは、コロンブスのアメリカ大陸発見以来の世界史の流れが変わる大転換点になるかもしれない。
日本史においては幕府の崩壊は国家の崩壊を意味しなかった。
なぜなら、朝廷を中心とする勢力がバッファーとなり、権力の委譲が平和裏に行われるという進んだシステムを保有していたからだ。

この点、王朝交代が国家の崩壊と同義の中国史と比較すればいい。
国際金融資本のシナリオが機能してこなくなると、果たして何が起きるのか?
まだ、正確には分からないが、「土地や自然への回帰」がキーになるのではないだろうか。

何故なら、減価する貨幣に価値を見出した結果、リアルな支配を失った反動があると考えられるからだ。
その意味で、遙任国司が普通化した平安貴族や国防を丸投げしたローマ貴族に比肩できるだろう。
そして、リアルな支配を維持した層とバーチャルな支配の対立では前者が勝利するのは歴史の法則だ。
その際の対立軸は、あるいは欧州のルネッサンスや明治維新の様な「復古」を模した革新ではないかと予想する。

つまり、世界規模での明治維新を提示しなければならない。
そのために、鳥羽伏見の戦いがあるのか、あるいは本土決戦を回避できるのか。
時間はあまりないが、私は人類の英知を信じたい。
そして菅原道真・徳川家康・昭和天皇によって示された「日本モデル」こそが、人類文明の到達点であることを示したい。

そこにこそ、砂漠の神を戴く国際金融資本の限界を超える、「日本の解」、それはハーンやアインシュタインが認めた人類の英知があり、そこにこそ、日本史、日本文明の存在価値があると考える。
これは、我々に課せられた文明の挑戦であり、拙コラムの根本命題だ。

<参考>

「一神教」の問題と近代の超克

下記のろろさんのエントリーへのコメントなのですが、話が非常に大きくそれてしまうのでこちに描いておきます(素晴らしい内容のエントリーで、コメントも充実していますので、はじめての人はまずそちらをごらんください)

『日々是勉強』【情報操作】メディアリテラシーというものを教育できるのか

>>>>>>>>>>>>>
>本来のPublicというのは、共同体内のPrivateな経験の積み重ねの
>中で育まれ、言語だけに頼らない「合意」として蓄積されていくものだと思います。

  転倒しているんですよね。
  具体的な生活なり感情なり経験があって、それに言葉をつけるというのではなく、言葉が先にあって、これに生活や感情を隷属させようとしているのです。
  そういう点では、右翼と左翼は全く同類です。


  聖書に「初めに言葉ありき」というくだりがありますから、彼らは実は一神教信者なのではないでしょうか?
<<<<<<<<<<<<<<

いわゆる言葉で書いてある理想に隷属してしまう教条主義的な右翼・左翼は確かに「一神教的」ですね。

ただ、一神教そのものについては、少し元から考えてみる必要はあると思います。

まず、素人ながらに一神教の根本は何かということを考えるのですが、おそらくそれは「明示的な万能の理性」を権威とする父権的な共同体文化なのだと思います。
言葉というのは理性の明示化であり、宇宙の諸相は(究極的には)「全能の理性=父なる神」の言葉で言い表すことができるし、「実際に」そうなのだと。で、これは良い悪いではなくて、そういう自然条件にある共同体には自然にそういう文化・宗教が発生するのだと思います。

つまり、食糧生産に向いた土地が限定的で、広い地域に点在する共同体どうしが互いに交易等を通してなんとか生きていけるようなところでは、どうしても家族や個別共同体を越える超越的・抽象的でかつ明示的な存在にジャッジを委ねる必要がある、すなわち取引上の正当性を皆が認める「一つの神」に保証してもらうという必要があったのだと思います。

また、そのために使われる「言語」にも、嘘偽りのない厳格さと「力」が備わっていると同意形成をする必要があったでしょう。
また、この延長上に普遍的な取引媒体である「貨幣」が発明されたのも自然な流れだと思います。

ここで、貨幣が単なる交換手段であるなら問題ない。
父権的な一神教の教義そのものも、抽象的な概念・契約の範囲にあれば、実際の取引、すなわち共同体どうしの存続を維持するものである限り、何の問題もない、というよりも必要な文化であった。

これが問題化するのは、父権的教義が特定の人物や組織、あるいは貨幣のような形で実態化・固定化してしまったからだと思います。
本来、伝統的宗教はそういう概念の固定化・実態化(仏教用語でいうところの『法執』)を抑えるために様々な制御機構を有しています。
例えば特定人物・組織あるいは偶像崇拝の禁止であり、利子取得の禁止であり、万物の流転・循環を意味するメメントモリ・無常観であったはずです。

西洋の宗教に問題があるとしたら、伝統的宗教から「誰か」が巧妙にこの制御機構を無効化または「逆転」させて、大衆支配のために悪用した部分だと考えています。

私は、このアイデアを思いついたのは、ローマ時代の「被差別民」だったと推定します(あまり大きな声では言えませんが、キリスト教がローマで国教化された頃に活躍した教父たちの背後がとても怪しいと思っています)。

その実際の仕掛け人が、カルタゴ後のフェニキア人か、ユダヤ人か、その特定はともかくとして、『彼ら』が積年の恨みと自己の身の安全を守るために先祖代々に渡って人間支配のノウハウを練り上げたと推定しています。

これにより、かつての被差別民が、宗教闘争により「選民」となり、その後また新たな被差別民が多大な犠牲を払って次の「選民」になることを繰り返してきました。
その度に宗教が本来守るべき共同体が崩壊し、滅亡した過去の民族の「怨念」が「狂った父」に注ぎ込まれたのだと思います。

すでに守るべき共同体のない「狂った父」は、ただただ地球上の生命を去勢し、服従させるだけの存在になっていきます。

つまり、現在我々が、「一神教」や「科学万能・唯物思想」として否定的に見るものの根本は、本来の伝統的一神教ではなくて、以上のような過程を経て父権性があまりに肥大化した「破壊カルト」なんだと思います。

その父権的力の象徴が指数関数的に増殖する貨幣であり、国際金融資本は、共同体を失った人間が狂った父の力にとても強く惹かれることを知っており、それ利用している、ということだと思います。

