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【神伝文化】仁愛の士は天下に敵無し(1)
【神伝文化】仁愛の士は天下に敵無し(2)
作者:智真

 【大紀元日本7月22日】孟子(紀元前372年?-紀元前289年)は各国を周遊していた時、訪れた斉国で貴賓として迎えられた。あるとき、斉国の宣王(?-紀元前324年)が孟子に尋ねた。

斉宣王: 斉の桓公(かんこう、?-紀元前643年)と晋の文公(紀元前696年-紀元前628年)が春秋時代、天下の覇者になった時の事をお聞かせ願えないだろうか?

孟子: 私は斉の桓公と晋の文公が天下を制覇した時のことを詳しくは論じたくないのですが、もし陛下がどうしてもとおっしゃるならば、道徳を用いて天下を統一する王道についてお話しましょう。

斉宣王: 道徳で、一体どうやって天下を統一できるのでしょうか?

孟子: 何事をするにも常に、庶民が安らかに暮らし、楽しく働けるようにと考えます。このようにして天下統一を行えば、だれも阻止できません。

斉宣王: 私のような者が、庶民を安らかに暮らし、楽しく働けるようにしてやれるでしょうか?

孟子: できます。

斉宣王: どうして、私にはできると分かるのですか?

孟子: 私はこのような事を聞きました。陛下がある日、正殿に座っていた時、牛を引っ張っていく人をご覧になりました。陛下が「その牛をどこに連れて行くのか」とお尋ねになると、その人が「殺して祭りの供え物にするつもりです」と答えました。すると、陛下は「その牛を放しなさい。怯えて、震えが止まらない様子は、見ていられない。罪もないのに死刑に処せられるのと同じではないか」と仰せになりました。牛を連れた人が、「それでは、祭りの供え物はどうしますか」と聞くと、陛下は、「祭りの供え物はなくてはならない。羊を使ってかわりにせよ」とお答えになりました。さて、この一件は本当にあったことでしょうか。

斉宣王: 確かに、そのようなことがありました。

孟子: 王にこのような仁愛の心があれば、天下を統一できます。庶民は、この件を知った後、陛下のことをケチな人だと思っていますが、陛下はケチなのではなく、怯えている牛を可哀想に思われたのだと、私は存じております。

斉宣王: 確かに、そのように思う庶民がいたようです。だが、斉国は大きくはないが、牛一頭をケチったりなどする必要はありません。誠に心から、牛が不憫に思えたので羊に代えさせたのです。

孟子: 庶民が陛下のことをケチだと誤解したのをお咎めにならないでください。彼らは陛下が大きな牛を小さな羊に代えたことしか見ておらず、その中の深い意味を知る術もないのですから。ところで、陛下が罪もない者に同情なさるのなら、牛と羊はどう違うのでしょうか。

斉宣王: 確かに。私もうまく説明できませんが、絶対にケチったのではありません。ただ、庶民がこのように考えたのにも一理あります。

孟子: それは気にしなくてもよいでしょう。陛下のこの不憫に思う心こそ、仁愛と慈悲の表れなのです。陛下は直に牛をご覧になりましたが、羊をご覧になっていません。牛が生きているのを見て、殺すに忍びなく思われたのです。ただ、実際には、羊と牛は同様に可哀想なのです。

孟子: 庶民にしてみれば、陛下は今、仁愛の情を動物に施されましたが、自分たちには施してもらっていません。まるで、3000斤の物を持ち上げられる力を持つのに、一本の羽毛さえ持ち上げられない、ずば抜けた視力を持ち、獣のうぶ毛の先まで見えるのに、目の前に置かれている1束の薪が目に入らない、ようなものです。庶民には陛下の仁愛の情が感じられないのですから、陛下をケチだと言うのも当然です。陛下が道徳を用いて天下の統一を図らないのは、できないからではなく、やりたくないからです。

斉宣王: 「やりたくない」と「できない」はどう違うのでしょうか?

