独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
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世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL174 江田島孔明

<紹介>
「中国の黒いワナ」

復活 政界・財界・中国の利権トライアングル!!
第1章 日本処分のシナリオ
第2章 国民の敵!
第3章 世論工作の黒幕
第4章 親中メディアの罪
第5章 国益vs資本の論理
第6章 軍拡とジャパンマネー
第7章 謀略の東アジア

 今回は、南北首脳会談が開催され、北朝鮮とのシリアとの間の「核開発疑惑」が報道されたことから、北朝鮮をめぐる地政学的環境の変化を、東アジアの歴史を鳥瞰しつつ、考察してみたい。

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<参考>
「私はネットの専門家」と金正日総書記、南北首脳会談で 2007.10.06Web posted  at: 15:17 JST- CNN/AP
 ソウル――韓国の聯合ニュースは5日、先の南北首脳会談で北朝鮮の金正日総書記が自らを「インターネットの専門家」と自称していたと報じた。

 これによると、3日に行われた首脳会談で韓国の盧武鉉大統領が北朝鮮の開城工業団地に進出する韓国企業のインターネット利用を可能にすべきだと提案。
 総書記は「私もネットの専門家だ。開城だけの利用は良いが、北朝鮮の他地域では問題がある」と答えた。
 その上で、他地域での問題も解消したら、ネット利用の開放に支障はないとも応じたという。
 北朝鮮は情報統制国家と知られ、住民への海外情報流出は規制されている。
 携帯電話の使用も禁じられている。
 ただ、指導部、エリート層は自由に海外情報を入手出来るとされる。AP通信によると、米国のオルブライト元国務長官が2000年に訪朝した際、総書記は長官の電子メールのアドレスを尋ねたという。
 総書記は韓国映画、テレビドラマのファンとされ、盧武鉉大統領は今回、総書記に韓国の映画などのDVD多数を贈呈した。


<参考>
シリア施設から北の核物質 空爆前イスラエルが押収 英紙報道
2007年9月24日 朝刊


 【ロンドン=岡安大助】二十三日付の英紙サンデー・タイムズは、米国とイスラエルの消息筋の情報として、今月六日にイスラエル軍機がシリア北部の軍事施設を空爆する前にイスラエル特殊部隊が同施設を急襲し、北朝鮮製の核物質を押収していたと報じた。米国は核物質を確認した上で空爆を承認したという。

 イスラエルの突然の空爆をめぐり、米メディアでは北朝鮮によるシリアへの核開発協力疑惑を指摘する報道が過熱。
 米国とイスラエルはノーコメントの姿勢を貫き、シリアは「でっちあげ記事に価値はない」と否定してきた。
 しかし、イスラエルの核物質押収が事実とすれば北朝鮮によるシリアへの核技術供与を裏付ける有力な証拠となり、今後の米朝関係や六カ国協議の行方に大きな影響を及ぼしそうだ。
 同紙によると、六月に就任したイスラエルのバラク国防相が、シリア北部の軍事施設に注目。
 数カ月にわたる監視活動の結果、北朝鮮技術者が出入りし核物質が持ち込まれている可能性があると今夏、ブッシュ米大統領に伝えた。

 イスラエルはシリア空爆計画を作成したが、米側がいったんストップをかけ核開発を示す明確な証拠を要求。
 このため、同国防相の指揮する特殊部隊「サエレット・マトカル」が同施設を急襲した。
 日時は不明だが、この攻撃で北朝鮮技術者数人が死亡したもようだ。

 イスラエルは押収品を調査し、核物質が北朝鮮製であることを確認。

 その後、米国はイスラエルの空爆を認めたとしている。

 朝鮮中央通信によると今月二十一日、シリアの与党幹部が平壌を訪れ崔泰福(チェ・テボク)朝鮮労働党書記と会談した。
 サンデー・タイムズは、この問題で対応を協議したことを裏付ける動きとしている。

 まず、私の基本的認識は、「アメリカは北朝鮮と手を組んで北京をけん制する」ということに尽きる。
 米北京交回復がそうであったように、北をアメリカがパートナー認定した場合、日本は追随せざるを得なくなるであろう。
 冒頭で紹介した、イスラエルによるシリア空爆により北朝鮮製核施設破壊のニュースが日米でスルーされている点は、その「明白な証拠」だ。北を敵視するなら、このネタを根拠に平壌を空爆だってできるだろう。

 米国にとっての最大の仮想敵国であり脅威は当然北京だ。勿論、最大の仮想敵国に対して貴方は仮想敵国であり脅威ですよと宣言して敵対するほど米国は愚かではないので、表向きは友好を保っている。

 しかしながら、将来的に両国は確実に衝突することは間違いなく、米国と北京が再び同盟関係になることはまずありえない。
 なぜなら、北京にとっての最大の敵であり頭痛の種はその増え続ける人口だからだ。
 現時点で公称13億、実質16億とも言われており、既に北京は飢餓寸前の状況、豊かになれば豊かになるほど自分の首が絞まっていくわけだ。

 故に、なりふり構わない「リソース」の確保に世界中を奔走してい
るわけで、リソースの確保に失敗したときに待っているのは大暴動による政権崩壊だ。
 これは、三国時代の黄巾の乱から国共内戦にいたるまえで、変わらぬ、シナ大陸での文明的法則だ。

 当然、政権崩壊すれば現中央の共産党員は命が危ういだろう。
 従って、米国にその気があったとしても北京は米国と同盟したところで問題は解決せず、むしろリソースの確保の制約を受けかねない。
 故に同盟はありえない。つまりいずれ衝突する。問題はその時期だ。

 北京の太平洋の半分領有要求も勿論リソース確保が目的だ。

 北京を封じ込める為には、日本列島から沖縄、台湾に至るまでの島々の確保が必要で、今は全て米国が確保している。故に太平洋は「米国の海(マ―レ・ノストルム)」なのだ。
 だから、北京をなだめつつも台湾領有を決して許さないのはそういう理由からだ。

 そして、日本という島を確保し続けるためには、大陸との橋梁であり緩衝地帯である朝鮮半島が重要なのは昔から変わっていない。
 故に朝鮮人には用はなくても、朝鮮半島は米国は確保できればしておきたいわけだ。

 現在、韓国は今までの恩義も忘れて反米に走り、北や北京に擦り寄っている状況だが、当然そんなことは米国からみて好ましいわけは無い。
 韓国に対して米国は全く期待していない。
 むしろ、辟易してると思われる。


 そこに、北朝鮮という餌が転がり込んできたわけだ。
 北朝鮮を押さえられれば、北にすっかりオペレーションされて北の言いなりになってる韓国を再び押さえられる。

 北朝鮮が今一番恐れているのは、勿論体制崩壊だがそれ以上に恐れているのが北京に呑まれることだ。
 北京と北朝鮮が完全に一枚岩なら、今頃とっくに呑まれてる可能性だってあるだろう。
 そもそも六者間協議なんて茶番が存在すること自体が一枚岩でない証拠だ。

 さて、米国としては北を影響下に置くという願っていも居ないチャンスが転がり込んできたわけで、これを見逃す手は無いだろう。

 上手くいくかどうかはともかくとして、米国は北朝鮮のテロ支援国家認定の解除と、非核化を梃子に北朝鮮に一気に入り込む事をもくろむと思う。
 米国にとって、実のところ相手が民主国家かどうかなんてどうでも良いことで、そんなのは都合の良い言い訳にしか過ぎない。
 勿論、北京は北朝鮮という緩衝地帯を米国に押さえられ直に米国の影響下に置かれる国と接するのは好ましくない。

