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世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL169 江田島孔明

「創業は易し守成は難し」

今回は、内閣構造の意味を自民党の歴史に遡って考えてみたい。

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<参考>
------------引用--------------

内閣改造から一夜明け…首相、閣僚ら政権浮揚へ決意

 安倍改造内閣は28日午前、本格的に始動した。派閥の領袖クラスを要職に配した重厚な布陣で政権浮揚を目指すものの、参院で与野党の議席が逆転している状況下では、しばらくは世論の動向を見ながらの暗中模索が続きそうだ。

 「新しい内閣は、実際に着実に美しい国づくりに向けて政策を実行していく『政策実行内閣』ではないか」

 安倍晋三首相は同日昼、首相官邸で記者団に、新内閣をこう総括してみせた。首相は午前9時半ごろ、公邸から首相官邸に入った。初めての内閣改造という大仕事を終えた解放感からか、記者団に「お疲れさまです。元気ですよ」と晴れやかな笑顔を見せた。これに先立ち与謝野馨官房長官も官邸入りし「まずはきちんと仕事をすることだ」と決意を語った。
 首相批判の急先鋒(せんぽう)ながら入閣した舛添要一厚生労働相の自宅前には、早朝から多くのテレビカメラが集まった。舛添氏は事実上の初仕事となる自民党厚生労働部会に出席。「厚労相の仕事は少子高齢化や年金など山積した問題に対応する非常に大きな仕事。政府・与党一体となって最大限努力したい」と抱負を述べた。
 民間から登用された増田寛也総務相は、総務省で行われた閣僚交代式で「菅(義偉)前総務相の敷かれた路線をしっかり継承。常にアンテナを高く、民意をキャッチしていきたい」と強調した。

 党三役が一新された自民党では、麻生太郎幹事長が朝から党本部に詰め早速、細田博之幹事長代理らと党人事の構想を練った。麻生氏は今週中にも副幹事長や局長、部会長などの人事にメドをつける方針だが、党組織再建が課題に挙がっているだけに、さらに時間を要する可能性もある。
 一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長は、都内で記者団に「閣僚のど真ん中に安倍首相が座っていて人心一新になるのか。光り輝くものが感じられない」と批判。また、新閣僚に政治とカネの問題が発覚した場合について「首相の任命責任が問われる」と明言、首相に対する問責決議案の提出も検討する考えを示した。
(2007/08/28 11:47)

------------引用--------------

 まず、今回の内閣改造について、一言で述べるなら「自民党の先祖がえり」ということであろう。
 各派閥の長を取り込み、挙党一致をはかる。
 小泉改革路線からの撤退は否定できない。
 これは、参院選の結果であった、「地方での惨敗」に鑑みて、構造改革路線を放棄し、昔の自民党に戻ったという事であろう。

 はたして、この陣容で、自民党は再生するのであろうか。結論から言うと、それはありえない。

 何故なら、自民党の最大の問題とは、「世代交代により二世が増え、優秀な政治家がいなくなった」事につきる。
 そして、優秀な政治家とは「政局をつくり、政局に勝利し、国会での多数派を押さえる」事ができる人間をいう。

 与野党を見渡しても、このような政治家は小沢一郎しかいないのが現状だ。

 国会での多数派をとるためには、保守改憲路線や構造改革路線だけでは、決して不可能であり、左派との連携や地方の支持も絶対に必要である。
 そして、自民党の結党とは、そのような諸々の勢力の統合がなったということであり、そのバランスの上に、日本を支配していた。

 これは、実は、戦前から続く「満州ランドパワー人脈」を抜きにしては語れない。

 前提として、自民党がシーパワーであったのは、終戦直後から、占領を回復する、いわゆる吉田時代でしかない。
 その後、児玉や笹川といった「巣鴨大学同窓生」を岸が使いこなした事をみてもわかるが、自民党とは、「米ソ冷戦を背景として、対米協力を条件に釈放された満州ランドパワーによる連立政権」という本質を備えていた。
 追放解除や逆コースの意味はそこにある。アメリカはランドパワーをパートナー認定したのだ。

 自民党結党の資金の出ところがそれを如実に証明している。

 児玉が上海から持ち帰った資金(現在の時価にして3750億円)を海軍に返還しようとしたというが、この資金は、調べられれば、汚れた金であることがわかってしまう。
 それで、戦時犯罪の疑いをかけられたくなかった海軍は、児玉に処分を依頼。旧海軍の資産のためアメリカも没収せずに、宙に浮いた。
 児玉は、巣鴨拘置所に共にいた有力右翼でヤクザの親分辻嘉六に勧められて、この資金の一部を鳩山ブランドの自由党の結党資金として提供した。

<参考>
------------引用--------------

http://stocksaurus.hp.infoseek.co.jp/kodamayosio.html

児玉は、その後、津久井龍雄主宰の「急進愛国党」に移籍。
天皇直訴事件、井上準之助蔵相脅迫事件、内大臣・宮内大臣暗殺未遂事件等で起訴され、各実刑で懲役に服し、昭和十二年に出所。

外務省情報部長河相達夫の知遇を得て、中国各地を視察。
十四年、河相の斡旋で外務省情報部嘱託となり、上海を拠点に情報活動に従事する。

 開戦直前の十六年十一月、国粋党総裁笹川良一の仲介で海軍航空本部嘱託となり、上海に軍需物資調達のための組織「児玉機関」を作る。
 後に児玉の片腕となる岡村吾一も児玉機関の幹部の一人であった。
 終戦後、東久迩内閣の参与となったが、内閣総辞職で解任。
 昭和二十一年一月、戦争協力容疑で巣鴨プリズンに収容される。
 この巣鴨には、 笹川良一、岸信介もいた。二十三年十二月、釈放となる。

 児玉機関は物資の調達だけを請け負い、軍事行動には関与しなかったというのが釈放の理由だったようだ。この収容期間中に通訳として知り合ったのが、後にロッキード社の日本向け広報業務を請け負い、児玉とロッキード社との仲介役を果たすことになる
ジャパン・パブリック・リレーションズ社の社長で、日系二世の福田太郎だ。

 児玉は日本へ引き上げてくる際に膨大な額の宝石類を横領したのではないかと言われているが、真偽は決着がついていない。
 ロッキード事件で、同社から巨額の対日工作資金を受け取ったとして脱税と外国為替管理法違反で起訴された。