このような心性を持つ人が増えれば、あとはなるべく民衆が分裂するような教義・理念・法を与えて、それぞれに狂った父を掲げて(自称)「被差別民」であるという認識の下に、互いに憎しみあって殺しあい、その結果として『彼ら』に利益と安息の時を提供するという仕掛けが完成します。


以上は私の極めて大雑把な推察です。ただ、この推察が正しければ、すべての始まりに、宗教の制御機構を「逆向き」にすることで自らが得をする方法を思いついた人間嫌いの大天才がいます。

そして、なぜ彼がそういうことをしたかというと抑圧の歴史の中で、心に大きな「トラウマ」を抱えていたから、だと思っています(私が嵐の湖の底に垣間見た船は、この「トラウマ」でした。要するにカルトに染まったり、○○思想に染まって、自殺したり、仲間を殺すような人には、深い「トラウマ」があるということです)。

さらにその後、「狂った父」の象徴であり力である貨幣を増やすための様々な発明が生まれ、多くの人にトラウマが増殖し、世界規模での「うねり」となっていったのが「近代」でしょう。

だから、この流れを断ち切る最もシンプルな方法は、「狂った父」と直接戦うことではなく、そういうトラウマを持った人間をなるべく生まない社会にすることです。

またはそういうトラウマのない人々がよく活躍できる社会にして、その中で自然にトラウマを持った人々がそれを消化するのを待つことだと思います。

最近、私は日本人や伝統的な共同体感覚が残っている人々に期待されている役割があるとしたら、そのような世界に広がる「トラウマ」の増殖を抑え、ゆっくり溶かしていくような「セラピスト」になることではないかと思うことがあります。

宮崎駿は、映画「千と千尋」の中に登場する「カオナシ」を死の世界(沼地)からやってきた過去の欲望やトラウマに縛られる哀れな亡霊として書いていますが、あれは実際のそういった人間の(悲しくもどこか同情できるような)弱い心性を描いたものでしょう。

弱い心性であるからこそ、他人に対して過剰に服従を強いる態度にでてしまう。
ニーチェは近代のキリスト教が抱える「ルサンチマン」に気が付いたけれども、それを昇華する方法として、やはり父性的な発想しか持てなかったのが彼の限界ではないでしょうか。

人々の心の中に広がる「カオナシ」のトラウマに、どのように対応していくのか。
一つの方法としては、母性的な心性を持ちつつも、父性・母性双方の価値観を行きする勇気を持ったセラピストの育成であるように思います。

「千と千尋」を含め、最近のアニメやマンガで「戦う少女」や「普段頼りないけどやるときはやるみたいな少年」が多くでてくるようになっているのは、そうしたセラピストが現れてくることを待ち望む民衆の潜在的意識の現われだと私は思っています(ろろさんの好きな、というか私も好きだったサザンアイズのパイや八雲もその典型例であると思います)

映画「千と千尋」では、頼りない少女が人生の守・破・離を見事に成し遂げて、崩壊しかけていた世界のセラピストとなる様子が明快に描かれています。
もちろん、現実の解決をはかるためには、映画とは異なった「守・破・離」のプロセスを個々人が成し遂げる必要があります。

そこでまずは『守』として、我々はなぜ日本が、明治維新という選択をしつつも、近年まで、そして現在でも、なんとか耐えてこれたのか、ままならない現実に憤るだけでなく、自らの存在と今日の気付きを支えてくれた有形無形の背景に想いを馳せる必要があると思っています。

私は単なる東洋的アニミズムの他に、我々の日本には多くの民族的な悲劇とそれを乗り越えてきた歴史があり、それに伴う深い心性の進化があったと思っています(先の大戦における犠牲というものもおそらくそうした歴史の中に位置づけてはじめて昇華できるものではないかと思っています)。

民族としての蝦夷、氏族としての物部は滅亡してもその心性は後の世に引き継がれ、広がりました。
すなわち鎌倉仏教として後の世に花開き、さらに江戸文化の繁栄にもつながりました。

日本列島という風土が、様々な民族や文化の受け皿となり、東と西で大きく律動してきた歴史には、(多くの犠牲を生みながらも)縄文の心性が消えることなく、様々なものを溶かし込む「溶媒」へと進化(自己変革)してきたことが感じ取れます。
日本人の心の底には、滅びの美学があると、指摘する人もいます。

確かにそういう面はあるかもしれない。
ただ、もう少し正確には「たとえ身が滅ぼうとも我が精神は生きる」という気持ちが強かったのではないでしょうか。
自他の「共苦」を受け止め、それを昇華する何かがそこに感じます。

私たちの先人が、狂った父である「一神教カルト」に相対しても、日本の文化が完全に崩壊しなかった理由の一つにそのような心性の深さ・柔らかさがあったと思うのです。
明治の頃から物事が見えていた人々というのは、日本が近代化するにあたって、そのような日本人の心性に、ある種の「賭け」をしたのではないでしょうか。

昭和天皇が南方熊楠を愛していたのは、彼の中に日本人が近代を超克する光を感じたからではないでしょうか。
ただ、一方でその苦しみの中で亡くなっていった知識人も大勢います。

先の大戦に関連してなくなった多くの将兵さんやその他の方々もある意味近代超克のための尊い犠牲のように思います。
近代超克のための作業は、アカデミズムや文壇などではなく、実際の戦場や戦前・戦後の経済において行われてきたと思います。

そして、その戦いは今現在も形を変えて続いています。
また、この戦いは、日本だけで展開しているわけではなく、世界各地で継続中であり、戦いに負けないためにはそれぞれの連携も大切だと思います。

