独立独歩。私は私。誰かに頼るつもりナッシング。それで良し。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
以前にバトルロワイアルと言う映画、小説、コミックがあったのを皆様覚えておられますか?

あの映画が小学生の殺人事件を誘発したのは有名な話です。
それについて少し書いてみたいと思います。

後半へ。

↓ ブログランキング
ブログランキングブログランキング
バトルロワイアルの世界は、一種のパラレルワールドです。

大東亜共和国でしたか?
そういう名前の国で、無作為に選ばれた中学生のクラス全員を孤立した環境に叩き込み、殺し合いをさせ、ラストマンは晴れて一生生活を保護され、不適格な人達は全員死んで貰うと。

あの話は、今からしてみれば予言としか言えない。
小泉が適者生存の屁理屈を思い切り振り回す前の事でしたからね。

非情な世界があったとして、それを解決する為にそれぞれがどう振舞うか。
バトルロワイアルの世界では
・まず餌食になったのは、能力が無いにも関わらず、無謀で粗雑に振舞った連中だった。
・次の餌食は平和を訴えかけた女子達だった。
・集団で身を守ろうとしたメンツは、全て分断されて自滅するか、仲間割れの時点で潰された。
・有能な連中は更に有能な桐山に殺害された。
・非情さを武器にしても、結局武力が無い者も殺される。

最後に生き残ったのは、最高に世故長けた不良と、その不良が裏技で開放した二人の男女だった。

その逃亡した男女は、コミック版のバトルロワイアルではアメリカらしい場所で仲良く写真に写って終わっていた。
けど、小説版のバトロワ2では、少女はチベットの寒村で平和を見出し、少年は非道な世界に対して反旗を翻す為に母国に帰参している。

マドンナは小説版では消えているのだ。

舞台は更に変化する。前作の主人公が首領のレジスタンス組織を、バトロワメンツが襲撃すると言う所から始まる。
しかも、このクラスはつまりは捨石で、その後の正規軍の攻撃の前座として、反撃の実地テストの為のデコイとして投入されるのだ。

更に小説版のバトロワ2では、前作の狂言回しの北野の娘が登場する。(この小説版続編は、どうやら映画の続編みたいだ)
前作の主人公に一切恨みを持っておらず、淡々と生き、最後に自分が北野の娘だと告白して死んで行く。
圧倒的な暴力に必死で抵抗する事に若さを燃やす前作と続編の主人公達。

そのメッセージ性は何なのか?
映画版の深沢監督は、大人の作った歪な世界に対して疑問を持って欲しいと言う「欲」を抱いていた様だ。

しかし、そのメッセージ性には「子供が殺戮ゲームに参加すると言う前提」が既にある。
このことに何の疑問もこの人は「抱けなかった」のか?と今でも思う。

彼は死去している。もう答えを聞く事はできない。

前作の主人公は闘争を勝ち抜き、犠牲を超えて生き残りながら、平和の中に安住できなかった。
「欲」があったからだろう。前作の主人公にではない、続編を書いた者にだ。
前作の主人公に復帰を願い、それに新たな同士を加え、巨大な敵に及ばずとも一矢を報い、敗れてもまた再起を誓い逃亡する。

それは原作者の願いなのだろう。醜い・・・。

闘争とは何等かの勝利条件をどう満たすかと言う事。
それに尽きる。

最初の設定からして、この世界では「地道な闘争は無駄な舞台」なのである。
そして、それを何とかする為に行うべき行動は・・・。
過激な命の奪い合いと言う事なのだが、これは強いメッセージ性をもっている。
どうやっても暴力礼賛になるのである・・・。
少なくとも視聴しているものの世界観が貧相だと、どうしてもそうなるのだ。

生命を奪い、相手の行動を完全に不自由にする。それは人の持つ最も醜い欲求なのだ。
「他者を無価値にする事で優越を完全に確定する」

だから犯罪が起きる。優越と言うのは「報復」「利得」それら全てを満たす為に行われる。
努力ではなく暴力で。それ故に福岡の女児殺害事件が起きた。
なるべくしてなったのである。

子供は所詮子供の世界で生きている。
小学生、中学生は子供同士で争う様に出来ているし、仕向けられている。
どこの中学生が受験勉強を先生のせいにして、ライバルの中学生と争わないで居るのか?
それは普通に受験勉強の世界でも落ちこぼれて行くタイプだろう。

そう言う子供に深沢監督は期待したのですね。
社会に対する世界観が、漠然あるいは曖昧模糊としているに違いない子供に、一足飛びに大人の社会に対する不信を注ごうとしたと・・・。

そのメッセージの中核は、大人は子供に対して社会の鋳型によって相互の闘争を強いているのだと言う事。
そのメッセージの伝達手段はインパクトばかり強い殺人遊戯の、様々な殺し方、殺され方の提示に拠ったと。

「ほら、大人の作り上げた枠の中、檻の中で子供はこんな闘争を強いられているんですよ」とね・・・。

でも、大人がどうこうとか、社会が云々とか、そう言う事なんか普通の子供は考えたりしません。
もっと短絡的です。「普段から闘争している相手はこうやって無力化できるんだ」と言う方法論だけが頭にこびり付きます。

