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世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL151 江田島孔明

予想どおり、湾岸諸国も、イラン戦争への反対を表明しだした。かっての湾岸戦争がそうであったように、湾岸諸国特にサウジの強力なしに、イラン攻撃は不可能なのだ。

 今回は、私の主張どおり、収束に向かいつつあるイラン情勢を参考にして、国際金融資本の常套手段である「情報操作」につき、考えてみたい。

情報操作についての理解なしに、国際情勢を読もうとすると、朝三暮四の猿と同じように、彼らに操られてしまう。ワーテルローの例を引くまでもなく、彼らの支配とは、「情報の支配」を根幹とする。その体制に一矢を報いる事ができるのはインターネットだけだ。ここに、私が、幾多の恫喝や脅迫や嘲笑に耐え、ネット上で言論活動を行っている理由がある。

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イランとの接触ルート構築を呼び掛け=EU高官

【ブリュッセル27日】欧州連合(EU)のソラナ共通外交・安全保障上級代表(写真)は27日、米国に対し、イランとすべての分野で話し合える外交ルートを確保するよう呼び掛けた。

 ソラナ氏はトルコの首都アンカラで25、26の両日、イランのラリジャニ最高安全保障委員会事務局長と会談したのを踏まえて、「現時点で米国は意思疎通を図るチャンネルをすべての分野で開拓すべきだと思う」と述べた。その上で、「米国がどの程度イランと関与する意志があるのか見守りたい」と米国に善処を促した。
 国連安保理は昨年12月と今年3月に、核開発計画でウラン濃縮活動を続けるイランに対する制裁決議を採択した。イランがウラン濃縮の停止を拒否する中、ソラナ上級代表とラリジャニ事務局長が会談するのは制裁決議採択後初めてだった。
 米国はイランについて、核兵器開発を進めているほか、イラクの武装勢力を支援していると非難している。 〔AFP=時事〕

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米のイラン攻撃は「大変な誤り」に=パキスタン大統領が警告

【サラエボ27日】パキスタンのムシャラフ大統領(写真)は27日、ボスニア・ヘルツェゴビナの日刊紙に掲載されたインタビューで、米国がイランを攻撃すれば、それは「大変な誤り」になると警告した。
 ムシャラフ大統領は旧ユーゴスラビアのボスニア訪問を前に「もし(米国の)ブッシュ大統領がイラン攻撃を命じれば、それは大変な誤りになるだろう」と語った。

 同大統領は「米国の対イラン攻撃がこの地域で大混乱を引き起こす事態をわたしは懸念している」とした上で、「それは(反米の)急進主義をあおることになろう」と指摘した。

 イランの核兵器開発を恐れる米国は、ウラン濃縮活動の停止をイランに要求。しかし、イラン側はエネルギー生産が目的だと主張して、応じていない。

 また、パキスタンはテロ対策に不熱心だとするカルザイ・アフガニスタン大統領の批判について、ムシャラフ大統領は「アフガン当局は恥知らずのうそを広めるのをやめなくてはならない。カルザイ大統領は世界を欺こうとするのをやめねばならない」と述べ、反発を示した。 〔AFP=時事〕

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イランとEUの核協議、一定分野で「統一見解」に近づく=イラン代表
 【アンカラ 26日 ロイター】 イランのラリジャニ最高安全保障委員会事務局長は26日、イランと欧州連合(EU)の核協議について、一定分野で「統一見解」に近づきつつある、との考えを示した。
 ラリジャニ事務局長とソラナEU共通外交・安全保障上級代表は当地で協議を継続。25日には協議に進展があったと双方が話していた。
 ラリジャニ事務局長はこの日の協議に先立ち、ソラナ上級代表と共同記者会見に臨み、「一定分野でわれわれは統一見解に近づきつつあると思う。すべての問題について、国際的なルールや規則に基づき、交渉を通じて解決を図ることが最善の方法だ」と語った。

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ペルシャ湾岸諸国、イラン攻撃に反対 2007/04/25
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【ドバイIPS=ミーナ・ジャナルダン、4月16日】

 湾岸協力評議会(GCC)諸国が、イラン核問題の平和的解決を求め、米国によるイラン攻撃の際に自国領域を使用することに難色を示している。イランは、こうした状況を背景にし、国際社会の反対を押し切って「産業レベル」でのウラン濃縮に進むとの発表を4月に行ったものとみられる。GCCは、ペルシャ湾岸のバーレーン・クウェート・オマーン・カタール・サウジアラビア・アラブ首長国連邦(UAE)の6カ国。

 カタールのアルタニ第一副首相は、3月15日、「カタールからイランを攻撃するようないかなる行為にも参加しない」と述べた。UAEのアルナフヤン大統領も、リヤドでのアラブ連盟サミットに向けて同種の発言をしている。

 カタールがこうした態度をとる背景には、カタールとイランがガスの輸出国として協力を進めつつあるという状況がある。4月の第2週目には、カタールの首都ドーハで、「ガス生産国フォーラム」が16カ国を集めて開かれている。

 オマーンもまた交渉によるイラン核問題の解決を訴えているが、中東非大量破壊兵器地帯という考え方を認めていないGCC唯一の国でもある。

 イランは、4月9日から10日にかけて開かれた「アラブ世界の競争力に関するラウンドテーブル」において、ペルシャ湾岸地域の安全保障と協力に関する10項目の提案をした。その中には、国際原子力機関(IAEA)の監督の下における地域諸国の核燃料生産コンソーシアムの結成や中東非大量破壊兵器地帯の提案も含まれている。

 しかし、この提案には、外国軍がこの地域から撤退するとの条件が付けられている。米軍がGCC諸国に展開している中、この条件はすぐに満たされそうもない。

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イラン大統領、米ブッシュ大統領との会談を提言

 イランアハマディネジャド大統領は23日、米ブッシュ大統領と広範囲にわたる課題について公式会談を行いたいと提言し、「昨年、私は米ブッシュ大統領と世界の問題についてテレビ会議を行ないたいと発表した。今、私はブッシュ大統領と二カ国間問題、地域問題、国際問題について交渉する準備ができている」と述べた。

アハマディネジャド大統領は米ブッシュ大統領と具体的にどのような課題について話し合いたいか詳細は明らかにしなかったが、「会談はメディアに公開されるべきだ」と公開の会談である必要性を強調した。

 なお、イラン最高指導者ハメネイ師がアハマディネジャド大統領の提案を支持しているのかどうかは明らかではない。ハメネイ師はこれまでイランと米国のあらゆる直接交渉を拒否していた。そのため両国は1979年以来外交関係が途絶えている。

 これに対し米ホワイトハウス広報官のGordon Johndroe氏は、「テレビ会談の場を設けるのならば、米政府はこれまで何度も要求してきたイランのウラン濃縮プログラムの停止についてイランが合意してくれるのかどうか議論したい。我々はいつでも準備ができている」と提言に応じている。

 昨年にもアハマディネジャド大統領は米大統領とのテレビ会談を提案したが、米ホワイトハウスは「イラン核開発プログラムに関する問題から視点をそらせる提案だ」として拒絶していた。

 一方イランとEUは25日、トルコでイラン核問題に関する交渉を再開する。EUソラナ共通外交・安全保障上級代表はイランのラリジャニ最高安全保障理事会事務局長と会談し、経済支援と引き換えにウラン濃縮計画を停止することはできないか説得を試みるという。
(04/24 12:44)

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イラン、核不拡散条約にとどまる意向=アハマディネジャド大統領

 【マドリード 23日 ロイター】 イランのアハマディネジャド大統領は23日、スペインのテレビ番組で、イランは引き続き核不拡散条約(NPT)にとどまることを望んでおり、国連のいかなる制裁にも平和的に抵抗すると表明した。

 同大統領は、イランがNPTから脱退する可能性があるかとの質問に対して「これまでのところ、われわれの行動は法律の枠組み内にとどまっている。この方向で進んでいく。われわれは法の枠組みを放棄することは望んでいない」と述べた

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民主主義国家が戦争を行うとき必要不可欠なものは国民世論の支持である。政府や国家元首はプロパガンダを用い国民の世論を開戦に導いてきた。

