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世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL147 江田島孔明

孫子 風林火山

其疾如風(その疾きこと風の如く)
其徐如林(その徐なること林の如く)
侵掠如火(侵掠すること火の如く)
不動如山(動かざること山の如く)
難知如陰(知りがたきこと陰の如く)
動如雷震(動くこと雷の震うが如し)
「不意打ちをかけるときは風のように早くおもむろに行動するときは林のように静かで整然と動き、敵地を侵略するときは野原を焼く火のような勢いで一気に押しまくる。軍勢を駐屯させているときには、山のようにどっしりと構えて敵の誘いには目もくれず敵の目を欺く時には、あたかも曇りの日に日月星辰をみることができないように隠密裡に行動しいったん行動を開始したら、青天の霹靂のように敵に防備の暇もあたえないのである」

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私の情報分析の基本的立場は、独立的、客観的、多面的、総合的ということだ。ある特定のニュース・ソースに依存すると、例えば反面教師として、江戸幕府や日本政府は、それぞれ、オランダ、アメリカにだけ海外の情報を依存しているため、容易に情報操作に引っかかる。

こういう場合、孫子の言う、「山のごとく動かず」どころか、水鳥の羽音に驚き撤退した平氏同様、些細なことで右往左往するだけだ。

孫子は虚実篇で「よく戦う者は、人を致して人に致されず。」とも言う。
これは、実際に野戦を行なう場合、先に戦場に赴いて敵の来襲を待つのは、防備を調えることができて戦い易いが、後から戦場に到着した場合は、防備を調えることができない為に、戦い難くなる。

だから、名将と言われる人は、敵を自分の呼吸に合わせさせることをしても、敵に合わせるということはしないのであるという意味。
これは、要するに、情報を握り、機先を制した方が、戦いの主導権を握るという事を言っているのだ。
このような観点から、情報は独立、客観的な立場で、多面的、複合的、多角的、総合的に収集し、分析する必要がある。

今回は、中東情勢をサウジアラビアの立場で考えてみる。

私は、アメリカによるイラン攻撃が無いと判断しているが、その根拠は、サウジアラビアの動向にある。中東情勢が混迷の度合いを深める中、サウジアラビアがイニシアティブをとり始めた。

<参考>
------------引用--------------

「イラク駐留は不法占領」=サウジ国王発言、説明要求へ-米 3月30日6時0分配信 時事通信

【ワシントン29日時事】「米軍のイラク駐留は不法占領」-。サウジアラビアのアブドラ国王が米国のイラク駐留に異例の批判を加えたと伝えられ、ワシントンで波紋を呼んでいる。

 29日付のニューヨーク・タイムズ紙によると、アブドラ国王は28日、アラブ連盟首脳会議での演説で、「イラクでは、外国による不法な占領と憎むべき宗派主義の下で流血が続いている」と語った。

 これに対し、バーンズ米国務次官(政治担当)は29日、議会の公聴会で、翻訳に問題があった可能性もあるとしながらも、「(不法占領という発言には)同意しかねる」とし、サウジ政府に説明を求める方針を明らかにした。 

------------引用--------------

反米シーア派イランの大統領が、親米スンニ派サウジ訪問 2007年03月03日23時49分

 イランのアフマディネジャド大統領が3日、サウジアラビアを訪問した。
首都リヤドでアブドラ国王と会談する予定だ。イランの大統領がサウジを首脳会談のため公式訪問するのは、99年のハタミ師の訪問以来。反米シーア派のイラン、親米スンニ派のサウジは、共に豊富な石油資源と地域への影響力を誇る。両国が直接会談することで、地域の緊張緩和を強調する狙いがあるとみられる。

 アフマディネジャド大統領は、テヘランの空港で出発前、報道陣に「地域のため両国が行うべきことを話し合う。両国のきずなを強化したい」と述べた。サウジ国営通信によると、リヤド空港ではアブドラ国王が出迎えたという。

 首脳会談の主な焦点となるとみられるのは、
(1)イランの核開発問題
(2)10日に開かれるイラク安定化のための国際会議などのイラク情勢
(3)レバノン情勢――の3点だ。

 中東では、サウジが豊富な資金力や米国との太いパイプ、「イスラム教の聖地メッカの守護者」としての宗教的な影響力などを背景に、スンニ派諸国を中心に大きな力を持っている。一方、親米王制を転覆したシーア派革命政権のイランは、レバノンのシーア派組織ヒズボラなどの支援を通し、「反米」を軸に中東での影響力を増している。

 サウジがまず警戒感を強めているのは、イランが「平和目的」として進めている核開発問題だ。

 昨年12月、サウジなど湾岸6カ国が、イランに対抗するかたちで、共同で平和目的の核開発を進めることを表明した。年が明けた2月にロシアのプーチン大統領がサウジを訪問した際は、首脳会談でロシアからの兵器購入と核技術供与を協議してイランを牽制(けんせい)した。

 一方、アフマディネジャド大統領にとっては、イランに強硬姿勢を取る米国に近いサウジから、平和目的の核開発への支持を取り付けられれば、大きな得点となる。

 またイラン側には、レバノン、イラクで激化する宗派間対立の解決にシーア派大国として積極的な関与を示し「中東での安定を求める立場」を強調する狙いがある。

 イラク情勢では、サウジはイラクでは少数派のスンニ派を擁護する立場にあり、シーア派主導のマリキ政権を具体的に支援しにくい状況にある。一方でイランは、マリキ政権の支援を強めることが自国の利益につながるとみている。テヘランの外交筋は「サウジなどスンニ派諸国は本気でマリキ政権を支援していない。それを見越して、マリキ政権への支援強化を求めることができるのがイラン側の強みだ」と話す。

 レバノンでは、イランが支援するシーア派組織ヒズボラが、サウジが支えるシニョーラ政権の退陣を求め、両派の衝突で死者が出ている。両国はともに対立の緩和などを呼びかけるとみられる。

------------引用--------------

イスラエル副首相「中東包括和平案、交渉の用意ある」
 【カイロ=金沢浩明】イスラエルのペレス副首相は29日、地元メディアなどに対し、同日にサウジアラビアで開いたアラブ首脳会議が「中東包括和平案」に基づきイスラエルに直接交渉を求めたことについて、「アラブ諸国と直接交渉を始めるべき時が来た」と述べ、応じる用意があると強調した。

 同副首相は和平案については「そのまま受け入れることはできない」と繰り返したものの、「溝を埋めるには交渉しかない」と指摘した。
 また、オルメルト首相も同日、与党内の会合で「影響力のあるアラブの国々がイスラエルは脅威ではないと理解したことは画期的な変化。和平案自体に驚きはないが、雰囲気や方向性に関心を払うべきだ」と述べ、交渉に前向きな考えを示唆した。 (09:56)

------------引用--------------

プーチン大統領、サウジアラビア訪問

  ロシアプーチン大統領は11日、サウジアラビアを訪れアブドラ国王および政府高官らと会談した。プーチン大統領はロシア大統領としてサウジアラビアを訪れた初の大統領となった。
 米国の同盟国であるサウジアラビアは、近年外国諸国、とりわけアジアに対して開放的な外交方針を適用し始めており、その風潮を受けて今回ロシア大統領初のサウジアラビア訪問が実現するに至った。ロシアはサウジアラビアに次ぐ世界第二位の石油輸出国である。

 一方米国は石油大国サウジアラビアへの主要な武器輸出国家となっている。しかし米国とサウジアラビアの関係は2001年の9.11テロ事件以来緊張関係が続いており、サウジアラビアは武器供給源として米国だけではなくロシアからも武器を輸入することで将来の安定を図ろうとしている。
 
 アブドラ国王とサルタン王子はサウジアラビアリヤド国際空港で11日夕方、プーチン大統領の到着を歓迎した。その後パレスチナ・イラク問題、二カ国間協力について話し合った。

 プーチン大統領はその後60人程のビジネス関係者らとロシア企業とのジョイントベンチャーや投資機会について議論した。

 アブドラ国王はイタルタス通信のプーチン大統領との会談前のインタビューに応じ、「両国が経済協力、資源供給、その他数多くの投資機会や文化的遺産について互いに恩恵を享受することになるだろう」と述べていた。

プーチン大統領は10日ドイツミュンヘンで開かれた安全保障会議で米政府の軍事強化政策を「一国であるにすぎない米国が全ての面で国境を越えた行き過ぎた政策をとっている」と非難しており、その翌日にサウジアラビア訪問を行った。
プーチン大統領は今後カタール、ヨルダンと中東諸国を歴訪する予定である。

(02/12 17:20)
------------引用--------------

 サウジはイスラム教の二大聖地を抱え、「アラブの盟主」を自任する。イスラム世界への発言力は大きい。

石油を通じて、国際経済にも影響力をもつ。 

イスラムの教えを厳格に守りながら、近代化をめざす。そんな国づくりを進めてきた。アブドラ国王が、前任のファハド国王と大きく異なっているのは、対米政策である。
ファハド前政権は安全保障を含めて米国に依存し、湾岸の大国としての地位を固めた。半面、対米重視のあまり、保守派や国民から反感を呼んだことは否めない。