 従って、そこは米国は北京を刺激しない程度に上手く懐柔して北朝鮮は引き続き、金王朝が統治する地だが、北京の半属国から親米の独立国にシフトするわけだ。
 恐らく韓国からも既に始まっているが、大規模な経済進出があるだろうし、米国も直接進出するかどうかはともかく、上手く経済を絡めて逆らえないようにするようにもって行くだろう。

 北京もまだまだ資金が必要な状況、韓国からの直通鉄道の開通や北京が心血をそそいでいる東北地方開発への経済支援など、経済を絡めてこられると弱いところだと思う。

 具体的に米軍や韓国軍が北朝鮮に踏み込まない限りは黙認せざる得ないだろう。

 そうして、反米の北朝鮮を影響下に置くことで朝鮮半島の親米化を図れ、朝鮮半島と日本列島の確保はより磐石となる。
 親米国からすると、北が親中のままだと北京とことを構えたとき、北朝鮮に在日駐留米軍をかき回されるのがかなり目障りなのも事実だ。
 この辺りも一気に解決という、米国にとっては良い事ずくめだ。

 故に、日本にこれ以上北朝鮮を突付くなという圧力も更に増すだろう。北朝鮮を援助漬けにして身動き取れなくするために、正常化して金も出せという、日本からすると誠に理不尽な要求を暗に突きつけてくる可能性も出てくる。

 つまり、米国は米国の国益を重視して外交しているのだから、米国の裏切りなんて事を言っても無駄だ。

はっきり言えば、地政学的に見た場合、北朝鮮の存在意義とは、ランドパワーとシーパワーの緩衝地帯であり、中韓露の軍事圧力を一手に引き付け、その分日本に対する軍事圧力が減ることなり、かつ、在韓米軍を正当化し極東の安定すなわちパワーバランスを達成する上での「必要悪」と考える。

 経済制裁を叫ぶ論者は、北朝鮮崩壊後の極東情勢を真剣に考えるべきだ。
 このように考えると、北朝鮮崩壊後の国際情勢は、どう転んでも日本に有利に動くとは考えられず、資金的、軍事的負担は圧倒的に現在より増すことは確実だ。
 北朝鮮崩壊は極東のパワーバランスの大きな変化に繋がり、それだけ戦争リスクが高まるのだ。
(三輪注:日本帝国と言う巨大なパワーが解体消滅した後に何が起きたか?朝鮮戦争、中国の共産党による平定、チベットと言う第二次世界大戦以後唯一の独立国の侵略による消滅と言うアジア激変が起きた。ベトナム戦争と言うアメリカの衰退に至る毒素もこの時期に醸成されている。江田島孔明先生の言葉を皆で拝読する事。左右両方とも、理念よりも物理数学に近い地政学に基づく戦略を知る事が必要だと悟って欲しい。三輪のレッドアラートで江田島孔明先生が語っている事の真価はそこにあるのだから。)

 これが私が北朝鮮を地政学的観点から「必要悪」と見なす理由だ。

 北朝鮮が北京の傘下になった場合、日本海に面した港が北京海軍の手に入り、日中は日本海でも対峙することになる。
 その場合、対馬を日本が押さえれば、北京海軍を日本海と東シナ海に分断できると考えるか、あるいは二正面作戦を余儀なくされると見るかは議論が分かれるところだが、日本海沿岸の港の戦略的重要性が非常に高まることは間違いない。このような極東の戦略的バランス変化は確実におきつつある。

 ここまで考えて、この「アメリカや日本と北朝鮮の同盟」とは、実は、東アジアの歴史を貫く法則である、「大陸の大ランドパワーが朝鮮半島に手を出せば、日本は必ず半島と同盟関係に入る」すなわち、ランドパワーとシーパワーの決戦正面、あるいは緩衝地帯としての朝鮮半島の地政学的かつ歴史的位置づけだ。

 過去の事例としては、7世紀の隋唐、13世紀の元、20世紀の帝政ロシア南下や朝鮮戦争など、すべて、このパターンで説明できる。
 はっきり言えば、鴨緑江を南に渡った勢力と日本は必ず敵対する。これが地政学的法則だ。

 今回は、7世紀の例を参考にしてみたい。
 645年乙巳の変(大化改新)がおきる。中大兄皇子、中臣鎌足や蘇我石麻呂などを味方に付けて、蘇我入鹿とその父蝦夷を殺害し、政権を奪取した事件である。当時、蘇我氏は日本で最大最強の豪族であり、日本を仏教を国教とする国造りをしていた。

 これに対して、2つの大きな反動勢力があった。
 一つは、朝鮮系皇族、とくに百済系・高句麗皇族の反発、2つ目は、八百万の神を信奉する勢力である。
 前者の代表が中大兄皇子であり、後者の代表が中臣鎌足であった。
 また、高向玄理のように遣唐使帰りで、親唐的な「知識階級」の勢力も反動勢力としてあった。
 日本の歴史教育では、乙巳の変以降日本は、北京式の政治改革(律令制度の導入)をしたことになっているが、最近の研究では、この変が怪しくなっている。
 つまり、律令制度の根幹である「改新の詔」は、乙巳の変の翌年、646年に作られたものではなく後世作られたものであるという見方である。
 ただ、体系的でないにしろ、新政権の目玉として、要路・津港の改修、戸籍の作成などは、行ったものと思われる。また、この時期、百済を経由して多くの実用品が日本に紹介されたことも事実である。
 中でも天智天皇が35才の時、導入された水時計は、官僚の管理上、重要な道具であった。 

 要するに、乙巳の変は、蘇我氏の仏教国家作り路線から、八百万神派・百済派・高句麗派による朝鮮問題介入路線(当初意図したものではないが、結果としてそうなった)に方向転換したのである。
 特に唐と新羅の軍事同盟を成立させた金春秋(後の新羅の太宗武烈王)が647年に、金多遂とともに日本を訪れ、9ヶ月滞在して帰国している。

 当代の一級の政治家が日本を訪れたということは、日本書紀には「人質として金春秋が日本に来た」と書いてあるが、金春秋が何らかの意図を持って、日本に来たことは明らかである。

(三輪注:ここらはdoronpa氏その他の意見だと、日本国は当時現在の歴史書が語るよりもずっと強大な国であり、朝鮮半島を当時実力で支配していたからだと言う事になっている。三輪が思うには、当時の朝鮮半島には、日本の支援を心底必要としている百済があり、新羅と高句麗はその様な百済を日本の傀儡国家だと認定していたのだろう。当時の日本と半島の関係は本当に親密だった。皇室に百済の血を容れるほどに真剣な同盟関係が成立していたのだと思う。)

 前年、高向玄理が新羅に訪問しているので、唐・新羅・日本の三国軍事同盟の成立を目指して、日本政府と9ヶ月に亘って交渉したものと思われる。
 舒明天皇は新羅から派遣された天皇であるが、百済系の皇極天皇後の後任は、再度、新羅から出すべきだと金春秋は、主張したものと思われる。
 しかし、この主張は、すぐには受け入れられなかった。

 蘇我氏討伐後の孝徳天皇や中大兄皇子は、日本をどのような国家にしようとしていたのであろうか。

 北京式の律令制度でないことは、すでに述べた。当時の政府の実権は、孝徳天皇と中大兄皇子が握っていた。
 孝徳天皇の目的は、高句麗を唐から救済すること、中大兄皇子の課題は、百済を新羅から救済することであった。当時、高句麗や百済は、唐・新羅の連合軍にいつ攻められてもおかしくはなかった。
 現に、高句麗は、644年以降3回も唐と交戦している。そのため、日本国内の軍国化と高句麗への救援が急務であった。蘇我氏のように仏教国家などという悠長なことは言っていられなかったのである。
 そのため、公地公民制や道路港湾の整備、駅伝制の設置、兵や軍需物資の調達のための、戸籍や里・五保制の設置などを実施している。645年から壬申の乱が終了する672年までは、日本が急速に軍事国家に変身した時期であった。
 つまり、乙巳の変の目的は、蘇我氏の進めていた全方位外交、すなわち、日本の中立と独立と言った理想主義路線を打破し、積極的に高句麗・百済を救援することで、唐や新羅から高句麗・百済を守ろうとするものであった。