プロパガンダという言葉は日々日常であまり聞く言葉ではない。
プロパガンダの語彙には、「宣伝」という語彙がある。
しかし、宣伝と聞いてわれわれが思い起こす企業が消費者に対し生産物を買わせようとする「企業の宣伝」とは違う。

プロパガンダとは政府や国家が国民に向け、国家の政策の正統性などを国民に説得する大衆説得である。

プロパガンダは、「特定の教義もしくは教義や原理の体系を広める目的で組織化もしくは計画された集団・運動」と定義される。それは、発信者に利することを目的とした大衆説得である。本来は中立的な技術こそが、特定の応用をしたときに、プラスなり、マイナスなりの効果をもたらすことになる。

プロパガンダには三つの重要な特徴がある。一つ目の特徴は、ターゲットとなるオーディエンスに特定の反応や行動を刺激することを狙った意図的・目的指向的なもの。二つ目の特徴は、プロパガンディストや情報の送り手に有利であること。(広告・広報・政治キャンペーンなどがプロパガンダの形態に属すると理解される理由は、ここにある。)三つ目の特徴は、双方向性で相互的なコミュニケーションとは反対に、通常、(マス・メディアのキャンペーンと同じく)一方向的で情報を提供するものであること。このような特徴があげられる。

戦争プロパガンダとは、戦時中に敵の士気をくじき、自国の国民世論を参戦に同意させ、自国の軍隊の士気を昂揚させ、敵国を除く国外に対し戦争の正統性を主張し同盟国を獲得するなどの目的に会わせたプロパガンダである。

民主主義国において開戦にあたり国民の同意を得ることは必要不可欠であり、そのため国民を動かし、参戦に同意させるために戦争プロパガンダや情報操作が巧妙に使われ政府の思いのままに国民を扇動する。また、国民主権の国家において国民の支持を得られなければリーダーの独裁になってしまい国内的にも国際的にも、非難される可能性は否めないのである。
20世紀の多面的媒体では、言葉や絵の電気的な複製、拡散が可能で、多数の視聴者に非常に速く、そして物理的に非所に正確な情報を伝えることができる。この分類にはテレビやラジオ、映画などの媒体が含まれる。

この媒体によってプロパガンダ史上まったく新しい時代を作りあげたことになる。しかし、これらの媒体の持っている利点を過大評価できない部分もある。つまり、現代の大衆的媒体は、媒体の「完全なる革命」ではなく、むしろ伝統的なプロパガンダの技術の延長線上に進歩したにすぎないとも考えられる。そのため、この新しい多面的媒体が、これに一部とって代わられたより直接的な媒体より効果の点で劣っていることもある。
プロパガンダが実践的に使われるようになったのは、第一次世界大戦からである。
また、この大戦においてプロパガンダ本来の宣教・布教という語彙が一変し、悪い意味で「宣伝」という意味が付け加えられた。第一次大戦では、特にメディアを使い敵国の大衆の受け手を対象にした世論操作や士気を喪失させるための激しいプロパガンダ作戦が展開された。第一次大戦は最初の総力戦といわれる。武力だけではなく、政治、経済、世論その他国家の各分野がはじめて総力をあげて戦ったのがこの大戦であった。

とくにプロパガンダのメディアとして大量のビラ・ポスターが使われた。そして、そのメディアが相手国や自国の大衆心理を大きく動かすこととなった。こうして、プロパガンダは戦争行為の中で中軸的地位を占めるようになり、政府や軍が決定に関与するように至り、外交、軍事、諜報、国内政治などの上で、不可欠なものとなっていったのである。プロパガンダは、敵国の士気を喪失させ、逆に自国の戦意を高揚させるために必要不可欠なものとして認識された。

クラウゼヴィッツの『戦争論』にもなかったプロパガンダは第一次大戦によってその重要性が認知された。アドルフ・ヒトラーは第一次大戦でのドイツの敗北の、原因は敵国特にイギリスの巧みなプロパガンダ戦略にあるとは考え、ナチス結成直後からプロパガンダを重視した行動を起こした。

ヒトラーは第一次大戦中のロシア革命におけるレーニンのプロパガンダ作戦での成功からプロパガンダの技術を学びとることの必要性を痛感し、1933年に政権を獲得するや、宣伝省を新たに作り、その大臣にヨーゼフ・ゲッペルズを据えた。ゲッペルズはヒトラーの意向をよく理解し、期待以上の活動をおこなった天才プロパガンディであった。
国内宣伝においては、国民に対し国民一人一人が持てる安価なラジオを開発し普及させた。
その他にも、ポーランドにおける電撃戦の様子やドイツ国民の優秀性を描いたプロパガンダ映画製作がなされた。この時期、ヒトラーの言葉に、「一台のラジオは一個中隊のメッサーシュミットに勝る」というものがある。

これ以降ドイツのメディア、とくに新聞とラジオがナチの統制下に置かれた。そして、第二次大戦が始まるやいなや、これらのメディアを駆使した諜略戦が華々しく展開することとなった。ここで、20世紀の歴史を見てみると、情報通信とそれを通じたメディアの存在が政治や経済のあり方に根本的な影響を与えたことを見てみたい。

 20世紀の前半はラジオ、中期はTVそして末期はインターネットというように、メディアそのものは変遷を遂げたが、そのメディアを駆使した宣伝が社会に大きなインパクトを持ったのだ。例えば、ヒトラーは「一台のラジオは一個中隊のメッサーシュミットに勝る」と述べ、巧みな大衆扇動による政権獲得を行った。

 ヒトラーは大衆動員と映画を駆使した宣伝にも長けており、ベルリンオリンピックや計算されつくした第6回党大会や「意思の勝利」といったナチスの宣伝映画は、現代の視点からみても、優れた芸術美と大衆扇動を両立したものといえよう。

<参考>
 「意思の勝利」

 『意志の勝利』は完成後ドイツ各地で非常な好評を博し、ナチ党の党勢を拡大する一助となった。海外でもその整然たる映像美は高く評価され、1937年パリ 万博で金メダル、1938年 ヴェネチア国際映画祭ではグランプリを獲得している。
 しかし戦後その評価は一転し、リーフェンシュタール監督は プロパガンダによる ナチズムへの協力者として訴追されることになった。この容疑は長い審判の後否認されリーフェンシュタールは無罪となったが、その後も非難は続き、それに対し彼女は名誉毀損の訴訟を100件以上起こしている。
 『意志の勝利』は映画史上最大の問題作と言われている。ナチズムへの加担についてリーフェンシュタール監督は「私は政治には全く興味はなかった。興味があったのは美だけ」と述べている。
 確かに『意志の勝利』の映像が美しいことは否定できないがその美によってナチズムが助長されたという結果に監督は責任があるのか、という問題は現在では映像メディアが含む意味論上の問題にまで深められた。
 『意志の勝利』は社会的にも 表象文化論的にも、映画史における大きなメルクマールになっている。」

 20世紀中期には、テレビが圧倒的な支配力をもち、例えば、冷戦期のソ連によるハンガリー動乱やプラハの春つぶしのための、戦車部隊投入について、繰り返し報道され、冷戦期の東側=悪役のイメージを固定化することに繋がった。

<参考>
http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls006.html

 「ここで重要なのは、シーパワー=資本主義国にとって、「戦争はビジネス=植民地主義」という点だ。

 ランドパワー陣営はこの点をついて、プロパガンダを張り、ランドパワーは正義のための戦争しかしない、弱きを助け強気を挫くということを鉄則にして、上杉謙信のようなイメージをつくることに成功すれば、第三世界のみならず、西側知識人の支持も得られただろう。

 実際、スターリンは戦後東欧や第三世界を支援して、そのようなイメージを作ろうとし、国連を使って、植民地主義を糾弾しようとしたりした。

 しかし、そのようなイメージ戦略は彼の後継者フルシチョフによって、徹底的に崩される。靴で机を叩くような奴を国連に送った時点で、ランドパワーのイメージ戦略は破綻していたのだ。そして東欧諸国に対して戦車を入れた時点で完全に悪役になってしまった。

 冷戦とは、イメージ戦争でもあったのだ。アメリカを中心とした陣営もソ連に劣らず残虐なことをしていたが、そのようなイメージをもたれなかったのはメディアを駆使したイメージ戦略に長けていたからだ。