 きっかけは1990年のイラク軍によるクウェート侵攻だ。
 当時、ファハド国王はアブドラ皇太子の反対を押し切って多国籍軍の駐留を認めたが、これに国民は「異教徒の軍隊を受け入れた」と猛反発した。

 これを機に、反米のイスラム原理主義が台頭し、ウサマ・ビンラディンを指導者とする国際テロ組織アルカイダの誕生にもつながったとされる。
五千人ともいわれる王族への権力と富の集中、そこからくる格差に国民も不満を抱き、過激思想に共鳴する若者が増えているという指摘もある。
 今後の対米外交いかんで、不満がさらに広がる恐れもある。
前国王とは違って、アブドラ国王は米国一辺倒ではない「民族派」という。アブドラ国王の独自性がここにきて、大きく発揮されている。
それが、ロシア大統領やイラン大統領との相次ぐ会談であり、先日のアラブ連盟(21カ国と1機構で構成)首脳会議における、イスラエルに対する中東包括和平案を受け入れるよう呼び掛ける決議だ。

これは、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で獲得した占領地(東エルサレムを含むヨルダン川西岸やガザ地区、ゴラン高原など)から全面撤退することを条件に、全アラブ諸国がイスラエルとの関係を完全に正常化するというもの。
また同案は、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家の独立と、パレスチナ難民の「解決」を促している。全会一致で採択された。

事実上、イスラエルに対する「最後通告」といっていい。

従来、サウジアラビアがこのような形で、アラブ諸国の合意形成に主導的役割を果たすことはなかったのだが、ここにきて、このような方針転換を行った背景は、湾岸戦争以降の、国内における反米感情の高まりがあるのだろう。

サウジアラビアを中心に、中東情勢を湾岸戦争の頃から概観してみる。

 ソ連崩壊後、イラクのクウェート侵略から始まった湾岸戦争は、結果としては、共産主義以後の、経済的に統合された世界に対する米国の軍事的覇権を確立するものだった。

(1)世界で最大のマネーをもつ日本は、安全保障条約で押さえ、外圧で動くようにして、
(2)世界で最大の原油を持つサウジアラビアは王家と結び、米軍を駐留させて、石油では米国メジャーの価格操作を有効にした。

 つまり、日本のマネーと、サウジの原油資源を押さえるのが、米国の世界戦略の基本だ。アメリカを江戸幕府にたとえると、日本とサウジは必要不可欠の「天領」ということになろう。

そのため、アメリカは最大の原油埋蔵量を持つサウジのファハド王家と結び、サウジアラビアに、(イラクを押さえる目的として)米軍を駐留させることで、原油の砂漠の上に橋頭堡を確保した。

 米軍駐留は、イラクをアラブ世界の共同の敵とすることで、正当化された。

 原油相場は、OPEC(石油輸出国)の団結に替わって、米国メジャーが押さえることとなり、日本・米国を含む輸入国は安価な原油を使えることになった。

一方で、原油価格に頼るアラブ諸国は、特に1973年と79年の2度のオイルショックを通じた価格高騰で経済を潤わせたが、価格下落で財政は赤字になり、特に豊かだったサウジは経済的には2等国に落ちた。

 イスラムの貧困化、これが、イスラム原理主義の台頭の背景になってきた。米国の石油価格支配で、イスラム諸国は貧困に陥ったとの不満だ。過激派は貧困、または極度の富の格差から、誕生する。

 湾岸戦争でイラクは敗退したにもかかわらず、フセイン大統領は、大統領を続けた。つまり、湾岸戦争後のイラクのフセインの存在は、サウジの安全保障のための、米軍のサウジ駐留、米国兵器のサウジへの輸出を正当化してきた。

 イスラム原理主義は、イスラム世界への米国の干渉排除を主張する。

 サウジアラビアでは、経済への不満、米国への反発、及び王家の堕落への反抗から、ファハド王家が、支配を続けることは困難になりつつある。

サウジのエリート層の子女たちの多くがアメリカの大学で学び、米企業で働いているとはいえ、サウジの対米イメージは最近になってひどく悪化している。
ゾクビー・インターナショナルが最近行った世論調査によれば、サウジ民衆の九七%がアメリカのことをネガティブなイメージで捉えており、評論家の一部も、いまやアメリカとサウジの関係は、この数十年で最悪の状態にあるとコメントしている。

 ギャラップ社の調査でも、アメリカにネガティブなイメージを抱いているサウジ市民の比率は六五%に達するという結果がでている。専門家によれば、こうした態度の背景には、アメリカはイスラエルやサウジの権威主義的政府を支援していることへの反発、アメリカのイラク侵略に対する反発がある。

つまり、イスラム原理主義による転覆が起こる寸前の状態だ。

このまま放置すれば、かなりの確度で、第2のイラン革命、つまり<サウジ革命>が予測できる。
イラン革命は、オイルショックを起こした。サウジ革命が起これば、オイルはさらに高騰する。実は、中東最大の危機とは、サウジの王政転覆なのだ。

 サウジでイスラム革命が起これば、サウジの米軍は、撤収しなければならない。
そうなれば、アメリカの世界の石油価格コンロトールへの発言権は弱くなる。ドルの基軸通貨の地位も喪失し、結果としてアメリカは世界の覇権を完全に失う事になる。

 つまり、湾岸戦争以降の潜在的な「イスラム革命の危機」が、サウジに対し、反米独自路線をとらせ、それが今回の外交的イニシアティブに繋がっているのだ。
すなわち、サウジにとっても、このイニシアティブを成功させ、アラブ社会の盟主の立場を回復し、アメリカを始め、世界に対して発言権を持たなければ、王政がもたないところまで追い詰められていると考えるべきだ。このような状況で、アメリカがサウジの面子を完全につぶす、イラン攻撃を決断するだろうか?

湾岸戦争では、サウジ自身の安全保障が危なかった事もあり、多国籍軍は空軍機をサウジの基地に1000機以上集結させ、開戦に踏み切った。
イラン攻撃で、同じ事をサウジが許すとは思えない。そのため、仮に空爆を行うにしても、空母艦載機が中心になるであろう。それでは、兵力不足なのだ。

 冒頭でも述べたように、情勢を多面的角度から検討するために、サウジの立場をロシアの視点で見てみる。
ロシアは「イランの核開発問題」では、中国と組んで、欧米と対立することが多い。
つまり、世界帝国アメリカの「単独覇権」は認めないという点で中国と利害が一致する。
中国はロシアの原油輸出先であるほか、ロシアの軍艦、戦闘機等を大量に買い付けてくれる貴重なユーザーでもある。
中国から申し入れがあれば「合同軍事演習」を開催することは、ユーザーに対するサービスというものだ。

 ロシアの兵器販売先は、中国とインドが主であった。中東諸国では、イランやシリアを除き、アメリカ兵器の独壇場だった。そこで、ロシアとしては、やむなく反米国のイランに接近して兵器の販路としてきたのだ。

 アメリカが、対アフガニスタン戦争、対イラク戦争を始めてくれたおかげで、これまで親米国家であったサウジが、アメリカ離反の動きを示すようになった。そして、上述のように、プーチンとの首脳会談に応じ、「ロシア製兵器」の商談がまとまりそうな情勢になった。

 イランへの原子力発電所の建設費や濃縮ウランの売却費は、貧乏国家イランの財政事情があって「何十年払い」という息の長い取引であろう。
原子力発電所の如く、膨大な投資をしても、元本がすぐ回収できる訳ではない。ロシアにとって、それほど利益が上がる話ではない。

 ところが、世界一裕福なサウジ等湾岸諸国との取引は、兵器売却代金の支払いが滞ることはない。商いは「金持国家とやれば利益が上がり」、「貧乏国家を相手にすると、持ち出しになる」ことが多い。イランとサウジの双方と商いが出来ればよいが、二者択一ということであれば、誰だって「金持国家サウジ」を選ぶ。

 推測ではあるが、先般、プーチンがサウジを訪問し、「兵器の商談」をした際、サウジのアブドラ国王が、プーチンに「ロシアとイランの関係はどうなっているのか?」と牽制したとしても不思議ではない。換言すれば「ロシアは、イランに兵器を売却し、原子力発電所を建設してやりながら、サウジに兵器を売却するのか?」という質問が、アブドラ国王から出されたとしても不思議ではない。
つまり、アブドラ国王は、「ロシアが、サウジと取引したいのであれば、イランとの関係を見直してもらいたい」程度の話はしたのではあるまいか。

 今回、ロシアが行なった「イランに建設中の原子力発電所の稼動時期並びに濃縮ウランの供給時期の延期通告」は、アブドラ国王に対するプーチンの回答とみなすことはできないか。