 裏返せば、それほど唐の脅威は、高句麗・百済・日本に迫っていたのである。

 孝徳天皇や中大兄皇子を中心とする日本の多くの豪族は、百済・高句麗と共に唐・新羅との交戦路線を進めようとしていた。
 結果的に、663年白村江の戦いによる大惨敗から、日本は朝鮮半島経営から完全に撤退し、現在の日本の誕生につながっていく。

 いかがであろうか、その後の歴史で何度か繰り返された、日本と大陸のランドパワーの関係の原型がここに見て取れる。

 現代のアメリカが北京と対立するようになる事態に備えて、アメリカら北朝鮮を傀儡化しようとするし、北京はワシントンへのロビー活動によりアメリカの国策を支配しようとする。
 そして、第二次大戦がそうであったように、北京の対米ロビー成功は日本にとっても死活問題だ。

 大化の改新が半島への軍事介入へ繋がったように、チャイナロビーがアメリカの東アジア政策に影響を与える可能性は十分ある。

<参考>ロビー活動で対中政策ぶれ 米議会調査局報告 利益優先「多元外交」に変質

 米議会調査局(CRS)はこのほど、クリントン米政権の対中政策が一貫せずに一変するのは、米国内の利益団体などによる猛烈なロビー(議会工作)活動とその影響を受けやすい体質があるとする報告書、「北京、米利益団体と対中政策」をまとめ、議会に提出した。

 そうした政権下では、各種団体が議会を標的としたロビイングでしのぎを削り、ますます一貫した政策がとりにくい、と指摘している。
 報告書はまず、冷戦時代を通じて米国の対中政策には、「チャイナ・カード」など対ソ戦略の一つとして米国内にある種のコンセンサスがあったと指摘する。

 だが冷戦終結後はこの暗黙の了解が崩れて、経済利益団体、人権保護団体、チベット支援団体、さらに元政府高官など多くの利益団体が入り乱れて対中政策に影響を及ぼすようになったと分析する。

 特に、さまざまな団体の利益を代表する議会が外交に影響力を行使する場面が増え、これまでの政府高官だけの「エリート外交」から利益団体に引きずられる「多元外交」に変質してきた、と指摘している。
 初期のクリントン政権は、民主党リベラル寄りの立場をとって北京内の人権状況を批判し、最恵国待遇(MFN)の付与と結びつけて北京への改善要求を強めた。

 その結果、香港のパッテン総督やチベット独立運動を推進する精神的指導者ダライ・ラマらが相次いで大統領を訪問した。
 ところが、北京経済の急成長とともに米中ビジネス評議会など経済界からの反発を受けた。
 クリントン政権はこれに引きずられて九四年に対中政策をあっさり変更して人権問題とMFNを切り離した。
 「経済利益派」の「人権擁護派」に対する巻き返しである。 報告書は特に、クリントン政権になって国内問題に力が注がれ、「利益団体が対中政策に対して影響力を行使できる機会が増えた」と指摘し、マスメディアがその手段に使われたと分析する。
(産経新聞 1997/02/01)

◇米の北京ロビイスト ボーイングや3大自動車メーカー最大勢力は大企業
 
 北京からの不正献金問題に揺れ動く米国政界で、北京のロビイスト(院外議会工作者)の最大勢力は米国の大企業だった-。
 一九九六年のロビー活動報告書の中で、米国企業が北京の最恵国待遇(MFN)の更新のため数億ドルの金を使ったことが明らかになった。
 AP通信が二十三日伝えたもので、ロビー活動の次の目標は北京の世界貿易機関(WTO)加盟だとしている。
 
 北京ロビイストとしてリストにあがっているのは、航空機大手のボーイング社とマクダネル・ダグラス社、GM、フォード、クライスラーの三大自動車メーカー、プロクター・アンド・ギャンブル社、マクドナルド、コカ・コーラ、モトローラ、AT&T、IBMなどといった大企業で、すべて北京に進出している。
 このうちボーイング社については、二十五日に北京を訪問するゴア米副大統領に幹部社員が同行、北京側と十億ドルにのぼる航空機購入契約が締結される見通しだという。
 同社は、北京市場で欧州のエアバス社と激しい競争を展開しており、十九日付のニューヨーク・タイムズ紙によると、「大量の航空機の受注が米国と北京の政治関係の犠牲になっていると不満を抱いており、契約の調印には副大統領に臨席を求める」という。
 米連邦選挙委員会(FEC)の調べによると、同社の民主党への昨年の政治献金は十一万八千二百五十ドルで、この金額は共和党への献金を上回るという。
 AP通信によると、ボーイング社などロビイスト企業の橋渡し役として有力政治家が働いているという。
(産経新聞 1997/03/24)
以上

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コメント
この記事へのコメント
三輪さま

コメントありがとうございます。
思うに、関西への取材で確認した半島の影響が強い奈良や京都の朝廷から鎌倉幕府が独立して東国に政権を作ったように、アメリカの影響が強い東京から独立して関西に首都を持ってくるというのが私見です。
歴史は繰り返すか?という問いに、私は歴史は繰り返すとは限らないが、歴史のパターンは繰り返すと答えます。来るべき真の日本の政権とは軍人が中心になるものかもしれません。鎌倉幕府がそうであったように。官僚では無理です・・・
2007/10/08(月) 02:12 | URL | 孔明 #-[ 編集]
パワーバランス
  現状は、中国=南北朝鮮+アメリカという力関係が成り立っているが、徐々に中国>南北朝鮮+アメリカになり、アメリカが中東への軸足を置くということから、やがては中国=北朝鮮+日本+おためごかしの米軍で極東のパワーバランスを保とうということなのでしょうか?
  もし、三番目の式を成り立たせるとしたら、北への「上納金」はやむなしということになるのでしょうか?それでなおかつ、いずれ日本は百済の遺臣(韓国のエリート層)を支配層の一部として受け入れざるをえない立場なのだとすれば、正直私は耐えられませんね。今の日本では彼らの独立回復を支援するより、日本を乗っ取られる可能性の方が他界です。それなら、朝鮮を見殺しにして、核武装する方を選びますよ。
  ランドパワーの渡海を防げればよいとして、海軍力の大幅増強と鎖国を想定した自給率アップ、対中進出の大幅縮小など進めるという手は取れませんかね?
2007/10/08(月) 22:46 | URL | ろろ #2pDzSWe2[ 編集]
半島政策で難しいのは、出兵してはいけないという点です。軍事的援助はしない。しかし、水面下で金は流す。技術的な援助もする。それで防波堤に役割を果たせばOK,つぶれればそれはそれで仕方ない。一種の鉄砲玉です。

クリントン以降、アメリカの政策は間違いなくこの線です。そして、日本も間違いなく追随する。それが福田政権の意味です。
このバランスを維持できず、渡海した政権はすべて崩壊してます、天智天皇や秀吉や日韓併合は反面教師です。韓国のエリート層は相当海外へ亡命しているようです。在日と彼らを混同すべきではありません。