------------引用--------------

 そうであれば、自民党政権とは、煎じ詰めて言えば、「アメリカとランドパワーの談合」によって成立した組織といえる。
 これが、満州国で実験された、国家社会主義の焼き直しとしての、高度成長期の日本の本質だ。
 このランドパワー人脈は、朴正煕の韓国とも結び、朝鮮半島へも続いていた。

 自民党の本質をこのように理解すると、色々なことがわかる。つまり、自民党とは、現在の大河ドラマ「風林火山」の武田家と同じように、その本質はランドパワーであるということ。
 そして、ランドパワーの宿命として、内部統制の難しさを常に抱え、それは、戦前の「満州人脈」が機能することで、初めて達成できるものであるということ。
 最後には、そのような人脈の相続が岸信介以降の世代において、結局はできなかったため、崩壊するという、まさに、勝頼が武田を滅ぼしたのと同じ運命を辿ると言うことがわかる。

この事を、自民党の歴史を見ることで、検証したい。まず、佐藤栄作は岸信介のバージョンダウンであり、岸のグリップも効いていた。つまり、この頃までは、上述のランドパワー人脈が機能していたといえる。

 佐藤内閣は、1972年5月15日の沖縄返還を実現すると退陣した。その後を受け継いだのが、田中内閣である。
 首相となった「田中角栄」は、小学校しかでていないのに首相にまで上り詰めた人間として、学歴社会である日本の庶民から「今太閤」(現代の豊臣秀吉)とよばれて人気があった。
 田中内閣の進めた政策は「日中国交回復」と「日本列島改造」であった。佐藤内閣の末、1972年2月、アメリカのニクソン大統領は突然、訪中すると、「米中共同声明」を発表し、米中国交回復を行った。

 この突然のアメリカの行いに世界は仰天した。それまで、中国(中華人民共和国)をソ連とならんで敵視してきたアメリカの世界政策の大きな転換であったからである。世界中の国がびっくりした中でもっともショックを受けたのが日本であった。
 日本はアメリカの世界戦略の中で、安保条約のもとに、ソ連、中国に対する軍事的な防波堤の役割を担わされてきたからである。
 また、中国敵視政策の中で、台湾(中華民国)政府を中国の正式政権として付き合ってきたのである。
 ニクソン訪中は最大の同盟国であったはずの日本にはまったくの相談も連絡もなく行われたことに、当時の佐藤首相は「裏切られた」と語った。

 アメリカにとっては、所詮、日本は「大国」ではなく、従属国でしかなかったのである。

 アメリカ政府のこの歴史的転換は、中国とソ連との対立が激しくなったことが原因である。社会主義の路線対立から、中国はソ連批判を強め、国境に於いては武力衝突にまで発展していた。
 アメリカは、この機会を利用して東側陣営の分裂を図るとともに、泥沼化していたベトナム戦争解決のために、ベトナムの後方にいた中国の力を借りようとしたのである。

まさに、アジアの地政学的パワーバランスが一夜に変化し、自民党政権は、それを読みきれなかった。これは、例えば、戦前の独ソ不可侵条約締結時の平沼内閣の対応を見ても分かるが、日本の伝統的な、オオボケぶりを発揮したといえようか。

この時点で、アメリカはアジアのパートナーを北京にし、日本に対しては、経済的なライバルとみなして、攻勢に出たのだ。これが、ニクソンショックから、プラザ合意さらには、内需拡大から土地バブルそして80年代末のバブル崩壊へと繋がる。

つまり、ベトナム戦争による疲弊から、冷戦時の対日保護育成政策、すなわち、日本をジュニアパートナーとする戦略を放棄し、北京をパートナーとしたわけだ。自民党政権存立の基盤がここに、失われたといっていい。むしろ、冷戦状態を背景に、妥協してきた日本のランドパワー人脈を、この機会に整理しようとした。これがロッキード事件の本質だ。

ここから、自民党は、田中政権の成立と退陣以降、「戦国時代」に入る。つまり、満州人脈に属さない層の台頭すなわち下克上と、内部抗争の時代だ。福田と田中の総裁選から40日抗争にいたる闘争の本質は、岸信介が築き上げた国家社会主義ランドパワー政党自民党の、「満州人脈の跡目争い」だ。

結果として、満州人脈の相続は「誰もできなかった」。福田は所詮官僚であり、田中は満州人脈を動かせるほどの見識もキャリアもなかった。結果として、日中国交回復という形で、ランドパワーに絡めとられてしまった。統一教会や勝共連合等も同様に。

言い換えれば、天才岸信介個人の芸術作品である「自民党」を第三者が相続する事など、所詮は不可能だったのだ。

武田信玄と山本勘介が作り上げた「武田家」の相続が結局はできなかったように。

これは、戦前の満州で、陸軍や官界を押さえ、国家社会主義を実践し、その後、敗戦や巣鴨プリズンでの生死の境をさまようとい、極限の経験をした人間でないと、到達できない高みがあり、二世や三世では、そもそも、不可能ということだ。

戦略家は一代限り。芸術家の相続が不可能なのと同じように、戦略家の相続も不可能だ。

アメリカは、かって、ベトナムから手を引くため北京と手を組んだように、イラク戦争の泥沼から抜け出すため、平壌とも手を組もうとしている。

地政学的パワーバランスの変化は、株や為替が大きく動く、つまり国際金融資本にとって、「勝負どころ」だ。これは、欧州の三十年戦争やナポレオン戦争、二度の世界大戦、ベトナム戦争を通じて見られる近代の特徴だ。日本は、またもや、国際金融資本の餌食になるのか。

イラク撤退による、新たな、「ニクソンショック」や「米朝国交回復」も時間の問題だ。日本政府は、またも、地政学的パワーバランスの変化を読みきれず、敗退する。いいかげん、学習しろといいたい。