 プーチンのロシアは「国連安保理のイランに対する経済制裁」に部分的に参加するよう見せかけながら、その実、サウジとの親密な関係を築き、ロシア製兵器をサウジ等に売却する環境整備に腐心しているのではないか。
すなわち、プーチンのロシアは、アメリカとサウジの不協和状態を捉えて、貧乏国家イランから金持国家サウジに乗り換えようとしているといえる。ロシアがイラン開戦の情報操作を徹底して行っているのも、ロシアにとっては原油価格の上昇は自国の利益になる上に、イランにロシア製兵器を買わせるという思惑もあるからであろう。

北京政府については、原油を中東に依存している以上、イラン支持を続けると、サウジが「原油の輸出を止めるぞ」と脅すだけで、十分だろう。北京政府が、イランとサウジ、どちらを重視するか、言うまでも無い。

このように考えると、サウジは地域のリージョナルパワーとして、その購買力とエネルギー政策の両面で、イランやイスラエルに対して、圧力かけることができる立場にある。

事実、かっての、イラン-イラク戦争を最終的に停戦へもっていったのは、1988年のサウジの対イラン断交通知だ。イラン-イラク戦争後、GCC諸国の枠組みができ、アメリカ主導の安全保障体制が確立するのだが、今回も同じように、サウジが主導して、中東の安定化が図られ、英米はそれに追随するしかないのではと予測する。
今回も、下記、記事に見られるように、サウジがイランに圧力をかけている。

すなわち、孫子の言う、「上兵は謀を伐つ。其の次ぎは交を伐つ」を実行する上、でサウジの関与が絶対に必要なのだ。

 この流れは、日本で言えば、足利幕府衰退後、各地の守護が戦国大名化し、地域の覇権を目指した過程と、全く、重なる。

<参考>
------------引用--------------

サウジアラビアのサウド外相は米誌ニューズウィーク(電子版)が30日に掲示したインタビューで、 アブドラ国王がイランのアハマディネジャド大統領に対し、ウラン濃縮活動停止を求める米国の軍事的な圧力を軽視してはならないと警告していたことを明らかにした。

アハマディネジャド大統領は3月4日にサウジアラビアの首都リヤドでアブドラ国王と会談し、イスラム教シーア派とスンニ派の宗教対立の緊張緩和に努めることで合意した。

この際にアブドラ国王はアハマディネジャド大統領に対して、
「火遊びはしない方がいい。(米国によるイラン攻撃に関する)脅威が存在しないと考えるのではなく、 実際の明白な脅威と見なすべきだ」と忠告したという。

アブドラ国王はさらに、なぜウラン濃縮活動を今年行わなければならないのかとたたみかけ、 来年や5年後でもいいではないかと指摘し、イランが核開発を急ぐ理由を問い質したという。

また同国王はアハマディネジャド大統領に、「あなたはアラブの問題に干渉している」と述べ、 イランがイラクの宗派間対立を煽っているとの見方を示して嫌悪感を表明した。

サウド外相によると、アハマディネジャド大統領はこれに対し、イラクの内政に干渉していることを否定した。

しかし、アブドラ国王はなおも、「あなたが否定するかどうかにかかわらず、 このような状況はイランへの嫌悪感を生み出しており、やめるべきだ」と迫ったという。

同外相はまた、イランが英海軍兵士15人を拘束している問題について、 イランにとっては破滅的な事態だと述べた。

------------引用--------------

すでに、住宅ローンバブルもはじけ、アメリカ幕府の衰退は目を覆うばかりのものがある。
仮に、イラン戦争が避けられたとしても、それは一時的な安定でしかなく、私が数年前から予測していたように「世界戦国時代」突入は決定的だ。乱世、すなわち真に「軍師」が必要とされる時代に入ったといえようか。

日本政府も、ついに、サウジをはじめとする湾岸諸国と直接折衝する様だ。
アメリカ幕府衰退後の同盟の組み方として、湾岸諸国は絶対にはずせない重要性をもっている。

アメリカ幕府の衰退が確実になった時点で、「天領」である日本とサウジが直接接触する事の意義は、限りなく大きい。
そして、全ての背後には英国がいると考えられる。
東京ミッドタウンがオープンすると同時に、キッシンジャーやロスチャイルドが来日し、日本のインド洋戦略すなわち、シーパワー戦略が開始されたのは偶然ではない。

日本にとっての三度目の「インド洋の戦い」が幕を開けようとしている。今度は、失敗は許されない。

<参考>
------------引用--------------

2007/03/31-23:12 サウジなど5カ国で最終調整=安倍首相の中東歴訪、財界も同行-大型連休中

 政府は31日、安倍晋三首相が4月下旬から予定している中東諸国訪問について、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など5カ国とすることで最終調整に入った。首相は各国首脳と、混迷するイラク情勢やイランの核問題などをめぐり意見交換する。中東歴訪には日本経団連(御手洗冨士夫会長)による財界訪問団が同行することも固まった。政府関係者が明らかにした。
 首相は大型連休前の4月26、27両日に、就任後初めて訪米し、ブッシュ大統領と会談。米国から直接、中東に移動し、サウジアラビア、UAEに加えてカタール、クウェート、エジプトの計5カ国を訪れる。5月3日に帰国する。

------------引用--------------

以上
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コメント
この記事へのコメント
はっきり言いましょう
この問題について、日本は当事者ではありません。意思決定は別のところでされます。日本にできるのは条件闘争だけです。
築地市場移転が市場関係者や中央区や江東区の意思とは別のところで決定されるのと同じです。世界で最もセンシティブな問題です。表に出たらつぶされるので情報管理を徹底してるのです。
「どういう条件なら日本は合意できるか」を考えるのが現実的です。
2007/04/04(水) 07:34 | URL | 孔明 #-[ 編集]
藤田謙一については以下を参照

http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe400.html
2007/04/04(水) 07:39 | URL | 孔明 #-[ 編集]
ユダヤが日本に脱出する迄は
ハルマゲドンは起きないかも知れぬが
脱出後は米がイランの核放棄を疑う等して
矢張り攻撃は行われると考えて
良いのかどうかだが
2007/04/04(水) 09:04 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
初めまして。いつも楽しく拝読している一人です。

このままいくとイランでは戦争は起こらないということですよね?

サウジアラビアとイギリスのロスチャイルドがこれを仕切っているとして、このままドルの覇権が失墜。そうなると今後の基軸通貨はアメリカのドルに代わってイギリスのポンドになるということですか?

2007/04/04(水) 15:07 | URL | ガンジー #-[ 編集]
基軸通貨は円ドルポンドのバスケットVSユーロルーブル人民元バスケットの争いになります。鍵はGCCがどちらにつくかです。これがランドパワーVSシーパワーの最終戦争の結果を左右します

湾岸諸国、引き続き米ドルペッグ制にコミット=サウジ中銀総裁
 【メディナ(サウジアラビア) 3日 ロイター】 サウジアラビア通貨庁(中央銀行)のアルサヤリ総裁は3日、ペルシャ湾岸アラブ諸国は引き続き通貨の米ドルペッグ制にコミットしている、とした上で、2010年までに目指している域内通貨統合の実現に向けて「格別の努力」が必要、との認識を示した。地域中銀の総裁会合に出席する中、記者団に述べた。
 総裁は、通貨統合に参加予定の6カ国中、オマーンについては準備が整っていないと指摘。「2010年まで通貨統合を実現するには格別の努力が必要。ただ通貨統合による恩恵については参加各国の間で合意している」と語った。

2007/04/04 6:56
2007/04/04(水) 20:45 | URL | 孔明 #-[ 編集]
解放するようです
Iran 'to release British sailors'

Mahmoud Ahmadinejad awarded medals to Iranian commanders
Iranian President Mahmoud Ahmadinejad says 15 British naval personnel captured in the Gulf will be freed.
He repeated allegations that the British sailors and marines "invaded" Iranian waters, but said they would be freed as a "gift" to Britain.

He made the announcement at a news conference, in which he also awarded medals to the commanders who captured the British personnel in the Gulf.

He said the Britons would be released immediately and taken to an airport.

"They are free after this meeting and can go back to their families," Mr Ahmadinejad said.

The British government was not even brave enough to tell their people the truth

Mahmoud Ahmadinejad

"I'm asking Mr Blair to not put these 15 personnel on trial because they admitted they came to Iranian territorial water," he said, referring to taped "confessions" made by the British sailors and marines.

"I ask Mr Blair: Instead of occupying the other countries, I ask Mr Blair to think about the justice, to think about the truth and work for the British people not for himself."

Britain says the 15 were in Iraqi waters under a UN mandate when they were captured nearly two weeks ago. It says the confessions were extracted under duress.

"Unfortunately the British government was not even brave enough to tell their people the truth, that it made a mistake," Mr Ahmadinejad said.