 断っておきますが、私は朝鮮シンパでもなければ朝鮮人に愛着も感じていない。拉致被害者の思いを十分理解したうえで断腸の思いで、地政学的にぎりぎりの決断をする必要があるというだけです。
昭和二十年を思い起こしてください。国際政治とは常に最悪の選択の中で次善の解を求めるしかないのです。「朝鮮を見殺しにして、核武装する」のは最後の手段です。
2007/10/08(月) 23:55 | URL | 孔明 #-[ 編集]
今にして思えば、拉致問題を大きく取り上げた小泉や安倍は見事なくらいの反日政権だった。
そんな連中の意図はこうでしょう「日本の力で中国にとって最も危険な北朝鮮を弱体化させる」と言う方向性です。

私も拉致問題を解決する為云々の理屈で朝鮮半島に出兵する道筋を選ぶなど下策中の下策だと思いますね。
拉致被害者には確かに同情する。北朝鮮は許し難い犯罪国家だとも思う。

でも、それに激昂して戦略を捻じ曲げるなど愚かとさえ言えない。狂っている。
北朝鮮は金正日の死後、多分中国に対して尻尾を振り始める事でしょう。
そうなった時は、中国が大きく梃入れをして、北朝鮮は賦活される事だと思います。
北京に居た金正雄等、思い切り今の時点で後継者に中国の息が掛かっているのですから。
そうなった時の北朝鮮は本当に危険な存在になりますね。

私は個人的には金正日に後20年生きて欲しいですね。
そうすればアジアのパワーバランスが変化しないですから。
まあ、こんな事を言えばいきり立つ馬鹿がまた湧く事でしょうね。

そう言う連中、暴徒と全く方向性の変わらない輩が常に国を誤らせるのですがね・・・。
2007/10/09(火) 00:08 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
なるほど
北が防波堤になるというのは、日本にとっても韓国にとっても幸福なことだというわけですね。

そうなると、パチンコ+サラ金の資金の北行きは黙認するしかありません。まあ、日本に朝鮮人難民が溢れるくらいなら、これくらいは仕方がないですね…。

しかし、厳しいなと感じるのは、日本が朝鮮に主体的に働きかけるというより、日本の中にいる彼らの細胞にうまく使われている人間があまりに多いことです。小泉安倍の清和会などまさにそうではありませんかね。

これを覆し、彼らすら利用するという立場に付くためには何が必要でしょうか?岸や椎名悦三郎には満州人脈がありましたが、今の日本側にはそういう人がいない。なんとか在日や朝鮮族にインフォーマントやヒューミントを仕込めないものでしょうか?

その程度のこともできないなら、日本は永久にアメリカに従属した政策を取らざるを得ないと思われます。
2007/10/09(火) 00:14 | URL | ろろ #2pDzSWe2[ 編集]
重要なのは、金正日を鉄砲玉にできるくらいの腹の据わった戦略家がいないことです。福田では無理でしょう・・・金正日は小泉にこの戦略を直接伝えています。それが首脳会談です。鉄砲玉は親分のために命を捨てるもの・・・日本のランドパワーとしての帝国陸軍直系がこの話のカタをつける必要があります
2007/10/09(火) 00:18 | URL | 孔明 #-[ 編集]
ナポレオン戦争の時、イギリスは国内の不況や失業を無視してプロイセンの援助をしました。この戦略が後にワーテルローで実を結ぶのです
2007/10/09(火) 00:20 | URL | 孔明 #-[ 編集]
戦略上の費用(犠牲)vs効果を考えれば、まずは使える手段を使って日本は半島や大陸のランドパワー勢力に「バックパッシング」を仕掛けるべし、ということですよね。そこを逆に相手の「バックパッシング」にのせられてしまったのが白村江の戦いや日韓併合以降の流れであると。であるから、前者を徹底して、後者をとにかく避けることが本筋なわけですが、問題は、孔明さんのおっしゃるように現在の日本首脳部に相手を手玉にとって、バックパッシングを仕掛けられるような人材がいないということでしょう。あまりにミイラ取りがミイラになる例が多すぎます。水面下で金や技術を流すにしても、パチンコやサラ金のようにたかられて貢ぐようなものでなく、相応の効果が期待できる明確な戦略をもって行うべきでしょう。小泉のように「断念の上に液状化した民意をサーフする政治家」には、長期的な戦略を完遂できません。ましてや官僚や2世・3世代議士には到底無理ということであれば、やはり自民か民主かなどというレベルではない政権交代が必要となります。サルカールの提唱する歴史の循環理論に従えば、守銭奴による腐敗政治を倒し、その後に実権を握るのは武人(軍)と予測されますが、そのように日本も進むのでしょうか。孔明さんが別のエントリーでも語っているように、武人にとって、鞘から刀を抜いて実際に敵と切り結ぶのは下策であり、鞘のうちにある力を使ってこそ最も効果的であるはずです。21世紀の日本にとっての「百済遺臣の受入」は、アメリカ幕府崩壊に伴うエリートの受入でしょう。日本の武人とアメリカの遺臣が「鞘のうち」の哲学と戦略を極東において実行できるかどうかに日本の存亡がかかっているように思います。また、国内的には今後若者の目が変わるようなイベント(戦争・恐慌・地震災害等)が起きたとき、日本の社会がゲゼルシャフトからゲマインシャフトへと移れるかどうかが重要な鍵になると思います。食糧や再生可能エネルギーの生産をゲマインシャフト社会で行うためにはやはり減価する地域通貨の導入が望ましいと考えています。中央が地方を搾取することなく、また地方が中央のお荷物となることなく、漸進的に両者の関係性の健全さを取り戻さねばなりません。有害な外来遺伝子やレトロウィルス(国際金融資本)の侵食に抵抗し、自己の遺伝子を保管するための核=ゲマインシャフト地域社会が出来ることによってはじめて、外部からの有用遺伝子やミトコンドリアを取り込むための条件が整います。全ては、日本がそうした「真核細胞的進化」を遂げられるかどうかだと思っています。
2007/10/09(火) 14:34 | URL | banabuna #uWstiZRU[ 編集]
花ブナさん
お帰りなさい。名前見る前に本文で貴君だとわかりました(笑)

私は、麻生氏には他の政治家に比べたらまだ「戦略」みたいなものはある気がします。彼が小泉批判を口にしたこと、それに投票した議員が自民党に120人以上いたことに、まだ少しだけ希望を持っています。

戦略立案が難しい(孔明さんや奥山真司氏に任せるだけの腹のある政治家がいない)以上、まずはグローバリストに抵抗するしかありませんね。

私はキムジョンイルにはこのまま権力の座にいてほしいです。今度記事にしたいんですが、奴は朝鮮の守護者であり、中ソの見張り番だという気がするんですよね。ああいう高句麗テイストの君主がいないと、派閥抗争を始めて、やがて中国に事大するのが朝鮮人でしょうから…。あいつも親父も、多分高句麗の血が入っていますよ。だから帝国陸軍と馬が合ったんでしょう…。

ベトナムはどうでしたか?またうちにも遊びに来てください。

2007/10/09(火) 17:35 | URL | ろろ #2pDzSWe2[ 編集]
基本はbanabunaさんの言うとおりでしょう。ミイラ取りがミイラになる例が多すぎるのが日本官僚のクオリティ。これは戦前から一貫してます、だから私が野にあり戦略をたっています。
日本史における独裁者はすべて「半島と距離をとる路線」をとって挙句暗殺されています。何の暗示か興味深いです

蘇我入鹿
織田信長
井伊直弼

など
2007/10/09(火) 22:04 | URL | 孔明 #-[ 編集]
次の日本の支配者は軍服からでるかどうかは、米軍のクーデターが成功するかどうかにかかっています。米軍からカエサルがでるかどうかに・・・イラクは果てしてガリアになるのか
2007/10/09(火) 22:18 | URL | 孔明 #-[ 編集]
なるほど・・・フセインはウェルキンゲトリクスの様にローマで処刑されはしませんでしたが、孔明様もイラクがガリアだと思っていましたか。

私もそう見えて仕方ありませんでした。
ところでカエサルがアレクサンドリアの読書家の美女に惚れ込んだのは、あれは彼がシーパワーを志向したからですかね?