 コカコーラとジーパンを共産圏の若者が欲しがり、フルシチョフが国連総会で靴を脱いだ時点で孫子謀攻編の勝負はついたのだ。

これに対し、イギリスは第一次大戦時には一元化されていなかったプロパガンダ機関を1937年にMOI(Ministry Of Information:情報省)が建設され、プロパガンダ活動全体を統括するようになった。陸軍省や海軍省のプロパガンダ機関もMOIの一部門となったのである。

Iの注目される部分は国内部、英連邦担当部、外国部、それに並んでアメリカ部が存在していたことである。MOIの主要な目的は、参戦を渋るアメリカ世論の転換と参戦後のアメリカとのプロパガンダでの共同作戦にあった。
この方針は責任者のウィンストン・チャーチルの考えを反映している。

チャーチルはドイツのプロパガンダの強さと効率の良さに驚き、MOI建設で対抗プロパガンダを行おうとしたが、イギリスの力だけではドイツに抵抗できないと考えた彼はアメリカの参戦を不可欠と考えていた。そして、MOIにアメリカ部を特設し、首相に就任した1940年にはルーズベルト大統領への働きかけを強めていった。

ドイツやイギリスは戦時におけるプロパガンダの重要性を認知し、宣伝省(ドイツ)MOI(イギリス)の機関を建設した。第二次大戦においてプロパガンダは心理作戦として位置付けられた。

戦時に行われるプロパガンダの形態は大きくわけて国内宣伝と対敵宣伝と国外宣伝の三つが上げられる。

国内宣伝とは自国軍隊の士気の高揚、自国が勝っているときは大きく報道し、戦況が好ましくないときはあまり宣伝をしないことや、自国民に対して戦争の正統性や指導者の偉大性などを宣伝することである。

この例としては戦争報道の検閲や世論の操作などがあげられる。

次に、対敵宣伝とは敵国軍隊の士気を下げることや、敵国に降伏を促すことである。
この例としては敵国領土に飛行機で降伏を促すビラを散布することなどがあげられる。

最後に、国外宣伝であるが敵国以外の国外に対し、戦争の正統性や敵国が残虐行為に及んでいることを主張し、同盟国を獲得することを目的としている宣伝である。

このようにこの三つが主体となり戦争プロパガンダは使われる。

戦争プロパガンダ10の法則とは、第一次大戦から現在の第二次湾岸戦争までの戦争の歴史の中で戦争プロパガンダには10の法則があり、それが戦争の度に巧妙に使われているということを歴史家アンヌ・モレリがまとめたものである。10の法則とは以下の通りである。

[1] 我々は戦争をしたくない。
[2] しかし、敵側が一方的に戦争を望んだ。
[3] 敵の指導者は悪魔のような人間だ。
[4] 我々は領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う。
[5] 我々も誤って犠牲を出すことがある。だが、敵はわざと残虐行為におよんでいる。
[6] 敵は卑劣な戦略や兵器を用いている
[7] 我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大。
[8] 芸術家や知識人もこの戦いを支持している。
[9] 我々の大義は神聖なものである。
[10] この戦いに疑問を投げかける者は裏切り者である。

①の「我々は戦争をしたくない」という法則と②の「しかし、敵側が一方的に戦争を望んだ」という法則はセットで使われることが多い。

 それは、①の法則の答えが②の法則にあるからだ。①の法則は戦争を望んでいないというものだが、これは戦争を行うすべての国家元首や政府によってこのような平和的な主張が見られる。

 しかし、かなりの頻度で戦争が起こってしまうという疑問が必然的に生まれる。
 そして、その答えをだすのが②の法則、つまり、「敵が一方的に戦争を望んだ」という法則である。
 敵が一方的に戦争を望んだため戦争が起こってしまったという答えを国民に伝える。
 つまり、我々の行っている戦争は敵国から仕掛けられたもので、我々の攻撃は戦争を望む攻撃ではなく、自国を攻撃した敵国に対しての報復だということである。

 ③の法則は、たとえ、敵対関係にあっても敵国民全体を憎むことは不可能であるため、敵国の指導者に敵対心を集中させる目的がある。自国民に敵の「顔」を与え、その醜さを強調するのである。

 戦争の相手は必ずしも「ジャップ」や「ドイツ野朗」の敵国民ではなく、「ヒトラー」や「ムッソリーニ」、「サダム・フセイン」などの敵国指導者なのである。
 敵の指導者の悪を強調することで、彼の支配下に暮らす国民の個性は打ち消され、敵国でも自分たちと同様に暮らしているはずの一般市民の存在は隠蔽されてしまう。また、敵国の戦意を弱体化させるのにもこの③の法則は用いられる。

 多くの場合、経済効果を伴う地政学的な征服欲によって戦争が起こるが、このような戦争目的は国民には伝えられないということである。絶対王政の時代ならともかく、近代において国民の同意がなければ宣戦布告ができない。
 多くの国では憲法によって、開戦に先立ち国会においての決議、つまり、国民の同意が必要となる。戦争の目的を自由や前時代的帝国主義対現代民主主義の文明間の戦いなど倫理的な戦争目的にすることによって、国民の同意を得ることはそう難しくはなくなる。
 そこで、戦争プロパガンダは真の目的を隠蔽し、戦争目的を別の名目にすり替える。

 戦争プロパガンダはしばしば敵の残虐さを強調する。
 といっても、残虐行為が存在していないということではない。古代から二十一世紀の現在まで、殺人や強盗、暴行などの残虐行為は戦争や軍隊につきものである。

 ⑤でいうプロパガンダによく見られる現象とは、敵側だけこうした残虐行為をおこなっており、自国の軍隊は、国民のために、さらには他国の民族を救うために活動しており、国民から愛される軍隊であると信じこませるものである。また、敵国の攻撃は異常犯罪行為とみなし、血も涙もない悪党だと印象づけるのもその戦略である。

  ⑤の法則から当然の帰属として、⑥の「敵は卑劣な兵器を用いている」という法則が成立する。自国は残虐行為を行なわない。そればかりか、戦争のルールをまもりフェアな戦いを行っている、というのはよくある主張だ。一方、自国に刃向かう敵は勝つためならアンフェアなやり方も辞さない。
 戦争の勝敗を左右する最大の要素は両陣営の武装の明らかな優劣である。
 つまり、多くの場合、技術的な優劣が戦争における勝敗を決める。そのため、新兵器や自国が使えない戦略や兵器を一方的に敵が使うことは卑劣な行為とし非難する。
 また、自国が行う合法的かつ巧妙な戦略の「奇襲」や自国で開発されていない新兵器を敵が使えば、卑劣な戦略、兵器として非難する。つまり、どの国も自国が使う可能性がない兵器や戦略(または、使うことができない兵器、戦略)だけを「非人道的な」兵器として非難するのである。

 人は勝者の立場を好むため、戦時中の世論は戦況によって左右されることが多い。そのため、戦況が思わしくない時、プロパガンダは自国の被害・損失を隠蔽し、敵の被害を誇張して国民に伝える。
 例としては、戦争の被害や戦死者・負傷者の数の隠蔽や捕虜の写真を使いまわし、国民にかなりの数の捕虜がいることを錯覚させることなどがあげられる。いずれの陣営もこうした情報で士気を煽り、国民に戦争の行為を説得しようとするものであった。

 広告とは人々の心を動かすことが基本であり、同様にプロパガンダも人の心を動かすことが基本である。

 そのため、⑧の法則が成立する。感動は世論を動かす原動力であり、プロパガンダと感動は切っても切り離せないものだと言ってもいい。ところで、感動を作るのは政府の仕事ではない。
 そこで職業的な広告会社に依頼するか、感動を呼び起こすことが得意な職業、つまり芸術家や知識人に頼ることになる。
 広告会社は第一次大戦中に誕生したばかりの比較的新しい業種のため、主に芸術家や知識人たちがプロパガンダに利用された。戦争の嘘を感動的な形で広げるためには、詩人や作家の文才が必要だった。