2007/04/04(水) 23:01 | URL | 孔明 #-[ 編集]
英国の巧妙さ
  英国の兵士が拿捕されたのは、身柄返還交渉にかこつけてイラン調略を行うためだったのではないかとすら思えます。
  やはり、日本が組むべき相手は「対等の」イギリスですね。支配従属関係はもう懲り懲りです。

  しかし、通貨バスケットになったとして、FRBを操っている連中(ロックフェラー系金融機関)は黙っているのでしょうか?
2007/04/04(水) 23:23 | URL | ろろ #-[ 編集]
イギリスの中東での影響力が回復していきます。湾岸戦争以来、アメリカを中東から追い出すことで、イギリスとアラブは利害の一致があります。これが権謀術数です。その結果ドルは基軸通貨から引き摺り下ろされ、円ドルポンドのバスケットの一角になり徐々に立場を失います
2007/04/04(水) 23:26 | URL | 孔明 #-[ 編集]
>>円ドルポンドのバスケット
「円ドルポンドのバスケット」とは、

  南北アメリカ大陸=米ドル

  ヨーロッパ・アフリカ=ポンド

  アジア(とりあえず中国は除く)=円

  そして、上の通貨3つに、中東の石油決済通貨たるガルフ・コモン・カレンシーがリンクするということでしょうか?
  確かに、この三極+湾岸通貨であれば、過去2世紀の蹉跌を繰り返さずに済むかも知れません。
  19世紀(英ポンド=ロスチャイルド一極支配)は行きすぎた帝国主義と一次大戦を生み、20世紀(米ドル=ロックフェラー一極支配)は第二次大戦と冷戦、そして冷戦後、911後の荒涼たるグローバリゼーションを生みました。足の引っ張り合いがあれば、そのような事態は避けられるかもしれません。
  そして、我が国に国家意思を決定する誰か(例えば明治の元勲)がいない限り、ロスチャイルド一派にバスケットの一角たる円を乗っ取られてしまうことになるわけですね。ここでどうやって「条件闘争」に持ち込むのか・・・。
  日本の政治家に、できるでしょうか?
2007/04/05(木) 01:09 | URL | ろろ #-[ 編集]
なんか関係ありそうなニュース
ハリバートンは米国から逃げ去ってドバイへ本社を移転?
http://www.melma.com/backnumber_45206/

>戦争ビジネスは入札を伴わない業務も多く、言ってみれば
>米軍のあることろ、ハリバートンがあった。
>イラク戦争で、まっさきにバビロンに米軍駐在基地を
>構築したのもハリバートンだった。
>イラクでの契約は合計135億ドルにのぼる

  これほどの企業がドバイに移転することの意味も、こちらの記事を読むとよく分かりますね。やはり、ドルは基軸通貨の歴史が終わるということなのでしょう。
  ここ何ヶ月のめくるめく国際情勢も、後から見ればきっと歴史の転換点だったということになるのでしょうか・・・。
2007/04/05(木) 06:46 | URL | ろろ #-[ 編集]
英もイラン戦争には参戦しないと言う
発言が可也前に有った訳だろうし
ロスチャイルドがブレアを利用して
米をイラク戦争に引き込み
イランも攻撃せざる負えなくしたと言う事かも知れぬが
捕虜釈放で英が参戦する理由は低下したかも知れぬし
米とイランだけで
ハルマゲドンと言う事に成るのだろか
(ユダヤが日本に逃げる前にハルマゲドンは起きないだろうが
 遅く共大統領選迄にはハルマゲドンは
 共和党は起こすと言う事かも知れぬが)
2007/04/05(木) 09:26 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
ドルポンド円の通貨バスケット制+GCCをリンクさせた基軸通貨ということですが、その際どういった算定方法で各国通貨の比重を決めるのでしょうか?
2007/04/05(木) 11:25 | URL | ガンジー #-[ 編集]
サウジがロシアから武器を買い続ける事と引き換えに
ロシアが北方領土を日本に与えて
其処にイスラエルのユダヤを移動させる事で
イランは核開発放棄と言う方向に
安部訪問時に上手く
成るのかどうかだが
2007/04/05(木) 15:20 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
>ロシアが北方領土を日本に与えて
>其処にイスラエルのユダヤを移動させる事で

日本にメリットがあると感じられないんだけど、
何故、日本が応援しないとならんのだろうね?
2007/04/05(木) 18:59 | URL | しろうと #0KWvDrkQ[ 編集]
ビロビジャン計画
1930年代に当時のソ連がユダヤ自治州を実際に作っていたことを知りました。ハバロフスクに隣接した地区です。はじめのうち殺到したユダヤ人は結局気候、風土に適せず大部分がこの地区を離れたもようです。後にスターリンによる弾圧を受け、満州と国境を接したオトポールから難民として救出されたこれらユダヤ人を救ったのが樋口季一郎だそうです。

<「ビロビジャン計画」は都市生活者であるユダヤ人を農民に変えようとするものでもあったが、ロシアに住むユダヤ人の大多数は受けいれず、結局、予定されたユダヤ人口に達しないまま、この計画は頓挫してしまった。フルシチョフは後に、このプランが御破算になった原因として、ユダヤ人は農耕に適さず、集団生活を厭う個人主義者ばかりだからだ、と言った。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hb/a6fhb100.html#03

ふぐ計画において、ユダヤ人の一部からもこの計画に反発する者がいたことも計画の頓挫した原因のようですね。
2007/04/06(金) 11:39 | URL | m2 #-[ 編集]
多様なユダヤ人
ユダヤ人の本質を知るために役立つコラムです。ユダヤ人といえばシオニストと思っていましたが、一括りにはできないのですね。日本国憲法がユダヤ人により作られたユダヤ思想をベースにしたものであったとは驚きました。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe801.html
2007/04/06(金) 15:49 | URL | m2 #-[ 編集]
アシュケナージとスファラディーは仲が悪いと言うし
ロスチャイルド及びスファラディーだけ日本に逃げて
イスラエルのアシュケナージは
ハルマゲドンで消されると言う様な
可能性は無いのかどうかだが
(矢張り来年末迄に700万受け入れ等は非現実的かも知れぬが
 スファラディーなら300万程度だったかも知れぬが
 スファラディーだけ日本に行くと言う事で
 イランは核放棄するのかどうかだが
 ユダヤは全部移動すると言う事にして
 スファラディーだけ先に逃した後
 ハルマゲドンと言う可能性も有るのだろうか)
2007/04/06(金) 16:09 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
仏に居たギィ・ロスチャイルドが
先に日本に居ると言うのは
移民強硬派のサルコジ当選後に
イスラムや反ユダヤ主義者のテロでも
起きると考えたのだろうか
2007/04/06(金) 16:33 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
黙示録には確か偽のユダヤが
滅ぼされると言う様な記述が
有ったかも知れぬし
スファラディーは此れを信じて
ハルマゲドンを起こし
米やイスラエル等の
アシュケナージを滅ぼそうとしていると言う
可能性も有る訳だろうが
スファラディーも所詮純血種では無いだろうが
アシュケナージとは違い
縄文人=シュメール人の血が入っているので
残る資格は有ると考えて居る訳だろうか
2007/04/06(金) 22:57 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
http://blog.goo.ne.jp/n_ishii517/e/562c7dbc6035e286a6b1f039590e8256

アミシャブも諏訪に入ったそうです
2007/04/07(土) 06:07 | URL | 孔明 #-[ 編集]
まあしかしスファラディーも
日本人とスファラディー以外の抹殺を企んで居るのかだが

アシュケナージは
スファラディーや日本人に逆らう恐れが有り
能力も高いので
ハルマゲドンで抹殺するが
他の人種は米中露等の危険なトップを潰した後は
日本文化と同質化させると言う
事かも知れぬし
攻殻の様に何れサイボーグ化が素進めば人種的な差異は
意味を成さなく成る訳だろうか
2007/04/07(土) 10:41 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
>アミシャブも諏訪に入ったそうです

まあ既に調査の結論は出ており
彼等の調査はマスコミ向けのパフォーマンスと言う事は
無いのかだが
2007/04/07(土) 10:46 | URL | 某研究者 #n08XGfOg[ 編集]
2007/04/07(土) 12:15 | URL | 孔明 #-[ 編集]
イスラエルってアシュケナジーしか上層に行けないんですよね。

ロスチャイルドとイスラエルの関わりはどうなんでしょう。イギリスの中東戦略が下地になっているなら、ロスチャイルドが絡まないわけがないのですが…ロスチャイルドは出自からしても、完全にスファラディーです。

やはり、ユダヤ教徒同士で連携しているのでしょうか。そうだとしたら米国ユダヤ(ロックフェラー側)が日本企業にTOB買収攻勢をしかけているのもわかります。
2007/04/07(土) 21:41 | URL | ろろ #-[ 編集]
世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL148
                          
                           江田島孔明
孫子・謀攻篇
勝を知るに五あり。戦うべきと戦うべかざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下の欲を同じくする者は勝つ。虞を以て不虞を待つ者は勝つ。将の能にして君の御せざる者は勝つ。此の五者は勝を知るの道なり。
故に曰わく、彼れを知り己れを知れば、百戦しても殆うからず。彼れを知らずして己れを知れば、一戦一負す。彼れを知らず己れを知らざれば、戦う毎に必ず殆うし。