今後、多くの人々が協力して、「死のみやこ」からどんなカオナシがやってきても、自然とトラウマが抜けるような社会を作ることが望ましいと思う。

そうした社会の構築に必要な材料は意外と自分の足元や心の中に転がっているように思う。

そして、以上の過程で最後まで我々が負けたと思わなければ、いずれ「必ず」近代は超克される。


<参考>


http://www.teamrenzan.com/archives/writer/edajima/post_168.html
はっきり言えば、当時の日本は、革新官僚、昭和維新を目指す陸軍青年将校、知識人の主流は全て、「統制経済の共産主義者」であり、「国際共産主義ネットワーク」に牛耳られていたといっても過言ではない。これは、日本のみならず、大恐慌以降の世界的傾向だ。
例えば、アメリカでは、戦後、マッカーシー上院議員(共和党)が「205人の共産主義者が国務省職員として勤務している」と告発したことを契機に、ハリウッド映画界などをも巻き込んで大規模な「赤狩り」を行った。
後にはニューディーラーまで対象となった。当時のアメリカ国内では現実にコミンテルンがマスコミや政財界、軍部まで取り込み工作活動を行っており、マッカーシーらの活動は、手法に強引さはあったものの、当時のコミンテルン人脈を断ち切ったと評価されている。
英国は周知のように、フィルビーやマクリーンのような情報組織や外務省の大幹部がソ連のスパイという有様だ。
なお、チャーチルは、後に第二次大戦回顧録で、日本の対米開戦すなわち真珠湾攻撃の知らせを聞いて「これで勝てる」と確信したという。真珠湾は、敗戦寸前だった英国を救う効果があった。
こういった世界的な背景で日本の南進を決定付けた「ゾルゲ事件」を理解すべきだ。
ここまで読んでこられた賢明な読者はお気づきになられたであろう。そう、新春特別号その1、その2で述べたような17世紀のキリスト教布教と20世紀の共産主義の拡散とは、同じように、国際金融資本が当該国を精神面で支配するために使ったツールなのだということを。
そう考えると、国際金融資本の意図を正確に見抜き、キリシタンをご禁制にした17世紀の指導者と、共産主義者に国家の中枢を乗っ取られた20世紀の指導者と、どちらが優秀であったか、議論の余地は無い。

http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls082.html
西欧で起きた産業革命以来、文明のモメンタムは、シーパワーに主導された「利益の追求」によってなされた。それを資本主義と呼んでありがたがってきたわけだが、弊害として、共同体の喪失や自然環境の破壊が起きた。

 過去の文明の衰亡には、家族や地域の助け合いや相互扶助の欠乏というのは決定的に影響していた。日本もそのパターンにはまりつつあるのである。さらに西欧近代の自然科学を基盤とした進歩、競争するだけのベクトル、モメンタムは結局文明を衰亡させる。

 かっての地中海沿岸が緑深き沃野だったのが、開発により緑(レバノン杉)を失いやがて滅びた。翻って日本の江戸期など山林開発に禁制を設け、枝一本は腕一本、一木は首一つといった重大な罪に問い、しかし260年の安定を維持したことの対比は重要である。

 シーパワーは危機に際して、新たな枠組みを作ることによって先へと進み、未来を切り開いてきた。その先進性、開明性は今後「利益」、「個人」、「進歩的発展」から、「環境」、「共同体=個人ではなく他者との絆」、「持続的発展」へと向かうであろう。

 その為に近代の枠組みを変える時が来たのである。提言としては、社会の最小単位である「結婚」の意味を再度見直し、具体的には、婚姻にあたり、双方が合意できる契約書を作成し、できるだけ紛争や利害を調停する枠組みを構築すべきである。ここをしっかりしていないから、容易に離婚に走るのである。

 さらに、地域が今後の重要な社会集団となることは疑いなく、企業も社員の地域活動を積極的に後押しすべきである。地域の青少年と中高年の交流の場を設け、青少年の夢、未来に対して、中高年がバックアップし、積極的に投資する枠組みを設けるべきである。

 華僑や金融資本がバイタリティーを失わない、真の理由はこのやり方を歴史的に維持することにより達成される世代間の連帯にある。この実現により、そのほとんどが中高年に所有されている、日本の1200兆円といわれる金融資産は有為な投資先として、次世代を担う「人」の育成に回るのである。無意味な金融商品で浪費するよりはるかにましである。

 西欧のシーパワーは砂漠の神である、一神教をいただいていた。旧約聖書の十戒が「殺すなかれ」で始まっていることは、一神教徒の精神性を知る手がかりである。日本人の原点とされる十七条憲法の第一項が「和の尊さ」であることは彼らと比べて、日本人の精神性の高さを物語る。

 日本人の精神性を語る上で、神道的多様性(八百万の神々)という思想は重要である。それぞれがそれぞれに貴いものを持ちながら、みんなで一緒に調和しつつ、しかもその全体が最適になる社会をつくるのだという発想が、日本人の原点にある考え方のだ。 

 砂漠の神を戴く一神教及び金融資本にフリーハンドを与えた結果、部分最適と個人の利益が極大化した結果、世界環境は重大な危機を迎えている。彼ら自身のパラダイムで現代の諸問題は解決できない。

 新たなパラダイムは我々日本人が提案して示していかなければならない。日本こそが、ランドパワーを内部に包摂し、しかもシーパワーの論理性をも兼ね備えた文明を世界に示しうる。

 多神教に依拠する縄文と弥生の頃から、日本の歴史は両者(ランドとシーの両パワー)の「対決から止揚」というパターンをとった。近代のパラダイムを相克することは、世界に唯一の「多神教シーパワー」日本にしかできない。

 現代において、日本こそが人間と自然や社会の発展を高い次元で両立させているのであり、基盤である最古、最長の文明の縄文が一万年以上に渡って自然と調和を保ち持続的発展を遂げた意義を、再度見直さなければならない。

 今後、日本は金融資本と直接、間接に向き合っていくだろう。そうした中で、金融資本が日本を飲み込むか、または、日本が金融資本を飲み込むかが、世界史の転換点になっていくだろう。

 今こそ世界レベルでシーパワー諸国に日本の文明史的意義を訴え、理解、実践させるべき時なのである。「環太平洋連合」樹立の真の意味はここにある。
以上
(江田島孔明、Vol.82完)



以上
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コメント
この記事へのコメント
拙論のご紹介ありがとうございます。
微力ではありますが、これからもまだ遅くないことを信じて、地道にがんばります。
近代の超克、それは「思い出すこと」から始まって、『包んで超える』ようにおきていくと思います。
「己を知り敵を知れば百戦危うからず」というリアリズムの先には「包んで超える」精神が見えてきます。