このような理解を前提にすれば、自民党創設者である岸信介の外孫が自民党に幕を引きつつある現状を、岸は草葉の陰で苦笑しながら見ているであろう。

<参考>
------------引用--------------

イラク撤退論をけん制 最終報告控え米大統領 2007年9月1日 10時58分

 【ワシントン31日共同】ブッシュ米大統領は31日、イラク情勢に関する最終報告を9月中旬に控え、チェイニー副大統領とともに国防総省を訪れ、ゲーツ国防長官や統合参謀本部スタッフと、今後のイラク政策について協議した。
 大統領は協議後に声明を発表し「最終報告の内容を聞くまでは(撤退などについて)判断を下すのを控えるべきだ」と、民主党議員を中心に高まる米兵撤退を求める意見をけん制した。
 最終報告は9月15日が期限。報告を取りまとめるイラク駐留多国籍軍のペトレアス司令官とクロッカー駐イラク米大使は9月10日に下院軍事、外交両委員会による合同公聴会で証言する予定になっており、公聴会での2人の証言内容が当面、焦点になる。

------------引用--------------

<参考>
------------引用--------------

http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls140.html

 私は、以前より、北朝鮮は、北京政府による半島併呑策である東北工程が進めば、ロシアを引っ張り込んで北京に対抗することが明白であり、その意味で「中ロ離間策」を仕掛ける材料として、日米にとっても利用価値があると考えていた。
 簡単に言うと、金正日と胡錦涛が対立する構図を作ることが、日米の利益に繋がるのだ。そのため、北朝鮮は体制の存続をかろうじて維持できる程度に支援すべきと考えてきた。これを「中朝二虎競食計」と呼ぶ。

 <参考>
------------引用開始--------------

http://www.teamrenzan.com/archives/writer/edajima/vol111.html

 中国もそれがわかっているから、容易なことでは間接支配にも乗り出さないだろうが。問題を複雑にしているのが、中国国内の朝鮮族の存在だ。中国朝鮮族の総数は約200万人である。これは在米韓国人数に匹敵し、南北朝鮮国外では最大級のコリアン・コミュニティーといえる。中国国内の分布は東北地区に集中し、なかでも吉林省に約120万人が居住し、吉林省南部の延辺朝鮮族自治州(首府延吉市)に約80万人が集中している。延吉市には中国語と朝鮮語で教育する延辺大学も設置されている。

 このほか、黒竜江省に約45万人、遼寧省に約25万人、内モンゴル自治区に約2万人が分布し、北京、天津や上海などの大都市にも進出している。各地の朝鮮族集住地区には行政的に朝鮮族自治県(吉林省長白朝鮮族自治県)や多くの朝鮮族郷・鎮が設置されている(リンク参照)。
 これら東北三省の首府には、朝鮮族の学校や放送局、新聞社、出版社などが設置されて、朝鮮語の普及を行っている。これら朝鮮族が中国が北朝鮮を支配した場合、反漢民族闘争を行う可能性もある。まさに、「朝鮮のチベット化」だ。

 この策を名づけて、「中朝二虎競食」の計という。イギリスがかってナポレオンやヒトラーをそれぞれプロイセンやロシアを支援し、ぶつけることで潰した策略であり、対立するランドパワーを相互にけしかけることがシーパワー戦略の根幹だ。

 中国に、「北朝鮮を支配できれば、東北地方に大規模投資する」「ODEの提供で北朝鮮を復興させる」といった餌で釣れば、のってくるだろう。そうすれば、こちらのものだ。

 このように、ベースに老子をおいた上で、前号で紹介した、「中ロ離間」と「中朝二虎競食計」の同時適用、すなわち、「中ロ離間中朝二虎競食計」さらに、縷々述べてきた、国内の親中朝派を一網打尽とする「連環計」を合わせ適用する、トリプルコンボ「中ロ離間中朝二虎競食連環計」をもって、極東三国志を日米によって制覇する。
 この過程で、中国による、金正日一派の粛清がなれば、拉致問題の全面解決に繋がる。これが江田島孔明の「北朝鮮仕置き」だ。

------------引用終了--------------

 東北地域の開発に執念を燃やす、内陸派閥の胡錦涛と上海閥の江沢民の対立から見ても、「胡錦涛は金正日体制を潰そう」とし、「江沢民は逆に、金正日を胡錦涛に対する当て馬としよう」とする等、北朝鮮はシーパワーとランドパワーの鬩ぎ合いの最前線だ。

 このような観点から、日米は、北の体制保障を水面下で支援すると予測していた。もちろん、拉致や偽札といった問題の解決は必須だが。

 そして、アメリカが六カ国協議による北の「繋ぎとめ」を望む最大の理由が「中東問題」だ。

 つまり、アメリカが二正面作戦を放棄し、「陸上戦力を全て中東に集中」している状況で、陸戦の可能性がある北朝鮮攻撃は、到底不可能な話だ。
 北朝鮮にしても、日米の支援は死活的に重要なので、ここで両者は利害の一致があることになる。これが、六カ国協議の背景だ。

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<参考>
------------引用--------------


北朝鮮へ食糧援助 米、6者作業部会で表明 2007年09月01日19時44分

 米国と北朝鮮の国交正常化を話し合う6者協議作業部会が1日、ジュネーブの米国連代表部で始まった。米国務省はこれに先立つ8月31日に北朝鮮の水害被害を受けて大規模な食糧援助をする用意を表明した。米朝間の信頼醸成に役立てようとの狙いと見られる。
 作業部会に出席したヒル米国務次官補は1日朝、支援について「北朝鮮の人道的状況に対する我々の懸念を反映したもので、助けになれればと思っている」と記者団に語った。作業部会でも支援の用意を表明したものと見られる。
 作業部会は2日間の日程で行われ、北朝鮮側は金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官が代表を務める。米政府による北朝鮮に対するテロ支援国家指定を解除する問題が最大の焦点となる。また、次回6者協議に向けて、核施設の無能力化や核計画の申告といった非核化の「次の段階」の進め方についてもさらに意見交換する見通しだ。
 ラヂオプレスが北朝鮮メディアの報道をまとめたところによると、8月上旬からの豪雨による被害で600人以上が死亡、約22万ヘクタールの農耕地が被害にあったという。

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<参考>
------------引用--------------

「創業は易し守成は難し」という。
 
 初唐の盛世を形容して、よく唐初三代の治という。
 
  貞観の治(太宗の627~734)
  永徽の治(高宗の650~655)
  開元の治(玄宗の713~734)のことである。
 
 これらの時代には、皇帝が奢侈を戒め、よく賢臣を用いて、天下大いに治まったからである。
 
 とくに太宗の貞観の治は、後世の治世の鑑とされ、民は「道に遣ちたるを拾わず、商旅は野宿する」(道傍に落ちているものを拾わず、盗賊がいないので安心して野宿する)ほどの太平の世であった。太宗が群臣と政事を論じた語を類偏した「貞観政要」が、徳川家康の施政の参考にされたことは有名である。