 戦争の大義について、国民の支持を決定的にするためには、自分たちの戦争の大義を特別なもの、正真正銘倫理的なものであると信じ込ませる必要がある。
 このことから、⑨の「我々の大義は神聖なものである」という法則が成立する。
 この法則は神聖な大義があれば、何があっても守らなくてはならないし、必要ならば武器を手にとってでも守らなくてはならないということである。
 この「神聖」という言葉は、広義にも、狭義にも使われる。
 文字通りにとれば、宗教的な意味をもつ戦争はすべて、絶対的の価値を持つ十字軍、聖戦であるということになる。実際、戦争プロパガンダには宗教的な意味合いをもつものが多い。

 兵士たちはしばしば「神のご加護に」「ゴッド・セーヴィ・ザ・クイーン」といったスローガンを掲げてきた。
 このことは、現代にも言えることである。
 また、現代の戦争で言うならば、反民主主義制度に介入することはたびたび神聖な大義、聖なる意味などにすり替えられる。
 戦争の宗教性については、陣営によって異なる。
 つまり、自国に有利に働くときだけ、戦争は宗教的な意味合いが帯びるのである。

 ⑩の法則とは、戦争プロパガンダに疑問や非難を投げかけるものは誰であれ、愛国心が足らないと非難される。むしろ、裏切り者扱いされる。本当は、国家が間違った(つまり、戦争)という方向に向かっている時、その誤った方向を粛正する必要がある。
 しかし、現代の世界においてそのような行為ができるだろうか。たぶんそれは、不可能だと思われる。なぜなら、新聞やテレビにおいての反戦報道は、視聴率や発行部数の減少などの経済的要因が多々見られ、反戦運動をしている人々(たとえ、それが誰であろうと)には社会的な非難が多く見られる。

 写真や映画、そしてテレビなどの媒体は総称して映像メデイアと呼ばれる。
 映像メディアを歴史的に見ると19世紀末における写真の誕生そして、それに後続する映画の誕生、普及。そして、1960年代以降のテレビの普及といったところである。

 映像メディアの誕生は人間の人間に対する認識・イメージや人間社会のあり方に多大な影響を与えた。
 映像メデイアには映像に込められた思想や事柄を、その映像を見た人間に対し、自分が考えたもの、経験したもの、であるかのようにしてしまう効果がある。
 また、映像メディアは何千語の言葉を費やそうとも、これ以上に恐るべき真実を伝える。
 つまり、写真に勝る、証拠なしということである。

 政府はこのような機能を持った映像メディアをプロパガンダに利用していることはいうまでもない。映像メディアをプロパガンダとして本格的に利用したのは、ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーである。

 映像プロパガンダの有効性を高めるために、繰り返し同じ映像を流す繰り返しの効果や0コンマ何秒で人間が見えない世界において映像を刷り込むサブリミナル効果などが行われる。
 また、戦争においては、映像を使ったメディアイベント(ヤラセ)やイメージ戦略などによって、前述の戦争プロパガンダ10の法則が実践的に使われる。戦争における、メディアイベント、イメージ戦略の例として、湾岸戦争時の「ピンポイント爆撃の映像」「油まみれの水鳥」の例があげられる。
 こうしたメディアイベントやイメージ戦略などにより、映像メディアは、戦争の美化、戦争のゲーム化、戦争のエンターテイメント化を進行させている問題は否めない。

 戦争に限らずプロパガンダには、その効果を強めるものと阻むものが存在する。

 プロパガンダの効果を阻害する要因として一番多いのは、プロパガンダ自体が難解なもの、退屈なものである。専門用語もしくは、準専門用語で書かれた難解で、事実そのままのプロパガンダは効果が少ない恐れが非常に高い。
 また、感情に訴える儀式的側面や娯楽性を含まない退屈なプロパガンダは、一般的には、論理性を評価する人やプロパガンダを歓迎する人動機を持つ人など少数の人間にしか効果がない。

 ヒトラーは「わが闘争」のなかで宣伝の対象について、次のように述べている。

 「宣伝は、学識のあるインテリゲンツィアに対してではなく、
永久に教養の低い大衆に向けてあるべきである。」

 つまり、宣伝の対象は知的な専門家ではなく、「国民」である。そのため、宣伝文が難解なものや退屈なものは、国民に理解されることは難しく、効果的な宣伝を行うことができない。

 このほかにも、宣伝効果を阻むものとしては、情報過多、人をまごつかせる内容、などがある。また、まったくの嘘というものは、通常まともなプロパガンダになることはない。一度は聴衆の信頼を得られても、嘘が発覚した時、その情報源がもう一度信頼されることはない。

 プロパガンダの効果を高める主な要因は宣伝内容の組み立て方にある。媒体面でよく知られた強化要因は、繰り返しである。
 ナチス・ドイツの国民啓蒙宣伝大臣ヨーゼフゲッベルスは繰り返しの効果について、「何度も繰り返せば嘘でも人は信じる。」と述べている。ゲッベルスが述べるように繰り返しの効果は絶大であるが、宣伝内容が、難解で、退屈な場合の繰り返しは、逆に過剰効果を生み宣伝内容に対して抵抗力を増大させ、その信頼性を低下させてしまう。

 そのほかのプロパガンダの効果を強める要因としては、「源泉効果」、「応答の勧誘」、「などがあげられる。源泉効果とは情報の出所が権威のある筋から出ていると思われているとその信頼度が高まるという現象である。

 応答の勧誘とは、大衆のプロパガンダの参加をいう。人為的に応答の場を作りだし、宣伝者の簡単な質問などに答えることは、宣伝内容の学習効果を高める。また、これらのプロパガンダの効果を強めるためには、簡単な「キャッチフレーズ」、「標語」といったものを作ることもまた重要である。

 プロパガンダを効果なものにするためには、ヒトラーが述べたように宣伝の対象は教養のない大衆であるということを認識しなければならない。つまり、誰が見ても一見して内容がわかるような宣伝文章の組み立ての技術が必要とされる。

 ベトナム戦争におけるアメリカの敗北はメディアをうまく使えなかったためだとよくいわれる。ベトナム戦争がなぜ、このようにいわれたのか。

 それは、ベトナム戦争での従軍取材などによりリアルな写真が取れ、鮮明な記事書けたからではないだろうか。つまり、ベトナム戦争においてアメリカ政府はメディアの力を甘く見過ぎていたためである。ベトナム戦争においてメディアはアメリカの国民世論の反戦ムードに一役買ったことは事実である。

 このことにより、ベトナム戦争以後の戦争報道は大きく変わった。それはどういうことかというと、今まで、国益のための報道(つまり国の宣伝)は各政府によっておこなわれた。しかし、ベトナム戦争以後、人々の心理の動きを熟知した上で、情報操作を専門に行う企業が請け負うようになった。

 湾岸戦争は生中継による最初のテレビ放映された戦争であった。

 また、湾岸戦争はテレビの特性を生かした戦争でもあった。テレビの特性というのは、カメラレンズの前にあることは大写しされ、背後にある重要性は縮小されてしまい、非常に限られた内容しか伝えられないということである。
 真に戦争を理解するには写し出されている映像の前後文脈を知ることが重要であるが、テレビは文脈化されていない物語を作ってしまう。
 それは、比喩的にいえば、テレビは「傷のついた顕微鏡」である。湾岸戦争でテレビは情報を操作する人によって生み出されたイメージの鏡であると位置付けられた。

 テレビは華麗にイラクとクウェートをレーザー誘導でミサイル攻撃するアメリカ空軍の映像だけが延々とながしていた。

 このことは、ハイテク兵器による華麗な戦争を行っているかのように国民に見せたが、実際は、このミサイル攻撃はアメリカ空軍がイラクとクウェートに投下された爆弾の全体のうちわずか七パーセントにすぎず、ほとんどが無差別攻撃であった。

 湾岸戦争では従軍取材が許されていたが、その数も規制され代表取材(プール取材)のようなもので、選ばれた取材陣も軍当局の立ち会い監視と報道される際の事前検閲が義務とされていた。このような報道規制の中で、我慢できなくなった記者たちの中で潜伏取材を試みる記者もいたが、ほぼ全員逮捕された。戦場で真っ先に身柄を拘束されたのはイラク兵ではなく、記者たちであった。