日本の古武道にも「鞘のうち」という精神がある。それは言葉ではなくて、日々の修練の中に宿るもの、でしょう。
私たちの血の中には、もともと母性(ランド)と父性(シー)の相克を経てきた歴史、両者の「メディア・ポイント」を掴む力が眠っています。
それを思い出せれば、西洋の思想から脱却した新たな社会、国家像を結ぶことができると思います。
もしかしたら私たちは自らの血に眠るそうした感性を強く自覚し、世界に向けて力を発揮するために、近代という海を長く漂白してきたのではないかと思うことがあります。
その思いが実現へと向かっていくことで、初めて多くの犠牲が「無駄ではなかった」と心から口にすることができると思います。

すでに色んなところに萌芽を感じます。足元から『ベクトルの向きが逆の明治維新』を起こし、世界レベルの戦略へつなげる。そのためには頭を柔らかくして、多くの人々の力を集結させねばなりませんが、私はきっとなんとかなると信じます。
2008/01/27(日) 22:04 | URL | 花ブナ(banabuna) #uWstiZRU[ 編集]
ついでに私も(笑)
紹介いただいて光栄です(金魚の糞ですが…)

孔明さんから「土地や自然への回帰」という言葉を聞けたことに心強さを感じました。

このままだと世界から追放される国際金融資本が、それこそハルマゲドンを企てるかも知れません。その前に、何とかしなくてはなりません。

彼らを包み込み、無毒化することが出来るのは日本だけです。私もグローバリゼーションを叩くばかりでなく、建設的な意見を出していきたいです。

>>三輪さん

うちのコメント欄にちゃんと返事出来なくてすみません。もう少ししたら復活いたします。
2008/01/28(月) 11:35 | URL | ろろ #2pDzSWe2[ 編集]
TBです
小沢一郎VS養老孟司:「ヒトとムシの日本改造計画」「カネ万能の時代」にどう生きるか
http://sun.ap.teacup.com/souun/1306.html
日々を楽しめる奴隷として生きる覚悟
http://sun.ap.teacup.com/souun/1214.html
2008/01/28(月) 21:46 | URL | 早雲 #-[ 編集]
>スコットさん

警告はしました。
貴方がたは守りませんでした。

今後は連*山からのコメント書き込みを一切禁止します。
書かれたコメントは、斟酌無しに全て削除します。

自他共に等身大である事さえできない、誇大妄想の書き込みは迷惑だと言っていた筈。

ここは私の運営するブログです。
最低限の礼儀を守れない者の訪問は、迷惑ですので謝絶致します。
2008/01/29(火) 23:45 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
世界の不動産バブルが崩壊し、経済的な価値は、動産の希少性、独創性、非代替性へと移り、次いで起こる世界規模のデフレによって、モノ・サービスの価値は量から質へ急速な転換をし始める。
世界の誰がそういう動産を握っており、またどこに新たにそのような動産を生み出す基盤が「残っている」のか?
日本円が安定した価値の高い国際通貨となるには、どういう戦略があるのか。
日本円の価値上昇と日本の内需および中小を含む先端産業基盤の牽引を「セット」で進めることが、結果として、全てを解決するのではないでしょうか(ここは日銀の水野氏に舵取りを任せてみたいです)
実はこれから訪れる世界こそが「国民主義経済」を実現する機会のような気がします。どの外資が救いようのない「ハゲタカ」で、どの外資が将来「ミトコンドリア」に変化する可能性があるのか、日本の賢者と侍は信頼できる長期ビジョンを示して命がけの交渉にあたるべきでしょう(私はその土俵上にはいない外野です)。
今、ランドパワーとシーパワーの間で「日本資産」の取り合いが始まっているように思います。中国も欧州も、もうしばらくはダメだという判断でしょう。やはり最後に選ばれたのは日本のようです。
http://blog.goo.ne.jp/shiome/e/e4efb375aab34328d24a8cb2f81643a6
日本の戦略としては外圧を利用しての「引き技」だと思うのですが、高度なバランスと勇気が要求されそうですね。本来、ロシア派と中東・ユダヤ派で争っている場合ではないはずです。またまた陸・海、関東軍・大本営のセクト争いを繰り広げるつもりなのでしょうか?

三輪さん、これも妄想の類かもしれません。問題があればお気兼ねなく削除してください。

ろろさん、あなたは金魚の糞などではないです(あなたのコメントがあったから、私のコメントがあります)。具体的なことは見えませんが、日本の未来にはあなたのような方が間違いなく必要です。

以上、差し出がましくて本当にすみません。
2008/01/30(水) 00:00 | URL | 花ブナ(banabuna) #uWstiZRU[ 編集]
世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL189

                           
江田島孔明

老子の戦略、「奪わんと欲すれば、まず与えよ」
将欲翕之、必姑張之、将欲弱之、必姑強之、
将欲去之、必姑与之、将欲奪之、必姑予之

まさにこれを翕(ちぢ)めんと欲すれば、必ず姑(しばら)くこれを張る、
まさにこれを弱めんと欲すれば、必ず姑くこれを強くす、
まさにこれを去らんと欲すれば、必ず姑くこれに与(くみ)す、
まさにこれを奪わんと欲すれば、必ず姑くこれに予(あた
)う

めようとするなら、まず伸ばしてやる。弱めようとするなら、まず強くしてやる。
追い出そうとするなら、まず味方に引き入れる。取ろうとするなら、まず与えてやる。

今回は、国際金融資本の伝統的戦略である上記について検討し、対抗策を提示する。

 まず、コロンブスによる北米大陸の発見以来、国際金融資本の世界支配とは制海権の確保を根幹とし、金融や貿易の決済機能を握ることでなされてきた。日本は16世紀にスペイン・ポルトガル勢力に侵略されかかかり、その反省から江戸時代の鎖国をもって、国際金融資本との間合いを取った。この鎖国政策を根本から変更し、開国政策を採用した明治政府が、実は、国際金融資本(英国)の走狗、代理人であった事は議論の余地がない。ここから脱却するには、太平洋戦争の犠牲必要であった。私が見るところ、歴史を鳥瞰し、因果関係を丹念に追うならば、明治維新(戊辰戦争)と太平洋戦争とは「コインの表裏」であったのだ。