孟子: ある人に、泰山を脇の下に挟んで北海を跳び渡るよう求めたら、その人は、「できない」と言うでしょう。これは本当に「できない」のです。ある人に、お年寄りに一本の枝を折って差し上げるよう頼んだのに、「できない」と断ったとしたら、それは「できない」のではなく、「やりたくない」のです。陛下には今、泰山を脇に挟んで北海を跳び渡ることが求められているのではなく、お年寄りに枝を折ってあげることが求められています。古代の聖人や賢者が一般の人を遥かに超越したのは、彼らが善意を施すことに優れていたからです。

 陛下がそれをやりたくない原因は、自分の最大の欲望が天下を征服し、諸国の覇者になることだからです。
 庶民の利益を最優先に置いていないのです。
 しかし、もし、武力で天下を制覇する欲望を実現しようと考えていらっしゃるのであれば、目的を達成するどころか、むしろ、災いを招いてしまいます。熟慮してください。全国の軍隊を召集し、兵士らを命の危険に曝し、他の国と怨恨を結び、庶民に災難をもたらすことで、陛下は心からお喜びになることができるでしょうか。


斉宣王: とんでもない。どうしてこのようにして私が喜びを感じられるでしょうか。私はただ、自分の最大の願望を実現したいだけなのです。ことがこれほど深刻になるなど、まったく思いもしませんでした。あなたに説明されて、よく分かりました。

孟子: 庶民の喜びを自分の喜びと見なせば、庶民も君主の喜びを自分の喜びと見なすでしょう。庶民の悩みを自分の悩みとすれば、庶民も君主の悩みを自分の悩みといたします。天下の人々と一緒に笑い、一緒に悩む、このようにできれば、王者の道と仁義ある政治を実現できないなどということは、ありえません。遠方の人は帰順し、周りの人は安らかに暮らし、楽しく働くことができるようになります。天下の人々は皆陛下を擁護し敬愛することでしょう。このような時勢を、陛下は最もお望みなのではないですか?

 斉の宣王は孟子の話を聞くと、とても嬉しくなり、孟子に補佐になってくれるよう頼んだ。

 結局、斉の宣王は補佐となった孟子の意見を心から受け入れ、武力で天下を征服する考えを捨て、仁義ある政治の道を選んだ。その後、斉国は徐々に諸国の間で勢力を強めることとなり、庶民は皆、孟子の恩義に深く感謝した。


 仁政を心掛ける者が勝ち、悪政を言い訳して継続した者が負けた。
 理の当然であり、人情の必然であると・・・・。

 それがわかる人が遂に勝つと言う事なんだが・・・・。何か疑問あるんだろうかね?
 少なくとも小沢党首は、新自由主義の基地外カルト経済理論なんか信じていない。
 それだけで充分だと思うんだけど? 

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コメント
この記事へのコメント
私も十分だと思います
  カイカクなんかいくら続けても、日本は豊かになりはしないのです。だから、安倍前首相も民主党や北朝鮮を悪役にして、相対的に自分たちを浮かび上がらせる戦術しか採れなかったのです。生活を重視しろと言っている小沢氏と、正面から対決したら、負けるに決まっていますからね。まさか、「自民党は生活よりもグローバリストの利益増大の方が大切なんです」とは言えませんから・・・。

  まあ、そうは言っても、三輪さんが「民主党」ではなく「小沢党首」と表現なさっている部分の意味が分からない人が多いのでしょうね。特に、「右」「保守」「愛国」を自称される方々に。
  自分の今までため込んできた知識や価値体系に引きずられて、目の前で起こっていることをゆがめて認識してはいけないですね。実質GDPなんぞいくら上がっても、自分の給料が上がらず、労働が強化されるとしたら、経済成長など実感できるわけがありません。
  
2007/12/04(火) 00:39 | URL | ろろ #2pDzSWe2[ 編集]
TBです
「亡国」とは...
http://sun.ap.teacup.com/souun/229.html
2007/12/04(火) 01:33 | URL | 早雲 #-[ 編集]
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昨日(12月3日)午後4時から人権擁護法案を審議する自民党人権問題等調査会が会合を行われた。 この調査会の内容については、今現在、産経新聞と毎日新聞、中国新聞、日本経済新聞が報道している。 http://sankei.jp.msn.
2007/12/04(火) 08:22:49 | 草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN
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