 湾岸戦争においての典型的なプロパガンダの事例はペルシャ湾に浮かぶオイルまみれの水鳥の映像であった。
 この映像がまったくの嘘であったと判明したのは、放送された三日後のことであった。この映像はイラクの指導者サダム・フセインに「環境保護に対する挑戦者」としてのイメージを貼りつけた。

 これらのことは、視聴者が見たいと思う映像は繰り返しみせてやる一方で、見せたくない映像は完全に封印するというものではないだろうか。
 そして、政府対言論機関ということが湾岸戦争で明白になった。湾岸戦争時、メディアは特定の目的のために受け手を動かすプロパガンダ機関の役割を演じてしまった。

 さまざまな民衆の声を代弁することがジャーナリズムの原点である。つまり、民主的なメディアというものは、多事争論でなければならない。

 しかし、9・11以降のアメリカメディアはその原点を忘れ、非暴力という世界市民の視点ではなく、愛国心で高揚する自国市民だけの視点に立った報道を行った。このことは、世界中のメディアから非難され、アメリカメディアの没落が危惧された。

 そうした中、こうしたメディアを利用したのが、アメリカの指導者、ジョージ・w・ブッシュ大統領である。ブッシュ氏はこうしたメディアを使い「アメリカの正義の正統性」、「アメリカの勝利」を主張し、第二次湾岸戦争に意図も簡単に世論を操り、開戦に国民を同意させた。21世紀において初めての戦争においても指導者が戦争プロパガンダ使い国民を開戦に導き、戦争が起きてしまった。

第二次湾岸戦争開戦にあたり、こうも簡単に国民を開戦に導けたのは、開戦が正しい方向のようにみせるメディアや反戦を叫びづらい「報復」といった環境が相互に反応しあい国民がプロパガンダに騙されやすい環境になっていたのではないだろうか。

「戦争が起きれば、最初の犠牲者は真実である」

この言葉は、第一次大戦時、アメリカ上院議員であったハイラ・ジョンソンの述べたものである。戦争において真実を歪め、プロパガンダに利用することは、第一次大戦からの戦争の定石である。また、メディアが発信するニュースは技術の進歩により、たやすく編集が可能になり、われわれに対し戦争の嘘を真実のように見せる。

過去、現代にかかわらず、戦争という特殊状態において、政府がプロパガンダを使いわれわれを騙すことはたやすいことである。主観的な状況からではそれがプロパガンダ(嘘)か真実かどうか見分けることは困難である。そのため、プロパガンダに対する批判や反省は戦争が終結後に行われることがおおい。しかし、再び、戦争が起これば、また同じようなプロパガンダにより、われわれは騙される。戦争の歴史はこの繰り返しである。

この輪廻をたち切るには、メディアから発信するすべての情報を疑い、情報元を一つに絞らず、多種多用な情報元から情報を獲得し、国民一人一人自身の中で情報の真偽を考え、情報を再構築する必要がある。戦争の悲劇を繰り返さないためにも、現代に生きるわれわれは戦争プロパガンダに騙されない「教養のある大衆」にならなければならない。そして、戦争において、最初の犠牲者は真実であってはならない。

なぜ、政府や国家がプロパガンダを必要とするかと考えた時、「国民主権」という根本的な答えが頭に浮かぶ。国民主権の国家において、国家が平和という道に進むのも、戦争という道に進むのも、一部のエリートによって決められるのではない、それは国民が決めることである。日本においては、情報操作の中核に満州人脈の流れをを組む電通がいる事はあまり知られていない。

外資は電通を支配するため、三角買収の手法を駆使するのではないだろうか。

<参考>

------------引用--------------

http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1445226

今回の検索ワードで「満州」が登場しているが、これは「電通+満州」という複合検索によるアクセスである。電通の前身は「満鉄調査部」だが、この実体に迫るノンフィクションが佐野眞一の『阿片王 満州の夜と霧』である。(注:戦後、満鉄調査部の人材が電通に流れたので「前身」とよく言われる)

すべてのマスメディアをアゴで動かせる、日本最大の権力が「電通」なので、この会社を掌握すべく、外資による乗っ取り工作が、いまこの瞬間も着々と進んでいるはずである。「恋愛資本主義」や「消費社会」、お情け頂戴の「人道キャンペーン」、はたまた「選挙戦略」でも活躍する、煽りと騙しの巨大装置である。

この巨大装置に対抗するささやかな方法の1つは、テレビを観ることやめることである。日本の広告費の30%が「テレビ業界」に流れている。テレビを観るヒマがあったら、じっくりと本を読みたい。あるいは、主体的に選んだ良質のDVDを観賞したい。

「夢分析」を考えている人は、テレビを捨てたほうがいい。1年半の「夢日記」をつけた経験からいえることだが、潜在意識の中に、どれほどまでに「テレビ映像」がドロドロと渦巻いていることか。テレビ映像は、内面との対話を妨げる。ぼんやりと、何気なく、テレビにスイッチを入れることなかれ。

今月の検索ワードで、もう1つ躍進しているのは「統一教会(統一協会)」である。この検索ワードは常連さんだが、5位(482件)というのは、過去最上位・最多である。これは、安倍晋三議員が、統一協会の合同結婚式に祝電を送っていた、という報道が原因である。この話に興味がある方は、こちらのブログあたりから、いかがだろうか。

南朝復興の明治維新、山県有朋(長州)の独裁、関東軍の暴走、満鉄調査部、GHQ洗脳プログラム、「三国人」のヤクザとスパイ集団、共同通信・電通の暗躍・・・・。この辺の流れは、1本の糸でしっかりとつながっていそうである。そして安倍政権が誕生すれば、再び「長州」の系譜が浮上することになるが、さて、歴史の闇はどう暴かれるか。

------------引用--------------

<参考>

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http://www.asyura2.com/0505/bd41/msg/182.html

https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/flex-sign-in-done/250-0054119-9945854?bookmark-url=tg/detail/glance/-/books/4150501777

■[現代史][呪的闘争]黎明期の電通 08:50
 黎明期の電通をつくったのは、吉田秀雄(東京帝国大学経済学部卒)である。

 以下は、田原聡一朗がマトモだった若かりし頃の作品『電通』(朝日文庫、1984年 54-90p)から引用。小見出しはカマヤンがつけた。

〔以下、引用〕

黎明期の電通

 昭和十年(1935)2・26事件が起きる前年、吉田〔秀雄〕は上海に渡り、排日運動が熾烈をきわめる中で、邦字新聞、日系漢字新聞など、中国市場の媒体のほとんどを電通扱いにしている。〔略〕この吉田の快挙の背後には、当時の中国市場、ことに情報機関を完全に掌握していた《軍》との、なんらかの《連携》があったのにちがいないが、そのあたりのことは現在の電通幹部は〔略〕全く知らないようだ。ただ一つ、はっきりしているのは、このとき、上海で吉田は塚本誠なる人物と懇意になっている、ということだ。この人物は戦後、吉田に迎えられて電通に入社し、取締役になっている(75年8月死亡)。〔略〕

 塚本誠。元憲兵大佐。戦前は上海で有名な影佐禎昭大佐の《梅工作》機関など、いわゆる特務機関と連携し、あるいは、特務機関の束ね役として、反日運動などの弾圧の指揮をとり、汪精衛の南京政府づくりの舞台裏でも活躍したようだ。実は、吉田秀雄が上海で塚本と懇意になったのは、こうした時代、つまり塚本が中国市場の情報関係の人間たちに絶大な力を持っていた時代なのだ。

 なお塚本は、東条英機が政権をとると憲兵特高課長に迎えられているが、一方では近衛文麿と、彼をとりまく学者、ジャーナリストたちとも親しく、憲兵特高課長という顔のほかに、ジャーナリズムとの根回し役もつとめていたようだ。この時代に「読売」の正力松太郎、「同盟」の松本重治、「毎日」の吉岡文六、田中香苗、そして「朝日」の団野信夫、宮崎世龍などと懇意になっている。〔略〕

 昭和十一年(1936)。2・26事件が起き、日独伊防共協定が締結されるなど、日本が、破滅への途を選んだ運命の年だが、電通にとっても、大きな選択を、それも無理やりに強要された年だった。