時々そう言う事を考えてしまいますね。
(ちなみに、ブルータスってガリア人だったと言う話も以前どこかで聞きましたね。)
2007/10/09(火) 22:43 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
ガリア戦役は完全に政治的な選挙対策でした。カエサルはガリアでの戦勝の余勢を駆って軍装のままルビコンを渡ったのです。
2007/10/09(火) 23:10 | URL | 孔明 #-[ 編集]
反作用?
日本が大陸からの攻勢にされされたとき、朝鮮半島はどのような価値をもつのか。どのように半島と関わっていくのかについて、わかりやすい説明ありがとうございました。

対外関係についてともかく、問題となるのは、北朝鮮との宥和策をとることによって国内で起きる「反作用」です。これについては、ろろ氏の最初のコメントに集約されているように、憲法改正や自主武装、核武装などの論議につながっていくと思われます。

このような国内で起こる宥和策への「反作用」を憲法改正や核武装などに向けてむしろ積極的に利用していくのかどうかが問題です。軍人政権を志向するとなれば、その方向でしょうか。積極的に活用するのであれば、北に軍資金として先に金を渡し、いろんな点で「悪役」を演じてもらう方法もあります。
ただナショナリズムを煽りすぎ、特に対中共で暴走するのは、あまり得策ではないようにも思えます。

上のような反作用が出てくると、国内の親ランドパワー勢力が「反作用」の標的にもなりそうですが、どうでしょうか。
2007/10/10(水) 00:14 | URL | 面白い発想だが #-[ 編集]
対北宥和策であなく、水面下でつぶれないよう最低限の支援をするという点がポイントでしょう
2007/10/10(水) 06:36 | URL | 孔明 #-[ 編集]
三輪様

確かにローマがシーレーン防衛を意識したのはエジプトをゲットしてからだし、インド洋に乗り出すためにもエジプトは必須のキーストーンでした。つまり、エジプトはローマがシーパワー化する上で欠かせない宝石だったわけです。カエサルのクレオパトラへの思慕の意味はそこにあるのでしょう。歴史的にランドパワーはシーパワーを常に思慕するそして、振られるのです。
万物の母たる海は野蛮なシーパワーに微笑むことはないのです。
2007/10/10(水) 21:30 | URL | 孔明 #-[ 編集]
ローマがアメリカなら・・・
ローマがアメリカとするなら日本はエジプトでしょうか?エジプトも歴史が長い国でしたし、ローマの軍隊が駐留して、エジプトの王政に多大な影響を与えていました。クレオパトラの後見人みたいになって、弟王追い出しましたし。カエサルはエジプトの王政にかなり関わっているのをみるとマッカーサーが日本の政治に関わってるのが似ているような気がするんです。カエサルのエジプトとローマの影響を恐れて暗殺されるのとマッカーサーの日本への影響を恐れられたのもなんとなく似てます。
ローマはゲルマン人の侵入が激化して解体の一つになってますが、アメリカも移民(白人以外)がかなり多いです。カトリーナの時、非白人がかなり犠牲になってるので、アメリカはローマの滅亡の一つであるゲルマン人を非白人の国民と思っているのかな~とも思います。ローマはキリスト教の迫害に失敗しましたがアメリカもイスラム教の迫害?に失敗するのかもしれません。コンスタンティヌス1世はキリスト教を公認しましたが後のアメリカもイスラム教の勢力と妥協し公認するのでしょうか?どちらにしてもアメリカが恐れるのはローマと同じような分裂なのかもしれません。
エジプトの滅亡と同じ道を日本は辿らないでもらいたいです。
前のコメントの続きになりますが、三輪さんのイメージは銀河英雄伝説のような感じですね。確かに平安時代や鎌倉時代の人間と今の人間は進化したのか分からない。まあ千年二千年くらいでは変わらないのが当たり前ですね。
銀河英雄伝説に劣悪遺伝子排除法というのがあって障害者を排除する法律がありましたが、障害者自立支援法がこれに似ているような気がするんです。同盟のトリューニヒトは小泉元総理に似ていて、同盟の状況って今の日本の状況に似てる所があるように思います。
まったく話は変わりますが風林火山の勘助は目が不自由ですが、オーベルシュタインも同じで帝国はランドパワーですが、武田家も同じですね。武田家の敵、上杉謙信は武田信玄の首だけ狙うのも、ヤンがラインハルトの首を狙うのも似てるなと思います。
因みに、宇宙でも生存出来る生物って藤子不二雄先生の書いた21エモンのモンガーなんですよね。人間の進化した姿とは著しくイメージが違いますが(笑)
2007/10/12(金) 00:59 | URL | 幸未来願 #-[ 編集]
世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL175  
                           
江田島孔明

今回は、福田政権により、ついに動き出した、「日朝関係」の今後を検討してみたい。

<参考>
------------引用--------------
http://www.afpbb.com/article/politics/2297078/2235783
日本政府が北朝鮮支援を検討」、産経新聞が報道
【10月12日 AFP】日本政府が日本人拉致被害者の再調査を条件に、北朝鮮に対し洪水被害地などへの人道支援を検討していると、産経新聞(Sankei Shimbun)が12日報じた。情報源は匿名の外務省筋とされた。

 支援が実施された場合、援助物資は世界食糧計画(World Food Programme、WFP)などの国際機関を通じて行われるという。

 北朝鮮に対し強硬路線を貫いた安倍晋三(Shinzo Abe)前首相と比較して福田康夫(Yasuo Fukuda)首相は対北朝鮮関係でより穏健な立場とみられている。