<参考>
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/edajima/post_168.html
事実は、彼個人ではなく、ルーズベルト大統領の側近のほとんどは、ソ連のスパイ、すなわち共産主義者であり、戦後のレッドパージで粛清された。
これは、アメリカ民主党とソビエト共産党が、同じように国際金融資本によって企画され、立ち上げあれた実験的管理国家だということを理解すれば、分かるであろう。
国際金融資本はレーニンに資金援助を与え、ロシア革命を起こし、米ロ両国の連絡役にドクター・ハマーと通称されるユダヤ人、アーマンド・ハマー(アメリカ共産党の創始者の息子)を任命した。一九二○年代早々のことである。ハマーはモスクワに数年間滞在し、レーニンを含むソ連の最高幹部と親密な関係を結ぴ、また、アメリカ情報部がソ連の大物スパイとみなしていたロシア人女性と結婚した。ハマーは、一九九○年に死去するまで、七○年にわたって米ソ間を数え切れないほど旅し、ソ連のトップと、アメリカの指導層を結ぴつけているが、彼はまたADL(すなわちプナィ・プリス)と緊密な関係にあるといわれる。
歴史的背景として、アメリカがシーパワーとして名乗りを挙げたのは、第一次大戦の戦勝国になり英国に対する多額の借款を保有したからだ。かの国は、本来、建国の理念であるモンロー主義(孤立主義)を国策として欧州への不介入を貫くはずだったのだがこの戦略転換の背後になにがあったのか?私はアメリカにおける金融資本家の政策への影響を看過できない。
 1929年NYで発生した大恐慌の結果、世界がブロック化していく中で日独といった後発資本主義国が武力に訴え生存圏を確保しようとする端緒となったしかし、大恐慌そのものの評価について、世界経済に与えたインパクト以上にアメリカにおける連邦政府の存在がクローズアップしてきたことは看過し得ない事実である。もともと、合衆国とは州に主権があり各州の主権を制限しない範囲で連邦に外交や安全保障を委ねてきたのである。そして外交的孤立(モンロー主義)を国是としていた。しかるに民主党のルーズベルト大統領のとったNewDeal政策は連邦主導の経済政策であり、この時期FBI、FRBを初めとする連邦諸機関が創建され強化されているのである。まさしくアメリカにおける連邦主権の管理国家が完成したのがこの大恐慌期なのである。
建国の父たちの理念、州の連合により中央集権ではないキリスト教原理主義に基づく理想郷を築くことはこの時期死んだということが言えよう。ルーズベルト大統領のとった政策は違憲判決が多数出されていることも忘れてはいけない。
 この視点は決定的に重要である。その後アメリカは連邦政府に引き連られモンロー主義という伝統的孤立主義の国策を捨て、世界に市場を求め、干渉していくのである。戦後の海外への米軍展開、駐留は合衆国憲法になんの根拠もない。そして、本来根拠がない事項は州に留保されるとの憲法上の規定(修正第10(州と人民の留保する権利)本憲法によって合衆国に委任されず州に対して禁止されなかった権利は、各州と人民に留保される。)があるが、米軍の海外駐留展開に対して州が同意を与えた形跡はない。はっきりいえば、海外市場獲得のため、NYの金融資本家がワシントンを通じて、アメリカを操作する契機を与えたのが大恐慌なのである。そして、彼らの究極の目的は中東と中国である。
 そして、国際金融資本は、当面の敵である、ナチスドイツを打倒するため、アメリカを欧州に参戦させる必要があった。しかし、アメリカの世論は、徹底的に反戦であり、ルーズベルトは、参戦しないことを公約にして、選挙に勝っており、欧州への参戦は、簡単にはいかなかった。
 そこで、注目されたのが、ナチスドイツと同盟関係にあった日本だ。 国際金融資本は考えた。日本をアメリカにぶつけ、アメリカを参戦させれば、対独戦は勝てる。ソ連にとっても背後を日本につかれる恐れがなくなるため、願ったりだ。毛沢東や蒋介石にしても対日戦勝利の可能性は高くなるだろう。
 このような中で発生したのが、朝日新聞記者尾崎秀実とソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲによって起こされた「ゾルゲ事件」だ。
コミンテルンは第6回大会で、「帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめ」、「戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること」と決議していた。日独と米英の間での「帝国主義戦争」が始まれば、共産主義者の祖国ソ連は安泰であり、また敗戦国ではその混乱に乗じて、共産主義革命をすすめることができる、という戦略である。
 
1935(昭和10)年8月の第7回コミンテルン大会では、中国共産党と国民党が手を組み日本と戦うという方針が決定された。蒋介石はもちろん、毛沢東でさえも知らない決定だった。中国共産党に対して、日本帝国主義打倒のための民族解放闘争をスローガンとして抗日人民戦線運動を巻き起こすことが命ぜられた。中国共産党は8月1日「抗日救国宣言」を発した。一切の国内闘争の即時停止、全面的抗日闘争の展開を企図したのである。これは中国を使って日本軍をソ満国境から遠ざけようという戦略である。
 
1936(昭和11)年12月に、突如として西安事件が起こった。共産軍掃討を続けていた蒋介石が、「抗日救国宣言」に呼応した腹心・張学良に西安で監禁されたのである。周恩来ら中国共産党幹部が西安にやってきて、蒋介石との交渉を行った。以後、蒋介石は共産軍との10年におよぶ戦いを止め、国共合作が実現した。その後、日華事変、太平洋戦争(大東亜戦争)と事態はソ連の思惑通りに進んでいくのである。
 コミンテルンの指示を知っていた尾崎は、監禁された蒋介石の安否が不明の段階から、「中央公論」に「蒋介石が今後の国共合作を条件に、無事釈放されるだろう」と予測する論文を発表した。この予測が見事に的中して、尾崎は中国問題専門家としての地位を固めた。
 1937年(昭和12年)の4月ごろから尾崎は「昭和研究会」に入り、「支那問題研究部会」の中心メンバーとして活躍していた。この「昭和研究会」は軍部とも密接な関係を持って、近衛新体制生みの親となり、大政翼賛会創設を推進して、一国一党の軍部官僚独裁体制をつくり上げた中心機関である。
 昭和13年4月、尾崎は朝日新聞社を退社、近衛内閣の嘱託となる。首相官邸の地階の一室にデスクを構え、秘書官室や書記官室に自由に出入りできるようになった。
 