 貞観の治が生まれた原因の一つは、前述したように、太宗が奢侈を戒め、多くの賢臣を得たためであった。貞観の初め、決断に秀でた杜如晦と、計を練るに秀でた房玄齢の名コンビが左右の僕射(大臣)を、剛直の魏徴が秘書監長を、清廉の王珪が侍中(侍従職)をつとめ、太宗の政治をよく輔佐したからにほかならない。
 
 あるとき、太宗が、王珪に向かって、
 
 「その方は、玄齢以下のものたちと比べてどうか。」
 
 と下問したとき、王珪はこう答えている。
 
 「孜々として国に奉じ、知って言わぬことのない点では、
  臣は房玄齡には及びません。才が文武を兼ね、入っては宰相、出でては大将たる点では、臣は李靖にかないません。君主が堯舜のようでないことを恥じ、諫諍をもって己の任となす点では、
  臣は魏徴にかないません……。」
 
 また、太宗はかつて近臣たちにこう下問したことがあった。
 
 「創業と守成とはいずれが難き?」
 
 房玄齡はこう答えた。
 
 「草眛の初めは、
  群雄競い起り、攻め破って降伏させ、
  戦って打ちかつのですから、そういう点からいえば、
  創業の方がむずかしいと思われます。」
 
 魏徴は、しかしこう答えた。
 
 「昔から帝王は位を艱難の間に得て、これを安逸の間に失うものです。そういう点からいえば、守成の方がむずかしゅうございましょう。」
 
 すると、太宗は言った。
 
 「玄齢は朕とともに天下を取り、百死に一生を得た。だから創業のむずかしさを知っている。徴は自分とともに天下を安んじ、
  常に驕奢は富貴から生じ、禍乱はゆるがせにするところから生ずることを恐れている。だから、守成のむずかしさを知っている。
  しかし創業のむずかしさは、もう去った。いまは、守成のむずかしさを諸公らとともに慎もう。」
  (「唐書」房玄齡伝)

 ------------引用--------------

以上

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コメント
この記事へのコメント
戦後史の謎を一気に解く会心の作品
  1971年というのは、ニクソンショックの年で、日本が変動相場制に移行した年でもあるんですよね。
  ここで、アメリカは着物の下の刃を見せたわけですが、日本は気づかなかった。唯一気づいた田中角栄が独走したのを、ロッキードで撃沈する。2.26事件と同様、これでアメリカに表立って逆らうことのできる政治家は首相になれなくなった・・。
  その後、プラザ合意では、一部の政府関係者がその意味に気づいてはいたものの、中曽根というアメリカの忠実な下僕が「不沈空母論」でその後の親米保守の方向性を決め、アメリカに対する反抗を考えることすらできなくなった・・・知識人でも、吉川教授くらいでしたね。プラザ合意の意味を見抜いていたのは。
  わが国の局面打開は難しくなってきましたが、少なくとも言えることは、安倍首相の提唱するような戦後レジームの脱却が絵空事であり、この路線を貫くことは、経済の対中相互依存の深化と相俟って日本の自爆を招くだけだということですね。そして、「彼ら」はそれを狙っている・・・日本が全ての財産を軍拡で吐き出す機会を。その後は、日本乗っ取りの完成だ。
  その事態だけは、なんとしてでも止めなくてはいけませんね。
2007/09/02(日) 19:24 | URL | ろろ #2pDzSWe2[ 編集]
思うんですが、日本のランドパワーが一枚岩であった時代、北京や平壌やそうるトンボ関係も良好で、国際金融資本に付け入る隙を与えず、磐石であったということです。岸を最後にこの層が死に絶えて後、ぐdぐだの迷走が始まりました
2007/09/02(日) 21:17 | URL | 孔明 #-[ 編集]
洞察の深いお話、大変勉強になりました。物事の真理を探求するという、日本文化の「道」の思想ですね。おそらく真理に辿り着いた、お話だと思います。 もしよろしければ、明治維新とキリスト教勢力との繋がり、後の山口県出身の多くの首相達と天皇家の、お話も教えていただきたいです。お願いします。
2007/09/03(月) 11:18 | URL | 幕末維新の暗号 #-[ 編集]
2007/09/03(月) 22:22 | URL | 孔明 #-[ 編集]
孔明さま、有難うございました。サッカ‐日本代表のマ‐クも、南朝と関係のある三本足のカラスらしいですね。 また、孔明さまの、お話で勉強させてもらいます。
2007/09/03(月) 23:35 | URL | 幕末維新の暗号 #-[ 編集]
満州人脈の瀬島が亡くなりました
疑惑を墓までもっていったようです

ご冥福をお祈りします

合掌
2007/09/04(火) 07:48 | URL | 孔明 #-[ 編集]
瀬島龍三ですか…
笹川も岸も児玉もいない…あとは中曽根だけですか。大陸側はもう誰もいませんね。李登輝は京大ですから、系列違うし…。

時代は変わっていきますね。なんとか満州国の亡霊を打ち破りたいものです。
2007/09/04(火) 12:04 | URL | ろろ #2pDzSWe2[ 編集]
しかし、このエントリーと前のエントリーで、完璧に民主党の正体がばれてしまってますねw

小沢氏は、アメリカの中東での店仕舞いを側面援護していると言う事でしょう。
その後に朝鮮系とのコネを持った民主が主導権を取れば、朝鮮は中国につくかどうかと言う事でしょうね。

ところで、ニ虎競食ってのは、虎を共食いさせるって意味ではなく、虎に餌を取り合いさせると言う意味です。
さて、その餌はなんなのかと言う事です。
そこらには興味ありますね。
2007/09/04(火) 12:39 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
三輪様

日本では権力を常に複数の主体に持たせけん制させてきたという歴史があります源氏に対して平家
江戸時代の奉行所も喜多町に退位して南町。老中は常ぬ複数おくなど。

現状では、民主を育てるしか選択はありません
2007/09/05(水) 07:42 | URL | 孔明 #-[ 編集]
記事内容は別として
一言だけ、注意を喚起します。