 一方、日本政府は、報道のような事実はないと否定。外務省の谷口智彦(Tomohiko Taniguchi)副報道官も、北朝鮮への支援検討は時期尚早だと語っている。

 今夏、北朝鮮が水害に見舞われた直後、米中など日本を除く多数の国々が緊急援助を行った。水害の被害者は数百人にのぼるとみられる。(c)AFP
------------引用--------------
はじめに断っておくが、私は北朝鮮のシンパでもなければ、在日朝鮮人に対して愛着を感じてもいない。あくまで、地政学かつ歴史的観点から、北朝鮮や満州地域に独立国があるのは、日本の安全保障の根幹であり、この事は、渤海国の古代から現代に至るまで変わらない地政学上の真理だということだ。渤海国は7世紀から10世紀初期にかけて現在の中国東北地区(遼寧省南部を除く)と朝鮮半島北部を支配した国である。その治世は15代の王、おおよそ200年におよび、海東の盛国と呼ばれるほどの繁栄をほこり日本とも深い関係を持った大国であった。
高句麗を滅亡させた唐は、高句麗の遺民と高句麗の支配下にあった粟末靺鞨族を、唐の東方の諸民族を牽制し抑圧するための重要拠点であった営州(遼寧省朝陽)へ強制移住させた。その地域は契丹族をはじめ北方の多くの諸民族が居住しており紛争が多発していた。*高句麗滅亡後30年近くたった696年、営州において契丹族の李尽忠による大規模な反唐動乱・反乱が勃発した。これに乗じて粟末靺鞨族の乞乞仲象と乞四比羽は一族と高句麗遺民を率いて営州から離脱し、靺鞨族の故郷である牡丹江上流域へと向かった。
唐(則天武后)は彼等の自立を阻止すべく軍隊を派遣してこれを討伐し乞乞仲象と乞四比羽は殺されたが、仲象の子の大祚栄のもとに結集した一族と高句麗遺民は、唐の武力による圧迫を排除することに成功し、彼等の故地であった東牟山(吉林省敦化)に拠点を構え、698年に自立して『震(振)国』を建国した。
大祚栄は唐の武力に抗するため契丹や新羅に使者を派遣して国際的な支援を求めながら政権の基盤を固めていった。そのうち唐は政策を転換し周辺諸国との関係改善を進めていったが、大祚栄はこの政策を受入れ唐の冊封体制に入り、713年、国号を『渤海』と改め周辺諸部族の平定、唐との関係修復に力点を置き、渤海の基礎を固めていった。
719年に大祚栄のあとを継いだ大武芸(武王)は積極的に領域の拡大をはかった。特に周辺の靺鞨諸部族(拂涅・鉄利・越喜・虞婁・黒水)を編入することにつとめたが、黒龍江以北に居住していた黒水靺鞨は最も強大であり脅威となっていたが、大打撃を与えることにより北部の辺境の安定に成功した。一方、南部の新羅に対して旧高句麗の故地を奪取するなど領土拡大をとげたが、緊張関係はますます高まっていった。
こうした事態を打開するために対日本外交に活路をみいだし、727年に日本へ使節を送った。渤海の使節派遣は35回(研究者によっては33回とする)におよび、一方日本からは15回(研究者によっては13回)にわたって使節が派遣され友好関係を結ぶなかで渤海と日本は新羅と唐に対抗していった。
<参考>
------------引用--------------
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/nichiman.html
日本と満州は兄弟国だった!! 幻の日本・渤海同盟 (1997.10.11)
時の朝廷は、はるばる満州から、高級な貂皮等の「おみやげ」を持ってやって来た渤海国の使節に、右往左往すると同時に、「大国」日本に、「属国」の礼をとってきたものと勝手に解釈し、狂喜乱舞しました。そして、この時から延長7(西暦930)年1月31日の来朝迄、約二百年間に渡って、実に37回も渤海国使節が日本に来訪したのです。
約二百年間もの長期に渡って続いた日本・渤海間の使節往来ですが、なぜ、大武芸王は日本に使節を派遣したのでしょうか? その第一の目的は、「軍事同盟」-現代風に言えば、「日渤安保」の締結でした。ではなぜ、渤海が「日渤安保」を必要したか? それは渤海の建国事情にあったのです。渤海の歴史については、今なお多くの謎が残っているのですが、とりわけ建国史となると、更に多くの謎が残っています。ただ、これだけは言える事ですが、渤海建国の直接的要因の一つが、満州の大国・高句麗(こうくり)の滅亡にあったことだけは確かです。高句麗と言うと、朝鮮人の王朝と言うイメージがありますが、実際の所は、満州族-後の金・清を建てたツングース系北方民族が主体でした。高句麗は百済(くだら)を滅ぼし強大化した新羅(しらぎ)と、東アジアの「盟主」唐の挟撃(はさみうち)にあい、668年滅亡しました。高句麗の遺民は、武装蜂起し国を再建しないように、各地に分散させられましたが、696年、モンゴル系契丹人・李尽忠、ツングース系靺鞨人・乞四比羽(唐人が発音を無理矢理漢字で表記したもので、原音は不明)らと共に、高句麗王族・乞々仲象(乞四比羽同様、原音は不明)も唐に対して反旗を翻しました。そして、この乞々仲象が建国したのが、「大震国」-後の渤海国だったのです。つまり、渤海はその建国からして、大国・唐、更に朝鮮半島を統一した新羅と、敵対関係にあったのです。
------------引用--------------
<参考>
------------引用--------------
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=76189&servcode=200§code=200
「渤海、中国史に編入」…日本にある渤海国石碑返還要求の動き

旧日本軍が日露戦争の戦利品として持って帰った渤海国の石碑を中国に返還しなければならないという主張が中国で起こっていると日本の朝日新聞が28日、報道した。

新聞は中国がこの石碑に関心を持つようになった背景には渤海国の以前のこの地域に存在した高句麗の歴史をめぐる韓中間の論争があると分析した。

問題の石碑は現在、日本の皇居に保管されている「鴻臚井碑(こうろせいひ)」だ。この石碑は1908年、日本の皇居の吹上御所に移された。日露戦争当時、中国遼寧省旅順市を占領した日本軍が戦利品として石碑と碑閣(亭子)をともに持って帰り天皇に捧げたものだ。日本防衛研究所図書館に所蔵されている「明治37、38年戦役戦利品寄贈書類」にこうした内容が書かれている。

この事実は99年、日本の渤海国史専攻学者によって学界に初めて知られた。中国学界はこの石碑が唐と渤海が君臣関係を結んだことを立証する決定的な遺物として高い関心を見せている。中国政府は2002年から「高句麗は中国の東北変更地域にあった1つの地方政権」という要旨の「東北工程」を国家的プロジェクトとして推進しているからだ。

中国歴史学会は最近1~2年の間に鴻臚井碑に大きな関心を傾けている。2004年には関連学者たちが中華社会文化発展基金とともに「唐鴻臚井碑研究会」を設立した。昨年8月には初めて中国、日本の学者たちを招待した学術シンポジウムを大連で開いた。中国政府は石碑返還に対する公式的立場を明らかにしていないが、民間では返還運動をしなければならないという声が上がっている。

3月、大連日報に掲載された鴻臚井碑に関する特集記事は「国宝の返還には団結が重要だ」と訴えた。この記事はまた鴻臚井碑と同じく日露戦争で日本に搬出された韓国の北関大捷碑が政府間交渉で昨年、韓国返還が実現したという消息も写真とともに紹介した。元々の所在地だった旅順ではこの石碑を返還された場合に備えた展示館建設計画が用意されていると伝えられた。

大連市諮問機構である政治交渉会議は今年の1月、この石碑に関する研究を促す提案をしている。日本の皇室の財産を管理する宮内庁は28日、朝日報道に対し「この石碑は日本の国有財産」とし「出入制限があって一般公開はしていない」と明らかにした。

99年、鴻臚井碑を紹介する論文を初めて発表した日本国学院大学栃木短期大学の酒寄雅志教授は「渤海という国ができた当時を考えるかけがえのない史料だ。皇居の奥深くしまい込んでおかないで、まずは開放・公開してほしい」と話している。

◆鴻臚井碑=713年、唐が渤海王を「渤海郡王」に冊封した事実を記録した石碑で、初め渤海領土(現中国遼寧省旅順市)に建てられていた。日露戦争で旅順を占領した日本軍によって日本に搬出され1908年、日本の皇居の庭園に置かれた。
------------引用--------------

このように、島国と半島国家の同盟関係は、欧州でも例がある。たとえば、英国は、仏独の狭間のベルギーやオランダといった小国の独立を徹底的に支援し、大陸のパワーバランスを図った。
欧州の支配勢力がスペインであれ、フランスであれ、ドイツであっても、常に、英国はベルギーやオランダの独立のために、戦った。ドレイクの言葉「英国の防衛線は港の背後にある」を実践したわけだ。
 問題は、北朝鮮の独立が日本の安全保障に直接関わってくる点を理解したとしても、無条件の支援や国交回復に踏み切ってもいいのかという点だ。
 思うに、このような局面でこそ、「地政学の名言」を噛み締める必要がある。
つまり、北朝鮮の存続が日本の安全保障上必要だとしても、過度の支援や思い入れは不要であり、あくまで、「防波堤」の役割を果たすに十分な支援にとどめるべきなのだ。
【地政学名言集】