尾崎は「中央公論」14年1月号に「『東亜共同体』の理念とその成立の客観的基礎」を発表した。これに呼応して、陸軍省報道部長・佐藤賢了大佐も、「日本評論」12月号に「東亜共同体の結成」を発表する。
 
尾崎は「中央公論」14年5月号での「事変処理と欧州大戦」と題した座談会のまとめとして次のような発言をしている。
「僕の考へでは、支那の現地に於て奥地の抗日政権(重慶へ移転した蒋介石政権)に対抗し得る政権をつくり上げること、・・・さういふ風な一種の対峙状態といふものを現地につくり上げて、日本自身がそれによって消耗する面を少なくしていく・・・さういう風な条件の中から新しい---それこそ僕等の考へている東亜共同体--本当の意味での新秩序をその中から纏めていくといふこと以外にないのじゃないか。」
 
尾崎は、中国に親日政権を作り、それをくさびとして、あくまで日本と蒋介石を戦わせようとしたのである。中国共産党は蒋介石を抱き込み、尾崎グループは親日政権を作らせて、日本と国民党政権をあくまで戦わせ、共倒れにさせて、日中両国で共産革命を実現しようという計画であった。
 近衛首相は、事変が始まった後、早期停戦を目指してドイツを仲介国とする交渉を行ってきたが、昭和13年1月には新たな親日政権の成立を期待して、「今後国民党政府を相手にせず」という第一次近衛声明を発表していた。同年11月、近衛は日本・満洲・支那3国の連帯を目指した「東亜新秩序」建設に関する第二次声明を発表。これは尾崎らの「東亜共同体」構想そのものである。この声明のなかで「国民政府といえども従来の指導政策を一擲し、その人的構成を改替して更生の実を挙げ、新秩序建設に来たり参ずるに於ては、敢へてこれを拒否するものにあらず」と汪兆銘の動きに期待した。
まさに「見えない力にあやつられていたような気がする」という近衛の述懐通り、近衛内閣は尾崎とその背後の国際共産主義者すなわちコミンテルンの描いた筋書きに完全に乗せられていたのである。
 尾崎は、当時の近衛の嘱託という立場を利用して政策決定に影響を加えた。ゾルゲ・グループのもたらした情報はソビエトが対独戦を戦上で不可欠であった。1941年10月、日米開戦の予告をモスクワに通信したのを最後にして、彼とそのグループは検挙され、彼らのほとんどが終戦をまたずに刑死・獄死した。しかし、真の問題は、このコミンテルンのエージェントは、尾崎やゾルゲだけではなく、もっと広くかつ、深く、当時のエリートや支配者に入り込んでいた事だ。この事は、つい最近まで、国立大学で「民青にあらずんば、人にあらず」という風潮があったことでも、分かるであろう。
はっきり言えば、当時の日本は、革新官僚、昭和維新を目指す陸軍青年将校、知識人の主流は全て、「統制経済の共産主義者」であり、「国際共産主義ネットワーク」に牛耳られていたといっても過言ではない。これは、日本のみならず、大恐慌以降の世界的傾向だ。
例えば、アメリカでは、戦後、マッカーシー上院議員(共和党)が「205人の共産主義者が国務省職員として勤務している」と告発したことを契機に、ハリウッド映画界などをも巻き込んで大規模な「赤狩り」を行った。
後にはニューディーラーまで対象となった。当時のアメリカ国内では現実にコミンテルンがマスコミや政財界、軍部まで取り込み工作活動を行っており、マッカーシーらの活動は、手法に強引さはあったものの、当時のコミンテルン人脈を断ち切ったと評価されている。
英国は周知のように、フィルビーやマクリーンのような情報組織や外務省の大幹部がソ連のスパイという有様だ。
なお、チャーチルは、後に第二次大戦回顧録で、日本の対米開戦すなわち真珠湾攻撃の知らせを聞いて「これで勝てる」と確信したという。真珠湾は、敗戦寸前だった英国を救う効果があった。
こういった世界的な背景で日本の南進を決定付けた「ゾルゲ事件」を理解すべきだ。
ここまで読んでこられた賢明な読者はお気づきになられたであろう。そう、新春特別号その1、その2で述べたような17世紀のキリスト教布教と20世紀の共産主義の拡散とは、同じように、国際金融資本が当該国を精神面で支配するために使ったツールなのだということを。
そう考えると、国際金融資本の意図を正確に見抜き、キリシタンをご禁制にした17世紀の指導者と、共産主義者に国家の中枢を乗っ取られた20世紀の指導者と、どちらが優秀であったか、議論の余地は無い。
このように、太平洋戦争開戦にいたる過程をつぶさに検証すると、ソ連コミンテルン-アメリカ民主党-英国国際金融資本をつなぐ、「ユダヤネットワーク」の国際的謀略が確かに見えてくる。
近衛は、後にそのこと気がついたようで、昭和20(1945)年2月14日、天皇陛下に以下のごとく奏上したが、時既に遅しだ。
「翻って国内を見るに、共産革命達成のあらゆる条件具備せられゆく観有之候、すなはち生活の窮乏、労働者発言度の増大、英米に対する敵愾心の昂揚の反面たる親ソ気分、軍部内一味の革新運動、これに便乗する革新官僚の運動、およびこれを背後より操りつゝある左翼分子の暗躍に御座候。」
 
「これを取り巻く一部官僚および民間有志は(これを右翼といふも可、左翼といふも可なり、いわゆる右翼は国体の衣を着けた共産主義者なり)意識的に共産革命まで引きずらんとする意図を包蔵しおり、無知単純なる軍人これに踊らされたりと見て大過なしと存候。」
このように、太平洋戦争の本質とは、シーパワー陣営に属していた日本が、代理店契約を解除し、独自ブランドを立ち上げようとしたところ、英米ソ中の包囲網を巧妙に敷かれ、袋叩きにされ、その上で対独開戦の正当化をしたということだ。この、国際金融資本の書いたシナリオに気づいたのは近衛だけではなかった。戦後、日本占領軍司令官マッカーサーも気づいたようだが、彼は、朝鮮戦争を巡るトルーマン大統領との確執、はっきり言えば、アメリカが国際金融資本に乗っ取られていることへの批判が根底にあったため、解任された。このことに見られるように、米軍とは、常に、国際金融資本への批判勢力だ。

