独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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後編でやめるつもりでしたが、中篇を書くことにしました。

数字やコトバが散らばっている荒野
オオカミが来て キミは食べられてしまう
正解も不正解もどちらも無意味で
ここは荒野なのかオオカミの胃袋の中なのか
ボクらは夢の中だけのボクらの夢
ここには全てがあるけど痛みがない


「まひるのたくさん」、渡辺玄英と言う詩人の作品です。
続けます。

ボクは中学のころから野菜をしていました
守秘は農耕の二塁手でした。
(・・・変換がうまくいかない。
ボクは野球のころバラ色していましたよ
(泣
荒野をさまようボクらわたしらは
だけどバラ色の感情を定義できない
足元から伸びる黒々とした影さえニセモノ
(かもしれません
だからたくさんのボクらわたしらは
日時計になって目眩に耐えながら
自分の内側に答えをさがすしかないのです
(でも「自分」ってホンモノだろうか?

たくさんは力だ たくさんは正しい
たくさんは気持ちいい たくさんは安全だ
たたくさんは(わかンない(たたくさんは
たたくさんは響きあってたたくさんの
公園のブランコのように揺れていて
(だれも乗っていないブランコばかりで
ここは明るい陽が射しているけど
たくさんはさむいのかあたたかいのか
たくさんはとてもさびしい


******

この詩を読んだ貴方は何を感じますか?
この方の詩は本当に物悲しい。寂しさを語る詩人です、彼は。
呟く人の横顔を眺めながら、その人の言葉が心に沁み込むのを感じている様な。
この方はそんな詩を書く人です。

『火曜日になったら戦争に行く』 渡辺玄英・著
渡辺玄英小論
~「生きていることは恐ろしいほど死んでいることなんですよ」的な世界~


わかる人にはわかるでしょう。
彼の詠んでいる題材とは、心を失って行きつつある現代の人達の姿です。
特に若者を詠んでいるのでしょう。
心地よい世界に棲み、苦痛を実感できず、恐怖を実感できず、快楽も摩滅して行く。そんな人達の姿がここには書かれている。

こんな世界に棲んでいても、変わらず実感できるものがある。
「敵の存在」「拒絶の恐ろしさ」そう言うものは実感できる。
何故なら襲い掛かって来るものだから。だから、残虐な殺人事件が巷で発生する。

無気力な世界に棲んでいても、敵の存在だけは明白に映る。
あるいは、昨今の残虐な事件とは、「自分だけの世界から敵を追放しようとする衝動故」なのかも知れない。
沢山の人を見てきた私には、そう言う人達の心理が少しだけ見える様な気がする。

またしても前置きが長くなったか・・・後半に続きます。
(帰ってきたので後半を書きました。23時00分)


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さて、いきなり種明かしから・・・。

カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記 ■[呪的闘争]奇妙なネット障害の多発 03:40

もう、わかってる人にはキッチリわかっている。

Speak Easy 社会 に、「奇妙なネット障害」が多発している、という記述があった。

>DOS攻撃(?)によって壊されたのは、「三輪のレッドアラート!」さんなど。(前の三輪のレッドアラートですね)

>「安倍晋三統一協会祝電事件」について熱心に書き込んでいたブログや2chなどが「障害」にあっているようだ。

>「三輪のレッドアラート!」さんはバリバリ保守だそうなので、既存思想枠組み(つーか思想的趣味*1)だと私とは対極にあるけど、「安倍晋三が国賊であり、統一協会が日本最大の敵である」という、眼前の日本政治にとって最も重要な部分では全く意見一致している。

さて、統一協会という犯罪集団は、左右対立をムダに煽ることで日本人の知性を劣化させ、日本人の政治分析能力を劣化させたがっていることを、諸兄はよくご存知だろう。
サーバ障害を起こさせたのは、それによって最も得をする人々、おそらく安倍晋三と連なる統一協会系列だと私は想像する。

>ところで、「人気ブログランキング」の表示も破壊され、1月時点の表示になっているようだ。
>「人気ブログランキング」が狙われたということは、我がブログや「三輪のレッドアラート!」さんなど「アンチ統一協会」「アンチ安倍晋三」系列のランキングが、6月末現在、相当にあがっていたのだろう。

******

ええ、そう言う訳です。

現在左翼を目の敵にしているネット右翼と言う連中の一部は、完璧にあっち系ですよ。
カマヤンというお方も、「左翼系の漫画家だから俺達の敵だ」見たいな感じで、あちこちのブログで叩かれていました。

左翼と言う単語は、弾圧系ネット右翼の連中に取ってみれば「人間扱いしないで良い者」という意味なのでしょう。
あの野獣すばるとか言う、「靖国がお化けの巣だ」とか言う寝言をほざく左翼大嫌い愚民等、その典型と言う訳です。

「自分が左翼と決め付けた者の言う事は全て間違っている」と言う、正気の欠片も残っていないめでたい奴ですが、有害な言論を吐き散らすのだけは我慢なりませんがね・・・。
あんなのにも騙される奴は多いんでしょうね・・・。