一、隣接する国は互いに敵対する。

二、敵の敵は戦術的な味方である。

三、敵対していても、平和な関係を作ることはできる。

四、国際関係は、善悪でなく損得で考える。

五、国際関係は利用できるか、利用されていないかで考える。

六、優れた陸軍大国が同時に海軍大国を兼ねることはできない。その逆も然り。

七、国際政治を損得で見る。善悪を持ちこまない。

八、外国を利用できるか考える。

九、日本が利用されているのではないか疑う。

十、目的は自国の生存と発展だけ。

十一、手段は選ばない。

十二、損得だけを考える。道義は擬装である。

十三、国際関係を2国間だけでなく,多国間的に考える。

十四、油断しない。

十五、友好,理解を真に受けない。

十六、徹底的に人が悪い考えに立つ。

十七、科学技術の発達を考慮する。

「国家に真の友人はいない」
 -キッシンジャー

「隣国を援助する国は滅びる」
 -マキャべリ

「我が国以外は全て仮想敵国である」
 -チャーチル

「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。長く深淵を覗く者を、深淵もまた等しく見返す」
 -フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900)
同じような、地政学上のパワーバランスが大きく崩れ、大陸のランドパワーが南下した際、日本は二度までも半島に兵を進めた。古代の白村江であり、近代の日韓併合だ。そのどちらも、破滅的な敗北を招き、その後、奈良平安時代や昭和後期といった、比較的平和で安定した時代をもたらしたことでもわかるように、半島への過度の介入は危険であり、鬼門なのだ。その点を十分に理解した上で、いかにして、北朝鮮をかっての高句麗や渤海や満州と同じような、「対ランドパワー防波堤」とすべきかを国家戦略上の重要課題とすべきなのだ。
 お人よしでナイーブで謀略に向かない日本人は、本質的にこのような戦略は不得手であろう。だから、半島の救援要請に簡単に反応する。その結果、常に、罠にはめられるのだ。日韓併合の推進者のように思われている伊藤博文は実は併合反対であったのはまさに、慧眼であるといえる。私は韓国併合は日本の歴史で最大の戦略上の失敗だと思っている。
それは基本的に朝鮮人は「漢民族」が好きなのだ。シナ民族こそが世界の中心であり、朝鮮が2番目の国であると信じて疑わない。日本は「倭」という野蛮国である。この日本の子分になることはプライドが許さない。
国が滅ぼうとも、自分たちの一族が隆盛でさえあればいい。
国家も国民の概念も持ちあわさない利己主義の人たちにいかに日本が尽くそうとも感謝の気持ちは生まれない。それどころか、恩を恨みに変えて平気な人種である。
顔が日本人と似ていてもまったく違う民族だということを明治政府は見抜く必要があった。
台湾の統治が成功したために朝鮮も併合した方がうまくゆくと思い込んでしまった。
台湾人は医療や教育や産業の成功を喜んで日本に感謝した。
それまでが苦難の歴史を歩んできたため文化を享受できる生活を与えてくれた日本人を尊敬したのである。
韓国併合ののち終戦まで現在の価格で日本が80兆円もの資本投下をし、日本は世界で植民地に対して国家予算を持ち出した珍しい国となった。大赤字である。
やはり監視役として軍の駐留だけで留めておいた方がよかったと思う。
親切な日本人は文盲をなくし、衛生的な国家にしたいと努力したが、儒教の悪癖である残酷な刑罰を廃止し、無能な役人を罷免したことで両班たちの恨みを買った。
土地の正確な測量で特権階級の隠し田を見つけ出したことも余計なことであった。
鉄道やダム建設も日本人がおこなうので、旧来のように賄賂が取れないことが不満であるから常に工事の妨害をした。
多くの農民が米の生産量が増えて喜んでも、彼らを人間としては見ていなかったから奴婢として徴用できないことで儲けを失った恨みを日本に向けた。
女性を解放し仕事をすることを恥と思わないように指導したことは男の所有物で好き勝手できた男たちの楽しみを奪った。
庶民が勤労意欲を持ち、豊かになり人口が増えても、「働かないで贅沢ができるのが本当の文化人である」と信じて疑わない。
しかし併合でちゃっかりと「日本人」になり、本土や満洲に進出し、金儲けにいそしんだのである。当時の世界情勢を考えると韓国が単独で独立国を名乗ることは不可能である。
国の予算もなくどんぶり勘定で、お金が必要になると外国に借金するしか能がない。
国際法も知らず、官吏は汚職と陰謀ばかりで国を思う国士がいない。
ロシアの植民地になっていたら幸せだったろうか?
ロシアが共産主義を止めたあとでそれまで属国であった東欧諸国の悲惨さを見るがいい。
なによりも朝鮮戦争でソ連の属国になった北朝鮮の実態を見よ。