 「坂の上の雲」にて司馬遼太郎は日露戦争までの歴史については好意的に描いてゐるが、この後大東亜戦争敗戦に至るまでの時代については、本来我が国の姿が見失はれた異常な時期であったとして、切つて捨てゝゐる。しかしこの見方は、東京裁判に於て連合国側が採った立場と同じである

しかし、真の問題は、英国による自由貿易体制に組み込まれた事だ。欧米列強の軍事的脅威の前に、日本の開国は強引に進められた。アロー号事件を機に英仏軍大艦隊は、中国をたたきのめした勢いにのって、日本に襲来するという情報はハリスから幕府に入った。当時のイギリスは、黒海、地中海へのロシア南下をおさえ、セイロンではセポイの反乱後、インド鎮圧。こうした帝国主義拡張を続ける英仏軍は中国を攻め、天津条約を結ばせ、次は日本だと息巻いていた。
イギリス外相クランドンは、中国遠征エルギン伯爵に、中国国交と同一原則を日本国交にも貫けと訓令していた。ハリスからこの報を知った幕府閣僚は戦慄した。
英軍1万余、仏軍6千の大軍、列強の前に敗れた中国はそれぞれ800万両の償金をとられ、屈辱的開港を強いられた。フランスはその足でベトナムを占領した。長州藩攘夷の放火は、藩の徹底的な軍事施設破壊で彼我の力の差を認識させられた。イギリスはこの猛威を背景に幕府にせまり、欧米列強の軍事的威圧示し我々を威嚇した。
その後、屈辱的な外交経過で、日本からの輸出は、生糸、茶、農林水産物等原材輸出であり、イギリスからは綿糸、織物、砂糖等産業革命工業製品の輸入が続き、しかも金銀比率が、欧米では1対15、日本では1対5、この格差を利用して欧米商人は日本の金を買えば3倍の利益があがり、大量の金が日本から流出した。

「日本の近現代史は、つねに世界史の大きな流れのなかに位置づけて扱われなければならない。

日本と欧米諸国の関係を論じるとき、軍事・貿易・宗教各政策を視野に入れます。黒船来航以降、幕府や薩長土肥を中心とする明治新政府は、欧米諸国と接するとき、軍事・貿易・宗教という局面に対してどような政策をとったのか。

幕末期の、幕府と薩摩・長州・土佐・肥後各藩は、それぞれの立場から「近代国家」化をはかる。そのために、「軍事力」の増強を主眼とした施策を取る。「幕府」と「薩摩・長州・土佐・肥後」との抗争は、近代化された「幕府」軍と「薩摩・長州・土佐・肥後」の列藩同盟軍との戦いの様相を呈していた。

「開国」以来、「幕府」と「薩摩・長州・土佐・肥後」は、「陸軍」の強化策として「新式銃」の装備を急ぎ、「海軍」の強化策として「戦艦」の保有を図った。

このような海軍力拡充路線の行き着く先が太平洋戦争であった。

なぜなら、国際金融資本にとって、制海権を保持する事は死活問題であり、大日本帝国はそこに「挑戦」したからだ。

1945年の敗戦後、日本は平和憲法の下、再出発をすることになったが、実は、太平洋戦争とは、アメリカにとっての「明治維新」であったのだ。つまり、日本の明治維新がそうであったように、アメリカが国際金融資本の支配に落ち、産軍複合体の肥大を生むために、真珠湾攻撃が必須だということだ。

ここまでを要約すると、国際金融資本の支配には、軍事統制と戦争が不可避であることが分かる。言い方を変えると、高度な統制経済とは戦時体制そのものであり、それこそが、彼らの「飯のタネ」だ。そして、そこから脱却するには、「敗戦」による産軍複合体の解体しかない事も歴史が証明している。

ここから得られる解は何であろうか?それは、「アメリカ軍の敗戦」でしか、アメリカを救えないという「逆説」だ。イラクでの米軍勝利は新た大戦への呼び水だ。日露戦争や日中戦争がそうであったように・・

この様な歴史の法則に気がつくと、ベトナム戦争の意味も見えてくる。そして、イラク戦争の推移も。イランをキーとした、イラク戦争版「パリ和平会談」も近そうだ。

<参考>
http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/080203-141503.html
 米大統領がイランと米軍撤退で秘密取引か-米ウェブ誌
 【ロサンゼルス2日宮城武文】米ウェブ誌「インサイト」がこのほどブッシュ政権に近い筋の情報として報じたところによると、ブッシュ
大統領は米軍のイラクからの撤退でイランと秘密合意に達したという。
 秘密合意に至るまでに、昨年末に米政府高官、イラン当局者およびイラクの親イラン派代表が会議を重ね、ブッシュ大統領はイランへの軍事的攻撃の意図がないこと、そして民間の核エネルギー開発計画を阻止する意図がないことをイラン指導部に伝えたという。
 ボルトン前国連大使は最近、「ブッシュ大統領が任期を終えるまでにイランへの軍事的行動を許可する可能性はほとんど皆無になった」と語っている。
 情報筋によると、「イランは核兵器開発計画を中止した」とする米情報評価(NIE)の発表が昨年十二月になされたのは、ブッシュ大統領の決定によるもので、イランへ米国の意図についてのシグナルを送るためだったという。
 情報筋によると、ブッシュ大統領はイランからイラクでのシーア派のテロを行わないという誓約を得たことで、米軍はアルカイダおよびスンニ派の反乱鎮圧に集中することができるようになり、2009年までにイラクからの米軍撤退のめどが付けられるようになったという。
2008/2/3 14:15


<参考>
http://www.geocities.jp/si6376/sls180.html
たとえば、戦前の日本を例にとると、226事件以降、日本は陸軍に支配されてきた。産業側はどんどん注文が欲しい。軍側は予算が欲しい。一般会計ではまかなえない。何が起きたかといえば、軍は勝手に動いて既成事実を作る。政府が追認して戦闘状態が拡大していく。

 <参考>
http://www.tanken.com/naimusiryo.html

 なぜ日中戦争は拡大したのか?(内務省極秘文書)