そもそも、公明党に反対するネット右翼とやらは、カマヤン様の反カルト主張を見ても反射的に反対してしまうのかね?と・・・。
いや、しそうだな。本気で・・・。

ともかくも、支配者と言うのは狡猾なものです。
我々保守と革新は、昔から犬猿の仲だった。
私なんかでも、組合の役を引き受けなかったらどうだっただろうか。
ずっと惰性のままに作られた憎悪を抱いていたかも。そう思う事は多い。

>数字やコトバが散らばっている荒野
>オオカミが来て キミは食べられてしまう
>正解も不正解もどちらも無意味で
>ここは荒野なのかオオカミの胃袋の中なのか
>ボクらは夢の中だけのボクらの夢
>ここには全てがあるけど痛みがない

ええ、そのとおり。管理されていると言う事ですね。
体制と言うのは、どんな意見であろうと管理しようと試みると言う事です。

>たくさんは力だ たくさんは正しい
>たくさんは気持ちいい たくさんは安全だ

そう言う気分にさせてくれると言う事でしょうね。

>たたくさんは(わかンない(たたくさんは
>たたくさんは響きあってたたくさんの
>公園のブランコのように揺れていて
>(だれも乗っていないブランコばかりで

叩くさん。こだまですね。
自分の言う事、自分の思考だけがこだまする世界。

そして叩くさん、叩く人、激烈な意見の持ち主、激烈に攻撃してしまう自分
公園のブランコは惰性で揺れる、ただただ前後に揺れる、人は乗っていない

叩くさんは響きあう、叩くさんは揺れる
しかし、ブランコは鎖で繋がれてぶら下がっているものなのだ
その事を皆理解しているのだろうかねと?

>ここは明るい陽が射しているけど
>たくさんはさむいのかあたたかいのか
>たくさんはとてもさびしい

自分の意見のこだまを聞くだけでは寂しいでしょう。
沢山の人が居ても、沢山の人から注目して貰っても、沢山の人と話し合っても

こだまだけ、教えて貰ったコトバが口から出るだけ、そのコトバが響くだけ、響いたコトバは消えていくだけ

音は跳ね返って拡散して消えていく
情報は使い捨てられる、使い捨てられ古くなったものは無価値になる

誰かがたまに見てくれる事を期待して置き去られているコトバ
それがネットの本質です。

使い捨てられる言葉、使い捨てられる仲間、使い捨てられる沢山の人、すれ違い、コトバを交わし、笑いさざめき、興奮する

それらの感情も記憶も全て一過性のもの

それに味を付けるのが憎悪、愛情、それらの混じった「敵への攻撃」
痛くない、危険ではない、けれど攻撃する
噛み付いた時には少しだけ血の味がしたような気がする。
人が鮫の気持ちを少しだけ理解する瞬間・・・。

その臨場感の無さがネットの本質。孤独な世界だ

その孤独さの中で、赤や黒が目立つ、荒野の中では緑も白もくすんだ色としてブレンドされてしまう。

生きている言葉、心に痛い言葉、自分を燃え立たせる言葉、それを捜して人はネットを旅しない。
所詮、そんな都合の良いものはないと知っているから。
そして、そんなものは無いと、いつしか決め付けてしまう。
冷笑的で、執拗な敵意を抱く人間ができあがる。

それらの敵意は攻撃と言う方向性を持つもの、他者の干渉を否定する防御と言う方向性を持つもの、二極に分化する。
その両方の方向性を持つものも居る。
極稀に、穏やかな順応性を示すものも居る。極少数だが。

情報の海の中を行けば、人でも魚に変わらないといけない。
普通の魚だと弱いから黙って見ている様になる、たまに鮫になる事を選ぶものがいる。
敵意に燃えてネット上で吼える鮫、そんな鮫にあこがれる者も居る、鮫の噛み散らかす肉片と海に溶ける血糊を嗅ぎつけて、そんな鮫達に群がろうとする。
そこには交流はない。敵が居るだけ。
「日本の敵」、「平和の敵」、「体制の敵」、「国民の敵」、それぞれのあり方で海に順応しようとする生き物達が居るだけ・・・。
「襲って来る敵」と「寄り添ってくれる味方」が自分達のライフスタイル、あるいは生態、肉体そのものまでもを変化させていく。

まさに進化論、神の居ない世界の住民は見事に神を否定してみせる。

そこに偶像は居る、しかし、偶像は心の拠り所となりえない。
中軸となる価値観の要である神が居ない。
それはそうだろう・・・魂が無いのに、無い魂に神は棲めない。

神は光あれと言った。この世の最初にあったのは、光ではない言葉だ。
光が生じるより先に言葉は発せられた。
神は天地の創造よりも、光で闇を払うよりも先に言葉を放った。

その言葉の意味を今一度問いたい。

我々日本人が躓いてきた理由は多分一つだ。

分断され、主義主張で区別され、相容れない何かを刷り込まれて、反射的な嫌悪を抱くように訓練されて来た。
「歴史」「外交」「軍事」「憲法」、現実とは懸け離れた巨大で重い理想を最初に課せられ、それを希求する過程で必ず対立が生じる様に仕向けられた。