なぜ日本に併合されなければならなかったか、その原因を追究する真摯な態度は現在に至るまで朝鮮人にはまったくない。ただ「反日」を叫ぶばかりである。
未来の展望もない韓国の行く末は暗澹としている。
東北工程により、北朝鮮と共に中国の領土に組み込まれていくのが目に見えるようだ。どうなろうと日本人はこんどこそ「人情」を発揮してはならない。単に、防波堤として「利用」すべきであり、その非常さこそが、戦国時代と化した国際社会で生きていく知恵だからだ。善意を発揮した明治政府や大和朝廷は反面教師だ。福田政権で日本は日朝国交回復に舵を切るだろう。危険極まりない。
<参考>
------------引用--------------
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/nikkan4.html
Column of the History
56.コリア人が待望していた「日韓併合」 日韓裏面史-其の肆-(1999.6.22)
明治43(1910)年8月22日、「韓国併合についての日韓条約」が調印され、大韓帝国は大日本帝国に併合されました。いわゆる「日韓併合」(日鮮合邦)です。これをコリア人は「日帝」(日本帝国主義)による「強制的併合」であり類い希なる「暴挙」だと主張します。まあ、コリア人の「愛国心」や「民族主義」についてどうこうとは言いません。しかし、「日韓併合」における日本の「立場」が一方的に糾弾・断罪される事には承伏出来ないのです。と言う訳で、今回は「日韓併合」についてコリア人への反論をしてみたいと思います。
まず、皆さんに第一に知って頂きたい事は、当時の大韓帝国(1897年、国号を朝鮮国から大韓帝国に改称。以下、「韓国」と省略)が、企業で言えば「倒産寸前」だったと言う事です。「開化派」が甲申政変を起こしたのも、倒産寸前だった李朝を自主再建しようとしたからです。何しろ、国土は荒廃し、慢性的な食糧不足に陥り、政治は腐敗の極に達しており、いつ国家が倒産してもおかしくはなかったのです。そんな実情を見て、日本は日清戦争後、韓国との間に協約を締結し、「保護国」として再建させようとしたのです。この保護国化をコリア人は、「日本は最初から韓国を植民地化する肚(はら)だった」等と主張しますが、それは違います。初代韓国統監となった伊藤博文や井上馨等はそもそも「日韓併合」には消極的でした。考えてみて下さい。健全な体力を持っている企業が、明日倒産するかも知れない企業をそう簡単に吸収合併するでしょうか? あの大国・西ドイツでさえ「東西ドイツ統一」後、旧東ドイツ地域の再建復興に四苦八苦したのですから。現在の韓国と当時の韓国とを同じ目で見てはいけないのです。現在の韓国の様にある程度の国力を備えていたなら、日本にとっても非常に「魅力的」だったかも知れません。しかし、当時の韓国は倒産寸前。日本が「日韓併合」に踏み切ると言う事は、取りも直さず相当なリスクを抱え込むと言う事だったのです。それを如実に示しているのが、当時の日本の「韓国併合反対」論です。その論旨は、「韓国は経済文化レベルが低く、清・露両国と国境を接し、国内政治は党派対立が激しく、官吏の腐敗は極に達しており、政治・経済・文化・社会・国防等非常に問題が多い。その様な韓国を併合すれば、日本は多大な負担を強いられる」と言うものでした。正にその通りだったのです。
さて、そんな倒産寸前だった韓国を日本はあえて「保護国」化したのには、当時の日本の朝鮮観が多大な影響を及ぼしていました。それは欧米列強による植民地化や隷属化とは違い、「朝鮮人を扶掖して、日進文華の民となし、帝国の臣民として、永く安寧秩序を完(まっと)うせしむるにある」と言うものでした。つまり平たく言えば、「倒産寸前の『韓国株式会社』に救済の手を差し伸べようではないか」と言う訳です。これが「大きなお世話」だと言われてしまえばそれ迄ですが、日本は「韓国保護国化」後、本国(日本)から莫大な資金を投じて、韓国を支え続けました。韓国中央銀行を設立して金融の建て直しを図ったり、鉄道交通網を整備して近代化の礎を築いたりと言った具合で、コリア人に感謝こそされ、恨まれる覚えはないのです。それでも、韓国政府は日本に恩を徒(あだ)で返すような挙にばかり出ました。それが、高宗によるハーグ密使事件や、閔妃等によるロシアへの接近だったのです。そんな中、日韓双方に新たな模索が始まっていたのです。
ハーグ密使事件後、日本国内に「我が国上下與論(よろん)沸然として鼎(かなえ)の湧くが如く、或いは新聞に、演説に併合を論じ、合邦を説くこと盛(さかん)なり」と言った日韓併合・合邦論が急速に台頭してきたのです。又、樽井藤吉(1849-1922)の『大東合邦論』の「日韓併合によって新合邦国家『大東国』を建設し、次に大東国と清国が合邦して南方植民地(東南アジア地域)を解放し、『大東亜連邦』を実現する」と言った構想が内外に影響を及ぼし、遂には韓国国内にも「日韓併合」論が公然と主張されだしたのです。
明治42(1909)年12月4日、一進会が百万会員の名において、韓国皇帝(高宗)・曾禰荒助統監・李完用(イ・ワンヨン)首相宛に、「韓日合邦」の奏上文(請願書)を提出したのです。この一進会は、宋秉(ソン・ピョンチュン)・李容九(イ・ヨング)等によって明治37(1904)年8月8日に組織された政治結社で、その会員の多くは東学党教徒・独立協会員・農民で構成され「百万会員」を称しました。彼らは日韓両国が共同でロシアの南下を防ぎ、韓国の独立を保障してくれる(「日朝修好条規」で実証済)日本に多大な期待をし、日露戦争に際しては、京義線(キョンウィ:ソウル-義州間)臨時軍用鉄道建設と北進輸送隊への支援を惜しみませんでした。彼ら一進会の考えでは、「韓国の衰微は外国からの圧迫ではなく、自らの反省と自覚の欠如に原因がある。韓日は古来より同文同種(文化・民族の元は同じ)であり、政治経済的利益も一致している。ドイツ合邦国家(プロイセンを主体に統一したドイツ第二帝国)が欧州で覇を唱えるが如く、韓日も東亜の雄邦として合邦すべきである」・「もし東亜の均衡が破られ、韓国が欧米列強諸国の植民地となれば、韓国国民は流出し、国土は廃墟となる事は必定である」と言ったものでした。この様に韓国側でも「日韓合邦」(連邦制)が唱えられたのですが、結局、韓国は「合邦」(連邦)ではなく、「併合」(吸収合併)への道を歩んだのです。
一進会の目指す政治的最終目標は、「日露戦争以来、韓国が置かれている「立場」(日本の保護国と言う従属関係)から脱し、植民地化を回避する手段として、「保護」に替えて「政合邦」(政治的合邦国家)する」と言ったものでした。しかし、宋秉は、「日韓双方の国力の差・文明の程度の差から「日韓対等合邦」は事実上不可能であり、「連邦制」では欧米列強に対抗する様な強固な国家は建設できない。従って、日韓が一体となり列強に伍す強固な国家を建設するには、大韓帝国皇帝の全権を大日本帝国天皇陛下に委譲するのが、最も現実的である」と主張したのです。そして、結果的に宋秉が唱えた通り、「日韓併合」がなされ、韓国は「独立国家」としての主権を完全に消失したのです。それは、さながら「倒産寸前」の巨大企業(韓国)が、世界的再編(帝国主義)の嵐の中で同業の巨大企業(日本)に吸収合併された様なものでしょうか。そう考えると、「日韓併合」とは、起こるべくして起きたとは言えないでしょうか。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2007101342848 
中国の地図から「白頭山」の名が消えた






OCTOBER 13, 2007 07:03


外交通商部が中国の地図を収集・分析した結果、12日のハンナラ党の朴振(パク・ジン)議員に提出した資料によると、中国で発行されている70種の地図のうちの68種は、白頭山(ベクドゥサン)を「長白山」と表記していた。残りの2種は、白頭山関連の表記は最初からなかった。
英文でも白頭山(Baitoushann)と単独表記した地図はなく、長白山(channbaishan)と単独表記したものが5種で、65種は白頭山についての英文の標記すらなかった。また、これらの地図のうち、00年以前に発行された33種は、天池をすべて「白頭山・天池」と表記しているが、00年以降に発行された37種中の10種は「長白山天池」と単独表記し、27種は「白頭山・天池」と「長白山・天池」を併記していた。
インターネットの検索サイトでも、白頭山についての歪曲標記の深刻なことが、調査の結果で分かった。
朴議員側の調査の結果、ヤフー(www.yahoo.com)では、白頭山表記が1710件だったが、長白山の表記は5万3900件だった。グーグル(www.google.com)でも、白頭山の表記は1万200件、長白山の表記は6万7400件だった。
朴議員側では中国政府のレベルで進められている「東北工程」が、地図の政策にも影響を与えていると分析している。
中国では2000年に長白山文化研究会を作り、白頭山を「中国文化の重要な発源地」、「東北文化の代表であり、東北人民の精神的な象徴」などと規定し、高句麗(コグリョ)と渤海(バルへ)の歴史を吸収しようとする意図から、「長白山文化論」を主張してきた。
高句麗史の専攻者で、中国の東北工程を批判してきた又石(ウソク)大学の趙法鍾(チョ・ボブジョン)教授は、「中国の長白山文化論は、遼寧や吉林、龍江省の東北3省を超え、内モンゴルの東部や極東ロシア、韓半島の北部を含ませ、古代の韓国史を吸収しようとする計略に基づいて進められている」と批判した。
朴議員は、「中国地図の表記実態から見て、教科書や各種の刊行物などの表記にも問題があると思われる」とした上で、「東海(トンへ)や獨島(トクド)、白頭山などに対する表記の誤謬問題を専門的に担当するタスクフォースを、外交通商部に新設する対策を検討すべきだ」と述べた。

------------引用--------------

以上

2007/10/14(日) 01:53 | URL | 孔明 #-[ 編集]
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  同タイトル●その(1)および●その(2)に続く記事です。今回は、中国東北部にとってのもう一つのリスク要因である「朝鮮」について検討したいと思います。  以前、「大連で日本のコールセンターを請け負う計画が
2007/10/10(水) 08:07:33 | 日々是勉強
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