 報道管制…。日本政府、そして《軍》は、報道調整という言葉を使った。《調整》と、表現は穏やかだが、その内容は、報道を、お上が掌握するには、情報チャンネルの一元化が必要で、そこでまず、新聞に内外の情報を提供する通信社を統合して、単一の国策通信社をつくることを考えたのである。国家にとって都合の悪い情報は遮断する。情報整理、そして情報操作…。

 〔略〕政府は、地方新聞など反対派を強引に封じ込んで国策通信社である社団法人・同盟通信社を発足(昭和十一年一月)させた。そしてこのときから、電通は〔通信社部門を失い〕広告代理行専業の会社になったわけだ。〔略〕

終戦直後の電通

 昭和二十二年(1947)五月、〔略〕〔前社長の公職追放により〕吉田が社長となった。〔略〕この経営危機の時期に、吉田は、なぜか旧軍人、軍属、あるいは満鉄関係者をどんどん採用しているのである。

 市川敏(満州国弘報処長)、小沼治夫(陸軍少将)、島崎千里(産業経済新聞)、高橋渡(満州日報業務局長)、高橋威夫(満鉄文書課長)、塚本誠(憲兵大佐)、松本豊三(満州日報理事長)、古賀叶(満鉄錦州鉄道局長)、高田元三郎(毎日新聞社)、森山喬(大陸新報理事)、森崎実(満州日報編集局長)、芝田研三(南満州鉄道)、金沢覚太郎(満州電信電話)、古瀬甲子郎(満州日報営業局次長)、峯間信太郎(天津米穀統制会理事長)、白川威海(毎日新聞社)、山名文夫(資生堂意匠部)、蜂谷輝雄(台湾総督府外事部長)、東郷青児(画家)、中西寅雄(東大教授・陸軍嘱託)、宮崎博史(三越宣伝部長)、小滝彬(外務省情報部長)、新田宇一郎(朝日新聞社取締役)、新保民八(花王石鹸取締役)。〔略〕

 広告業界の連中は、だれもが電通ビル(旧電通ビル、中央区銀座七-四)を「第二満鉄ビル」と呼んだ。あまりに満鉄関係者が多かったからである。それにしても、吉田は、経営が危機に瀕していた時期に、なぜ、広告のことを皆目知らない、いわば使いものにならない連中をこれほど集めたのか、吉田は、旧軍人、満鉄関係者たちを社員として採用しただけではなく、公職追放となった政治家や財界人、新聞人などのために「旧友会」という、いわばサロンをつくって、彼らが、月一回集まって食事をしながら、心おきなく談笑できるようにしつらえ、そればかりではなく、彼らのために「ユニバーサル広告社」という会社までつくっているのである。

 〔略〕戦後、電通が大きく躍進できた原因の一つが民間ラジオ放送で、もう一つが民間テレビ放送だといわれている。〔略〕
テレビと「反共」

 ところが、何とも不思議なことがある。民放ラジオの開局には驚くべき執念を燃やした吉田が、テレビに対しては、きわめて消極的なのである。テレビに執念を燃やして突っ走ったのは正力松太郎(読売新聞社主)で〔略〕ついに日本テレビ開局にこぎつける〔略〕。

 NHK編の『放送五十年史』は、正力のテレビ計画を、「講和、独立を控えた特殊な情勢の下で、アメリカの極東戦略に深く関連しながら全国のテレビ網を一挙に手中に収めようとした」と、きわめて含みの多い表現で説明している。〔略〕

 正力のテレビ計画の周辺を取材すると、旧軍人たち、それもGHQとのかかわりの深い情報プロたちの影が、何人も浮かび上がってくる。そして、旧情報将校たちがアメリカに足繁く通うなかで、折から、公職追放中だった正力が、なぜか突如追放解除となり、それをきっかけに、テレビ開局計画が急ピッチで具現化するのだが、そのキーマンとして動いたのがカール・ムントという人物なのである。

 カール・ムントとは〔略〕米上院議員。ここに、ムントが米上院で、1951年4月に行ったという演説のコピーがある。

「共産主義は飢餓と恐怖と無知という三大武器を持っている。こうした共産主義に対する闘いにおいて、アメリカが持っている最大の武器はテレビである。われわれは『アメリカのビジョン』なるテレビ・ネットワークを海外に普及させる必要がある。それを最初に試験的にやるべき地域は、ドイツと日本で、たとえば日本のすみからすみまで行きわたらせるためのテレビ網建設費は四百六十万ドル。これはB29爆撃機を二機つくるのと同じ金額である」

 テレビは、共産主義勢力に対する武器としては軍事力などよりはるかに強力で、しかも安いというわけだが、このムント構想が打ち出されるや、ただちに正力の密使がアメリカに飛び、ムント議員と接触している。その密使が柴田秀利(後に日本テレビ専務取締役)である。〔略〕

柴田は、GHQの新聞課長インボデン少佐にも、関係者たちの話では、「かなりどろどろした手段を使って」深く食い込み、正力を、共産主義殲滅の代理人にさせる、との約束を取りつけたようだ。「アメリカが、直接行なうと、情報支配のかたちがあまりに露骨で、日本人の神経を逆なでする。日本人の手でやらせた方がはるかに効果的だ」との柴田の説得が功を奏したものらしい。〔略〕

安保と電通

 電通が、戦後、はじめて商売として《政治》とかかわりを持ったのは、52年10月、日本が独立した最初の総選挙のときだった。〔略〕吉田自由党としては〔略〕国民に対して大PR作戦を展開することにし、その大きな柱の一つとして、戦後初めて全国の主要新聞に大々的な広告を打つことになったのだが、そのプロデューサー役を演じたのが電通だった。

 〔略〕かかわりが深まるにつれて、《政治》はしだいに、吉田〔電通〕にとって商売の対象だけではなくなってきたようだ。それが、一つの頂点に達したのが60年安保騒動のときだった。〔略〕革新陣営に「これで新聞は死んだ」と嘆かせた、いわゆる七社共同宣言のフィクサーも、実は吉田だったといわれている。七社共同宣言とは、東大生だった樺美智子が殺された直後、6月17日に、全国紙五紙(朝日、毎日、読売、日経、産経)と東京新聞、東京タイムズの七紙が、「暴力を排し議会主義を守れ」との声明文を掲載したもので、この共同宣言は、反安保の盛り上がりに水を浴びせる役割を果たした。

------------引用--------------

以上
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コメント
この記事へのコメント
寄生性と知的謀略
(http://sun.ap.teacup.com/souun/143.html)
2007/05/05(土) 12:25 | URL | 早雲 #hurAyYjo[ 編集]
イラク米兵に深刻なモラル低下、戦争泥沼化でストレス?
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070505i112.htm
イラン戦争を戦える状態に
米兵は果たして有るのかどうかだが
国民の支持が有れば彼等に取り悪であるイランとは
戦えるのかどうかだが


共和党も中間選挙前に
イランを攻撃しなかったのは何故なのかだろうし
やろうと思えば出来た筈だろうし
多少泥沼化してもイラン相手の戦いは
国民も支持したかも知れぬが
此れはスファラディーのスパイ=ネオコンの反対等で
出来なかったと言う
可能性も有る訳だろうか
(行わせなかったのは米軍を疲弊させ
イラン戦を困難とさせる
 為だろうか)
今はネオコンが態と失脚したので
出来ると言う事かも知れぬが
最早米陸軍に戦う力は残って居るのか
どうかだろうし
国民の支持が有ろうと兵がクーデターを起こす
可能性も有る訳だろうか


将軍の反対やクーデター等でイラン戦争は起きず
ソフトランディングに成るか
或いは共和党が無理矢理戦争を強行して
更に米が疲弊すると言う
方向に成るのかどうかだが
(国民の支持が有る状況でも
 優秀な指揮官が多数辞めて
 イエスマン軍人だけで作戦を行い
 泥沼化すると言う可能性も
 有る訳だろうか)


ユダヤかも知れぬサルコジを
今後は米に代わって
世界支配の為にスファラディーが利用すると言う
可能性も有るだろうが
欧州寒冷化迄の事なのか
どうかだが
2007/05/06(日) 17:20 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
自滅シナリオ通りという評価ですが