ロシアの情報機関が流した「4月6日対イラン開戦説」がガセネタと判明した。このような情報操作に引っかかってしまう手合いが多数いることに、暗澹たる気持ちにさせられる。
情報操作のプロにすれば、日本人を引っ掛けることなど、赤子の手をひねるようなものであろう。
しかし、開戦説の真の狙いは、ロシアの利益に沿った「原油価格の釣り上げ」にある。つまり、真に引っ掛ける対象はアラブ諸国と原油マーケットだ。アラブ諸国は国際的情報網をもたず、分析力も有していないため、常にこのような情報操作に引っかかる。
今回の開戦説で、ロシア情報機関は世界に対して大恥をかいたと同時に、湾岸諸国の信用を失い、結果としてロシアの影響力は、大きく減退するであろう。私には、むしろ、全て、国際金融資本がイスラエルを使って開戦説をロシアに流し、ロシアを引っ掛けるためにディスインフォーメーションを行ったようにしか見えない。
情報操作については、国際金融資本に一日の長がある。そして、現時点で、ランドパワーとシーパワーの情報力は、エシュロンを運用しているシーパワーが圧倒的に有利だ。情報の優位は、孫子を引用するまでもなく、「戦略の決定的重要条件」だ。情報で敗れると、戦略そのものを失う。
今回は、中東情勢を多面的に検討する観点から、英国の視点で考えてみたい。 
まず、米英は二度の世界大戦を通じて、同盟関係にあったとされる。確かに、それは、そのとおりだ。欧州戦線において、英国は米国の支援抜きにしてはドイツに対抗できなかった。冷戦期においても、ソ連に対抗するのに、英国は、米国を必要とした。
米国の立場で考えれば、米国が大西洋の制海権を握り、欧州への影響力を行使し、ランドパワーの大西洋進出を阻止する上で、英国に基地を保有し、同盟関係にあることは必要条件だ。
つまり、大西洋の支配と欧州ランドパワーの大西洋進出阻止に関して、英米は完全に利害の一致がある。これは、太平洋における日米関係と全く同じ戦略条件といえる。
しかし、ここで注意しなければいけないのは、中東の支配について、英米両国の利害は完全に対立しているということだ。
これは、中東の油田を巡る、第二次世界大戦後の英米両国の争奪戦と、結果として、スエズ動乱から英国の敗退という歴史的経緯を見ることで、理解できる。この、シーパワー同士の中東を、巡る死闘とは、つまるところ、ロイヤルダッチシェルVSエクソンすなわちロスチャイルドVSロックフェラーという、国際金融資本の闘争と置き換え、理解する事ができる。
シーパワーの世界戦略を理解する上で重要な点は、「世界情勢を財閥間の闘争と見る」ことだ。財閥という言葉が古ければ、「企業グループ」、もしくは「企業間の連携」と言い換えてもよい。世界の有力な財閥は激しい戦いを繰り広げており、それが国際情勢の実態をなしている。そして、財閥はそれぞれに支持する政治家を擁立している。その政治家たちが展開するのが国内政治・国際政治である。つまり、政治という現象の背後にある実態を見たいと思うならば、財閥間の激闘に目を向けるべきなのだ。経済が政治を支配する、という鉄則である。
さらに、この有力財閥が、国境を越えてさまざまに合従連衡する。大事なのはこの合従連衡の力学を把握することだ。
この《ロックフェラー 対 ロスチャイルド》の宿命の対決が分からないと、国際情勢の分析の予測もまったく的はずれなものとなってしまう。
ロックフェラー財閥もロスチャイルド財閥も、それぞれに力のある米英の有力財閥である。しかし、単一の司令中枢が世界をコントロールするというほど強力ではないし、世界はそれほど単純ではない。そんなことは健全な常識を働かせてみれば、よくわかるだろう。
ロックフェラー財閥が代表しているのは、米国の「保守本流」系の財閥である。「保守本流」とは、人種・宗教的な観点からいえば、いわゆる「WASP」的な財閥といってもいい。
「WASP」とは、ご存じの方も多いと思うが、W[白人]White であってAS[アングロ・サクソン系]Angro-Saxon のP[新教徒=プロテスタント]Protestant という意味だ。「アングロ・サクソン系」とは、ここでは「イギリス直系」の意味と理解しておいていいだろう。つまりWASPとは、イギリスから植民地米国へ移民してきて、今日の米国の基礎をつくった人々の直系の子孫というわけだ。
ところが、WASPというのは、たとえばブッシュ大統領が典型的な人物だったが、その数は少ない。そこでWASPという言葉をすこし拡大解釈して、「WASP的な質実剛健な価値観を持つ人々」と定義してみる。
このような米国の保守本流の財界で最も力があり、かつ著名な財閥がロックフェラー財閥である。ロックフェラー家の出身は南ドイツで、一族のなかではプロテスタントの一派のバプテスト(洗礼派)が最も多い。つまり厳密にはWASPではない。しかし、ドイツ系だがユダヤ人ではなく、プロテスタントであり、カトリックでもない。今日においては米国の「WASP的」なる財閥の代表選手がロックフェラー財閥なのである。
このロックフェラーに代表される「米国財界保守本流」と、世界各地で、そして産業各分野で最も先鋭に対立しているのが、ユダヤ系ロスチャイルド財閥なのである。
ロスチャイルドは、もともとはドイツのフランクフルト出身の大ユダヤ財閥で、その子供たちが英独仏などヨーロッパ各地にネットワークを広げて勢力を大いに誇示したが、今は、イギリスのロスチャイルド家が最も力が強い。英NMロスチャイルド銀行が、財閥の中心的存在となっている。
 ロックフェラー財閥の中核であったスタンダード石油が分割されてできたのが、エクソンやモービルである。特にエクソンは、メジャー中のメジャーで、世界一の石油企業。今日もロックフェラー財閥の中心的な存在である。
これに対して、オランダの「ロイヤル・ダッチ石油会社」とイギリスの「シェル石油会社」を、ロスチャイルドが音頭をとって合併させたのが、「ロイヤル・ダッチ・シェル」である。 
このイギリス=オランダ連合のロイヤル・ダッチ・シェルの子会社的存在が、英国のブリティッシュ・ペトロリアム(英国石油:略称BP)だ。ロスチャイルド系のロイヤル・ダッチ・シェル(以下シェルと略称)とロックフェラー系のエクソンは、石油・エネルギー業界の両横綱として、世界のエネルギー利権を争奪してきた、不倶戴天のライバルである。
このイギリス=オランダをつなぐ、「ロイヤル・ダッチ・シェル」連合と、米財界の雄「スタンダード石油」(エクソンの前身)は、1920年代から、世界中で、エネルギー利権の激烈な争奪合戦を繰り広げてきた。かつてのオランダとイギリスの植民地主義の遺産をがっちり守り抜こうとするロイヤル・ダッチ・シェル連合と、新興米国の国力を背景にこれを急追するスタンダード石油とは、当時世界最大だったバクー油田を、革命直後のロシアで取り合うなど、その戦いは中東でも中南米でもアジアでも激しく展開された。
もともと、ロイヤル・ダッチ社とシェル社は別会社であった。ロスチャイルド財閥は、革命前のロシアのバクー油田の利権を持っており、ロスチャイルド財閥がシェル社の極東部門に石油を供給していた。その後しばらくの間、極東アジアにおいては、ロイヤル・ダッチ社とシェル社はライバル関係にある。
しかし、ここに米ロックフェラー財閥のスタンダード石油(現エクソン)という強烈な敵が出現する。そこで、ロスチャイルド財閥が仲介して、ロイヤル・ダッチ社とシェル杜に反スタンダード石油の同盟を組ませた。そのとき設立されたアジア石油会社の株は、ロイヤル・ダッチ社、シェル社、そしてロスチャイルド財閥にそれぞれ三等分され、また取締役会の席も三者に二席ずつ配分された。これが現在のロイヤル・ダッチ・シェル社の出発点である。同社をロスチャイルド財閥の一員と呼ぶゆえんはここにある。 
また、この頃から、ロックフェラー財閥の中枢、スタンダード石油は、「すでに国内の主要油田はすべて発見された。今後は外国での新油田発見だ」との自覚のもとに、米国外での石油利権の新規獲得のために、本格的に乗り出してくる。そして、ロイヤル・ダッチ=シェル連合と世界中で衝突を繰り返すのである。
一九一九年二月に、イギリス植民地の高官であったアーサー・ハーツエル卿は、同僚につぎのように警告した。
 「スタンダードオイル(米)がイラクを手に入れることを切望していることに留意しなければなりません」(ピーター・スルグレット著『イラクのなかのイギリス』)
 米国は、この地域におけるイギリスやフランスの支配に直面して、当初、「門戸開放政策」を要求した。すなわち、イギリスによってイラクの王座にすえられたファイサル国王の傀儡(かいらい)政権にたいして、米国の石油会社が自由に契約をとりきめることができるようにせよ、ということだ。
 イラクをめぐる戦勝国内部の矛盾の解決策は、イラクの石油を分割することだった。米国は第一次世界大戦での役割への報酬としてイラクの石油の一部を確保した。