歴史は根拠を洗うことが大事。
鹿島昇氏は、「桓壇古記」という、明らかに近年製造された文書を、古史と偽って出版宣伝した人。

「桓壇古記」の語彙を少し見れば、最近の用語が頻出するのは明らか。 それを知って公開した以上、学問詐欺の前歴があるとしかいえない。
従って、歴史家ではありません。

そのお話は、和田文書で騙された古田にすら断れたので、
鹿島が食いついたんだよ。

太田龍は、何でもアタマから信じてしまう人。

れんだいこ氏は立派な評論家だが、歴史家ではない。

いろいろな著書と原本にあたってから、評価しましょう。
2007/09/05(水) 19:57 | URL | 真名 #mhQZtlZc[ 編集]
満州国化する日本
米国のパワーが弱くなる一方です。来年はヒラリー大統領です。
アメリカは太平洋を中国と分割統治で話し合っています。
日本海もロシアと中国で分割統治されるらしい。

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/83d2b1b74ae01478641d8a801e507ed4#comment より抜粋
(台湾の空港・潜水艦基地を、中国に使用された場合、日本のシーレーンは、中国に押さえられる事になります。)

ミスター円は2020年日本沈没という財政と金融破綻の本を出版するとか。
財源無く高齢化していくようですが具体的な対案あります?
2007/09/07(金) 19:08 | URL | 貫太郎 #J7Ti0pLo[ 編集]
江田島孔明氏や三輪耀山氏は庶民感覚の大衆的に戦略を立案している。
しかし、連山は主要メンバーが旧華族や旧士族で伝統的な戦略でである。
この2つが日本国の戦略において水と油なのは当然といえるだろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E8%84%87%E6%AD%A3%E9%9A%86
執筆人の多くが知識人や貴人(山脇正俊の祖父、山脇正隆陸軍大将)
アラブ人は王政貴族政を取る国が多いがユダヤ人は民主体制を好む。
日本は天皇制を持つ民主体制の国であり日本人もそろそろ選択の時だ。

江田島孔明氏が推薦する民主党が政権を取った時に大きな改革が完成するように思う。
ちょうどその時、アメリカの大統領はヒラリー・クリントン女史になるであろう。

三輪氏がいう「滅びる側に寝返った男」株式日記の作者は悲劇的な最後になるのでは?
http://klingon.blog87.fc2.com/blog-entry-305.html

それが歴史の流れなんですよね > all
2007/09/07(金) 20:03 | URL | 伊58 #OXhBF4Vs[ 編集]
世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL170
    
                           江田島孔明

<紹介>
------------引用--------------
http://www.nin-r.com/01.htm
岡本呻也著新刊
「超」人間力 エピソードで学ぶ「人を動かす技術」 PHP研究所刊 
「相手と通じ合う力」が身につく、画期的なエピソード集
 これまで、わたしが提唱する「人間力」という概念を、どのようにすればわかりやすく説明することができるか腐心してきました。「人間力」はむつかしいものではありませんが、立体的で奥の深いコンセプトだからです。
 そこで、「人間力」の全部の要素を、すべて親しみやすいエピソードで説明してみようと考えました。歴史上の偉人の話から、現代の経営者の話、私が身近に体験したことまで含めて、「人を動かす技術」についての58のエピソードが、「人間力」のコンセプトに沿って収録されています。
------------引用--------------


今回は、ランドパワーとシーパワーの視点で、ワシントンと北京の関係から、東アジア情勢の今後を占ってみたい。

<参考>
------------引用--------------
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070904i315.htm
中国人民解放軍、米国防総省ネットワークに不正侵入か
 【ロンドン=本間圭一】4日付の英紙フィナンシャル・タイムズは、米政府当局者らの話として、米国防総省のコンピューター・ネットワークが今年6月、中国の人民解放軍とみられるハッカーの不正侵入を受けていたと報じた。
 侵入はネットワークをマヒさせられるレベルに達しており、同省は、ゲーツ国防長官室のコンピューター・システムの一部を閉鎖した。
 同紙によると、中国の複数の地点から数か月間にわたり、国防総省のシステムにハッカーが侵入しようとした形跡が確認された。
 同省では侵入元を特定したとされ、当局者の1人は「人民解放軍の犯行であることはほぼ間違いない」と語った。国防総省はダウンロードされた情報の特定を急いでいるが、これまでの調べでは、大半が機密扱いではなかったという。
(2007年9月4日23時12分 読売新聞)
------------引用--------------

戦後のアジア史を考える上での、もっとも大きな出来事は、「米中国交回復」だ。佐藤内閣の末、1972年2月、アメリカのニクソン大統領は突然、訪中すると、「米中共同声明」を発表し、米中国交回復を行った。

 アメリカの世界政策の変更は、世界経済に大きな影響を与えると同時に、日本に深刻な経済不況をもたらした。米中国交回復と並んで、ニクソン政権が行った「金=ドル交換停止」は、「ドルショック」となって世界を襲った。
 背景として、長期化したベトナム戦争と世界に展開したアメリカ軍の軍事費は巨額となり、アメリカの財政を圧迫していた。また、日本などの商品がアメリカに流入することよって、アメリカの対外貿易はつねに輸入超過であった。巨額の財政赤字と貿易赤字は「双子の赤字」と呼ばれて、アメリカ経済を圧迫していた。アメリカは軍事費の削減と外国製品の輸入削減を図らなければならなかった。

これが、「米中国交回復」であり、ドルと金の交換停止であった。戦後世界を支えてきた「1ドル=360円」という固定相場制は、ドルの金兌換制によって成立してきたのであるが、これが崩壊したことによって、世界は変動相場制に移行することになった。日本においては、これは円=ドル交換比率の大幅な変化を生み出し、「円高」時代がはじまったのである。