疲弊する米軍 田中 宇
http://tanakanews.com/070420USarmy.htm

▼実は自滅派のゲイツ新国防長官
 このように見ていくと、イラク侵攻を推進したチェイニーやネオコンは、どうも最初からイラク戦争が失敗することを知っ
ていながら、空想的な「中東民主化」の構想をぶち上げ、過度に楽観的な戦略をあえて採り、バース党を有効活用しようとし
たガーナーを更迭し、意図的に米軍のオーバーストレッチを誘発したのではないかと思えてくる。
2007/05/06(日) 18:34 | URL | nanasiさん #QdFwAtRY[ 編集]
世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL152
                          
                               江田島孔明

今回は、ここ数日で、急激に動きがあった、中東情勢をサウジアラビアの観点で見てみてみたい。

まず、サウジはアメリカ幕府の任命した最も重要な守護であり、サウジの支配を通じ、湾岸産油国を支配する事で、アメリカは中東を支配し、世界を支配した。

 この、「アメリカによるサウジ支配体制」が、イラク戦争意以降、急激に崩れつつある。中東の反米感情が頂点に達しつつあるという事であろうか。

 そこで、サウジは、アメリカ幕府の直轄地として、同じような立場にある日本と戦略的提携に踏み出した。日本は中東諸国の間では、それほど嫌われていない。

 以前であれば、リムランド理論の実践として、リムランドの複数国が結びつくのを、アメリカは徹底的に潰してきた。

田中角栄の資源外交を潰したのが、その例だ。しかし、イラク戦争以降、世界の覇権を維持することが出来なくなったアメリカは、終に、「リムランド理論」を放棄した様だ。これは、アメリカ幕府が事実上「店終い」モードに入った事を意味する。幕府の衰退は、各地の守護に対し、自活の道を否応無くとらせる。そうしなければ、下克上にあうからだ。日本にとっても、経済産業省主導でエネルギー安全保障を図る上で、サウジとの戦略的関係樹立は必須だ。日本は技術を提供でき、両者の利害は一致している。

遠交近攻の観点から、日本とサウジの戦略的関係樹立は、今後の日本の国家戦略の大方針となるであろう。これは、穿った見方をすれば、戦前の満州国や大東亜共栄圏といったランドパワー戦略から、沖縄からインド洋にいたるシーパワー戦略への大転換といえる。間に、戦後60年の鎖国時代、すなわち、国力の温存、蓄積期間をおいたという事だ。満州国の産業立国を岸信介が企画立案したのと同じように、インド洋における産業立国を経済産業省主導で企画立案しなければならない。その際に参考にすべきは、戦前のランドパワー戦略の失敗だ。ここの反省なくして、今回のインド洋の戦いの勝利は無い。
 
<参考>
------------引用--------------
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070412/10102
冷えきったサウジアラビアと米国との関係 戦略的転換か、中東和平の妥協点か
ヨルダン国王と会談するサウジアラビアのアブドラ国王(右、ロイター)
 サウジアラビアのアブドラ国王の米国に対する態度や振る舞い、言葉遣いに近ごろ変化が見られた。これを受けて、識者の一部は「サウジアラビアと米国の同盟関係が崩壊している」と報道している。果たしてそうだろうか?

 中東のような複雑な地域では、安定するもしないも、多くの勢力の行動に依存されており、性急な判断をするのはおそらく時期尚早だ。サウジアラビアと米国との関係が実際に変わってしまったのか、それとも変わりつつあるのか。あるいは、これは、スンニ派アラブ勢力結集の重要な時期に、サウジアラビア王家がサウジアラビア国民とアラブ連盟諸国の信頼を取り戻そうとしている動きか、それ以上のものなのか。これを解明するには、1年以上かかるかもしれない。

 おそらくサウジアラビアは、イランと開戦をするために準備をしているかのように見える米国の「冒険主義」から自国を遠ざけ、シーア派国家(=イラン)からの報復を避けようとしているだけなのかもしれない。もしイランから攻撃を受ければ、間違いなくサウジアラビアの石油基盤や収入に損害が出るからだ。米国との距離を置くという動きは、アブドラ国王とアフマディネジャド・イラン大統領との会談で裏づけされた。両国は米国の対イラン軍事圧力強化に対し、強く反対したのだ。

 サウジアラビアと米国は、どの長い国際関係でもそうであるように明らかに浮き沈みはあったが、70年以上にわたり良好な関係を維持してきた。近年の両国間は「特別な関係」に発展してきた。

 サウジアラビアは米国にとって、重要な同盟国だ。中東地域で大きな役割を持ち、世界最大の石油埋蔵量に加え、戦略的に重要な位置にあるからだ。米国はサウジアラビアと軍事協力関係を保ち、軍事訓練や最高の兵器を提供している。

 米国はサウジアラビアにとって、石油や石油製品の最大の輸入国となっている。石油製品とインフラの安全は、サウジアラビアにとって優先すべき事項だ。この点から、最近の、そしてこれからのサウジアラビアの行動は、地域紛争のいずれにも直接的に巻き込まれないようにしているためであり、また、地域の安定化によって、影響力を高めることを狙っている、と解釈される。

 自国の役割拡大のための動きが、イスラエル・パレスチナ紛争の解決だ。サウジアラビア主導の中東包括和平案は、もともとは2002年ベイルートで行われた、アラブ連盟のサミットの場で、当時サウジアラビアの実質上のトップだったアブドラ皇太子(現国王)が呼びかけたものだった。

 包括和平案は、イスラエルに対し長年の敵国だったレバノンやシリアを含めた「全アラブ連盟国家(実質的には全アラブ諸国)」との正常な外交関係を提供し、イスラエルによる「パレスチナの国家」としての完全な認識を呼びかけるものだった。これと引き換えに、イスラエルには1967年の戦争で得た土地を返還することを求めている。包括案は、東エルサレムを首都とする、独立したパレスチナ国家を作り、「パレスチナ難民問題に対する公正な解決」を目指すものだ。

 包括案実現のための重要な部分は当事者たちに合意させる点にあることは疑いがない。しかし、中東の危機状態を解決するための、あらゆる試みがそうだったように、さらに重要な点は当事者たちに約束を守るようにさせることだろう。イスラム教原理主義集団ハマスやヒズボラ、ほかの多くの悪漢分子たちは、数カ月にわたる交渉で達成したことを5分で破壊することができるし、実際、そうなったことがこれまでにあった。

 ハマスやヒズボラは、大部分のパレスチナ、およびレバノンにいるイスラム教徒の国民同様、イスラエル支持に傾く米国の、中東政策のおかげで、米国に対する根深い憎悪感を持っている。この見方は、米国が大きな財政上・軍事上の支援をイスラエルに対し長年にわたり行ったために、深く定着している。つまり、数世代にわたる紛争での、イスラエル軍による多数の民間人の犠牲に、米国が一部分でも関係している、と信じているのだ。

 このような、米国に対する憎悪感を考慮すると、もしサウジアラビアが中東包括和平案の実現を成功させようと思うなら、ハマスやヒズボラなどの武装集団が「サウジアラビアは米国の利害のため、あるいは米国の命令で動いている」と見てしまうと、包括案への合意が和平誕生の前に抹消される可能性がある。したがって、和平への交渉を開始させ、おそらく交渉を通じてになるだろうが、全当事者からの合意をとりつけるという重要な段階において、サウジアラビアが米国との同盟関係を弱体化させる、あるいは少なくともそうしている印象を与えることは、サウジアラビアにとって利点となるのだ。

 これが、アブドラ国王の最近の行動や声明の背景にある、主な理由だと思われる。国王は4月18日、自分のために開催されることになっていた、米大統領官邸での公式晩さん会の出席を、3月末にキャンセルした。表向きの理由は、ほかの予定と重なったためだ。その後、サウジアラビアの首都リヤドで3月28~29日に開催された、アラブ連盟のサミットの初日、2002年の包括案が満場一致で再開されることになり、アラブ国家の結束を呼びかけたアブドラ国王は、珍しいことに米国の中東での外交政策を「愛するイラクでは、『非合法な外国』の占領により、兄弟間で血が流れ、宗派抗争が内戦を引き起こしている」と厳しく批判した。