我々は無理解を最初に運命付けられて教育を受けて来た。

わからないものを憎む、それこそが野蛮の唯一無二の条件だ。
野蛮は人を分断し、協力できないようにする。

野蛮人「barbarian」の意味は何か?
言葉が通じない相手と言う意味である。
我々は決して言葉が通じない様に、巨大な理想をお互いに掲げあう様に仕向けられていた。
しかし、その罠はもう効果を無くしつつある。
他の敵が見え始めたから・・・。本当の敵が。

我々はいまだ言葉が上手く通じ合わない有様だ。
それでも最初に行うべき事は対話と言う事なのだろう。
我々が忘れていた事だ。そうしようと私は思った。そしてそうした。
何名かは応じてくれた。今後はどうなるかわからないが今そうしている。

今後必要な事は方法を模索する事・・・・。希望は必ずある。

希望に向けて一歩でも歩みだしたい。
そう願った者だけが、その願いを信じようと努力し続ける者だけが野蛮の罠、憎悪の迷路から抜けられる。
そう信じてみたい・・・。私は少なくともそう願っている。

そうしたくない者に強制する事だけはできない。

さみしいたくさんから抜け出るのは、さみしくないひとりを目指し、さみしいひとりを覚悟した者だけだ。
しかし、さみしいひとりを覚悟した時に、その時にこそさみしくない何人かを手に入れる事ができる。

私はそう思う。
いや、既に私の少数の理解者達がそうであると教えてくれた事なのだ・・・。
そうでなければ、私は古巣を抜ける事はしなかっただろう。

前に道があると信じる者だけがオオカミの居る荒野から抜けられる。
私はそう信じている。
そして、その道の先には「たたくさん」に誰もがならなくて良い場所もあるかも知れない。

とりあえず、漠然とした希望ではあるが、今の場所に留まって、オオカミに食べられるのを待つよりはずっとマシではないかと思う。

私が思うのはそう言う事だ。
どうも中編はほぼ雑想を綴るだけに始終してしまった様だ。

けど、たまにはこう言うエントリーも良いではないかと思う。

本当にどこが政治ブログなのだ?と言う様なエントリーではありますがねw

では、このエントリーはこれで終わります。
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コメント
この記事へのコメント
三輪さんのお話は政治哲学に溢れています。
政治というと政局に目を向けがちですけど、
本当は倫理や慣習を哲学することが最重要な命題だと思います。
左右の別なく中庸で且つ良質な基盤となります。

修身斉家治国平天下とは将にこのことだと思います。
これからもたくさん雑想してくださいませ。
2007/01/16(火) 08:13 | URL | minase #-[ 編集]
素晴らしい詩を読ませて頂きました。
漠然とですがわかる様な気がします。
ブログで粋がっていてもしょうがないかな等と時々落ち込む事がありますが、枯れ木も山の賑わい、の初心を思い出して、寂しいを覚悟した一人として何かの足しになる事が有ればと、もう少しブログを続けようと思います。
2007/01/16(火) 11:58 | URL | わこ #-[ 編集]
フジテレビのニュースアンカーで(もしかして関西ローカル?)
ホワイトカラーエグゼンプション、経団連批判をやってました。

フジ産経系列なのに自民党批判


やるじゃんフジテレビ(関西テレビ?)


他の局もこれを見習ってどんどん批判しまっくってほしいですね。
2007/01/16(火) 17:15 | URL | たこ #foglHflk[ 編集]
>たこ様
ようやく動きが出て来ましたね。
こんな事を報じなければ、将来国民にどんなことを言われるかわからない。
そう言うアリバイ作りで無ければ良いのですが。

ところで、次回の「破壊を求める者(後編)」では、いよいよ貴方のお望みの天誅の話も出てきます。
いえ、昭和初期の話ですがね。(笑)

>わこ様
荒地に転がっている言葉ではない、緑滴る枝葉を備えた言葉を何とか植えつけたいものですね。
お互い頑張りましょう。

>minase様
数回前に取り上げた祐天上人奇瑞シリーズの最後の台詞なのですが「是非を知り、邪正を分かつ、亦た中なり」。
邪悪と正道の間に横たわるものはなにか?
それは中庸になれるか否かである。
本来邪悪も正道も人には無い、邪悪とは過ぎて善であるか、過ぎて悪であるかであり、中庸になれないからそうなる。

朱子学の基礎ですね。
さて、過ぎた善でや過ぎた悪・・・・。
まあ、私には耳の痛い言葉ではありますね。
善悪は人の生まれた時からの性、なるほどと思う事があります。
特に自分を省みてね。

どうしたものかと考え悩む事は多いですね。
2007/01/16(火) 21:21 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
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金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ安倍晋三総裁誕生以来パッタリ大人しくなったネットフナムシ明らかにタダ残業はしない口であろうホワイトカラーエグゼンプションでは決して"被害"を被らないタイプ(爆)
2007/01/16(火) 11:46:56 | ぬぬぬ?
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