 イラクの石油は五つに分割された。イギリス、フランス、オランダ、米国が二三・七五%ずつ分割し、のこりの五%が石油王カロステ・グルベンキアンへと流れた。イラク石油のうち、イラクに帰属したのはまったくのゼロ%だった。そうした状態は一九五八年までつづくのだが、それはどのような状況だったのだろうか。

 一九二七年には主要な石油探索がおこなわれ、モスル州で巨大な石油埋蔵が発見された。二年後、アングロ・イラニアン(現BP)、シェル、モービル、スタンダード・オイル・オブ・ニュージャージー(エクソン)などで構成される「イラク・ペトロリアム・カンパニー」が設立され、イラクにおける石油生産をすべて独占した。

 おなじ時期、アル・サウド家は、ワシントンの援助で近隣のアラビア半島のおおくを征服した。サウジアラビアは米国の新植民地として一九三〇年代にうまれた。サウジアラビアの首都であるリヤドにある米国大使館はアラムコ(アラブ・米国ン・オイル)という企業の建物のなかにつくられた。

 しかし、米国の石油会社とワシントン政府はこれでも満足しなかった。かれらは、ちょうど西半球の石油備蓄のほぼすべてを独占していたように、中東の石油の完全な支配をのぞんだ。それは、当時までこの地域の勝者であったイギリスに、米国がなりかわることを意味した。

 ノルマンディー上陸作戦の三カ月前の一九四四年三月四日、イギリスのウィンストン・チャーチル首相が、米国のフランクリン・ルーズベルト大統領のもとへ送った手紙は、その帝国主義的な内容の面でも、また敵対的な調子においても異常なものだった。

 「イランおよびイラクにおけるわれわれの油田にたいして、あなた方が『ひつじの目』(ねたましそうに見ること)をお持ちでないことを保証していただいていることに感謝します。そのかわり、私たちがサウジアラビアにおけるあなた方の権益や財産に角を突きつける考えを持っていないという最も十分な保証をいたします。このことについての私の立場は、すべての問題において、イギリスは戦争の結果として、何らかの利点や領土的要求をはじめ何らかのものをもとめないということであります。他方で、わが国は、わが国に属するものはいかなるものも奪われることはないでしょう。あなた方の謙遜な使用人が、わが国の業務を託される限りは」(コルコ著『戦争の政治』)

 この記録が明確に示すことは、米国が、イギリスの重要な新植民地であったイランとイラクを奪取することを渇望していたということだ。チャーチルのこけおどしにもかかわらず、増大する米国の力をおさえるために、イギリスができることは何もなかった。
 
つまり、第二次世界大戦の世界史的意味とは、「英国中東利権の米国による奪取」なのだ。 

 しかし、一九五八年七月一四日、イラクは強力な社会的爆発によってゆり動かされた。軍部の反乱は国全体にわたる革命へ発展した。 
 アイゼンハワー大統領は、「朝鮮戦争以来のもっとも重大な危機」だと叫び、イラク革命の翌日、二万人の米国海兵隊がレバノンに上陸しはじめた。その翌日、六六〇〇人のイギリスの落下傘部隊がヨルダンに飛来した。

 これは、「アイゼンハワー・ドクトリン」として知られる政策の具体化だった。すなわち、米国は世界戦略上、死活の利益をもつ中東における革命の広がりを阻止するために、直接的な介入、すなわち戦争を行うということだ。

 しかしアイゼンハワーと、その将軍および大国主義的な国務長官ジョン・フォスター・ダレスは他の狙いを胸の中に秘めていた。それは、イラクを侵略し、革命をくつがえし、新たな傀儡(かいらい)政権をバグダッドに設立することだった。ただ、ワシントンは、次の三つの要因によって、この一九五八年の計画を放棄せざるを得なかった。
 1.イラク革命が徹底した特徴をもっていたこと
 2.イラクに隣接するアラブ連合共和国が、もし帝国主義が侵入することがあれば、帝国主義と軍事的にたたかうであろうと発表したこと
 3.中華人民共和国やソ連が、革命にたいして確固として支援したこと。ソ連は、イラクに隣接する南部の諸共和国の軍隊を動員しはじめた。

 これらの要因が重なって、米国はイラクの革命を受け入れざるを得なかった。第三次世界大戦の可能性があったのだ。しかし、ワシントンは、実際にイラクの損失に甘んじなかった。