 国王はまた、パレスチナに対する封鎖を維持しようという米国とイスラエル側の願望を非難し、「傷ついたパレスチナでは、力強い人々からの抑圧と占拠に苦しんでいる。パレスチナ人に課せられた抑圧的封鎖は、抑圧のない雰囲気の中で和平過程を進めるために一刻も早く終了されるべきだ」と述べた。

 米国とサウジアラビアは、軍事訓練でのつながりを確立しており相互依存の状態にあるため、両国間の関係が完全に断ちきられることはないだろう。しかし、サウジアラビアが一触即発の危険な場所である、中東の安定化に指導的役割を持とうとする中で、米国の圧力に抵抗し、米国とは一線を画した方法を採ろうとする勇気は、サウジアラビアに役立つ結果をもたらすだろう。

 例えば識者の多くは、サウジアラビアが、レバノンの安定化のためにヒズボラと、そして西側との大きな紛争を恐れるイランと交渉をするべきだと見ている。米国はヒズボラやイランを完全に避けるべきだと継続して提唱しているが、サウジアラビアは少なくとも対話を試みる意思があるようだ。

 サウジアラビア王家は、米国がかつてそうであったように、中東の安定化に無残に失敗するかもしれない。しかし、もしかしたら、本当にもしかしたらだが、サウジアラビアが和平交渉のために同じ道を歩きながらも、突然米国とは違った経路をとるようになったので、和平への適切な妥協点を見つけることができるかもしれない。

(オーマイニュース英語版から〔4月1日掲載〕)
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2007043002012660.html
沖縄の石油基地提供 サウジ国王に首相が提案 閣僚級で協議へ
2007年4月30日 朝刊
 【リヤド=金井辰樹】安倍晋三首相は二十八日夜(日本時間二十九日未明)、サウジアラビアのアブドラ国王と夕食会、首脳会談を行った。安倍首相は、沖縄県にある石油備蓄基地を、サウジアラビアの商業用の拠点として利用することを提案。今後、閣僚クラスで議論を詰めることで一致した。 
 現在、沖縄の石油備蓄基地には、国家備蓄の約十日分、五百二十五万キロリットルの石油が備蓄されている。安倍首相の提案は、同基地のタンクの一部を空けて、サウジアラビアに提供しようというもの。
 この場合、石油は引き続き日本の備蓄としてカウントされ、緊急時には日本が優先的に購入できる。一方、サウジアラビアにとっても、現在約二十一日間かけて日本に送っている石油を、常に日本に保管することで、アジアや米国西海岸に石油を輸出する際、コストを大幅に節約するメリットがあるという。
 また両首脳は、両国関係を経済分野にとどまらず、重層的なものとして発展させる必要があるとの考えで一致した。
 会談後、(1)産業の投資機会を促進するため、官民合同のタスクフォースを設立する(2)自由貿易協定(FTA)を妥結するための両国の交渉を歓迎する(3)イラクの国民融和が重要だということを確認する(4)拉致問題の早期解決を含む、日本と北朝鮮との協議が進展することへ期待を表明する-などを盛り込んだ共同声明を発表した。
閣僚級経済委発足で合意 UAEと首脳会談
 【アブダビ=金井辰樹】中東諸国歴訪中の安倍晋三首相は二十九日午前(日本時間同日午後)、サウジアラビアを離れ、次の訪問国のアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビに移動した。
 安倍首相は同日午後(日本時間同日夜)、ハリファ大統領と会談。両国の経済関係を強固にするため、閣僚級の合同経済委員会を発足させることを決定した。また、首相が北朝鮮の核開発、拉致問題の解決に向け、協力を求めたのに対し、大統領は「協力は不可欠だ」と応じた。
 この後、首相は日本経団連の御手洗冨士夫会長を団長とする訪問団が開くビジネスフォーラムなどに出席した。
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日本と湾岸諸国、早期にFTAを・日サウジ合同委

 【リヤド=加賀谷和樹】日本とサウジアラビアの合同委員会(閣僚級)が1日、 サウジの首都リヤドで開かれた。両国はサウジなど6カ国でつくる湾岸協力会議 (GCC)と日本の自由貿易協定(FTA)の早期締結を目指すことで一致。
サウジが産業の多角化を目指して進める産業クラスター構想に日本が協力することでも合意した。

 合同委で代表団を率いたのは日本が甘利明経済産業相、サウジはゴサイビ経済企画相。
甘利経産相は1日、合同委とは別に、サウジのダッバーグ総合投資院(SAGIA)総裁、 ゴサイビ経済企画相、ヤマニ商工相と相次ぎ会談した。
ダッバーグ総裁は「GCCと日本のFTA早期締結に努力する」と約束。
サウジと日本の間での投資保護協定の早期合意、租税協定交渉の開始も提案した。

 今回の合同委はほぼ5年ぶり9回目の開催。

 サウジでは4月28日に訪問した安倍晋三首相がアブドラ国王に、沖縄県にある石油備蓄基地の一部をサウジ側へ提供することを提案。投資促進のため官民合同の作業部会設立で一致した。(21:51)

日経新聞 http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20070502AT3S0101H01052007.html
------------引用--------------
以上
2007/05/06(日) 22:56 | URL | 孔明 #-[ 編集]
いよいよ佳境ですね
>その際に参考にすべきは、戦前のランドパワー戦略の失敗

  まず第一に、陸上権益への固執ということでしょうか。
  陸上権益は防衛戦を大陸内部に持つことを意味し、敵が敵を呼ぶという状況は、絶えざる謀略戦を必要としますが、その点では日本は他の国に決定的に劣っていました。
  謀略戦をほぼ一手に担っていた甘粕正彦は大変に優秀で、よく頑張っていたと思いますが、所詮は個人プレーの域を出ませんでした。民族のDNAの中に、騙されるより騙せという行動原理がインプットされていなかったということです。
  日本人は、利益を与え、その恩恵を受け取るというやり方(敢えて言うなら「上杉鷹山式」)の方が向いていると思います。孔明さんのおっしゃるように、サウジなど湾岸諸国に足りない環境対策のノウハウや高度な技術を与え、代わりに中期的なエネルギー供給を受けるべきということです。
  その際重要なのは、国民を犠牲にするような産業立国政策ではいけないということです。岸信介の満州五カ年計画は、結果として日本の戦後の重工業の発展に結びつきはしましたが、満州が発展すればするほど国内への投資が少なくなっていったというマイナス面もあったのです。
今回は、そんなことがあってはいけません。
  まあ、シーパワーの国ですから、満州みたいに白いキャンバスに絵を描くようなことはできないと思いますが・・・。
2007/05/07(月) 00:28 | URL | ろろ #-[ 編集]
甘粕個人に全ての謀略の責任を負わせるしかなかった点に問題があります。同じ失敗を繰り返すわけにはいきません。

彼の辞世「オオバクチ、身包みはがれてすってんてん。」
2007/05/07(月) 00:31 | URL | 孔明 #-[ 編集]
サルコジが中国に武器を売る可能性も
高いかも知れぬし
そう成った場合
仏だけでは無くEU全体が
中国に武器を売る可能性も高いかも知れぬが
この場合は日本武装強化の為に
F22が売られると言う
可能性も有るかも知れぬし
其れ以上の武装強化も有り得るかも知れぬが
(或いは日米に拠る中国の
 早期のバブル崩壊も有り得るのだろうか)
サルコジは中国は兎も角プーチンとの仲は
悪いのだろうか


サルコジが中国・プーチンと組めば
日米に取り可也厄介な事に成ると言う事は
無いのかだが
中国のバブル崩壊や
イスラムのテロ等を受ければ
彼等は意外と脆いと言う事は無いのかだが


http://yaplog.jp/manjimaru/archive/219
>一方、指摘されてきた親ブッシュ政権の傾向やグローバル化を容認する姿勢を選挙戦中は前面に出さず、綿密なメディア戦略も展開。批判をかわすことに成功した。

サルコジは親ブッシュと言う意見も多いが
反米的な発言も有るだろうし
中国に武器を売る可能性は
高いかも知れぬが
2007/05/07(月) 03:46 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
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