 円高は、日本経済を支えてきた輸出産業に大きな打撃を与えた。日本製品が世界市場(特にアメリカ)において、大幅に値上がりしたからである。輸出商品の値上がりはすぐに国際競争力の低下につながり、日本製品が売れないことになった。田中内閣を襲った経済不況はこれだけではなかった。1973年に始まった「第4次中東戦争」は石油産出国であるアラブ諸国の原油価格値上げ政策を生み、世界的な「石油の不足」と「石油の値上げ」とを招いた。「石油危機」である。列島改造計画による地価の上昇、石油危機による物価の上昇、輸出産業の不振は、戦後順調に経済成長を続けてきた日本にとって、初の大型不況となった。このような情勢に中で、田中内閣は、自らの政治資金の不明瞭さを追及され(田中金脈問題)1974年12月、総辞職したのである。1976年、前首相田中角栄のロッキード社からの多額な資金受け取りが発覚し、「ロッキード事件」として日本の政治と社会を揺るがす大事件となった。

 以後、自民党政権は、内部対立から次々に首相を出すがいづれも短期政権となった。国民の政治に対する不信は強まる一方であった。1970年代後半には、自民党の一部が分裂し、「新自由クラブ」が結成され、社会党からも「社会民主連合」が分裂した。政治の世界にも大きな変化が現れだしたのである。これは、ロッキード事件以後、自民党政治家による汚職事件が続いたことも一因となった。このような不況と政治的な混乱にもかかわらず、国民の反政府運動は盛り上がらなかった。これは、1972年の沖縄返還の実現と1975年のベトナム戦争の終了によって、反政府勢力が大きな政治的な課題を失ったことが原因であった。以後、1960年から1970年初期にかけて、盛り上がった国民的規模の反政府運動は、起きることがなくなった。

これは、前号でも述べたことであるが、1972年を境として、ワシントンは、アジアのパートナーを東京から北京にチェンジした事を示している。そして、このパワーバランスの変化に自民党政権は対応できず、現在に至るまで、迷走を続けている。戦前の日英同盟が破棄された結果が、第二次世界大戦に繋がった事を思い出す必要がある。

米中国交回復について、キーマンである、周恩来とキッシンジャーの極秘会談録が最近公開された。後述するので、是非、目を通してほしい。っ私がかねてより主張している、「世界はパワーのバランスで動いている」という冷徹なリアリズムを確認できる。

極秘会談録の内容は両者が本音を語っているだけに日本に対する見方が辛辣である。ところで、なぜ米中国交正常化三十周年にあたり、このような極秘文書が公開されるに至ったのか。こちらのほうが私には興味深い。
 ブッシュ大統領が今年の2月23日に1泊2日という超短期間で中国を訪問したが、その日は1972年2月23日にニクソン大統領が訪中してからちょうど三十周年の記念日にあたる。このブッシュ大統領訪中の前後、米国のマスコミは「ブッシュ政権は今回の訪中を機に、中国との関係を過去30年間の束縛から解放し、新しい米中関係を構築していく」のではないかと論じている。つまり、ブッシュ政権は、これまでの対中外交が「キッシンジャーの呪い」に束縛されていたことをこの機密文書の公開により明かにし、今度の訪中で「米国は中国との関係を大きく変える」というメッセージを発信したということだ。
 
確かに昨年の9月11日のテロ事件以来、ブッシュ政権は「米国を敵視する国はどこであってもテロ支援国家と見なし、軍事制裁をする」と言い続け、一極支配体制の確立に邁進している。キッシンジャー氏以来の米中関係は、中国と良好な関係を維持することにより、13億人という巨大な中国の消費市場と格安な労働市場から、米国が経済的な恩恵を受けることを目的としてきた。
 
しかし、9・11以降の米国は、アフガンでのハイテク精密兵器の実験で自信を付け、北朝鮮、イラン、イラクを「悪の枢軸」と呼び、大量破壊兵器の一掃のためには核の先制使用も辞さないと言及し、中国が親米を維持しようが反米に転じようが、どちらにも対応し「中国が悪の枢軸に入りたいなら、いつでも空爆をお見舞いするぞ」といった傲岸不遜な言動が出てきた。これはクリントンによるポスト冷戦国家金融戦略に基づく米国による世界一極経済支配体制に続くブッシュの世界一極軍事支配体制の確立であり、父親の二の舞いを避けるブッシュの再選戦略でもある。
 
98年にクリントン前大統領が訪中した際に、「台湾の独立は認めず、中国と台湾は別々だという発想も認めず、台湾が国家として国際機関に加盟することも認めない」という3つのノーを発表したのとはえらい違いである。台湾に限っていえば、ブッシュ大統領が訪中した日、台湾独立派の闘士として知られる呂秀蓮副総統が「ブッシュはすばらしい、今後は台湾が一つの中国の原則に拘束される必要はなくなるだろう」と賞賛している。これで、半世紀以上に亘って実効支配している民主的国民国家台湾が、国際社会から承認されないといういびつな関係が解消され、台湾の独立に米国の支持が期待できる状況が整ったと言える。

しかし、台湾から離れて我が国「日本」を見れば、状況はなかなか厳しい。極秘文書で言っているキッシンジャー氏の「米国は自国の国益が損なわれるときのみ核を使うのだ」という発言を、我が日本人はどのようにこれを受け止めるべきなのだろうか。30年前の言葉といっても、現在のブッシュ政権がさほど異なる考えを持っているとは思えない。開示された極秘文書から力の論理が世界を支配している現実を感じ取って、自らの国は自らが守るという気概を取り返してほしいものだ。
 
最後に、前述したように、日本人にとって大事と思える情報をまったく報じない日本のマスコミの怠慢と、その弊害に苦言を呈するとともに、遅まきながらも開示された極秘文書を掲載した産経新聞に敬意を表したい。

冒頭で紹介したように、米軍の中枢部である、米国防総省ネットワークに攻撃をしかけた人民解放軍は、真珠湾攻撃と同じ過ちを犯したことを、今後、理解するであろう。シーパワーの生面線たる「制海権」とは、現在において、ネットワークの支配を意味するのだから。