 一九八〇年代には、米国はイランと戦争させるために、イラクにたいして資金を提供し、軍事援助をおこなった。イランへの米国の支配が、一九七九年のイスラム革命によって終焉させられたからだ。
 しかしながら、イラン-イラク戦争における米国の本当の目標は、勢力均衡の観点から、両方の国を争わせることだった。前国務長官ヘンリー・キッシンジャーは、戦争に関する実際の米国の姿勢について、「私は、彼らが互いに殺しあうことを望みます」と述べている。逆説的ながら、この時期、中東は安定していた。
第1次世界大戦には第2次世界大戦という続きがあったように、中東におけるイスラエル独立戦争は、次なる戦争を引き起こすものであったのだ。終わった戦争による被害は巨大であったが、そこで提起された問題は何一つ解決せずに積み残されていた。イスラエルという国家の誕生は、パレスチナ難民による周辺アラブ諸国の連合だけではなく、従軍した将兵たちにとっては自国の体制に対する不満が蓄積し、中東各国のナショナリズムを引き起こすきっかけともなっていった。
 第2次中東戦争はエジプトに対するイスラエルと英仏連合軍による侵攻という形であらわれたのであるが、どのような原因によって新たな戦争が起こったのか、その前提となる背景について述べてみよう。
 第1次中東戦争当時(1948年)のエジプトは独立国家で、国王が支配者であった。しかしながら総人口の0,5%が国民所得の50%を手にするような、社会格差の大変激しい状態であった。さらには独立国家と言いながらも、行政の主導権は駐在イギリス大使が握っていた。そのような中、1952年7月23日にナセル中佐(彼は第1次中東戦争に従軍し、補給体制の貧弱さと、支給兵器の欠陥ぶりを実感していた。)率いる自由将校団により無血クーデターが起こった。翌53年6月に王制を廃止、ネギブ将軍が首相兼臨時大統領となり、ナセルは副首相兼内相となった。しかし翌年、旧支配者層との関係を強めたネギブはナセルを暗殺しようとするが失敗、ナセルがエジプト共和国初代大統領となったのだった。
 大統領となったナセルは、スエズ運河に8万の兵を駐留している旧宗主国イギリスの影響力を殺ぎ落とすことに取り掛かった。またイスラエルへの対抗上兵力増強を図ろうとして西側諸国に働きかけた武器輸出への働きかけが断られたことが、ナセルをソ連へ接近させた。ソ連製兵器の供与を見た西側はアスワンハイダムへの融資停止による圧力をかけたが、1956年7月26日、エジプトはスエズ運河の国有化という対抗措置に出た。今まで英仏が株式を保有する会社に渡っていた利権を、エジプトが引き継ごうというものであった。
 それに対し英仏は激怒した。当時において、スエズ運河は航海から地中海へと向かう西欧向け石油の7割が通過していたのだ。両国はスエズ運河の国際管理を目指していたので、ナセルの決定はまったく受けいれることができなかった。外交的手段による解決ができなければ、軍事的手段を用いるしかない、戦争である。
 ここで外交の論理が顔を出す。「敵の敵は味方」の論理である。イスラエルはアカバ湾にエイラート港を持っていた。ここからイスラエルはインド洋へ出ることができたのだが、ナセルはチラン海峡の封鎖を発表しその出口をふさいでしまったのだ。スエズ運河の支配権を取り戻したいイギリスとフランス、チラン海峡の封鎖を解除したいイスラエル、両者の利益は一致し、戦争への準備が始められた。そしてシナリオが出来上がった。イスラエルがシナイ半島に侵攻し、エジプトと交戦状態に入る。そこでスエズ運河の安全確保を名目として英仏両国がスエズ運河を占領する。その後に国連決議であれなんであれ、スエズ運河の実効支配とチラン海峡の自由航行を確保するのだ。
 英仏連合軍は10万に上る兵力を用意し、イスラエルはフランスから76ミリ長砲身装備のAMX-13などを手にし機甲戦力を増強させていった。イスラエルは国家規模が小さいため大規模な現役兵力を有することができず、12個あった旅団のうち9個を予備役としていたが、この戦争のために10個旅団を準備した。攻撃開始は56年10月29日、第2次中東戦争がはじまった。またの名をスエズ動乱という。
 イスラエルからエジプトにいたるシナイ半島には4つのルートがあった。中でも国境の要衝であるウムカテフには第38師団(第4歩兵旅団、第10歩兵旅団、第7機甲旅団、第37機械化旅団)が、ガザ回廊の付け根にあったラファ陣地には第77師団(第1ゴラニ旅団、第11歩兵旅団、第27機甲旅団)が投入され、ミトラ街道を制するミトラ峠(シナイ半島の結節点)では第202空挺旅団が攻略に当たった。
 ウムカテフの攻撃には一個大隊分の戦車しか持たない第37機械化旅団が支援兵力として当てられた。戦局がイスラエル優位となり孤立する中でも同地はエジプト軍が保持していた。その激戦は、旅団長サムエル・ゴリンダ大佐の戦死という状況からも見て取ることができる。11月2日にエジプト軍が放棄するまで、ウムカテフの戦闘は続いた。
 ラファ陣地はエジプト軍5個大隊が多数の円陣方式の陣地を縦深に配置し、地雷原に守られた強固な陣地であった。第27機甲旅団を擁する第77師団は、海空からの準備攻撃(海から仏戦艦「ジョルジュ・レイグ」の艦砲射撃、空からはイスラエルK空軍のB-17による爆撃)の後、歩兵旅団による突入を開始した。戦闘は夜間に行われたが、エジプト軍の果敢な反撃によりイスラエル軍の攻撃は頓挫しかけた。しかしながら工兵部隊が大損害出しながらも地雷原を開拓し、夜明けとともに第27機甲旅団がそこからなだれ込むことで、激戦の末に陣地を占領することができた。 
 第202空挺旅団はガザ地区のパレスチナ人ゲリラ報復を担任していた第101特殊コマンドが基幹となって編成された部隊で、後に首相となったアリエル・シャロン大佐が指揮を取っていた。旅団に与えられた任務は同地の封鎖であり、積極的な攻勢任務は含まれていなかった。ところがシャロンは独断で周囲のエジプト軍陣地を攻撃し多数の被害を被った。これは参謀総長モシェ・ダヤン(隻眼でコマンド出身)を激怒させたが、任務は達成されたのだった。
 事前の打ち合わせ通り、イギリスとフランスは、エジプトに両軍のスエズ運河駐留を求めたがナセルは拒絶した。10月31日にエジプト各地への空爆を開始した両国に対し、ナセルはスエズ運河へ船舶を沈め、運河閉鎖を命じることで応えた。英仏は運河への上陸を開始しようとしたが、問題が起こった。米国の反対である。
 米国大統領アイゼンハワーは、同時期に起こっていたハンガリー動乱を注視していた。民衆デモは政府の手におえなくなりソ連軍による武力弾圧が行われていた。世界の目がスエズに向けられていた時に、ソビエトは自国の権益を軍隊で守った。英仏も同じ手段で自国の権益を守ろうとしていた。米国の支援を受けられないことを悟った英仏は国連の停戦決議を受諾、スエズ侵攻は失敗した。
 イスラエルも停戦に合意し、戦争は停止した。国連停戦監視団と入れ替わりイスラエルは撤退していったが、最後に残ったチラン海峡の入り口に当たるシナイ半島南端のシャルム・エル・シェク港から撤退したのは、翌57年3月8日であった。
 第2次中東戦争は終わった。エジプトは多くの兵力を失ったがスエズ運河の支配権を確立することができた。イスラエルはエジプト軍からの捕獲品(最新鋭のミグ15ジェット戦闘機やT-34/86中戦車、スターリン3型重戦車、他多くの補給物資)を得るとともに、実戦経験と、戦車の有効性を認識させることとなった。参謀総長モシェ・ダヤンなどはそれまでの態度を一変させ、熱心な戦車の支援者となった。実戦経験を加味して部隊運用も変更された。従来17両であった戦車中隊の定数を11両とするなどの効率化も図られることとなったのであった。
 戦争が政治の延長であることから考えると、エジプト及びイスラエルは政治的勝利を収めたといえる。一方イギリス・フランス両国は、損害こそ大きくなかったものの、所定の目的を達することができなかった。政治的な”負け戦”であった。中東における両国の影響力は決定的に衰え、変わって米国、ソ連といった超大国が中東問題に大きくかかわることになったのである。
このように、西アジアでは、第2次中東戦争後、イギリス・フランス勢力が後退する中で、米国が中東問題に積極的に介入するようになった。
米国は一九五〇年の朝鮮戦争を機にトルコをギリシャとともにNATOに加盟させ、一九五一年中東における反共防衛体制作りに着手、スエズ運河の英軍基地を使用する中東防衛機構(MEDO)構想を発表(エジプトの反対で流産)、一九五五年、トルコ、イラク、パキスタン、イラン、英国、米国が参加するバグダッド条約を結成。一九五七年には、アイゼンハワー・ドクトリンを発表して国際共産主義の侵略から中東を守るため、軍事介入および膨大な経済・軍事援助を提供する用意があると宣言した。そして一九五八年のイラク革命後、バグダッド条約を改組して中央条約機構(CENTO)を発足させた。
 これに対しソ連の中東進出は一九六七年の第三次中東戦争後、活発化し、イスラエルに大敗北したアラブ諸国に対し、軍事力の再建を積極的に手助けし、エジプト、シリアへの武器供給を推進、軍事顧問を多数送り込むとともに、南イエメンと軍事技術協定を締結するなど、アラブ諸国へのソ連のプレゼンスが拡大された。この一方で、イスラエルとは他の東欧諸国とともに外交関係を断絶しており、イスラエルを支持する米国とアラブを支持するソ連という国際・リージョナル・システムの対決構造ができあがった。このように、中東もほかの地域と同様、国際・リージョナル・システムが米ソ二極体制下に置かれたので、域内のアクターは対外戦略を柔軟に展開し、中東をめぐる米ソの覇権争いを利用しながらアラブ・イスラエルのパワーバランスを自陣営に有利に作用させ、多額の援助を取り付けて自国の政治、経済、社会発展に役立てるようそれぞれの国益を追求できる自由裁量権が残されていた。
このように、米国が中東での影響力を増大させていく中で、旧植民地利権に基礎をおくシェルは、超大国として登場した米国の力をバックとするエクソンに追い上げられる。
 戦後の中東情勢を概観するに、まさに、英国の撤退と米国の影響力拡大は表裏の関係といえる。
これは、英国の立場で考えれば、失った旧領回復のインセンティブを強くもつことを意味する。そのように考えると、イラク戦争は実は、米国を中東での自滅的戦争に介入させ、そして中東から撤退させるという謀略なのではないかと考えられる。つまり、イラク戦争のパターンは過去の、ナチスドイツのソ連侵攻や大日本帝国のシナ事変介入と同じ、国際金融資本のお家芸としての、「漁夫の利」を得るための「二虎競食」の高等戦術とはいえないだろうか。
はっきり言って、ロスチャイルドとロックフェラーの深層部分における対立や協業がどのように行われているか、わからない為、あくまで仮説である。
しかし、イスラエルの代理人であるネオコンがアメリカをイラク戦争に引き釣り込み、泥沼化すると、ロスチャイルドの影響の強い民主党が撤退を決議するという、究極のマッチポンプとしての国際金融資本のいつもの手口が見えてくる。ネオコンに加担して、ブッシュやブレアは用済みとして、切られるのも、いつものパターンだ。
すなわち、国際金融資本の基本的ポジションは常に、「漁夫の利」を狙うという事であり、かつ、「遠くの戦争は買い」ということだ。つまり、戦後の中東情勢を英米対立すなわち、ロスチャイルドとロックフェラーの死闘と考えると、イラク戦争は「ロスチャイルドのロックフェラーへの意趣返し」と考えられる。背景として、90年代のバブル崩壊により、アメリカが国際金融資本にとって、旨みの無い国になったということが挙げられる。アメリカで利益を吸い尽くしたので、次は日本というわけだ。そのまえに、賭場を店終いする意味で、イラク戦争の大博打を打ったのだろう。
この仮説が正しいのなら、今後の中東情勢はロスチャイルドとサウジアラビアを中心に考えるべきだ。サウジは英国や米国が任命した、中東第一の「守護」であるが、アメリカ幕府の衰退により、自前で戦国大名化し、領国を維持する必要に駆られている。湾岸戦争以降の、国内への米軍駐留から反米感情や貧富の格差の高まりにより、そうしなければ、まさに、「下克上」がおきるのだ。
ここで、サウジと英国は、「米国の追い出し」という点に関して、利害の一致があることがわかる。サウジは原油と資金を、英国は情報とネットワークをそれぞれ提供できる。
つまり、相互補完関係にあるのだ。唯一の問題は軍事力だ。軍事力の点では、米国抜きの戦略は考えられない。それぐらい、米国の軍事力は隔絶している。
米国民主党は、もともと親英、親シオニストなので、次回大統領選で政権を獲得すると、ロスチャイルドの意思を忠実に体現して動くだろう。そうすると、いよいよ、中東情勢は英国が主導していくことになると予想する。5月に開かれるイラク安定化会議において、英国とサウジがどのようなイニシアティブをとるか、そこが重要なターニングポイントになる。
より広い見方をすれば、ミュンヘン会談以降、単独で国際政治の主導権を握った事がない英国が、その立場を回復できるかどうかの試金石となる。英国は、日本に協力を求めてくるであろう。まさに、水面下での日英同盟の復活だ。正確には、アメリカを完全に切ることはできないので、日米安保を日米英三国同盟にするということだ。先般行われた、日豪の「安全保障協力に関する日豪共同宣言」http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/australia/visit/0703_ks.html
はこの文脈で考える必要がある。全てのシナリオの背後には、英国、すなわち、ロスチャイルドがいる。
イラク情勢の究極の落としどころは、以前書いた「イラクの東西分割」による、均衡戦略、すなわち、欧州の冷戦方式となるであろう。
湾岸諸国のドル離れが叫ばれていたが、その可能性はひとまずさったようだ。背景として、相当強力な情報操作と圧力がサウジに対してあったのだろう。サウジに安全保障上の危機を感じさせる事ができれば、湾岸諸国は米軍を必要とする。そして、その限りにおいて、ドルも安泰だ。しかし、今後は、ドル単独での基軸通貨維持は無理であろう。シーパワー連合は、円ドルポンドの通貨バスケットをつくり、それに湾岸諸国がペッグするというような形になるのではなかろうか。要するに、湾岸諸国がランドパワーを選ぶか、シーパワーを選ぶかで、世界の運命は大きく変わってくるのだ。今回のイランイラン戦争情報操作で、湾岸諸国は、どの国が正しいのか、見極めた事であろう。
ロシアの情報機関は大きく外したため、湾岸諸国や世界における権威や影響力失墜は免れない。湾岸諸国が私の分析を評価する事があるとすれば、極めて光栄だ。
<参考>
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http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2007040600643
2007/04/06-16:21 G7に産油国代表が参加へ=「オイルマネー」で意見交換
 13日にワシントンで開かれる先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)に、サウジアラビアなどの産油国の代表が参加することが6日、明らかになった。産油国代表はG7討議終了後の夕食会に合流し、G7各国代表らと世界の金融市場に還流するオイルマネーなどについて意見交換する予定だ。
 最近のG7では、その時々の国際情勢を踏まえて、新興市場国など先進7カ国以外の国や地域の代表を招いて個別問題について意見交換を行っている。今回参加するのは、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)、ロシアの3カ国。産油国との意見交換は昨年開かれたワシントンG7以来1年ぶりとなる。
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http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/2007-04-04T065635Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-253914-1.html
湾岸諸国、引き続き米ドルペッグ制にコミット=サウジ中銀総裁
 【メディナ(サウジアラビア) 3日 ロイター】 サウジアラビア通貨庁(中央銀行)のアルサヤリ総裁は3日、ペルシャ湾岸アラブ諸国は引き続き通貨の米ドルペッグ制にコミットしている、とした上で、2010年までに目指している域内通貨統合の実現に向けて「格別の努力」が必要、との認識を示した。地域中銀の総裁会合に出席する中、記者団に述べた。
 総裁は、通貨統合に参加予定の6カ国中、オマーンについては準備が整っていないと指摘。「2010年まで通貨統合を実現するには格別の努力が必要。ただ通貨統合による恩恵については参加各国の間で合意している」と語った。
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http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls132.html
1914年から1945年にわたって戦われた二度の世界大戦についても、主要な戦場であった欧州大陸は荒廃を極め、いわゆる鉄のカーテンを挟んだ東西欧州の分断とNATOとワルシャワ条約の両陣営による冷戦がもたらされた。