 本サイトではその背景を理解する上できわめて貴重な資料を入手しました。日中戦争が始まった直後の1937年9月、当時の内務省が主な財界人や主要工場に戦争の影響を聞き取り調査した極秘文書『支那事変の経済界に及ぼしたる影響』です。
 この資料の発見により、当時の財界が実は戦争による景気拡大を願っていたことが判明。要は、政府がやむなく軍の暴走を追認したのではなく、かなり積極的に追認したのではないかと推測されるのです。

 文書は二部に分かれていて、前半は東横電鉄(現東急電鉄)の五島慶太社長ら財界の101人への、「国債」「物価」「輸出入」など6項目のインタビューが掲載されています。後半は、従業員50人以上の702工場・事業所に「軍需産業への転換の可能性」「原料品の騰落」など9項目について聞いています。

 まず前半部の内容を見ていくと、ここでは元日銀総裁から、日清紡や浅野セメント、シチズン時計の社長、一介の材木問屋、経済誌『ダイヤモンド』社長までありとあらゆる経済人にインタビューしています。
 財界人の大半が、関係の深い中国市場が閉ざされることで輸出不振となり、軍需物資を中心に輸入超過になると見ています。だから「国産品代用原料の使用」「国民の消費節約」で輸入の減少を図る必要がある、と。物価については、軍需物資だけでなく一般物資も確実に騰貴すると考えていました。

 具体例を挙げましょう。今ではあまり知られていない財界人が多いので、五島慶太の見解を引用しておきます。
 五島は国債について次のように言います。
《今後の国債発行は極めて容易にして……然れ共、日本銀行は如何にして此の国債を処分するや……金融を極度に統制し金融業者に割当引受せしむるが如き方法をとらば、各私経済は資金難に陥り、株式は低落し、物価は騰貴し、経済界は萎縮し、再度の国債消化力を減殺すべし……》

 戦費のために国債を発行するのは簡単だが、その処分をどうするのか? 銀行などの金融業に強制的に引き受けさせると、経済力が落ちてしまう。だから、金融業に割り当てず、一般産業を振興させることで、私経済(=民間)において消化させるよう進言します。これならば、いくら公債の額が多くなっても、消化は困難ではないそうですが。
 う~む、体のいい民間への押しつけ発言ですな。

 また、輸出については、次のように言います。
《軍需資材の輸入は絶対必要なる現状に於て輸出入の均衡を得むが為めには、他の輸出入を抑制すると同時に輸出を増加せしめざる可からず。政府は此の方針の下に貿易管理を為さむとするも、輸入の大宗たる綿花は同時に輸出商品の原料なる我が国情に於て、綿花輸入を抑制する事は到底大なる期待を持つ能はず。而も事変が長期に亘れば軍需資材の輸入は益々増大すべく結局入超は必然の傾向なりと思料せらる……》

 簡単に言えば、繊維製品くらいしか輸出産品がなかったわが国では、どうやっても輸入は増えてしまうので、輸入すべきものは輸入して、輸出の増産を図ろう、そのためには軍需工業だけでなく一般産業にも資金を回しましょう、ということですが。なんだか机上の空論的な感じは否めませんが、まぁ他の人も似たようなもんです。

 一方、後半の工場インタビューですが、702工場のうち、
△ 軍需関係の有無
 ・軍需関係を持つ 218
 ・軍需関係がない 484(うち、将来軍需関係に転換可能 232)
△ 原料の騰落
 ・上がった 457
 ・下がった 36
 ・変化なし 208
△ 事業の将来見込み
 ・拡大する 267
 ・減少する 103
 ・現状維持 332
 などとなっています。将来事業が増大すると答えた工場は38%にも上るわけで、けっこう戦時景気を期待する声があったことも分かります。もちろんこれはまとめであって、実際はものすごくデータが詳細なんですよ。

 たとえば、当時あった「帝国薬莢」という銃の薬莢(弾丸)を作る会社を見てみましょう。
 社員80人のこの会社では、当時1人だけ召集されていました。原料入手は容易ではないものの、原料価格は不変で、生産品の値段も上がってはいません。ですが、生産量も生産額もともに10%アップ。当然、将来のビジネスも拡大すると予測しています。

 社員2934人の日本光学(現ニコン)では108人が応召し、影響が大としています。原料費も15%増で、次第に入手困難になってはいますが、生産額50%増。
 社員1461人の読売新聞では、当時42人応召していました。原料の紙代は30%上がったものの、入手は容易。新聞の値段も上がってはいませんが、生産量も生産額もともに4%アップ。
 生産量が減ったのは、たとえば東洋紡の王子工場、鐘淵紡績(現カネボウ)の大井工場などで、いずれも10%減。繊維系は、ほとんどが将来にわたって現状維持が続くと答えています。
 戦争で大打撃を受けたのは、意外にも船舶関係。日本郵船は燃料の高騰で採算不良と答えています。そして「致命的打撃」と答えたのは、中国航路だけしか持っていなかった日清汽船で、理由は全航路が停止したため。
  日中戦争は、こうした各産業界の思惑を併せのみ、拡大の一途をたどっていったのでした。


 それでどうなるかと言えば、「臨時軍事費」ということになるわけだ。要するに公債だ。数字が正確ではないかもしないが、日中戦争の時、5年間で200億円くらいだ。

 当時の軍部が支配しようとしたのは中国でもインドシナでもない。「日本国の予算」だ。それが国家総動員法の根幹だ。
 それで戦争に負けて、その借金はどうなったか。ものすごいインフレでお札が紙くずになって、それでオシマイ。預金を引き出せないようにしてからこんな風にしたのだ。

 現在の産軍複合体に乗っ取られたアメリカは、ドルを刷りまくって同じことをやっている。結果、120パーセント破綻する。ここが分からない御仁は、戦前の日本の歴史を勉強したほうがいい。


 これが、ランドパワーというものの本質であろう。文民統制すなわちシビリアン・コントロールとは、このような歴史を経験した人類が到達した、「軍人統御の手段」であり、究極の内部統制なのだ。

 世情を賑わせている守屋氏の問題は、日本における「産軍複合体」の暴走の兆候と考えると、徹底した真相究明と再演防止、関係所の処分が必要と考える。アイゼンハワーが警告し、ケネディを暗殺した「産軍複合体」は人類が作り出した最凶の存在といっていい。               以上
2008/02/03(日) 23:57 | URL | 孔明 #-[ 編集]
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