そう、仲間である子供を殺すと言う方法論だけが。
それもバトロワの主題を構成する要素の一つであった筈なのに、メッセージの伝達側は「それは間違った事である」と決め付けてしまっているので、「間違った事は排除されるもの」と思い込んでいたみたいだ。

「間違った事が間違ったまま放置されているから社会が悪くなってしまった」と言う現実の様相をそもそも無視しているのだね・・・。

めでたいと言うか何と言うか。
箱庭の中で満足しているが故に、この程度の認識にならざるをえないのだろう。

メッセージを伝える人達が希望的に過ぎるのだろうなと。
理想主義、ロマン主義、その末の「こうであって欲しい」と言う願望主義。
バトルロワイアルの小説版は面白かったとlefty様は言っておられる。
まさにそうだろう。映像とコミックはそのエッセンスで伝えたい事の短絡が方々に見受けられるが、小説版ではそれが最小限だったからだと思う。

しかし、その様な自制に似た公平さも、バトロワ2ではきっちり失われている。

伝えたい事をどう伝えるか。それはとても難しい。
その事を証明する作品がバトルロワイアルだろう。

なににせよ、私はこの作品で「殺人等の過激な表現が本当に殺人を誘発するのだ」と言う認識を強くした。
何もわかっていない子供に、教育や報道、その他様々に刷り込みを行う事の怖さも。

自分自身の主義主張を子供に対して吹聴してみせてもダメなのだ。
主義主張とはすなわち世界観であり、成人までの間にじっくりと構成すべき土台であるはずのものを、それをダイジェストで伝達すればどうなるか?

結局情動を煽る事しかできなかったのが、映画版バトルロワイアルの結果だろう。
監督の腕がその程度だったと言う事でもあるが、それ以上はほとんど誰にも無理な仕事だったのではないかなとも思う。

人は中立であろうとしても難しいのだろう。

なにやら取りとめもないエントリーになりましたが、このエントリーはこれで〆ます。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
ブログに動画を張って、お金をゲット!アフィリエイトよりも稼げるよ。
簡単申込はこちらhttp://www.ganzis.jp/japanese/bl/pe_apply.php
2007/03/27(火) 14:20 | URL | nana #-[ 編集]
バトルロワイアル
読みました。夢中になって。
小説→神作品、めちゃくちゃおもしろい。
漫画→下品なだけ。読む価値はあまりない。
映画→宗教じみて変な感じがした

漫画も映画も原作のいいところを変に改変して、自分の世界を作ろうとして失敗したという印象を受けました。
2007/03/27(火) 16:14 | URL | lefty #-[ 編集]
作り手の考えがどうあろうと、受けて、特に年少者はそのまま受け止めてしまう。
作品のメッセージではなく、方法論としてとらえてしまう。

ならば我々大人の側は実に細心の注意をもって、年少者を守らないといけないな、と思いますね。

何を与え
そして
何を与えないのか

これはまぁ当たり前の事ですが、それすら出来ない・考えられない親、そしてそれを容認してきた社会はいかがなものかと思います。

そういえば老人版バトルロワイヤルの話がありましたね。
調べてみると
2007/03/28(水) 08:57 | URL | noa #-[ 編集]
すいません、途中で送信押しちゃいました。
以下、続きです。
--------------------------------

本の題名ですが
【銀齢の果て】
というそうです。
増えすぎた老人を減らすために・・・という話らしいですが。
こういう発想が出てくる時点で相当社会が疲弊してると思うのですがいかがでしょう?
2007/03/28(水) 09:02 | URL | noa #-[ 編集]
子供に本音語りをすると、言葉尻を捉えられてしまい、無規範状態を許容する根拠になってしまうんですね。

「勉強なんかしなくてもいいんだ」「自分らしく生きればいいんだ」どちらもある意味本当ですが、子供にとっては「努力や我慢は不要だ」と聞こえるんですよね。大人は謙抑的な言動を心掛けなくてはいけません。

奈良県女児誘拐殺人や宅間守事件、援助なんとかという買春、最近は大人が子供を餌食にするケースばかり目立ちますね。配役設定からして、バトルロワイヤルもそういう意図がなかったと言い切れるのか…。
2007/03/28(水) 09:55 | URL | ろろ #-[ 編集]
血を見るだけで卒倒しそうな自分は怖くて映画も小説も見ませんでした(苦笑)

どうも、現場の率直な感想を言いますと、あれはかなりねじれて伝わっていますよ。然るに、「能力のある奴は生き残れる、その舞台で、生き残るための道筋は問わない」というような感じで。いや、戦慄を抱きましたね。これじゃ本当に弱肉強食を注ぎ込んでいるだけじゃないかと。
余計にああいう物は冷静に自己で世界観を分析して考える必要があるはずです。それを現場は全く持って放棄していますから、かなり曲解して自己の有利な考え方に結び付けようとします。
2007/03/28(水) 23:36 | URL | 中生 #Sw3DpHCU[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://klingon.blog87.fc2.com/tb.php/178-59add6cc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
 自民、公明の与党は国民投票法案の与党修正案について、民主との修正案の摺り合わせによって調整された「公務員の政治的行為の制限の適用除外」を削除するなど、再度の最終案をまとめて国会に提出することになった。 法案が
2007/03/28(水) 17:38:55 | 草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。