 いかがであろうか。この欧州大陸における、17世紀前半と20世紀前半にそれぞれ戦われた「30年戦争」の歴史的推移と結末には相似性が見られる。

 私の国際情勢の分析手法は、各国の機密文書や機密情報、いわゆる一次情報に頼るものではなく、歴史のパターンや法則から、その傾向と結末を予測するというものだ。このような観点から、欧州大陸で繰り返された闘争の歴史と結末は、今後の中東情勢を読み解く上でも、参考になるだろう。


 まず、隣接するランドパワー同士が、何らかの妥協点に達し、相互の尊重という合意点に達するまで、相当の期間の闘争を経験しないとなしえないことは、欧州の歴史が証明している。
 欧州では、国際秩序が回復するまで、30年の戦争を経験しなければならなかった。これを中東に当てはめて考えると、1980年のイラン・イラク戦争(イラン・イラク国境のシャトル-アラブ川河口付近の領有問題を直接的なきっかけとして勃発した戦争。1980年0月、イラク軍のイラン侵攻によって開戦。)から、現在にいたるまで、約30年の間、戦争を継続している。
 これは、歴史の法則や人間の心理について考えてみると、そろそろ厭戦気分が起きてもおかしくない。そして、中東30年戦争を戦ったシーア派とスンニ派は、チグリス・ユーフラテスを自然の国境として、「中東版ウェストファリア条約」もしくは、「中東版NATOとワルシャワ条約」を結ぶのではなかろうか。それが、もっとも自然な落とし所と考えられる。
 報道されるところによれば、米軍のイラク撤退後、サウジがイラク国内のスンニ派を支援するということを明らかにした。これは、事実上のイラクの東西分割、すなわち、スンニ派イラクとシーア派イラクへの分割への布石になるだろう。
 まさに、欧州における東西分断の最前線である、ドイツとイラクは地政学的に全く重なる。
------------引用--------------
------------引用--------------
http://www.asahi.com/international/update/0407/TKY200704070228.html
外相級会合、5月上旬エジプトで イラク安定化会議
2007年04月07日21時30分
 イラクのジバリ外相は7日、イラク安定化会議の外相級会合を5月3、4両日、エジプトのリゾート地シャルムエルシェイクで開催するとの見通しを明らかにした。イラク周辺各国のほか、国連安保理常任理事国、さらに主要8カ国(G8)メンバーの日本、伊、独、カナダも招くという。
 当初、トルコのイスタンブールでの開催が見込まれていた。マリキ首相はバグダッドでの開催を求めたが、いくつかの国が治安状況に懸念を示したという。
 3月10日には、13カ国の駐バグダッド大使や外務次官級が参加した安定化会議をバグダッドで開催。米国とイラン、シリアの代表の対話が実現するなどの成果があった。
------------引用-------------- 
以上
2007/04/08(日) 16:32 | URL | 孔明 #-[ 編集]
三角合併…
>次は日本

五月から、狡猾なイナゴの群れがやってくるわけですか…。ボスイナゴは、すでに六本木の例のタワーに入ったようですし。

人種的に英米でやったような「宮廷ユダヤ人」方式は無理でしょうから、やはり、間にヒルズ族や反日日本人、在日朝鮮人を噛ませて分割統治ですかね?

条件闘争ができるかどうかすら怪しいですね。せめて皇室潰しと外国人労働者大量導入だけはやめてもらいたいところです。

ていうか、日本も食い尽くしたら、イナゴは行き先がなくなって全滅するのではありませんかね?今度はインドか中国にでも寄生するつもりなんでしょうか。それくらいしか交渉材料がなさそうです。
2007/04/08(日) 20:44 | URL | ろろ #-[ 編集]
なるほど
とても興味深い物の見方です。
このセンで納まればよいですね。

2007/04/09(月) 15:04 | URL | 真名 #mhQZtlZc[ 編集]
インドこそが・・・中東の民族の根でしょう?

イランと言うのはアーリアン、インド人の国と言う意味ですよ。
アイルランドの民族の先祖がトゥアハ・デ・ダナーン、アイレック、つまりギリシア人と言う意味であるのと同じです。

さて、そこと何をどう組むと言うのでしょうね。
正味の話、連中に取っての最後の宿主は日本か中国かです。

私の見る所・・・あの中国の破壊され方を見てはね。
彼等の次の宿主は日本としか見えません。

しかし、その本体は相変わらずイギリスにある。
アメリカも所詮は宿主でしかなかった。
そして食い尽くされた。

彼等の大地の扱い方を見てみればわかるんですよ。
彼等は「約束の地」を決して蹂躙したりはしない。
2007/04/09(月) 20:13 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
すみません。

皆様のお話は難しくて・・・
良く分りませんが結局、日本の国はどうなるのでしょうか?
孫達の、将来はどうなるのか心配です。
(あれもこれも、自己責任なのでしょうね)

筋違いの物言いご容赦くださいませね。

毎日楽しみに拝見致して居ります。
2007/04/09(月) 21:29 | URL | ふぅ~う #-[ 編集]
>ふぅ~う様
日本はどうなるか?ですか・・・。

ドミノ現象と言う現象があります。
真実を知る者が1割を超えれば助かるでしょう。

所詮この世は人の作る世の中なのです。
まずは真実を知る事が大事なのです。
そして、真実を忘れない事です。

敵に立ち向かう為にはそれしかないのです。
2007/04/10(火) 22:50 | URL | 三輪耀山 #X.Av9vec[ 編集]
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世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略VOL147 江田島孔明世界史に見られるランドパワーとシーパワーの戦略号外  が面白いです。 サウジアラビアが動き始め、欧州の某要人は来日し、ロシアの動きも急です。 安倍首相が中東歴訪しているのも関係ありそうです..
2007/04/04(水) 12:32:40 | Speak Easy 社会
 今回、幣サイトのリンクに、新たに6つのサイトを加えます。言ノ葉工房http://hizjihizji.blog85.fc2.com/憧れの風http://yuirin25.seesaa.net/晴天とら日和http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann
2007/04/05(木) 06:46:12 | 嗚呼、負け犬の遠吠え日記(新館)
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