<参考>
------------引用--------------
http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls048.html
日中国交回復当時の最大の戦略条件とは、いうまでもなく、米ソ冷戦であった。当時、ベトナムをかかえ身動きが取れなくなっていたアメリカは中ソ国境紛争を目の当たりにして、中国を西側に引き込んで対ソ包囲網に参加させる戦略をたてた。
 これが、ニクソン訪中から日中国交回復や米中国交樹立に繋がる。すなわち、「中ソが敵対していることが、米中や日中の根本的友好条件」ということだ、実際、毛沢東政権末期から、登小平の時代は、日中関係は極めて友好的だったし、そのことを象徴するのが、戦略家である毛沢東の「共産党が政権を取れたのは日本のおかげ」という言葉であり、最近明らかになったところによると、毛沢東は田中角栄に対し「日中同盟」まで提案していたという。
 確かに長大な国境を接し、大量の核兵器を保有するロシアの方が日本よりは直接の軍事脅威であった。毛沢東はアジアの安定のため、日米安保を支持する発言までしている。しかし、ソ連の国力の疲弊から相対的に中ソ国境紛争圧力が弱まり、かつ、アメリカ主導のイラク戦争に対する反米路線で利害が一致したこともあって、中露は国境線を確定した。すなわち、紛争をやめ、対米同盟関係に入ったといえる。

 ここで、90年代の江沢民世代がとった「反日教育や政策」についても、述べておかねばならない。私は中国共産党の危機とは、80年代の天安門事件の時に、実はピークを迎えており、あの時点で共産党は既に正当性を失っていたと見ている。天安門に際して登小平の決断で武力排除を行なったことが、何とか延命に繋がっただけであり、その後の共産党政府としては国内の不満を外にそらす方策として「反日」しかなかった点をみても、いかに彼らが追い詰められているかがわかるであろう。
 これが、江沢民による反日教育であり、現在起きていることはその結果にすぎない。要するに、中国という国は近代国家ではなく、日本で言えば戦国時代のままの状況で、毛沢東という戦国大名が武力で支配していただけだ。そして毛沢東と登小平といった、実際の戦争を経験した戦国大名が去り、官僚でしかない、江沢民や現在の主席には、中国支配は不可能なのだ。
 これが、共産党という群雄の終焉を迎えている最も大きな原因だ。三国志を例にとれ、諸葛孔明を失った蜀や曹操を失った魏はあっけなく滅んだことをみれば、戦国大名の持つ意味が分かるだろう。このような例は日本の戦国時代にも、枚挙に暇がない。

 そして、重要な点として、小泉政権成立以後、橋本派に代表される親中勢力は一掃され、日本をコントロールできなくなったことがODA廃止に結びつき、危機感をいだいた北京政府が対日カードとして、デモを組織し、やらせているというのが真相だ。
 今後の展開を予想するに、現在起きているデモは当局の管理下にあるだろうが、いずれ、制御不能になり、「反共産党」デモになる可能性はあると考える。北京政府は反日を煽ることが、いずれ、自分達の首をしめることをわかっていない。
 そして、日本がとるべき対応は、私が以前から主張している、中国からの資本引き上げ、ODA廃止、台湾防衛へのコミットの「三点セット」を同時に行い、中国に対して、徹底的に圧力かけつづけることだ。
 幸いインドや東南アジアが反中親日なので、環太平洋連合樹立の条件はそろったことになる。いずれにせよ、中国の反日デモは東アジア共同体構想潰しには願ったりの展開なので、共産党政府には深く感謝したい。
 そして、いいかげん、日本人は気づくべきだ。地政学的な「日中友好」の戦略条件は既に失われ、今後も古代からの一貫した日本国の立場である、「半島や大陸とは距離を置く」という伝統的戦略に戻る必要があることを。
 私としては、三国志のファンでもあり、今後リアルタイムで三国志を見ることができると思うと、うれしくなってくる。
------------引用--------------

<参考>
------------引用--------------
http://www.apa.co.jp/appletown/fujiseiji/fs0210.htm
キッシンジャーの呪縛

産経新聞に、米中国交正常化三十年目に公開された中国の周恩来首相とキッシンジャー米大統領特別補佐官の極秘会談録が掲載された。この会談では、希代の戦略家といわれた周首相とキッシンジャー補佐官が米中関係回復の条件を探り合ったわけだが、わずか二十年前に朝鮮半島で死闘を繰り広げた両国が、ソ連という共通の敵を前に何が利益で何が障害かを本音で確認しあった会談のその詳細な内容に、私は圧倒され、世界はもとより東アジアにおける「力の現実」をまざまざと見せ付けられた。
この周・キッシンジャー会談は翌年にニクソン大統領訪中を控えた1971年10月に北京で行われた。米国は当時、中国と国交を正常化させたい理由として「対ソ戦略のため中国と手を組むことにした」とされていたが、本当は「ベトナム戦争の泥沼から脱するために中国との国交回復が不可欠だった」ことが今回の会談録で明らかになった。さらに、台湾問題についてはほとんど話し合われなかったとされていたのが、実際は会談の冒頭2時間以上が「台湾問題」で費やされ、キッシンジャー氏はあろうことか「台湾が中国と別の国として独立することを認めない」と明言するとともに、「いずれ中国と台湾が統合されることが望ましい」と述べ、「一つの中国原則」の主要部分を認めてしまったのである。これがのちのち米国の対中外交を束縛する「キッシンジャーの呪縛」となった。
戦後の歴史は核戦力を背景にした力のバランス

第二次世界大戦の末期から始まった冷戦は、1949年ソ連が核開発をするとともに厳しくなり、50年に北朝鮮軍の南進により始まった朝鮮での代理戦争の後、56年にハンガリー動乱が起こり、59年にはキューバ革命、61年にベルリンの壁が築かれ、62年1月ケネディ政権が誕生し、いわゆる「キューバ危機」をもって熱核戦争勃発の極に達した。62年10月、ケネディ大統領が「ソ連がキューバに核ミサイル基地を建設中で、そのキューバにミサイル兵器を運ぶソ連の船舶に対して臨検措置をとる」と声明。ソ連が米国の要求を拒否。世界は熱核戦争による地球破滅の危機を初めて肌で感じ震撼した。刻々と近づくソ連船が米軍の海上封鎖線直前で針路を変更したため、この最悪の事態は回避された。この事件をきっかけに米ソ間で熱核戦争回避のための歩み寄りが進み、部分的核実験停止条約が結ばれホットラインが敷かれた。
一方、共産主義覇権争いと核技術の供与をめぐっての中ソの対立が激烈を極め矛盾を拡大させ、ついに64年に独自の核開発を成功させて自信を深めた中国は、69年春、ダマンスキー島の領有をめぐってソ連と武力衝突した。この中ソの対立がベトナム戦争にも影を落としてきたことをキッシンジャーは見逃さなかった。当時、米国は中国が後ろ盾となって延々と続き、もはや収拾の目途がつかなくなっていたベトナム戦争に手を焼き、撤退を画策していたのである。しかも、米国の敗北色をできる限り消し去りたいという思惑も強く働いていた。それで中国との極秘会談を取り決め、キッシンジャー氏が台湾問題を手土産に乗り込んだというわけであった。
米中関係の正常化により、ベトナムから中国が手を引き始めたことで、紛争は速やかに終わるかのように思えた。が、米中接近に焦りを感じたソ連の激烈な介在で当初の思惑は頓挫。75年まで戦争は泥沼化して続き、南ベトナム政府の崩壊と米国の敗退でようやく終結した。隣国にソ連寄りの統一ベトナム政権の出現を脅威に感じた中国と、台湾と引き換えに北ベトナムへの支援を控えた中国へのベトナムの怒りとで、78年には中国主導のポルポト率いる民主カンボジアにベトナムが武力侵入、79年2月になって今度は中国がベトナム北部国境へと侵入、中越戦争が始まり、カンボジアにベトナム支援のヘンサムリン政権の誕生となった。
こうした歴史的背景を見ても世界は遠交近攻し、絶えず力の論理に立脚し覇権争いをしていることが如実に分かる。そういった冷酷なまでの「力の現実」を世界に知らしめるこの極秘会談録を、日本の政治家や官僚にぜひとも一読してもらいたい。よって抜粋ではあるが、誌面が許す限り紹介しよう。
日本の経済発展を後悔し、厳しい対日観を示す両者

「危険な日本」
周恩来 現在の日本の経済発展を止めることは困難になっている。日本には第二次大戦の教訓から平和と中立の道を歩んでほしい。現状の資本競争の政策を続けるなら、早晩問題が生じる。経済発展が拡大すれば、自衛という名であろうと軍備拡張へとつながるだろう。
キッシンジャー これは米政府全体の見方ではないが、ホワイトハウスの代表的な見解だ。中国と日本を比較した場合、中国は伝統的に世界的な視野を持ち、日本は部族的な視野しか持っていない。
周 日本はものの見方が偏狭で、全く奇妙だ。島国の国民だ。英国も島国だが。
キ 日本と英国は違う。日本は自国の社会があまりに異質なので、社会を適合させ、国の本質を守ろうとする。日本は突然の大変化も可能で、三ヵ月で天皇崇拝から民主主義へと移行した。日本人は自己中心で他国に対する感受性に欠ける。日本の経済発展の方式は自身のためで、日本に対しては何の幻想も抱いていない。
首相が示した日本の中立化について意見を述べるが、歴史の中には、ニ種類の中立しかない。ベルギーのように他の国々に中立を保障された国(即ドイツに占領された)と、中立を宣言し独自の強力な軍隊で防衛するスイスとスウェーデンのような国だ。日本が独力で国防を行えば、軍備拡張で周辺諸国にとって脅威となるだろう。現状の日米関係は実際には日本を束縛しており、もし米国が日本を解き放す皮肉な政策をとれば日中の緊張を引き起こす。日本との関係を緊密にせずに自立を促して米国が日中双方と関係を結ぶのはあまりにも短絡的で、米中はいずれも犠牲となるだろう。
日本が太平洋にある米国の従順な身内だと考えるような米国人はお人よしだ。米国は対日基本政策として、核武装に反対し、自国防衛のための限定的な再武装を支持し、台湾や朝鮮半島への軍事的拡張に反対している。
周 日本の核武装を望まないというが、米国が日本に核の傘を与え、他国の脅威となっているのはどういうことか。
キ 核の傘は日本に対する核攻撃に備えたもので、米国が攻撃に出る日本のために核兵器を使うことは自国のために使うこと以上にありえない。しかし、実際には日本人は迅速に核兵器を製造する能力を持っている。
周 それは可能だろう。

「日本再軍備と日米安保」
周 日本の防衛力を制限することは可能と考えるか。
キ 日本のアジア支配を回避するために第二次大戦を米国が戦ったのに、ニ十五年後には日本を支援しているという見方は適当でない。もし、日本に強力な再軍備拡張計画があるならば、伝統的な米中関係が再びものをいうだろう。
周 日本人を平和と中立に向かわせることはなぜよくないのか。
キ 日本が平和政策を進めることは問題視していない。日本が中立を目指すことは、軍備増強の結果をもたらすと考えているのだ。
周 日本は米国のコントロールなくしては野蛮な国家だ。拡大する経済発展を制御できないのか。
キ 軍事的側面以外では完全に制御できない。核時代には国が他国を防衛するのは条約のためではなく、自国の利益が問われるためなのだ。
周 日本の軍国主義が復活するのは望ましくない。日本をここまで経済発展させたのは米国だ。
キ 日本の経済発展が現実にあるならば、米中は太平洋の両岸で何をすべきかを決めなければならない。米中は愚鈍な楽観主義者ではないはずだ。
周 日本の多くの人々が日本の米軍基地の撤退を要求している。どう考えているのか。
キ 日本人が駐留軍の撤退を望むならいつでも米軍は撤退する。首相はその日が来ることを喜ぶべきではないと思う。米国が日本を経済大国にしたことを今日後悔しているように、中国もいつの日かそのことを後悔する日が来るからだ。

「台湾問題」
キ 米国は日本が台湾に軍事拡張したり軍事的影響を与えることを支援せず、反対する。また、日本の台湾独立運動支援の企てを阻害する影響力が米国にある。中国は台湾問題を国内問題と位置づけていることは理解している。
周 台湾問題は第二次大戦後に浮上し、すでに解決済みの問題だ。しかし、朝鮮戦争が起きるや、台湾と台湾海峡は米国の保護下にあると大統領が宣言した。大統領は核兵器に言及し、現にそこにあった。(中略)はっきりさせたいのだが、米国は台湾がすでに返還され中国の一部になったとみなしているのか。中国人民はどのように台湾問題を解決すべきだと考えているのか。
キ 首相のようなはっきりした考えは示せない。中国は一つであり、台湾は中国の一部であるとの中国の一貫した政策には反対しない。
------------引用--------------
以上
2007/09/09(日) 11:43 | URL | 孔明 #-[ 編集]
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